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太陽系戦争 (The Battle of Solar)  作者: 古加海 孝文
第三章 艦と人と組織
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第三章 艦と人と組織 (11)

    二〇六五年六月二十五日 UTC(世界標準時)一四時

      月裏側より十二万キロの砲撃演習宙域 やましろ艦内


「まもなく訓練宙域です。輸送船『まいづる』は、指定ポイントで待機中と連絡がありました」

 加藤航海長が、訓練域に入った事を伝えてきた。

「艦隊、第二戦速。索敵、怠るな」

 状況を説明してからというもの、それぞれの練度が格段に良くなった。やはり、きちんと目の前の敵が何なのかは説明した方が良い。

「佐々木、指揮を代わるぞ」

 吉村艦長が艦橋に入り告げる。それまで艦橋の指揮を執っていた佐々木戦闘指揮長から、指揮権が吉村に移った。

 現在は通常航行なので、レーダー部門以外はほとんど暇とも言っていい。あとは航海部門くらいか。

「各部署、状況報告」

 吉村の合図と共に、次々と『やましろ』の状況が報告されてゆく。もちろん異常はない。むしろ、あっては困る。

「遠藤通信長、『まいづる』の状況は」

「全て異常なしと連絡が入っております、司令」

 『まいづる』は旧型の輸送船であり、一時訓練船としても使用していたが、今はレーダーのみで貨物特化に改造している。乗員は最大でも三十五名で、乗員輸送としての能力は最低限で、そもそも足が遅い。旧型のエンジンを使用しているためだ。なので艦隊行動はとれない。

「訓練は予定通り始めると伝えてくれ。各艦は状況連絡を密に。第一戦隊が最初に訓練を行う。第二戦隊はその後だ。準備は怠るな」

 まあ、元々何もない月の裏側の宙域。

 今回はアメリカ艦隊もいないが、月面からは監視されているだろう。しかし、アメリカ宇宙軍に対しては、今回の訓練については秘密ではない。もちろん詳細は伝えていないが。それでも高解像度のカメラで監視はしているだろう。

 前回、三十パーセント出力での主砲の威力を目にしたはずだが、今回は百パーセントの威力を観測出来るだろう。それに、今回は艦首荷電粒子砲のテストも行う。

 そもそも前回三十パーセントの出力だったのは、専用の核融合炉のテストもある程度兼ねていたからだ。もちろん今回もそのテストは行うが、相手がいる所で下手な事は出来ない。

 敵の防御能力がどの程度かは分からないが、テスト出来る事は全てしておきたい。その為に『まいづる』には六十枚にも及ぶテスト用装甲を運ばせた。一部の装甲は、輸送船の外に取り付けての輸送。それだけに、失敗は許されない。さらに専用の核融合炉も二基輸送させている。バッテリーではないので、本来の性能を確認出来るはずだ。

「『まいづる』まで、あと三万キロ。指定ポイントまで残り一万です」

 渡瀬観測長の報告に、艦隊の速度変更命令と、事前に説明しておいた三列陣形を指示する。旗艦を中心に横に一列、その上下に一列の陣形だ。

 宇宙では海上と異なり三次元の艦隊行動が要求される。戦闘機のような陣形をふねで行うのだから、やはり勝手が違う。

「『まいづる』より通信。テスト用装甲の最終展開を始めたとの事です。展開終了まで三分」

 そういえば、あまぎ型の改装はどうなるのか。性能諸元は改あまぎ型と同程度になると聞いているが、そもそも改装が終わっても搭乗出来る人間がいない。それとも、あまぎ型の再配備は遅らせるのだろうか。

 気になるのは宇宙ここだけではない。地上の事だってある。陸海空と防御を固めるだろうが、こちらとは連携出来ないだろう。

 つまり、我々は味方の支援も満足に期待出来ない。宇宙ここ故の悩みだ。

 地球の衛星軌道であっても、地上からのミサイルはほとんど期待出来ない。そもそも地上に配備されているミサイル群は、対弾道ミサイル用だ。それなりの大気圏突破能力は有るが、その先の宇宙空間で弾道弾以外を攻撃する事など想定されていない。それに燃料が足りないだろう。

 他にも宇宙ここで何かあったら、救助もほとんど期待出来ない。まあ、それは潜水艦と同じか。限界深度を超えた場合、救助できない事と。

「減速噴射開始。後進一速。指定ポイント到着まで三分」

「機関正常。メインエンジン噴射停止。艦首逆噴射正常」

 吉田機関長の声と同時に、モニター越しに減速噴射の青白い炎が見える。艦首にある大型ノズルから出た憤炎は、前方に長く延びていた。

 あまぎ型よりも、やましろ型は燃料の心配をさほどせずにすむのが良い。

 核融合パルスエンジンのなせる技か。改あまぎ型も核融合パルスエンジンを搭載しているので、以前よりも運動性能が上がった。何よりあまぎ型の総トン数に対して強力なエンジン。

 やましろ型が巡洋艦であれば、改あまぎ型は高速巡洋艦といえるだろう。現在改装中のあまぎ型にも、同じ核融合パルスエンジンが搭載される。これで作戦の幅が増える。

 そもそもあまぎ型とその改良型である改あまぎ型は、やましろ型よりも総トン数が少ない。モジュール構造で基本構造は同じだが、全長などに違いがある。そこにやましろ型と同じ数の推進用エンジンを搭載すれば当然そうなる。

