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太陽系戦争 (The Battle of Solar)  作者: 古加海 孝文
第四章 監視対象
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第四章 監視対象 (2)

        二

    二〇六五年六月二十八日 みちびき標準時 一四時

        みちびき 航宙自衛軍居住区



 つかの間の休息も終わり、出航まで僅かだ。本来ならもう少しみちびきで資料の確認もしたいが、今は現場にいたい。

 まいづるの調査は、みちびきとかぐやの合同専門チームが行っているが、あまり分かった事はないらしい。まあ、そう簡単にはならないのが現実だろう。

 艦隊には次の補給で新型のレーダーが間に合えば、それも試すとは聞いた。ただ、まだ技術試験本部でのテストが終わっていないので、恐らくは間に合わないだろう。どのみち、試験も完全でない物を積むには抵抗がある。

 艦首荷電粒子砲については、その後の調査により全ての使用は停止となった。艦首部分における部品の破損が酷く、あまりに実用的で無いとの評価故だ。

 ただしこれも『敵』と対峙すれば話は変わるだろう。戦闘において絶対など何もない。

 先に哨戒任務で出航した吉村は地球周回軌道で、太田は月と地球の周回軌道。今頃太田は月の裏側付近の筈だ。

 吉村は二時間で一回地球を周回する軌道なので、太田ほどの苦労は無いと思う。何よりも地球がすぐそこにあるというのは、精神の安心材料として一番となる。

 太田の場合はどうしてもストレスが溜まるだろう。いくらいくつかある少ない展望室や艦橋などにあるモニター越しに地球が見えたとしても、実際に地球へ最接近するのは五日に一回でしかない。その五日で交代するのではあるが、それでも地球が側にないというのはストレスが増すことを過去の数値が示している。

 むしろこれからが問題だ。

 最も大事なエンジンの出力テストは、本当の意味では終わっていない。仕様では百七パーセントまでの出力が出る事になっている。ただし、その場合は噴射可能時間が極度に低下してしまうが、地球の重力井戸からの緊急離脱の際には、これだって使わねばならないかもしれない。

 レーダーや光学装置のテストも、完全とは言えないだろう。特に光学観測器は距離が離れれる事で誤差が生じる。その誤差は各光学観測器一つ一つで行う必要があるが、それはまだ終わっていない。

 他にも例を上がれば切りが無くなるが、巨大な艦を運航する上では避けて通れないことだ。

 一方アメリカでは熱核ジェットパルスエンジンが早くから採用され、こちらはかなりの信頼性を得ているのも事実。日本と違い核エネルギーに対するある種の『拒絶反応』が少なかったのも、その開発に影響したのだろう。今でこそ日本の電気パルス核融合ジェットイオン推進エンジンに軍配が上がったが、それでも実用性では全く遜色ない。それに電気パルス核融合ジェットイオン推進エンジンの技術は日本独自であり、たとえ同盟国であっても簡単に売る事はもちろん、構造を教える事など出来るはずも無い。

 昨日、石原幕僚長から新しい艦の設計概略図を受領した。大型船が主だった今の航宙自衛軍に、小型の艦が配備される事になる。予定されている艦型名称は『うみかぜ』になるので、一番艦は当然『うみかぜ』となるはずだ。

 エンジンは一機で武装も限られてはいるがその代わりに重量が軽くなる。その為最大速力はやましろ型の三倍になる予定だ。

 全長二百三十三メートルのやましろ型に対して、今回は百二十三メートル。ほぼ半分の長さだが、基準総トン数はおおよそ三分の一の九千八百トン。エンジンは確かに一機だが、ノズルを三つに増やす事で推力を増した形になる。

 基本的な構造はやましろ型と同じに出来ているので、パーツの多くも流用可能。むしろ本来ならこっちが先に建造されていておかしくないと思うのは私だけだろうか?

 予定乗員数は最低六名で、常時二名での運行が可能。そのほとんどを自動化する事により、人間が行うのは進路指示と攻撃指示くらいな物になるだろう。もちろん六名で運用するつもりはなく、現状では三十名程度の乗員数を見込んでいるが、その人員が間に合うかどうかはまた別問題となる。

 すでに航宙自衛軍では当たり前になってしまったが、この艦も艤装員長――将来の初代艦長がいない。建造は完全に技術科のみで行われ、完成後に我々へ受け渡しが行われるはずだ。無論これには我々の人員不足という問題も絡んでいるが。

 しかし今回の『うみかぜ』については、甲板科の飯田中尉を派遣している。彼は第二戦隊旗艦の甲板科長だが、一時的にその任から離れてもらい建造の方にアドバイザーとして派遣する事にした。多少なりとも吉田の下で実戦も経験しているのと、他に適任となりそうな者がいなかった。本来なら吉田に行って欲しかったが、こればかりは仕方がない。

