第三章 艦と人と組織 (6)
2015/07/26 内容の一部修正とルビを修正しました
二〇六五年六月十九日 UTC(世界標準時) 一九三〇時
改あまぎ型 しなの艦橋
演習宙域まで二十三時間の距離
「輸送船まいづるより定期連絡です。機関良好。全て異常なし。随伴艦も異常なしとの事です」
通信士が報告してきた。まだ慣れない艦だけども、それでも以前のあまぎ型よりは少しばかり使いやすい。
輸送船まいづるは、第二艦隊で演習宙域に移動中。通常の月航路とは若干異なるが、民間船の航路を邪魔しないためでもあるので仕方がない。
「レーダー、何か捉えているかしら?」
「これといった物はありませんね。月まで残り一日の距離ですが、静かです」
演習宙域までは更に後一日の距離。今のところ全て順調。第二艦隊を預かっている私としても、問題は起きて欲しくない。
「監視は怠らないで。一応、第二種戦闘配備で」
「艦長、何か気になる事でも?」
新任の機関長が、振り向いて聞いてきた。私より五歳下だけども、腕は確か。ただ、まだ宇宙に慣れてはいない。それでたまに腕や足を通路やハッチにぶつけている様子が見られる。
「そうね……渡辺司令じゃないけど、用心しすぎて困るくらいが丁度良いと私は思っているわ。何より、私以外は艦橋勤務にすら慣れていないのだから。出来ればまいづるをきちんと送り届ける事が出来るまでに、あなたたちを一人前の艦橋クルーにしておきたいのよ」
ちょっと意地悪かな? でも、それくらいが丁度良いと思う。甘えてばかりはいられない。それに、今回は練習生も多数乗艦している。
「まいづるより通信。艦尾に何かを捉えたそうです。レーダーにはっきりと映らないと言っています」
こんな所で何かしら? 丁度良い訓練になるかも。まいづるは古い艦だけど、何度も改修工事を行った結果、レーダーはかなりの物を搭載している。
「くろべ、てんりゅうはコースそのまま。航海長、面舵一杯、十六点回頭。訓練ついでに確認するわよ」
「面舵一杯、アイ。よーそろー」
「速力、三戦速。レーダー、何か確認急いで」
「艦長、マストよろしいですか?」
「許可します。マスト展開。光学も確認して。観測班、まいづるの周囲を精密観測」
「CICです。レーダーに微かですが何か影があります。現在識別中ですが、信号弱く識別困難」
何かしら? まさか、敵? でも、一体何?
「観測は光学でCICが識別した物を確認して。目標をαとします。確認、急いで」
こんな所で、一体何かしら? ここはいくつかある通常の月への航路だし、障害物があるとは思えない。
「識別、出来ました……そんな……バカな」
「どうしたの? 報告しなさい」
「目標を光学で識別しました。コンピュータ照合では、目標合衆国潜水艦ガトー級です」
「潜水艦? 確認ミスじゃないの?」
いくら最新のレーダーや光学カメラ、コンピュータとはいえ、ミスはあってもおかしくない。
「通常潜水艦なんです。宇宙用とかそういった類ではなく、古い昔のタイプの潜水艦だとコンピュータは識別しています。あり得ないはずですが……」
「落ち着きなさい。もっと正確に報告して。相手は、宇宙船ではないの? 普通の潜水艦という事?」
「はい、その通りです。熱反応、確認取れました。ロケットエンジンの反応無し、船体内部に熱反応を確認。考えたくありませんが、通常のディーゼルエンジンだと思われます。熱の発生パターンが……」
「通常って……宇宙で通常のディーゼルエンジンを使っていると?」
「あ、ありえませんよね? 今、メインスクリーンに出します」
そこに映し出されたのは、古い映画に出て来るような、昔ながらの潜水艦。あまり詳しくないけども、確かに普通の潜水艦に思える。
「カメラ、撮影しているわね? 通信、アメリカ側に確認急いで。それと、みちびきにいる渡辺中将に至急連絡。まいづるは急ぎ離れて。本艦は戦闘態勢に移行。第一種戦闘配備。各員、配置に。速力、目標にあわせて。舵、目標を追尾」
「全艦戦闘態勢、アイ。速力あわせます。舵、ヨーソロー」
「射撃管制、準備よし。CICとの連動確認」
「機関、異常なし。いつでも発砲できます」
「全艦に」
私はそう言うと、手元のマイクを取る。