 しかし、一体いつそれほどエンジンを建造していたのか。まるで分かっていたかのようなスケジュール。

 あまぎ型は主砲も交換されると聞いた。改あまぎ型よりも搭載数は劣るが、戦力としては増強されると考えて良いだろう。

 ただ、速度が上がった事で問題もある。下手に最大戦速でミサイルを発射すると、その運動量が保存されてしまい、誘導に問題が出るらしい。最大戦速でミサイルを発射する事はまず無いと思うが、それでも気をつけなければならない。

「『やましろ』、指定ポイントに到着しました」

 さすが宇宙だけあり、一万キロ進むのもほんの僅か。これが地上なら、何日かかるのだろう。

「これより砲撃試験を行う。その後、艦隊を分離し模擬艦隊戦訓練を行う。全員、気を抜くな」

「『まいづる』より通信。テスト用装甲の第一次展開終了し、退避完了とのことです。各テスト用装甲板、第一及び第二核融合炉からの電力供給安定」

 展開された全てのテスト用装甲には、衛星のようにアンテナと太陽光パネルを展開した核融合炉から、それぞれ電力供給のケーブルが延びている。これで装甲に対して完全な電力供給が可能となる。

「第一戦隊に通達。各々の目標に第一主砲斉射」

「『やましろ』、艦首一番砲目標捕捉。発射」

 一筋の光りが伸びる。瞬間、遠くで輝きが見えた。ほとんど光の速さなので、発射と命中が同時に見える。荷電粒子砲なので肉眼でも光は見えるが、これがレーザーなら見えないのだろう。

「標的に命中を確認。現在、標的の状況を観測中」

 渡瀬観測長からの報告が入る。すぐにテスト装甲がどうなったのか分かるだろう。

「一番砲、核融合炉異常認められません。全炉心異常なし。現在、推力五パーセントで艦固定」

 吉田は、計器類を注視して異常が出ないか細心の注意を払っている。新型艦だが、彼女は上手く運用してくれている。

「レーダーに荷電粒子砲の影響認められず」

「一番砲、チェック完了。全て異常ありません」

 それぞれの科からの報告に、内心安堵する。最大出力で、正式なテストは初めてだからだ。しかも新型艦でのテストとなると、余計にそう思わざるを得ない。

「観測結果出ました。テスト用装甲の中心部を打ち抜いています。テストは成功です。詳細を現在測定中」

 渡瀬の報告に、艦橋全員の安堵が見える。

「テストはまだ終わった訳ではないぞ。全員気を抜くな。それに、標的に命中することだけが成功ではない」

 それでも、初めての主砲最大出力での射撃。緊張するなと言うのが無理なのかもしれない。

「精密着弾結果出ました。誤差左マイナス方向にゼロコンマゼロゼロ一ミリ。誤差範囲内です。わずかに月の影響があったと思われます。命中部分は蒸発」

 思わず艦橋の全員が唸る。レーザーでは簡単に打ち抜けない装甲を、荷電粒子砲はいとも簡単に打ち抜いた。確かにこれは凄い。

「第二戦隊、砲撃準備完了。斉射します」

 続いて第二戦隊から多数の光が伸びる。それとほぼ同時に、閃光が一瞬見え光がさらに遠くへと消えていった。

「第二戦隊も問題はなさそうだな」

「そうですね。しかし、本当にこの主砲は凄いものです」

 吉村が望遠で艦橋のパネルに映されているテスト用装甲を見ながら言う。

 確かに凄いとしか言えないだろう。たった一発でレーザーでは貫通困難だった装甲をぶち抜いている。しかもその後に威力が衰えたようには、第二戦隊の斉射を見ても思えない。

「これなら勝てるでしょうか?」

「ん、吉村は何が心配なんだ?」

「初めての地球外生命体です。技術力は我々よりも上だと推測出来ます。確かにこの主砲の威力はもの凄いものですが、相手の装備が分からない以上は、これで安心して良いものかと」

「まあ、その気持ちは分からなくも無いがな。しかし現状での我々が用意出来るのはこれが限度だ。効果があると考えて訓練せざるを得まい」

 ただ私も心配はしている。そもそも惑星の存在を消せる技術がある技術力。我々の想像出来ない技術力を持っていて当然だろう。

「現在、『まいづる』がテスト装甲を交換しています。交換完了まで五分です」

 皆、だいぶ慣れてきたようだ。少なくとも、艦橋にいる者たちは安心出来る。

 問題は、それ以外の部署だろう。いくら人員を補充しても、航宙自衛軍とそれ以外では違いが多すぎる。

「今のうちに、全艦のチェックを済ませておけ。艦隊にも通達」

 ちょっとした見落としが、後で事故に繋がりかねない。

「これでしたら、相手が誰だろうと大丈夫ですね」

 加藤がチェックをしながら呟く。まあ今の威力を見れば、そう考えるのが自然だろう。

「気を抜くなよ。次は艦首荷電粒子砲のテストだ。主砲とは威力が違う。その分、テストも慎重にしなければならない」

「機関は問題ありません。出力も安定していますし、全ての計器は安全レベルです」

「どんな些細な事も見逃すな。いくら隔壁が何十にあるとはいえ、何かあった際にそれで防げるとは限らない。レーダー関係は外に露出している物も多い。荷電粒子砲で一番影響を受けやすいはずだ」

