第四章 監視対象 (1)
二〇六五年六月二十六日 みちびき標準時 一〇時
みちびき 航宙自衛軍上級士官会議室
「結局は現状維持ですか」
「済まないな。時間が限られている以上、装備の変更は無理だ。本来ならもっとスマートな形にしたかったのだが、今それをすると補給部と整備部が混乱する」
石原幕僚長は溜息をついて、修理予定の艦をモニターへと映した。
前回の戦闘で『くろべ』、『くさか』、『あがの』が損害を受けている。
特に最初に攻撃を受けた『くろべ』の損害は大きく、全体として中破判定。艦底部分に関していえば、大破判定となっている。機関部こそ問題はないが、艦底装甲はほぼ全て交換。さらに艦底部の武装も交換となる。改あまぎ型であり、装甲などもやましろ型に比べ薄いとはいえ、そもそも通常のレーザー攻撃ならばそれなりに耐えられるはずの設計だ。
『くさか』も艦首部分は大破。艦首は全て交換となる。いくら艦首とはいえ、『くさか』はやましろ型だ。その艦首が一度の交戦で大破となったのは、我々の戦術どころか、戦略さえも見直さなければならない。
『あがの』の損害は比較的軽微で、被弾箇所の交換だけで済むが、これについては偶然だと考えている。もしくは運が良かったか。
それでも今回の損害で、予定されていたあまぎ型の改修が遅れる事になった。少なく見積もっても三ヶ月、最大で半年は遅れるそうだ。
「私としても今回の事は不本意だ。だからといって何もしないでは時間が勿体ない。なので『あがの』の修理は予定通りとして、『くろべ』、『くさか』は大規模な改修を行う事にした。『くさか』については艦首砲の撤去を行い、前回の戦闘を教訓としてレーダー関係の全面強化を行う。『くろべ』については、改やましろ型のテストベッドとして使用する事にする。その代わりに、やましろ型で一隻を急遽配備する予定だ」
「テストベッドですか? 専用艦を使用するのではなく」
私の隣にいる太田百合少将が質問する。同様に私も含めて疑問に思う。
「現在運行されている試験艦は、あまぎ型やその改良型、やましろ型ほどの拡張性はない。それは元々が数点の兵器テストを行うテスト艦のためだ。しかし『くろべ』は、改あまぎ型ではあるが、当然拡張性が高い。本来ならば、現在改修を行っている残りのあまぎ型をテストベッドに当てたかったが、主要な装備はほぼ設置が完了している状態だ。それでも当然今回の件で受領に遅れは出るが。しかし『くろべ』は損傷が激しく、大がかりな修理が必要となる。当然補修が終わるのは現行のあまぎ型が改良されるよりも後だ。ならば『くろべ』を利用して武装は当然だが、レーダや機関、その他の項目を洗いざらい改修する。今回は前回の戦闘を教訓としたデータもある。『くろべ』をモデルとして、今後はそのさらなる改良型をやましろ型以下、全ての艦の標準としていきたいと考えている。どのみち補修のための費用はかなりの物だ。単に同じに戻すよりも、より見直された艦として艦隊に復帰させたい」
なるほど、と吉村治少将が頷いた。
確かにそれなら今回の帰港で改修が全面に決まり、資材も用意されている残りのあまぎ型については、工期を送らせずに復帰させる事が出来る。
前回の戦闘では改あまぎ型では装甲が不十分である事は否めないが、どちらにしても地上から送られてくる新しい乗員の教育は、遅らせる事が出来ない。ならば再就役する艦が多い方が楽でもある。
どちらにしても昨日からあまぎ型の八隻は、全てドック入りしている。一番艦の『あまぎ』を始め、すでに三隻は一部の装甲が取り外されている状態だ。
尚且つ、前回の戦闘ではあまぎ型に損害は出ていない。なので改あまぎ型とやましろ型共通部品は、そのまま流用出来る。補修部品が足りなくなるのは目に見えている事であり、運用している艦隊のためにも補修部品が多い方が良い。一時的に艦隊に配属されている艦の数が減ってしまったとしてもだ。
「分かりました。『くろべ』の処置については、幕僚長の判断にお任せします。しかし周回軌道の哨戒任務はどうなさいますか? 現状では艦が足りません」
三隻または四隻での哨戒任務。それも地球軌道と地球と月を結ぶ周回軌道の二つを同時に哨戒させるとなると、明らかに艦が足りない。
「艦の整備と配備が終わるまでは、それぞれ二隻での哨戒任務を行って欲しい。正直なところ不安ではあるが、一隻よりは遙かにマシだ」
「分かりました。任務に当たらせる艦はこちらで選定します」
「それと今日から一週間、哨戒任務に当たらせる艦は、監視の主軸をコンピュータに極力任せたまえ。当直中は仕方がないが、当直待機中も出来るだけ休息に当たらせて構わない。帰還した艦の乗員から、順次一週間の無条件休暇を許可する。緊急時の待機艦は二隻だけ残し、任務に該当しない艦の乗員には、同じく一週間の無条件休暇を取らせるんだ」
「よろしいのですか? 何かあった際に、即応態勢が取れません」
無条件休暇とは、航宙自衛軍に設けられた休暇制度。地上への帰還も許されるし、その間は一切の任務から外される。
「本来なら君にも地上へ戻って欲しいくらいだ。君らもだぞ?」
そう言って幕僚長は私と吉村、太田を見た。流石に我々にはその時間はない。
「地球軌道の哨戒は第一戦隊が、月との軌道は第二戦隊に任せるが、今の状態で事故まで起こされては困る。地上に掛け合ってなんとか一週間の猶予を取る事は出来た。短いが、艦が何とか揃ったら長期休暇も検討している。地上と違い、我々は直接の脅威にさらされている。何とか体制が整うまで、もうしばらく頑張って欲しい」
「分かりました。哨戒任務に就かせる艦については、こちらで急ぎ選定します」
今回の件で、幕僚長もかなり参っていると見える。表情にこそ出さないが。
「迷惑をかけるな。他に私に出来る事があれば、すぐに相談して欲しい。では任務を頼む」
これから先、我々はどこへ向かうのだろうか? 私は不安で仕方がない。
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