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太陽系戦争 (The Battle of Solar)  作者: 古加海 孝文
第三章 艦と人と組織
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第三章 艦と人と組織 (8)

    二〇六五年六月二〇日 UTC(世界標準時) 一〇〇〇時

        改あまぎ型 しなの第一格納庫


「これを全部月軌道で渡すんですよね、艦長?」

 しなのの甲板科甲板長である飯田中尉が、格納庫にすし詰めとなった物体を見ながら、溜息をつく。

「まあ、気持ちは分かるわ。私だって同じ立場なら溜息の一つはつくもの」

 とはいえ、これを報告した私だって溜息をつきたい。

 単純に問題の無いものは、格納庫に入れる事にした。さすがに船体などは入れていないが、こちらの攻撃で砕けた破片は、一つ一つチェックしながら問題が無いと分かれば格納庫にしまわざるを得なかった。そうしないと、細かい部品を一カ所に纏める事など難しかったからだ。

「それで、外の船体はどうなの?」

「私も視認しましたが、機関部以外は大丈夫そうですね。機関部は今調査させていますが、笹木技術科長の人員を貸していただけたので、あと六時間あればだいたいの調査は終わる予定です」

「良かったわ。多分必要になると思って、すぐに彼に伝えておいたから」

 笹木中尉が率いる技術科は、本来艦全体のメンテナンスが主な仕事ではある。ただ、実際の所は彼らの出番はまだ無かった。なので、今回はかなり張り切っているようだ。

「それより『かぐや』は全て引き取れるのですか? かなりの量がありますが?」

 確かにその心配はある。一応私自身が連絡はしていても、『かぐや』の施設で安全に保管出来るのかは、私も分からない。

「分かってはいるけど、回収は必要な行為よ。それに保管に関しては『かぐや』側がどう考えているか次第ね。場合によっては月面に直接置くしかないかもしれないし……」

 一応調査はしているとはいえ、安全かどうかはまだ分からない。当然『かぐや』の方でも危険は避けたいはず。なら、通常の搬入は行わないと考えた方が良いのかもしれない。ただしその場合は、調査にかなりの時間がかかってしまう。格納施設なら気密室が使えるかもしれないけど、月面に直接では無理。宇宙服を用いても、活動制限があるのだから。

「とにかく、安全第一で作業をお願い。私は艦橋に戻るわ」

 飯田中尉に見送られつつ、艦橋へと向かう。

 今は第三種警戒態勢。全艦に対して三分の二を配置させ、警戒航行を行っている状態。三交代制のうち、休眠時間以外の者は持ち場で原則待機と監視を行っている。指揮官クラスの乗員のみが、艦橋にいるか艦橋との連絡を行っている状態。当然あらゆるレーダー等を使用しているので、数センチ程度の物でなければレーダーに反応がある。一応設定の変更を行えば、距離五千キロ以内であれば一ミリの物であっても識別できるが、さすがにそれは余計な手間が増えすぎてしまう。

 近くの壁にある通信装置を目にして、艦橋の番号とパスワードを入力した。液晶画面には『音声のみ【SOUND ONLY】』の表示が出る。勿論相手の顔を見ながらも通信可能だが、別に必要の無いときまで顔を見る必要も無い。

「艦長よ。何か報告するようなことはある?」

 今頃、艦橋にいる通信士の所に、『艦長【CAPTAIN】』と表示されているだろう。私の目の前には『通信士・永田美織』と表記されている。

『いえ、今のところは。宇宙うみは静かです』

 通信科長で中尉の永田は、地上したでの経験が無い、航宙自衛官だ。これからは彼女のような者が増えていくだろう。私も古株になってしまったのかと思ってしまう。まだ、年齢的には若いと思っていても、実際の年齢はそれを許してくれない。

 航宙自衛軍は新設された軍のため、他よりも女性の割合が多い。実際航宙自衛軍の女性率は三割を超える。ただし、任官して間もない士官も多いので、練度となると話は別になってしまうが。

 それにしても、最初に宇宙を『うみ』と呼んだのは誰だろう?