「現在のところ、全レーダーシステムは問題ありません。先程射撃した一番砲塔のレーダー素子も、正常に稼働しています。また、射線上のレーダー素子にも異常認められません」

「それでもだ。後で影響が出る事も考えるんだ。もし問題があるなら、早く対処法を考えなければならないからな」

「司令、そこまで慎重になる必要があるのでしょうか。少なくとも、地上試験を行った物です。問題があれば、その時に出ているかと思いますが」

 吉村が反論するが、やはり宇宙と地上では違う。

「私は心配性なんだよ。艦隊の全乗員の命を預かっている。こんな所で事故を起こしたくはないからな」

 何より航宙自衛軍は歴史も浅い。だからこそ事故は未然に防ぎたい。少なくとも過去にあったJSL123便のような事態だけは避けたい。

「後進運動停止します。現在、静止状態」

 推力五パーセントで、静止状態に一分半ほどかかった。想像よりも長い。もっと推力を上げれば問題ないだろうが、出来るだけエネルギーは温存させたい。昔の化学ロケットに比べれば格段に良いが、だからといって燃料は無限ではない。

 レーザーと違い、この荷電粒子砲は粒子をほぼ光速で発射する。そのため、宇宙ではその反動も無視出来ない。もっと発射速度が遅ければ別だろうが、これは仕方がないと思う。

「砲撃位置に向け前進微速。艦固定位置まで三十秒」

 加藤が艦を元の位置に戻すため、前進微速を指示した。それを受け、吉田が機関をチェックしているようだ。

「各艦の状況はどうか」

「現在の所、問題は報告されておりません」

「レーダー、何か捉えてはいないか」

「レーダー、光学共に現在異常なし。この宙域には私たち以外はいません」

 少し考えすぎだろうか。何か嫌な予感がして仕方ないのだが。

 こんな嫌な感じが昔にもあった。台湾海峡での秘密作戦時だ。あの時は、危うく艦を失うところだったが、間一髪で危機を回避出来た。もしあの時判断が遅れていたら、私はここにいない。敵の新型原潜三隻に囲まれた時は、文字通り死んだと思ったが、それも過去の話。

「テスト用装甲展開完了まであと二分です。『まいづる』より異常なしと連絡」

「司令は、過去の経験から色々と心配されるのだとは思うのですが、あの時とは違いますよ。何せ新型艦です。少なくとも、当時よりは設備はよいですし、潜水艦のような行動制限も宇宙では少ないですからね」

 吉村の言っている事も分かっているつもりだ。なのに胸騒ぎのような物がある。だからこそ怖い。

 そういえば、訓練所では結局恐怖の克服の仕方は分からなかった。あれは私だけなのだろうか。だいぶ以前の事なのに、つい先日の事のように思い出す。

「まあ、確かに心配しすぎなのかもしれないな。ここ連日色々あったのもあるのだろう」

「艦首核融合炉、出力最大で待機中。加速器、射出機共に異常認められません」

 吉田の報告が、少しだけ安心させてくれた気がする。少なくとも、機器には問題はない。

「『まいづる』、テスト用装甲の配置完了。現在、退避中とのことです。テスト再開まであと一分」

 通信も異常ない。『まいづる』も問題はない。もっと気楽にして良いのかもしれない。

「全エアロックの封印を再度確認。不要な隔壁を全て閉鎖」

 吉村が発射に備えて、安全のための処置を命令していく。

「艦首モニターを主回線に回します。カメラ良好」

 渡瀬が言うと同時に、目の前にある一番大きなモニターへ、艦首の映像が出る。その先には、小さな赤の点滅が確認出来た。テスト用装甲の発光信号だろう。そこから少し離れた右側には、黄色い点滅も見える。まいづるの航行灯だ。

「機関、異常なし。メインエンジン、最大出力噴射準備で待機」

 準備は整った。あとは、まいづるの退避が完了すれば発射できる。

「流石に緊張しますね。この艦の決戦兵器とも言える物ですし」

 佐々木砲術長がモニターで装甲の展開が終わるのを見ながら言う。確かにこの艦のエネルギー大半を使う艦首砲。並大抵の威力ではないだろうし、当然その影響も大きいはずだ。

「『まいづる』より通信。展開完了との事」

 展開完了の報告で、環境に緊張が走るのが分かる。できればこの空気は、訓練だけにしてほしいものだ。

「艦首砲、全艦斉射」

 私の言葉に続き、吉村が復唱して佐々木も復唱する。そして艦首からまばゆい光が発せられた。カメラを通しての画像だが、それでもかなり眩しい。

「発射完了。艦首砲異常認められず」

「機関、出力五十パーセントにて噴射中。現在六キロ秒で後退中」

 今回の出力は五十パーセントでしかない。テスト用装甲は後一回分だけだ。事実、第二戦隊は第一戦隊が斉射した後の物を再度位置をずらして斉射している。そうでもしないと装甲の数を用意出来なかった。

