第三章 艦と人と組織 (7)
2015/07/26 内容の一部修正および、ルビの変更をしました。
二〇六五年六月二〇日 UTC(世界標準時) 〇三三〇時
改あまぎ型 しなの通信制御室
「では、これから暗号電文で資料を送ります。正式な物は後ほど手渡しという事で」
私の座っている席の前にはディスプレイがある。そしてそこに映っているのは渡辺中将。さすがに今回の件は、最高機密部分以外すぐさま報告しなければならない。
第一報は司令室から入れたが、ある程度残骸の回収も終わり、今は通信室で話をすることにした。攻撃を受けたのは全員が知っていることだし、隠しても仕方がない。しかし、司令は本艦と攻撃に加わったほか二艦以外に対して箝口令を命じた。映像を含めて、最低限の人数しかまだ知られたくないそうだ。
「レーダー他、必要な物はメモリーカードへバックアップしました。後ほど演習宙域でお渡し出来ると思います」
私の手元には一枚のメモリーカードがある。中には先ほどの戦闘の際に記録された一切が記憶されている。
メモリーカードはSDカードの最新規格で、尚且つ自衛軍用に機密暗号プロトコルが施された物。不用意に下手な端末へ挿入すると、その瞬間にメモリーカードの中身が電子的かつ物理的に焼き切れる。超小型の爆発物が入っており、挿入された本体にさえダメージを与える物だ。
もちろん正式に用意された端末なら問題がないし、今のところこの暗号プロトコルが破られた事も無いと聞く。
だからといって暗号プロトコルはこれだけのはずもない。私でさえ正式には知らされていないが、端末へ挿入したときに数十の暗号プロトコルが動作しているそうだし、そもそもデータにもあらかじめ暗号をかけている。
ちなみにその『SDカード』は、規格としては『SDYG』と呼ばれている。最大記憶容量は百二十八ZB(ゼタバイト:テラバイトの四段上の桁、一テラバイトが二の四十乗に対して、一ゼタバイトは二の七十乗)までが記憶出来る。手元にあるのは二ZBの物だ。
レーダーは当然として、各種カメラの生画像などを、場合によっては数日保管するので、実はこれでもかなり小さい容量ではある。
しかも近年の技術で内部はフラッシュメモリーから光読み取り式石英結晶が内部で使われており、それぞれラストワン型(書き込み回数一回まで)とRAM型(通常のメモリーのように何度も書き換え可能)の二タイプが存在している。RAM型は書き込む前にレーザーで中の石英結晶を元に戻して、再度レーザーで書き込むそうだ。それを光読み取りする事で、読み込み速度は一ペタバイト秒が最低保障されている。
それを従来のSDカードの中に全て組み込んだという事で、発表当初は衝撃的に各種メディアで伝えられたが、今では一般のデジカメですら対応している。そもそも書き込みや読み込みはカードの内部で行われるので、対応機器であれば従来のフラッシュ型であろうがSDYG型であろうが読み取りも書き込みも問題がない。
まあ、その影響もあってか、市販の安価なビデオカメラでも三二Kや六四Kを録画可能といった物や、数万円で十億画素などというデジタルカメラが売られている。しかしながら、それを画面一杯に投影出来るモニター類が存在していない。ちなみに高級デジタル一眼レフの場合は、一千六百億画素などといった物も登場している。
『写真を見るに、確かに第二次大戦中の潜水艦に見えるな……どの程度船体は確保出来た?』
「半分ほどです。残りは爆発の影響で粉々になってしまいました。特に艦尾部分は全滅です」
暗号通信ではあるが、あまり重要な事は言えない。しかし、この程度ならさほど問題にはならないはず。構造の確認を現在行っているが、最初に中に入った者の証言では、中もごく普通の潜水艦で人がいた形跡もなかったそうだ。ただ、この事はさすがに通信で言う訳にはいかない。
『とりあえず君らが無事で何よりだ。詳しい事はまた後ほどだな。輸送船の護衛と訓練の準備を頼む。私も今日こちらを出る。四日後には遅くとも合流出来るだろう』
「了解しました。お待ちしております」
通信が切れ、画面が消灯した。近くにいた通信士を見ると、通信が完全に切れた事を頷いて教えてくれる。
