第三章 艦と人と組織 (10)
十
二〇六五年六月二三日 UTC 十時
やましろ艦橋
全く慣れないなと思う。
元は潜水艦艦長でしかない私が、今では航宙自衛軍の実動部隊司令官だ。正直荷が重い。
先行した『まいづる』とその護衛艦は、既に現地に到着している。テスト用装甲の準備も問題ないと連絡があった。
やましろの艦橋に備え付けられた司令席に座りながら、艦隊の状況を確認する。
本来は太田が先に行っていなければならなかったが、予想外のトラブルにより三隻の宇宙巡洋艦が先行しているだけだ。その代わりに二十五隻もの艦隊が、月軌道上で待機している。
結局、第二戦隊旗艦の『しなの』の補給が最後となり、一時間程前に終了した。
核融合炉搭載艦であり、燃料そのものはほとんど消費していないが、食料などの物資は別だ。
海でもそうだが、補給は常に受けられるとは限らない。しかもここは宇宙。海よりも補給の条件は厳しい。
地球上であれば、最悪潜水艦であっても浮上する事で空気の確保は出来る。しかし、宇宙空間ではタンクにある酸素と、還元剤を用いた酸素は供給されず、当然酸素濃度が低下したり、二酸化炭素濃度が一定以上になれば、死に直結してしまう。
昔、潜水艦は『鋼鉄の棺桶』と聞いた事があるが、宇宙船に比べればまだまだ良い部類だと、ついつい考えてしまうようになった。
「司令、お時間です」
第一艦隊第一戦隊旗艦『やましろ』の艦長であり、同時に第一戦隊の指揮官である吉村が告げる。
今は考えすぎても仕方がないか。
「艦隊司令の渡辺だ。これより第一艦隊は月軌道を離れ、砲撃テスト予定地点へと向かう。なお、昨日話した異星人の存在については、今はまだ分からない事が多い。しかし我々は地球を、ひいては日本を守らなくてはならない」
一度言葉を切り、艦橋にいる全員を見る。必要以上の緊張はなさそうだ。
「この先何が起きるかは私にも分からない。しかし、我々は与えられた物で、最大の事を行う必要がある。今回のテストにおいて、各員の一層の働きを期待する。以上だ」
すぐに吉村を見る。準備は出来ているようだ。
「艦隊、第二戦速で月軌道から離脱。演習地点へ発進」
吉村がマイク片手に発進の指示をする。マイク越しに、艦隊へと命令が届いたはずだ。同時に『やましろ』の航海長である加藤が復唱し、少しだけ疑似重力が発生した。
「観測班はレーダー及び光学での確認を怠るな。甲板長、異常は?」
吉村がすぐに命令を飛ばしていく。
艦隊の配置を、手元にあるスクリーンをレーダーモードにして確認した。予定通り四列縦四方陣形を維持している。
宇宙だから出来る陣形だが、複陣形を縦に一列増やした形だ。今回のように艦の数が多い場合に考案した陣形である。他にも宇宙だからこそ出来る陣形はいくつか考案している。
少なくとも『みちびき』から『かぐや』の間で、最低限の訓練はできたと判断して良いだろう。
本来なら慣熟訓練に一ヶ月は最低でも欲しい所だが、正体不明かつ、敵対する恐れのある存在が明らかになった以上、贅沢は言っていられない。
それに第二戦隊の太田は、理由はどうあれ『実戦』を経験した。この意味は大きいだろう。今後、彼女の経験が活かされる事があるかもしれない。
「艦隊は月重力圏を離脱後、第三戦速に移行。各艦は憤炎に注意しつつ、順次隊形を保つように。索敵担当艦は警戒を厳に」
地球と違い、憤炎の影響を宇宙では無視出来ない。
戦闘機やロケットの憤炎は、地球上で行動する分には影響が少ない事が分かっている。
艦に搭載されている核融合推進エンジンの憤炎は、第三戦速の時で最大五〇〇メートルに及ぶ。今回は第二戦速からなので、憤炎そのものは最大でも三〇〇メートルのはずだが、さらにその後ろには電磁波の影響がある事が分かった。
直接憤炎を艦が受けた場合、当然距離によっては船体が破損する。しかも直接視認出来ないレベルの憤炎も確認された事で、艦と間の距離を一定以上保つのは必須だ。
さらにエンジンと憤炎から発生する電磁波は、憤炎の三倍の距離まで影響を及ぼす。当然近すぎるとレーダーアンテナ等の異常はもちろん、破損にも繋がってしまう。
これまであまり認識されていなかった事が分かり、宇宙での行動は色々と規則が増えた。安全のためとはいえ、海上よりも遙かに制限項目が多くなったのは航海士に負担を増す事となってしまったのも事実だ。
安全をどうしても優先しなければならないとはいえ、やはり海と宇宙では勝手が違う。
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