「これより戦闘に入る。各員、日頃の訓練の成果をみせて」
すぐにマイクのスイッチを切ると、周囲を見渡す。全員やる気は十分のようだ。ただ、相手が正直判断に困る。
「しかし、本当に敵と判断してよろしいのでしょうか?」
「それは相手次第ね。こちらが一撃で沈むとは思えないけど、向こうが発砲するような事があれば、応戦して」
「了解しました」
それで砲術長は納得がいったようだ。納得した上でなら問題も少ないはず。
「敵艦の識別をさらに詳細に。各艦に通達。電波管制開始。CICは戦闘モード。機関、いつでも最大を出せるように。砲術長、射撃は任せたわ。観測班、現宙域で他に怪しい物体がないか至急調査して。艦首ミサイル一番、二番にミサイル装填。四番五番も同様に。三番六番は囮ミサイルを装填。以後、指示があるまでは艦首ミサイルはそれで対応するように。後部ミサイル発射管、全門囮ミサイルを装填」
次々と準備完了の連絡が入る。
「通信。一応呼びかけて。発光信号も併用で。相手から応答があるか、攻撃するまで呼びかけて頂戴」
だけど、なぜ百年以上前の潜水艦なのかしら? そもそも、そんな物が宇宙にある事がおかしい。
「観測です。詳細出ました。全長九十五メートル。全幅八メートルほど。艦首に六門の魚雷管らしき形状を確認。全幅詳細出ました。八メートル二十です。艦尾に砲塔らしき物あり。小型です。船体に識別番号は確認できず。形状は確実に、第二次大戦時のガトー級です。艦橋艦尾に若干の丸みがあるように思えます。コンピュータの推測では、ポーツマス海軍造船所建造だと出ています」
「まさかね……本物の潜水艦が宇宙に? 観測、他に分かった事は?」
それにしても、なぜ造船所まで分かるのかしら?
「複数のマストがあるようですが、国籍を識別できる物はありません。ちょっと待って下さい。敵艦に動きあり。魚雷管扉が開いています。六門全開放です。敵艦発砲! ミサイル接近!」
「衝突警報! エンジン全速。取り舵一杯。右舷囮ミサイル及びミサイル発射!」
すぐさま応戦しなくては。それにしても、何の連絡も無く発砲?
「変です。敵艦のミサイル、既存の物と形状異なります。速度も遅いです。レーザー砲による迎撃可能……ミサイルの直径出ました。五三十ミリです。これは……」
「言わなくても分かっているわ。目標の攻撃方法を魚雷と認定。全艦、対雷撃戦!」
「そ、宇宙で雷撃戦ですか?」
砲術長がいかがわしげな顔でこちらを見た。まあ、当然だと思う。
「他に魚雷と裏付ける資料がないか調べて。データは記録しているわね? 速力、まだ出ないの?」
「観測です。艦反転時に魚雷の全長出ました。七メートル三十かそれより少し大きい程度です。噴射ノズル等は確認できません。魚雷と思われる物体は、宇宙空間でスクリューを使用している模様。光学でスクリューを確認」
「砲術長、いつでも迎撃できるようにしておいて。速力、原速。くれぐれも当たらないようにね。魚雷の速力はまだ?」
「速力出ました。非常に遅いです。四十五ノット……秒速、いえ時速五十三キロ程しかありません。敵艦の動きがなければ、我々には止まっているも同然です」
「分かったわ。映像はしっかり撮れている?」
「バッチリです。敵艦もほぼ全景を捉えました。間違いなく潜水艦ですね。しかもえらく旧型の」
副長がモニターを確認しながら報告してくれた。
「魚雷を迎撃。ミサイルは今どうなっている? もう迎撃しているはずよ?」
「標的が遅すぎて狙い付けられません!」
「手動で魚雷に向かわせて。それから、ミサイル二本発射。可能なら、艦尾だけを破壊したいわ。足を止めれば攻撃しなくなるかもしれないし」
仮に通常の潜水艦であれば、艦尾の動力を破壊すれば、相手の動きは全て止まるはず。
「そんな簡単ですかね?」
副長はモニターを見ながら、違うと言いたげ。
「やってみるだけよ。拿捕できたらそれが一番だと思わない?」
「了解です。砲術長、聞いたな?」
「アイ、サー。主砲はどうしますか?」
「主砲はそのまま狙いを付けて。ミサイル攻撃が無効だとは思えないけど、用心はしておいた方が良いわ」
「主砲そのまま、アイ」
それにしても、なぜアメリカの潜水艦なのかしら?