「艦首カメラの一部に異常あり。画像が乱れています。艦首砲の影響かと思われます。艦首レーダー素子にも乱れあり。現在原因究明中」

「甲板科、なにか外部に異常はあるか?」

「装甲そのものに異常はなさそうです。現在調査中」

 甲板科の岩谷和夫少佐がすぐに答えた。

 装甲に影響がないとすれば、電子機器のみの影響だろうか? カメラの画像も電気信号で送られているので、その可能性を排除出来ない。

「各員は現状の把握を最優先。機関科は艦静止後、指定位置へ再度前進」

「『まいづる』より通信。第二戦隊の斉射はしばらく待って欲しいとの事です。艦首砲の威力が想定より大きかった模様」

 そうなると第二戦隊の試射は延期もあるか。全く想定していないわけではないし、こればかりは仕方がないだろう。

「第二戦隊は周辺宙域を監視しつつ待機。第一戦隊は指定位置へ復帰及び各安全点検」

 すぐに命令を飛ばす。無理をする事はない。時間も十分にある。

「『かぐや』からは何か連絡があるか?」

「ありません。何か報告しますか?」

「いや、今はいい。ただし回線は開けておけ。第一戦隊の状況はどうなっている?」

「各艦より現状把握中との事です。第一戦隊全艦が何らかの影響を受けている模様」

 実戦では使い辛いな。影響が大きすぎる。使えなくはないが、運用を見極める必要があるだろう。後で報告書にも記載しなくては。面倒事が増えそうだ。

「艦首砲は調査中ですが、他の砲塔及びミサイル発射管等、異常認められず」

「機関異常なし。出力安定」

 ほとんどの部署から異常なしの報告が入ってくるが、観測系統の報告が来ない。それと甲板科からもだ。

「甲板科、艦首です。内部からの調査ですが、艦首砲付近のレーダー素子及びケーブル類に溶解が認められます。また艦首の観測レンズに歪みがある模様。これ以上は外で確認しないと分かりかねます」

 やはり影響は免れないか。もし出力百パーセントで砲撃した場合、艦首が小破してしまうだろう。場合によってはもっとだ。そもそも現状が小破なのかもしれない。

「艦内チェックだけでいい。全レーダ及び回線の確認を急げ。艦首以外の光学機器の確認も行うように。砲術科は第一砲塔を再チェック。どんな些細な事も見逃すな」

 すぐに艦橋が騒がしくなる。他も再チェックを始めている。どの様な影響が出ているかまだ分からない部分も多い。チェックは厳重にした方が、今後のためにもなるだろう。

 その時、手元にあるモニターの一つに、一瞬白い光りのような物が横切った気がした。

「『まいづる』より緊急信号を受信。遭難信号です。種別は自動発信タイプ」

「『まいづる』と緊急通信だ。状況を報告させろ」

 先ほどの光が一瞬気になったが、今は『まいづる』だ。

「『まいづる』は何か直接言っていないか。それと、他に異常はないか。本艦を含め、艦隊の状況をチェックしろ」

 通信科が騒がしくなる。一体何が起きているんだ?

「『まいづる』より不明瞭な信号を受信しています。何を言っているのか聞き取れません。駄目です、『まいづる』通信途絶!」

 『まいづる』を望遠で映しているモニターを見る。次の瞬間、画面が光に包まれた。

「レーダー、何か掴んでいないか?」

「レーダーは何も捉えていません。現在調査中」

「『まいづる』との通信回復を最優先。観測は『まいづる』の最終位置の確認をしろ。本艦の通信機器故障ではないのか?」

 モニターの光が消えていく。『まいづる』が映っているが、何かがおかしい。

「違います。通信は正常です。他艦との交信は問題ありません」

 メインモニターを見ながら、何が起きているのか想像する。

 まいづるの通信機器故障だけなら良いが……しかし、それだと救難信号の説明が付かない。

「『まいづる』の映像を主モニターに投影しろ」

 すぐに中央にあるモニターへ、『まいづる』の映像が映し出される。気のせいか、船体が歪んでいるような……?

 メインモニターに光りが映る。今度ははっきりとした閃光。それが数十秒続く。私を含め、誰もが息を飲んでいた。この場合、閃光の意味する物は一つしか考えられない。

「閃光の種類を特定しろ! 『まいづる』との交信回復しないか」

「『まいづる』とは、依然交信途絶です。何の信号も受信していません」

 最悪の事態がよぎる。

「レーダーと光学、観測で何か分かった事は?」

 モニターに再度大きな閃光が走る。画面が真っ白となり、全員がそれを見ている。通信科が呼びかけているが、応答は無いようだ。

「先程の閃光直後、『まいづる』がレーダーから消失しました。現在レーダーの確認中。『まいづる』のいた付近に、多数の浮遊物がある模様です。現在確認中」

 レーダー席にいる渡瀬の部下が答える。

「『まいづる』のいた付近に、光学で多数の残骸らしき物を確認。現在、精密観測中です。しかし、これは……」

 渡瀬の声がどこか震えている。

「『まいづる』の残骸のように見えます。最大望遠でメインモニターに出します」

 そこには多数の残骸が映っている。そして、その残骸のいくつかは、『まいづる』の物に酷似していた。

「演習中止! 艦隊は『まいづる』の救援に向かう。最大戦速……いや、機関一杯、エンジンフルパワー。『かぐや』とも至急連絡。『補給艦『まいづる』に異常事態。現在現場に急行中』と打て。救難発光信号、撃て。艦隊、非常時態勢。索敵艦、周囲の索敵を怠るな」