 ドックで改装中のあまぎ型はもちろんだが、うみかぜ型にもリモートコントロールを出来るように要請している。極端な回避運動は諦めざるを得ないが、それでも無人でコントロール出来れば、慢性的な人員不足を幾分回避出来る。

 何より、まいづるの件で地上からはこれ以上人員を割けない。今いる人員でどうにかする以外無いだろう。

 結局、今いる自室も永遠に殺風景なままなのかもしれない。

 確かに部屋の調度品よりも、艦隊の整備の方が優先なのは分かっている。しかし、皆が皆それで納得出来る物でもない。

 地上からのロケットは、自衛軍のロケットは全て整備関係の物資しか積み込みが許されていない。それどころか、JAXAや民間のロケットにさえ、空いているペイロードがあれば、自衛軍の補給品を積み込んでいる始末だ。

 石原幕僚長は、もう少し物資の搬入に余裕を持たせて欲しいと進言したらしいが、まいづるの件もあり却下された。おかげで、港には自衛軍の物資が溢れんばかりだ。補給部の人員は勿論だが、関係がないはずの通信部なども搬入を手伝わされている有様。

地上したは面倒ばかりかけてくる。まだ新設されて間もないのに、そんなに期待されても限度がある。かといって、何もしない訳にもいかない。もう一度艦隊編成を考え直した方が良いのか……」

 つい、独り言を言ってしまった。最近独り言が多いと思う。ストレスが溜まっているのかもしれない。思わずため息が出た。

 何か現状を打破出来る方法はないのか。不確定要素ばかりで、どれから手を付けて良いのか分からない。なのに責任は重い。まあ、それは仕方がない事か。

 吉村は正直何を考えているのだろう。

 確かに優秀だからこそ、今の地位にいる。しかし、それにしては考えが見えない。前のまいづるの時も、吉村は目立った命令を自ら発しなかった。

 そして何より、彼の経歴が気になる。私の杞憂でなければ良いが……

 かといって、味方を疑うのも正直どうかとは思う。少なくとも、自衛軍にいる以上、身元はしっかりしているはずだ。少し考え過ぎなのだろう。

 それよりも、目の前の問題を考えなければならない。

「渡辺中将、お電話が入っております。十九番にお願いします」

 呼び出しアナウンス。十番台という事は、機密保持回線か。という事は、石原幕僚長という事だろうか。

 すぐに近くにある有線の電話を取る。十番台の回線は、有線でなければ取る事が出来ない。面倒だが仕方ないだろう。

「はい、渡辺です」

 相手はやはり石原幕僚長だ。

「それで、ご用件は何でしょうか」

『問題が発生した。例の地球近似惑星の件だが、軌道上にいた艦隊の動きが速い。数は百ほどだが、予想より早く現れる可能性がある』

「本当ですか。ここに向かっている事は間違いないのですね」

『現在観測中だ。しかし、緊急時には備えておいて欲しい』

「分かりました。それで、相手の種別は分かりますか」

『中型と小型クラスだ。とはいっても、それでも中型は二百メートルは超えるが。大型の四百メートルクラスは動いていない。それに、全部が動いている訳ではない。全体の三分の一程度だ』

「どちらにしろ脅威には変わりませんね。了解しました。至急、緊急警備態勢に移行します」

『いや、そこまではまだいい。情報が集まるまでは、現状で維持してくれ。警戒レベルは君らの休息が十分に取れてから上げたい。前にも言ったが、君らには休息が必要だ。相手の速度からして、こちらに向かっていたとしても到着まで最短三ヶ月と予想されている。時間はまだ何とかあるので、君には迷惑をかけるが宜しく頼む』

「その為の我々です。至急上級将校会議を開いて、警備に当たらせます」

『何か分かったらまた連絡する。そちらの全員には、今回の事を話してくれ。方法は任せる。そちらの事は頼んだぞ』

 それを最後に電話は切れた。

 さて、猶予は三ヶ月。ほとんど時間はない。しかし、やるだけの事はやらなければならない。

 受話器を一旦置き、通信部直通の内線を押す。

「渡辺中将だ。至急、みちびきにいる佐官以上の上級将校全員を、第一会議室に集めて欲しい。ああ、全員だ」

 最低限の事だけ伝えると、すぐに受話器を戻す。

 一体これから何が始まるのか。正直予想出来ない。しかし、泣き言は言えない。

 最低限必要な書類をかき集めて、アタッシュケースにしまう。そのアタッシュケースを持つと、急ぎ部屋を出た。

 今日はこれから忙しくなりそうだ。

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