「通信、アメリカとの連絡は?」
「明確な返答はまだありませんが、宇宙に潜水艦を運んだ事だけはないそうです」
それは当たり前よね。アメリカ側だってなぜそんな事を聞くのか不思議に思っているはず。
「アメリカ宇宙軍及び、月面かぐや、みちびきに映像を転送して。暗号回線で攻撃を受けているとも付け加えて。ただし、今のところ被害無しともね」
「了解です」
まさかと思うけど、何かに擬態しているの? でも、なぜ潜水艦なのかしら? 擬態するのであれば、人工衛星や小惑星の方がまだ分かるのに。
「目標の動きに変化あり。内部熱量が上がっています。潜水艦本体の方です。急な動きの可能性あり」
「観測ポットさらに放出。敵の動きに注意して。相手が本当に潜水艦なのか疑問だわ」
実際、確かに水上艦に比べれば密閉されているとはいえ、宇宙でのことなど考えられていない。だとすれば、潜水艦は擬態であると考えるのが自然なはず。
「標的の熱量に急激な変化を確認。艦尾です。熱量、さらに増大中」
「敵の攻撃に備えて。観測ポット、大丈夫? 主砲三番、魚雷を迎撃。出来るわね?」
「三番砲、目標捕捉しました。迎撃します」
三番メインスクリーンに光が走る。魚雷に命中したことがすぐ分かるけども、爆発はない。
「砲術長、現状報告」
「三番砲、命中を確認。目標は……健在! 魚雷は生きています!」
まさか! こっちは正式なテストがまだとはいえ、荷電粒子砲を使用したのだから、魚雷ごとき破壊できないはずがない。そもそも、仕様書では蒸発しているはず。
「観測です。魚雷の方にも動きあり。動作が速くなりました。しかし、憤炎確認できず。速力増大中。まもなく第一宇宙速度です!」
そんな……。憤炎も出さずに第一宇宙速度? あり得ないわ!
「警報を鳴らして。衝突警報! 各砲門、自動迎撃。囮射出。他艦にも連絡。輸送船は緊急回避。CIC、戦闘は任せたわ。観測、全部記録してね」
あと出来る事は何かしら? これで迎撃できないとなると、あとで大問題になるわ。
「左舷パルスレーザー起動。自動迎撃。副砲、自動迎撃モードで追跡中。各砲門、全自動射撃開始」
CICからの報告。主砲よりも副砲の方が、射撃時間が短い。的確な判断だと思う。
「左舷ミサイル、全門装填。自動発射します」
砲術長が追加するように伝えてきた。これでこの艦に出来る事は……
「ダミーバルーン射出。左舷、防護ネット射出。右舷艦首ミサイル、敵艦に照準後、全門発射。他艦にも警告を入れて。『みちびき』および『かぐや』に打電。本艦は攻撃を受けている。現在交戦中なるも、ダメージ与えられず。以上よ。急いで」
CICと同様に、艦橋も一気に慌ただしくなる。
「観測です。敵艦より閃光。実体弾の模様。現在、閃光の種類を特定中」
「レーダーに反応。高速で接近する物体を確認。目標は本艦を捉えています。十五秒後に接触」
「敵艦より再び閃光。識別同じく。間隔は十秒」
十秒なら、この艦の運動性能なら大丈夫。問題は、攻撃手段が他にないかということ。それが気がかり。
「回避運動開始。他艦にも注意を入れて」
瞬時に、疑似重力がかかるのが分かる。下側への重力。最大噴射で上方に回避するのだろう。この辺りはCICに任せればいい。
「敵艦、再び発砲。初弾、本艦の下を通過」
「回避運動継続中。目標は、本艦を完全に捉えています。追跡弾ではありませんが、全弾命中コースでした」
CICや観測が慌ただしい。
「こちらの砲撃はどうなっているの?」
「命中していますが、被害確認できず」
「よく確認して。こっちはレーザーよ。普通の装甲なら貫通するはずだわ。主砲、照準大丈夫?」
「いつでも撃てます」
「主砲で攻撃を開始。レーザー攻撃も同時にね。敵の魚雷はどうなっているの?」
「魚雷、依然接近中。レーザーをすり抜けるように進攻しています」
レーザーをすり抜ける? レーザーは光の速さなのだから、それをかわすなど不可能なはず……。
「左舷全隔壁閉鎖。作業班、いつでも修理できるようにしておいて。主砲発砲を許可します。何としても撃沈して」
「一番及び二番砲、発射」
瞬間、モニターが光り輝く。
「撃沈を確認。敵艦、中央及び艦尾に命中しました」
「第二射、艦首を狙って。また魚雷を出されたらたまらないわ」
再びモニターが輝く。
「艦首に命中。敵艦、轟沈です。四つに大きく分離しています。敵艦からの砲撃、止みました」
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