 別のモニターに、救難信号を示す信号弾が映る。これで、近くにいた者なら気が付くはずだ。しかし、この宙域には我々以外はいない……。

「最大戦速、アイ。進路ようそろ。何かに掴まってください」

 加藤が言うと同時に、急に体が重くなる。加速疑似重力が一気にかかった証拠だ。

「至急、月面『かぐや』基地との常備回線を確保。付近に船舶はいないか?」

「一番近い船舶でも、我々の二倍の距離があります」

 こんな時に限って、遠くでテストをした事が仇となるとは。

「到着まで十分です」

 遠藤の言う十分が、とても長く感じる。

「観測、『まいづる』から救命艇は確認出来るか」

 しばしの沈黙。そして、無いとの回答。

「通信、『まいづる』または、救命艇の信号はないか」

 こちらも無いとの回答。

 この二つが意味する事は一つしか考えられないが、それは考えたくない。

「艦首カメラは映像を録画していたな。『まいづる』通信途絶二分前からの映像を、スクリーンに」

 すぐにメインスクリーンに映像が出る。

「その他に、『まいづる』を監視していたカメラもあるはずだ。そちらもモニターに出してくれ。出来るだけ『まいづる』が映るようにしてくれ。レーダーに光学、通信は『まいづる』の確認を急げ」

 モニターに『まいづる」が拡大されて映る。『まいづる』が別のモニターにはっきりと映った。これで何か分かるはずだ。

 コマが進んでいくが、『まいづる』に変化は特にない。

「『まいづる』の方角より、微弱信号を受信。宇宙服の信号と思われます。数一です。信号処理で増幅していますが、ノイズが多く信号種別不明」

 少なくとも、一人分の宇宙服は無事だ。人が中にいなければ、勝手に信号を出す事は考え辛い。誰かが生きている可能性が出てきた。

「こちらから信号を送れるか?」

「現在通信を試みていますが、まだ応答はありません」

「観測、位置の特定は出来るか?」

「少しお待ち下さい。周囲にノイズが多数あり、判別が困難な状況です。光学では残骸が多く、発見困難です。残骸が多すぎます」

 その時『まいづる』を映していたモニターに、一筋の光りが横断する。

「今のをもう一度再生しろ! スロー再生だ」

 すぐに録画が巻き戻される。

 今度は、スローでモニターに表示された。右上の時間のカウントが、少しずつ動く。

「宇宙服の信号を複数確認。四つ確認出来ました。それ以外は確認出来ません。宇宙服からの緊急救難信号です。音声信号はありません」

「出来るだけ呼びかけろ。全ての回線からだ」

「司令、『まいづる』は……」

 吉村の言おうとしている事は分かっているつもりだが、それを認めたくない自分がいる。

「最後まで諦めるな。まだ可能性はある」

「渡辺司令、モニターを」

 加藤の声に呼び戻され、再びモニターを注視する。そこには、一筋の光りが『まいづる』の中央部を横断するように貫いていた。

「画像解析し、直撃した位置を特定しろ。艦隊、第一種警戒態勢。横縦列隊形から、球陣形。『まいづる』を中心に『やましろ』、『しなの』、それと『てんりゅう』、『しきしま』を『まいづる』を囲むように配置。残りは球形陣形を固めつつ、レーザー防御及び囮を射出。『まいづる』周辺には、飛散防止ネットを展開。救援に向かう『やましろ』(ほか)三艦は、救命ランチをすべて発進可能態勢で待機。映像から確認できた方角に、レーダージャマーを展開。『かぐや』に救命設備を用意するよう伝えてくれ」

 球形陣形なら、全方位に守りを固められるはずだ。艦の性能も輸送船とは違う。一方的に被害を受ける事は無いと信じたい。

「第一種警戒態勢、アイ」

 佐々木が答える。艦橋のライトが昼白色から赤に変わる。

「本艦以外に、あの光を捉えている艦はないか。至急データを洗え。艦隊は散開し、敵の強襲に備えよ。指定された艦以外は、防御と索敵に集中。観測用ドローンの射出を許可する。艦隊はいつでも砲撃可能なように。吉村、他に何かあるか?」

 まさかいきなり攻撃とは。しかも、武装していない輸送船を攻撃したことが解せない。

「いえ、今はそれで十分かと。相手の事についてあまりに情報が不足しています。今は防御に徹するべきかと思われます」

「分かった。各艦に通達しろ。不審な物があれば、それは敵だと想定。応答がない場合、即時迎撃を許可する」

 我々の周囲には、あの正体不明の光を出せるような物はなかったはず。ならば、直接こちらを狙うことも出来たはずだ。見た目でも武装しているこちらの方が、遙かに危険の筈なのに、何故こちらを狙わなかったのか。

 そうこうしているうちに、減速運動を感じる。加速が大きかった分、減速も大きくなり、その分エネルギーの消費も大きいが、この際それを言っていられない。人命に関わる。

「レーダー、通信、まだ何か捕らえていないか?」

「周囲は『まいづる』の破片が散乱している模様です。レーダーで金属反応が多数確認出来ます」

「依然、通信は応答ありません」

 誰も着用していない宇宙服が漂流しているのか。しかし、それが同時に四つも救難信号を出すことなど、あるのだろうか?

