第三章 艦と人と組織 (12)
新年最初の投稿です。
今年もよろしくお願いいたします。
二〇六五年六月二十五日 UTC一九時
月裏側より八万キロ やましろ艦内
渡辺中将はやましろ艦内にある提督室で、先ほどまでの戦闘詳報を概略だがまとめ、それをSDカードに保存する。後ほどさらに詳しい内容は乗員の報告から作成するが、最低限の戦闘詳報はやましろのコンピュータから十分に作成出来た。
記録し終えたばかりのSDカードをさらにコピーし、コピーのSDカード専用ケースに入れ、提督室を後にする。向かうのは通信管制室。専用ケースには様々な防護処置が取られているので、そう簡単にはケースを開ける事すらできない。
提督室と艦長室は、比較的どの部署にも行き来しやすいように設計されている。それでも無重力という環境は移動に手間取るものだ。結局通信管制室に到着するまで、おおよそ十分の時間を要した。
「『みちびき』に暗号電文を送りたいが、コンソールは空いているか?」
暗号電文とは言ったが、勿論通常の暗号化などではない。そして通信管制室には、その事をわざわざ指摘する者などいない。
「大丈夫です。現在は主に『かぐや』との通信が主ですし、特特防の通信ならコンソールを開けています」
当直士官がすぐに教えてくれる。
特特防などの機密性の高い通信は、通常の通信管制室からドア一枚を隔てた所にある。勿論機密保持のためである事は言うまでもないし、当直士官も提督自らここに来たのであるから、一般の通信士に聞かれては不味い事など把握している。
「それでは使わせてもらおう。何かあれば連絡してくれ」
そう言い残して、通信管制室の奥にある小部屋へと入る。中に入り、ドアを閉めると防音装備が自動的に作動した。これで会話の内容が室外に漏れる事はない。
「こちら第一艦隊渡辺中将だ。至急石原幕僚長に繋いでもらいたい。機密事項だ」
席に座るなり『みちびき』直通回線を開くと、最低限の事を相手に伝える。通信はほぼ一秒程のタイムラグがあるが、この程度なら問題にならない。
「待たせた。今回は災難だったな」
通信コンソールに石原幕僚長が映る。どこか疲労している顔だ。
「ええ。とりあえず現在集めた情報のみを送ります。最終報告は数日かかるかと」
「そちらはしっかりと纏めてくれ。急ぐ必要は無い。それに、我々も認識を改める必要がありそうだ」
幕僚長はモニター越しに深い溜息をついた。
「第一報によると、レーザー兵器ではダメージを与えられなかったと聞いているが、本当か?」
「まだ解析途中ではありますが、恐らく間違いないかと。レーダー波から推測出来る距離は、敵の位置は少なくとも一〇〇万キロ先です。恐らくそれ以上かと」
「光の速さでも四秒弱か。実際にはどの程度だと思う?」
「恐らくは最低でも二倍。レーザーの到達時間を考えると、一億キロを超える可能性もあります」
モニター越しに幕僚長が唸る。
「という事は、場合によっては金星と同程度の距離があるという事か。報告ではこちらを狙い撃ちした可能性があるときいているが?」
「はい。『まいづる』の件もそうですが、我々の艦隊の位置を正確に把握し、撃ち漏らしがなく攻撃してきています。しかしそうなると、回避行動を取っていた我々の艦隊が、八分前には未来予測されていたという事になります。到底考えられません」
八分も前の未来予測など、とてもではないが出来るはずがない。誘導弾でもあるまいし、レーザーは原則として直進する。相手の武器がレーザーとは、被害状況からして考えられないが、どちらにしても我々では不可能だ。
「ミサイル散布の件は私は評価している。あの状況では他に方法がなかっただろう。そちらの処理は任せてくれ。それよりも、我々の装甲を打ち破ったというのは間違いないのか?」
「はい。現在も被害状況の把握に努めていますが、いくつかの装甲は融解しています。少なくとも通常のレーザー攻撃では考えられません」
「相手のレーザーがこちらより強力な可能性は?」
「恐らくレーザーで無いと、甲板員からの証言です。単に融解しているだけでなく、表面で爆発の後も多数見られるとの事でしたので。そうなると、我々と同種の武装、もしくはそれ以上と考えるのが自然かと」
認めたくはないが、最新の装甲を貫いたあげくに爆発跡まで表面にある。これが意味する事は、粒子砲の類いであろう。どんな粒子を、どんな速度で射出しているかは全く分からないが。
「分かった。データの受信は完了した。君は少し休みたまえ。モニター越しにもかなり疲れているのが分かるぞ」
「そうは仰いますが……」
私は艦隊の責任者であり、このような事態になった責任もある。
「今のところは、追撃の可能性はないのだろう? 他の乗員も含め、少し休みたまえ。今君に倒れられては、私も困るのでな」
そう言われると流石に言い返すのを躊躇ってしまう。命令ではないが、乗員に無理をさせているのは確かな事でもある。
「月で補給をしっかり行って欲しい。損害艦は最優先で修理出来るように手配をしておく。しかし、ミサイルに関しては搭載を止める事になる可能性がある事は分かって欲しい。最低限は残せるようにするが、今回の事で意味があるとは思えない」
「はい。高価なミサイルが、精々囮としてしか使えないのは問題です」
「やましろ型の根本的見直しが必要になる可能性がある。今回の件で、改あまぎ型の装甲や武装も大幅に変更されるだろう。引き渡しが延びてしまうが、その分扱いやすいようにこちらからも指示を出そう。それと悪いが、今回の件を上がかなり重く受け止めている」
「上となると、官邸ですか?」
「それも含めてだな。決定はしていないが、三隻から四隻程度での周回哨戒任務を割り当てられる可能性が出てきた。まあ、それで陸自が割を食ったようだが。当面彼らとは会わない方が良いと思うぞ」
幕僚長はニヤリと笑う。ちょっとした冗談のつもりだろうが、それでもこの先の事を思うと、やはりやりきれない。
「とりあえず帰投を待っている。とにかく無理はしないでくれ。事実上、君らがいなければ地球は守れない。では、帰投後に会おう」
そう言い残して幕僚長との通信が途絶えた。
今回の事を思うだけで頭が痛くなるが、我々が逃げるわけにはいかない。
幸い『まいづる』を除いた人的被害は、少なくとも死者は出ていない。一部重傷者もいるが、命には別状無いと報告も受けている。
暗くなった通信モニターを見ながら、思わず深い溜息をついて通信制御室を後にする事にした。
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