「全く、とんだ災難よね。月の『かぐや』は何か言ってきた?」
「輸送船の手配が終わったと先ほど連絡がありました。八時間後にランデブー予定です、艦長」
改あまぎ型は初代あまぎ型に比べ、通信設備も一新された。おかげで同時通信可能数も十チャンネルから三十チャンネル確保出来、通信機器も最新の物に置き換わった。まあ、その為か海自などの装備更新が遅れる事になったそうだが。
「分かったわ。一度艦長室に戻るわ。何かあったら艦長室に繋ぐように伝えて」
私はそう言い残して、通信室を去る。後ろで『艦長は、艦長室へ』と全艦に通信が行われている。振り返らず、そのまま通信室から艦長室へ戻る事にした。
それにしても、厄介な物を『拾った』と思う。
旧世紀の潜水艦というのはもとより、それが稼働して攻撃までしてきた。しかも乗員も見つからなかったともなれば、どこかで遠隔操作されていたのか、もしくはコンピュータが動作していたのだろうと思う。
どちらにしろ、こちらが確認出来たのは推進力として通常のスクリューを使用していた事が分かる画像のみ。肝心のスクリューや機関部は砲撃で破壊してしまい、跡形もなくなっている。
全くゼロではないらしいけど、ほぼゼロと考えて良い宇宙空間では、スクリューなど使っても推進力にはならない。画像で見る限り、推進ロケットの類いは見つかっていないし、バラバラになった破片にもそれらしき物はない。
尚且つさらに不思議なのは、攻撃してきた魚雷だ。
これも艦首部分を砲撃で破壊してしまったので、現物は一切残っていないが、画像ではスクリューしか映っていない。なのに途中からロケットのように推進してきた。レーダー他にもその証拠は残っている。
「渡辺提督に判断をお任せするしかないけど、やっぱり歯がゆいわね」
艦長室に入って、扉を閉めてから呟いた。
一つだけある机に備え付けられた椅子に腰掛けると、安全ベルトを締める。重力がないので安全ベルトがなければ、体は簡単にあらぬ方向へ移動してしまう。
「艦橋へ。艦長の太田よ。回収した物の解析具合はどうなっているかしら?」
正直今の状況があまりに分からなく、それを部下達に見せるのも躊躇ってしまう。なので音声通信だけで連絡を取る。
『現在第四班が調査を行っています。これまでの報告によると、生命体の痕跡は一切無いそうです。また、コンピュータも発見されておりません』
副長が応答してくれた。
「何か変わったことは?」
『何点かあります。一つは、表面に見えた錆び状の痕跡は錆びではな無く、どうも塗料のようです。詳しいことは専門機関で検査する必要があります。それと何カ所かで見つかりましたが、箱状の物があったそうです。現状保存のために手を触れていませんが、操舵桿や潜望鏡などいくつかに取り付けてあるようです。写真はすでに用意してあります。すぐにでも資料はお届け出来ますが?』
箱状の物? 何なのかしら? でも、今は引き渡す前に下調べだけを優先した方が良いわね。
「それは後ででいいわ。八時間後に輸送船とランデブー予定だから、それまでは調査と資料作成に時間を使って。私は後でコピーを見ればいいから」
『了解しました』
「それと、全周囲警戒は怠らないで。二時間ほど仮眠を取ってから、そちらに戻るわ」
『了解しました』
返事の後にすぐ通信を切る。
あの交戦から八時間以上が経過しているし、そもそもその前四時間から艦橋にいた。いくら責任者とはいえ、これ以上休憩を取らないとさすがに体が参ってしまう。
さすがにあの戦闘で、精神的にもかなり疲労しているのが嫌でも分かる。事実上、相手からの攻撃を伴う戦闘はこれが初めての経験だ。
以前に一方的な警告攻撃をした事はあっても、それは相手の武器がないことが分かっている状態。しかし今回はまるで違う。
そう、あの月の時の事件とは違うのだから……。
警戒態勢だからとはいえ、今は半減休息を指示している。こんな所で私が倒れる訳にはいかない。
そう考えながら、時計のタイマーをセットした後ベッドで横になった。
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