「光学で宇宙服と思われる物を捉えました。しかし、動きはありません。四つともほぼ同じ位置にあります。『まいづる』のいた位置から、約二キロ月側です」

「宇宙服の生体信号は受信出来たか」

「いえ、ノイズが多くて受信出来ない状態です」

 生体信号が出ていれば、人がいるかどうかも分かる。もちろん生死も……。

「現在各種フィルターを使用していますが、ノイズがあらゆるチャンネルに影響しています。艦隊との通信も、若干不明瞭な状況です」

 それでは確かに弱い宇宙服の信号は拾えないだろう。元々宇宙服の信号は、さほど強力では無い。そもそも通信機器は、爆発のような事態を想定はしていない。

「本艦および随伴艦は到着次第、救命艇を緊急発進。他の艦は、周囲の警戒を厳にせよ。『やましろ』、『しなの』、『てんりゅう』、『しきしま』は『まいづる』の生存者確保を最優先」

 吉村が、私の指示した事をさらに細かく乗員に伝えていく。

 これで少なくとも、レーザーでない限りは突然の強襲は受けない……はずだ。

「外周艦の展開完了との事。現在第一種警戒態勢」

 報告は次々と、そして色々と上がるが、それでも不安は拭えない。

 どこまでレーザー防御装置が有効かは分からないが、何もしないよりは良いだろう。

「月との連絡はどうなっている?」

「緊急事態の信号は送りましたが、こちらにすぐ回せる船はないそうです。あちらでも、『まいづる』の状況は確認したと言っていますが、位置が悪くこちらに全て任せると言っています」

 役立たずが。こんな時のための月面基地のはずではなかったのか。

「どのみち艦隊は月面に着陸出来ない。遭難者の回収を最優先。できれば、爆発の原因が調査可能な残骸も回収したい。格納庫を空けさせておけ。必要なら生存者だけ月に降ろす。それ以外は、最悪みちびきに運ぶぞ」

「格納庫はそれほど大きくありませんが……」

 吉村が反論するが、調査に必要なら何でも持っていきたい。

「甲板に括り付けても良い。原因究明に必要なはずだ。とにかく、出来るだけ回収するんだ」

「分かりました。しかし、本艦だけでは無理かと思いますが……」

「当然だ。必要なら他の艦も使え。とにかく、原因を究明しなければならない。フライトレコーダーが残っていればよいが……」

 さすがにレーザーなどの直撃を受ければ、いくらフライトレコーダーといえども溶けて蒸発し、残りはしない。

「前方に巨大漂流物。急制動かけます」

 加藤が叫んだ瞬間、前のめりになるような制動がかかる。

「『まいづる』の後部格納庫部分だと思われます。損傷はあまり見られないですね」

 急制動で通過しながら、モニター越しに観察する。

 確かに佐々木の言うとおり、外観の損傷はほとんど無い。継ぎ目の部分は裂けているが、格納庫そのものは無傷といってよいほど綺麗だ。機関部分も見た目の損傷は少ない。少なくとも機関部の爆発では無い。

「後続の艦に回収指示を出せ。牽引してでも持ち帰るんだ。本艦は生存者の救出を優先させろ。シグナルブイを打ち込んでおけ」

「あの中に、生存者はいると思われますか」

 吉村が通過する格納庫を見ながら聞いてくる。

「中にいれば、おそらくはな。あの様子だと、中は大丈夫だろう。ただ、空気が漏れていなければの話だ」

「ですね。進路〇一〇(マルヒトマル)、上方〇二二(マルフタフタ)に前進微速。救命艇緊急発進用意」

 宇宙を漂っている四つの宇宙服を目指して、吉村が指示する。

 もうすぐ到着する。生きていれば、何かが分かるはずだ。たとえ生きていなくても、回収しなくてはならない。こんな所に置き去りは出来ない。

「漂流中の宇宙服からの応答がありました。四名とも生存しています。酸素量、残り十分との事です。予備を使えば、十五分は大丈夫との回答です。ただし、意識があるのは一名のみのようです。宇宙服からのシグナルは受信出来ません。受信したのは音声シグナルだけです」

 よかった。これで何があったのか、多少は分かるかもしれない。なにより生存者がいて良かった。十分なら、救助は間に合うだろう。

「救命艇、発進準備」

 格納庫からの通信。後は回収するだけ。

「最接近距離になったら出せ。リニアカタパルトに次の救命艇は準備しているか? あればそれを最優先で発進。漂流物に気をつけろよ」

 吉村が艦内マイク越しに叫ぶ。

 救命艇はその性質上、あらゆる場所での活動や発進方法を備えている。今回が初めての運用ではあるが、同時にテストも出来る。正直嫌なテスト方法ではあるが。

「『いしかり』より入電。フライトレコーダーを発見したそうです。現在ランチで回収に向かっているそうです」

 遠藤の報告に、少しだけ安堵する。これで、何があったのか多少は分かるはず。

「索敵、周囲の状況はどうか?」

「敵影と思われる物は発見出来ません。艦隊の周囲は漂流物多く、漂流物は熱を持っています。フィルターを使用しても、宇宙服の発見は困難です」

「分かった。引き続き索敵および捜索を継続。状況が変化したら報告してくれ。それと、生存者には常に呼びかけろ。話しかけ続けるんだ。こんな所で死なせるわけにはいかん。宇宙服の位置信号は捉えたか?」