 水があるわけでもなく、空気すらない。厳密には極希薄な原子が漂っているらしいけども、私達が呼吸することは不可能だ。なのに『宇宙うみで溺れる』という表現もある。平衡感覚を無くして、母船等に帰投できなくなった場合などに使われることが多く、『溺れた』場合は死に直結することが多い。

「ありがとう。先行している艦からは何か言ってきた?」

『いえ、特にこれといっては。演習宙域には二四時間後に到着するとだけですね。演習宙域にも、異常は無いとの報告が入っております』

「分かったわ。民間船の動きは?」

『通常航路から離れた船はありません。時間もほぼ予定通りです』

 とりあえず今のところは、航行に問題はないようだ。だからといって、今の警戒態勢を解くつもりはないが。いつ何時、デブリに偽装した『敵』がいるか分からない。

「了解よ。このままの態勢で私達は月軌道に。先行する艦隊には、予定の演習地点へ向かうように伝えて」

 言い終わってから通信を切る。アクセスコードを再び入れて、今度は月面基地『かぐや』航宙自衛軍港にある通信所へとアクセスする。

「こちら第二艦隊しなの艦長の太田。かぐや、応答願います」

『こちら、かぐや通信指揮所。通信状態良好』

「こちら、しなの。こちらも感度良好。定期連絡、体二分隊は予定通りに訓練中行きへ移動中。本第一分隊は敵艦残存物を維持しつつ、ランデブーポイントへ移動中。到着まであと四時間」

 そういえば、海上自衛隊から海上自衛軍へと名称変更された後も、海上自衛軍は護衛隊群や護衛隊の名称をそのまま使用している。後から出来た関係からかもしれないけど、私達の航宙自衛軍は最小単位が分隊になっている。海自は一護衛隊群に二個の護衛隊、一護衛隊は四隻で編制されている。我々航宙自衛軍は最小の分隊が二隻。海上と宇宙という違う性質の場所だからとも言えるけど、人員が足りないので完成した艦があっても、港に係留されたままだ。

 何よりもどかしいのは、艦の自動運行装置はあるのに、その自動運行装置の運用が事実上凍結されていること。特に問題点となるような異常はテストでは無かったが、有人でなければ運用不可と通達されているので手が出ない。しかも、全ての部署につき交代要員を含めて常時一人確保することとなったので、問題は悪化したと思う。

 今の航宙自衛軍にそれだけの人を用意できるかといえば、単純には出来る。しかし、運用となると別。その結果が、今日も艦の人員の七割が新人教育の一環。運用定員の三倍を超える人員が乗艦している。彼らが育たなければ、私達は今の状態を受け入れるしかない。

 渡辺中将が引き続き交渉を行っているが、中将には艦隊総司令の任もある。人事部は新しく来た人員のことで手一杯。宇宙にはまだ教育科が無いため、いきなりの実地訓練が常態化している。

 以前まで使用していた試験艦四隻は、上級将校育成のために使われているので、下級及び一般兵は事実上いきなり本番に等しい。おかげで隊員の仕事は増えてばかり。

『こちら、かぐや。了解。現在運搬船が出港準備中。ランデブーポイントには三〇分前に到着予定』

 急な話で、月に問題の『荷物』を届けることになったが、思ったよりも受け入れは準備が整っていそうだ。最悪、一日程度はつき軌道上で待機する必要があるかと思っていたのに、すぐに引き取ってもらえるらしい。ただ、一度に全てを運搬できるとは思っていないし、最悪三日程度は軌道上で運搬のために待機する必要があるのかもしれない。物が物だけに、慎重に運ぶ必要があるので、私だってそれくらいは覚悟しているつもり。

「こちら、しなの。了解。搬入物はしなの、もがみ、いぶきがそれぞれ輸送中。また、とかちが周囲を索敵警戒中。他艦はてんりゅうを旗艦とし、戦闘艦六隻と輸送船まいづるが先行中。観測用偵察線及びポッドの状況を求む」

 私の仕事は本来新型主砲の威力確認を行うための先見艦隊であり、今回の『襲撃』は想定外の『事案』。主砲の威力確認のための事も忘れてはならない。

『こちら、かぐや。観測船及びポッドは二時間前に出港。一時間で先行艦とランデブー予定です』

 足の速いふねを使ったのかもしれない。二時間前に出港したにしては、案外早い。

「こちら、しなの。了解。しなのからは報告は以上。かぐやからの連絡事項は?」

『こちら、かぐや。渡辺中将からの伝言があります。想定外の戦闘及び対応に感謝するとの事。二日後に直接報告を受けたいとの事です』

 中将も忙しい身。二日後という事は、案外(ふね)の足を速めているんだろう。通信では話せない事も多いので、直接話を聞きたい気持ちも分かる。

「こちら、しなの。了解した。これにて通信を終了。かぐやの早期対応に感謝する。通信終了」

 通信を切り、思わず安堵した。

 このような事は、本来艦橋で行うべきなのは分かっていても、今は何より時間が無い。回線は暗号通信だし、問題は無いと思いたい。

 これから艦橋に向かうと思うと、少し憂鬱な気分になった。艦長候補生の三名のうち、少なくとも一名、恐らくは二名が待っているはず。早く彼らが艦を指揮できるようになってもらわなくては。

前回からだいぶ時間が経過してしまいました(_ _ )/ハンセイ


前二話も一部修正を今回入れました。


今後ともよろしくお願いします。

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