第三章 艦と人と組織 (5)
二〇六五年六月一九日
熊本県阿蘇山麓 国立生物科学研究所熊本支部
第三棟地下四階 通称『A―LV5(エー5エリア)』
「これが最新の検査結果です」
国立生物科学研究所熊本支部の第三棟は、極めてセキュリティが高い施設だ。
ここは熊本県の阿蘇山麓にある国立研究所だが、生物科学研究の表向きはあくまで農業用の品種改良と位置づけられている。
もちろんその為の研究は日々行われているし、新たな品種はすでに市場へと供給されている物もある。それらは従来の物よりも安全かつ安価に出回っている。
農産物における自給率改善のために作られた農産物プラントでは、葉物野菜などが大量に水耕栽培されており、収穫なども機械が行っている状況だ。
日本の総人口が減ったための苦肉の処置ではあったが、むしろ外部からの影響を最小限にした事で、無農薬野菜が安価で大量に生産できたことによる影響は著しい。
特に栽培方法を垂直栽培方式にした事により、単位面積あたりの収穫量は従来の数倍から十倍程度まで跳ね上がった。
試験的ではあるが、根野菜やフルーツ類など様々な品種も研究されており、まだ一部ではあるがそれらも市場に出回ってきている。
しかしそれでもこの研究施設の闇を隠すための手段に過ぎなく、特に警備が厳重である第三棟の研究施設へは限られた人間でしか入れない。
名目上は毒草や麻薬類の有効利用研究施設となっているので、多少の厳重さは理解されているが、それもまた一つの顔でしか無い。地下専用のエレベーターに限れば、武装警備員はもちろん三重の生体認証などが行われており、研究所全体でもその地下の事を知る人間はごく僅かだ。
前に発見された一六体に及ぶ謎の生命体がここに保管されている。すべて発見されたままの状態を維持しながら、新型の検査機器も設置した。
「体液……血か。ナノロボットで採取したのか?」
第三棟の地下施設を統括している阿津佐研究所長が、渡されたタブレット端末の内容を確認する。
研究棟毎に研究所長が割り当てられているが、この地下エリアはさらに別の所長が管理しており、彼が最高責任者だ。
「DNAは二十三対。しかし人とのDNA一致率は九十八%強。残りはそれぞれの検体毎に異なっているか……」
「残りのDNAを検査した結果、DNAを人為的に操作していますね。二番の検体は確かに鷹のDNAと一部一致がありますが、まるで翼や骨、筋肉などに必要な部分のみを組み合わせている感じです。他の検体にしても同じです。一番の検体は人のDNAに含まれている余剰部分がほぼ綺麗に排除された形です」
結果を確定するまで五回の検査を行ったが、いずれも結果は同じだった。しかし、一般に『進化の名残』とされている部分がほぼ全て無くなっていて、はたして生存可能なのかが分からない。
それでも少なくとも、検体の十六体は生命活動の確認が出来るし、ナノロボットで口から肛門まで内臓を確認したが、いずれも人の物と同一だった。
「我々には真似が出来ないな……」
「はい。それと五番の資料がMRIの結果です」
所長が端末を操作する端末には、最新の開発中MRIで検査を行い、当然人体に有害でない事は確認済みだ。
十二ステラの高出力MRIはミリ以下の細胞すら確実に捉え、低移動で稼働させれば一ミリ単位でのスキャンが可能である。
「さすが最新型だな。しかし、一番は良しとして、それ以外は本当に人体と他の生物が見事に融合しているようだ。無理に細胞を付けたといった痕跡すらないか……」
そこが厄介なところでもある。
今でも秘密裏に人体のクローンを作る技術は各国がしのぎを削っているが、標準検体と位置づけられた一番は除くとしても、他の検体はクローンどころの騒ぎではない。
「報告書は?」
「すでに用意してあります」
「では、私はそれを報告するに行くとするか。そうそう、君に伝える事がある。また他の所で同じような検体が見つかったそうだ。数は全部で五十体ほど。佐渡と和歌山、高知で発見されたらしい。数日中にこちらへ搬送される」
「五十体もですか?」
急な事だし、そもそも数が多すぎる。それに設備の問題もある。
「スペースの確保は多少問題だが、容器ごと輸送されてくるそうだ。到着したら検査を任せる」
そう言われては一研究員としては口出し出来ない。しかしなぜそれほど発見されたのだろうか?
「では、後は任せた。頼むぞ」
阿津佐研究所長はそう言い残して所長室を後にした。
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