 全く何という事だ。今回のまいづるといい、前回の正体不明のレーザー照射といい、頭が痛くなる。

「救命艇、リニアカタパルトで緊急発進完了。救命艇到着まで三分。艦を現状位置で固定します」

 加藤は思ったより冷静だ。やはり、女性だからといってヒステリックになるというのは、言い過ぎだろう。むしろ渡瀬の方が、男なのに冷静さに欠けているようにすら見える。過去の経験がそうさせるのだろうか。

「宇宙服の位置信号と思わしき信号、捉えました。微弱です」

 確か、加藤は以前にも緊急時に遭遇した事があると聞いた。どのようなものかは知らないが、それが冷静さを与えるのかもしれない。

 冷静と言えば、吉村と佐々木も冷静だ。二人は、前の台湾海峡沖でも実戦の経験はないはずだが、この違いは何だろうか。特に吉村は極めて冷静に見える。この様な事があっても、これほど冷静にいられるのだろうか。やはり、二人の出身地のことが気になる。

「他艦とのデータ照合を行った結果、あの光りは太陽の方角からと確認出来ました。現在、精密な位置を計算中です」

 渡瀬の答えに、嫌な予感がする。可能性として高いのは、あの謎の惑星にいる誰かが、『まいづる』を狙い撃ちした事。

 こちらのレーダーでは捉えていないのだから、かなりの遠距離から狙撃された事になる。

 『まいづる』は砲撃テストのため退避中だった。敵はその動きまで予測して、砲撃を仕掛けたのだろうか? もしそうだとすれば、位置予測があまりに正確すぎる。

「太陽の方角に対レーザー防御を集中させろ。艦隊は第一種警戒態勢のまま、他の生存者の発見に努めよ」

 それにしても不可解なのは、何故『まいづる』だったのかだ。

 狙おうと思えば、こちらの方が狙いやすかっただろう。『まいづる』の三倍は大きいやましろ型の方が、目標としては遙かに狙いやすい。熱量も高い。それに数もこちらが多い。そして『まいづる』は退避行動中だったが、こちらは止まっていた。

 それとも『まいづる』でなければならない理由があったのだろうか?

「『くしろ』より入電。『まいづる』の操舵室を発見したそうです。ただ……」

 遠藤の声が暗い。

「何だ?」

「爆発で半分以上が溶解しており、生存者は絶望的と報告が入っております」

「分かった」

 救えなかった事を悔やんでもどうしようもない。今は、生きている者を最優先で救助しなければならない。

「救命艇より連絡。生存者を救命艇に収容したそうです。四名とも生きていますが、二名は気を失っているそうです。漂流中に気を失ったようです」

「怪我などは大丈夫か?」

「宇宙服には損傷無しとの事です。現在、簡易検査を行っているとの事」

 気を失っていたとしても、生きていればそれだけでも良い。これ以上失う訳にはいかない。

「五分でこちらに帰還するとの報告です」

「収容準備急がせろ。救護班は艦首格納庫で待機。他に生存者の連絡はないか?」

「今のところ入っておりません」

 三十四名中、生存四名か。航宙自衛軍発足以来、史上最悪の被害だ。しかも、『まいづる』まで失ってしまった。

「『みちびき』との連絡は取れたか」

「障害物など多数のため、通信困難です。月面基地かぐやとの通信も不明瞭になりつつあります」

「通信復旧に努めよ。他艦にも連絡。手の空いている艦は、漂流物の回収を急げ」

「『くろべ』より緊急入電! 艦尾に攻撃を受けている模様。艦尾装甲に異常な発熱ありとの事。現在緊急対処中」

 艦橋の空気が変わる。一気に緊張が走る。

「『くろべ』の位置はどこだ!?」

「『くろべ』は本艦から前方左三〇度、上方二五度の位置。距離三万です、司令」

「他艦からは何かないか?」

「今のところありません……『くろべ』より緊急! 艦尾装甲融解、されど航行に支障なし!」

 着弾が見えなかった事を考えれば、長時間のレーザー攻撃だろう。レーザーなら視認は出来ないはずだ。しかし溶解までの時間が早すぎる。十秒も経過していないのでは無いか?

「『くろべ』は下がれ。再度レーザー防御を徹底。観測、何をやっているか!」

「司令。レーダーにはそれらしき反応はありません。『くろべ』より位置情報は受け取りましたが、その方角には現在浮遊物すら発見出来ません」

 まさか再度の超遠距離からの狙撃? そんな事が可能なのか?

「再度緊急、今度は『くさか』です。左舷艦首側装甲大破、被害状況を現在確認中との事。突然だったそうです。未知の敵からの攻撃とみて間違いないとの事。装甲が四枚抜かれているとの情報が入ってきております」

 特殊装甲が四枚同時に? まさかそんな事が?

「艦隊は陣形を維持しつつ、損傷艦は後退。全艦は観測を強化せよ。第一種戦闘態勢で、標的を見つけ次第攻撃。吉村、生存者の回収は完全に終わったのか?」

「救命艇、本艦まで残り一分の距離です、司令」

「収容急がせろ。場合によっては撤退する」

「し、しかし……」

「安全が最優先だ。艦隊、全主砲及び副砲、その他各兵装はいつでも撃てるようにしておけ。ダミーバルーンも再度射出。『かぐや』には連絡しているか?」

「はい、すでにリアルタイム状態です」

「レーダー、まだ何か掴めないか?」

「この艦の位置では場所が悪すぎます。浮遊物が多く、レーダー波に影響が出ております」

「索敵艦からは何か報告がないか!」

 思わず怒鳴ってしまった。こんな事になるなど想定外だ。

「今のところはありません。『くさか』より再入電。艦首大破。艦首側兵装の七〇パーセント使用不能」

「『くさか』は緊急退避しつつ、ダメージコントロールを優先。近くの艦は?」

「『くなしり』と『てんりゅう』です。位置は『くなしり』が近いです」

 やましろ攻撃強化型と改あまぎ型か。

「『くなしり』を急行させつつ、『てんりゅう』に補佐をさせろ。『くさか』の被害状況はどうなっている?」

 一方的な損害だ。相手にもなっていない……。悪夢だ。

「『みずほ』より入電! 正体不明の物体をレーダーで捉えたとのこと。現在光学観測中。続いて『くしろ』からも入電。レーダーに感あり。現在確認中」

「方角は!」

「どちらも太陽方向から上十度、左二十度の位置との事。その方角にはアメリカ艦および他の衛星等はありません!」

 ならば遠慮する事は無い。

「艦隊は『みずほ』の捉えた位置にレーザー攻撃。同時に『くしろ』からの方向にも砲を向けておけ。各艦のダミーバルーン残数は?」

「平均、残り三割です」

「構わん、全て砲撃の邪魔にならない範囲で射出。『みずほ』と『くしろ』には観測急がせろ」

「救命艇収容完了しました。フライトレコーダーの回収も終了しているとの事です」

 よし。これで最低限の事はしたはずだ。

「艦隊転舵。交戦しつつ、艦首を不明物体に向けろ。ただし、主砲はまだ使うな! レーザーでの迎撃を行え。『かぐや』及び『みちびき』に緊急。我、正体不明の物体より攻撃され、二艦に損害。誰か非常警報を止めろ。指揮の邪魔だ!」

 すぐに誰かが警報を切った。しかし艦橋の中は騒がしい。そして、空気が重く、ピリピリと張り詰めている。

「ダミーバルーン射出終了。展開完了まであと二分」

 たかが風船だが、それでもレーダーの誤魔化しにはなるはずだ。そうでなければ困る。

「『あがの』より緊急! 回頭中に攻撃を受けた模様。艦首及び艦中央後ろから、艦尾にかけて被弾との事! 既に艦首は大破しているそうです!」

「近くにいる艦は『あがの』の救援および穴埋めに急行せよ。『あがの』の状況は?」

「現在被害確認中との事です。一部で隔壁が破られていると言っています。また、ダミーバルーンの間を抜けて攻撃されたとの事!」

 ダミーバルーンの存在に気がついている? ただの偶然か? しかし、そう偶然が重なるのか?

「各艦は個別に目標へ攻撃。吉村、『やましろ』も『あがの』の穴埋めに向かえ。艦隊、主砲での攻撃を許可する。艦長、ミサイル発射で弾幕を張れると思うか?」

「理論上は。少なくとも直撃される可能性は減るはずです」

「よし、艦隊はミサイル攻撃も開始。安全装置は解除しろ。信管調整ゼロ距離」

「しかしそれでは、直接当たらなければ……」

「相手の攻撃に対する防護壁として使用する。そもそも位置が遠すぎて、ミサイルが届く可能性は無いはずだ」

「りょ、了解。砲術長、ミサイルをばらまけ!」

 宇宙空間でミサイルが当たる可能性など、距離を考えてもほぼ無理だ。しかし相手の砲撃を邪魔する効果なら、多少なりともあるはずだ。

 手元のモニターには、各種砲やミサイルが発射される画像が映し出されている。その他に『みずほ』から連絡があった方角の画像も映っている。しかしモニター上では何も見えない。距離がありすぎるのだろう。映し出されている映像は、砲塔にある照準用光学カメラだ。大型の索敵用カメラでは無い。当然解像度などしれている。

 その間にも次々と主砲や副砲の光、ミサイルが発射されていく。後で色々と言われるだろうが、今はそんな事など構っている暇は無い。

「司令、『みずほ』より入電! 前方で複数の火球を光学にて確認したとの事!」

「艦隊、砲撃一旦中止! 各艦は個別に全天をレーダスキャンおよび光学で確認せよ。損害を受けた艦はダメージコントロールを最優先。第一種攻撃態勢のまま、現宙域を離れるぞ。現在の陣形のまま、最大戦速で月に向かう」

 一体これを、どう報告すればよいのか。悪夢以外の何物でもない。

毎回ご覧頂き有り難うございます。

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