第三章 艦と人と組織 (4)
二〇六五年六月十九日
みちびき 航宙自衛軍管制区
「どうだ、少しは慣れたか?」
目の前にいるやましろ艦長の吉村に言う。
昨日の会議の後、吉村を含め艦橋クルーは、部下たちと共にこれからの予定などについて話し合っていた。本来なら艦の事や本来の目標について話したいが、今はまだ話していない。
とりあえず幕僚長権限で荷電粒子砲の性能テストを再度行う事は許可された。そこから性能を推測して欲しいともいう。スペック表はあるが、実際の結果はまた別だろう。実地で知れとは、無茶を言うものだ。そんな性能の確認方法など、正直聞いた事がない。
本来なら技術試験本部が行うはずなのだが、地上にある通常の実験施設では問題があるらしい。
現在補給輸送船まいづるが、訓練用の六三式宇宙装甲と六三式二型装甲を満載して、演習宙域に向かっている。
補給輸送船まいづるは航宙自衛軍発足時に配備された艦で、一番艦のはくつるを含め二隻が運用されている。年代物の艦だが、今でも現役。そもそもは現在の航宙自衛隊に登録されて二十年以上も前の艦だ。
戦闘艦が配備された事で、はくつる型補給輸送船の発展型が開発中。今度は専用設計なので、制約が多い運用も解消されてくるだろう。それに補給艦と輸送艦を別々に建造する予定だ。
何より少人数での運行が出来る点に期待したい。戦闘艦ではない輸送船や補給船に、人員は出来るだけ割きたくない。
はくつる型は当初航宙自衛軍の訓練船とも使われていた関係で、あまぎ型が完成するまでは、宇宙ステーションみちびきに地上から打ち上げられた物資を輸送していた。そもそも、はくつる型は民間からの払い下げ輸送船だ。骨董品とは言えないが、今の艦隊運用には支障が多すぎる。
今では民間の輸送船がその役割を担っており、はくつる型は航宙自衛軍の専用補給輸送艦としても使われている。輸送船と補給船を同時に担わせるのは問題もあるが、今は贅沢を言える状況ではない。言葉を変えれば、早い話古い船を自衛軍に押しつけたとも言える。
元々設計に問題があったらしく、とにかく燃費の問題がある。そしてエンジン関係の構造が複雑なため、エンジンの交換が容易ではない。一度改修工事を行ってはいるが、結局燃料タンクの増設を行わざるを得なかったし、それも船外に増設なので被弾処置も最低限行っただけだ。
それに元々の設計が宇宙空間専用物資輸送船だった関係もあり、補給艦としての設備は乏しい。なにより補給艦としては足が遅すぎる。古い型の艦だから仕方がないが、搭載出来る物資の量も差ほど多くない。そこで新型の開発になった訳だが、しばらくは時間がかかるだろう。
「厳しいですね。必要な情報もなく練度も低い。その上要求される事は、それ以上の事を求められれば、訓練は追いつきません」
「無理だけはするなよ。艦を壊されたら、それこそ大事だ」
「でしたら、もっと情報を下さい。これでは、どのように対処すればよいのかも分かりません」
そう言われて手元にあった資料を渡す。
「これがその資料だ。手持ちの情報端末へ、すでに情報は入っている。私の方で確認が遅れたので、少しばかり君らへ伝えるのが遅れた。済まない」
「有り難うございます。いつの時代も、一番苦労するのは現場ですね。しかしこれで何とかなると思います」
素直に頷く。
「艦の性能を引き出したくても、今の情報量では何も出来ませんでしたからね」
吉田機関長が、吉村の隣で愚痴をこぼした。彼女が今は副長も兼任している。
「新型の核融合炉なのに、その整備マニュアルさえ今までは完全ではありませんでした。故障した場合、その対処法すら満足に分からない状態でしたから、外装の修理ともなると丸ごと交換した方が早いですからね」
確かに彼女の言うとおり、艦の心臓とも言えるエンジンの整備マニュアルが不完全では、緊急時に人命に関わりかねない。
「現状では言われた事はやりますが、緊急時には炉心を停止する事以外出来ません。これがあまぎ型なら、色々と対処も出来ますが、停止のみとなればお手上げです。核融合炉の形式が違うので、あまぎ型と同じようには出来ません。これから確認しますが、しばらくは緊急停止以外の方法は難しいでしょう」
「機関だけではありませんよ?」
今度は、砲術長の佐々木。こちらも問題を抱えている。
「主砲の射程、威力すら非公開だなんて聞いた事がありません。荷電粒子砲ですから、途中で威力が分散するはずですが、その為の有効射程すら非公開だなんて前代未聞です。やっとこれから確認出来ますが、正直遅すぎです」
「分かってはいるが……」
「分かっているのは、あまぎ型と同じ五八式レーザー砲を含めた、レーザー兵器の性能くらいですよ。ミサイルでさえ新型で、これも最大燃焼時間が今まで分かりませんでした。弾頭は既存のものと同じですが、燃焼時間が分からないのであれば、ミサイルとしての意味がありません。盲目で撃つのと同じです」
盲目か……確かに盲目と言える。盲目で戦闘は出来ない。
「他に最低限欲しい情報をリストアップしてくれ。出航前に報告しておく」
こうでも言わなければ、今後に関わる。
一応艦の装備については問題ない範囲で開示されたはずだが、現場レベルとなれば話が違う事もあるだろう。さすがに特殊弾頭については話せないにしても、他の装備については用兵上開示が必要になる。
「各部署の様子はどうか?」
「万全にはほど遠いですね。練度もそうですが、艦の構造すら把握していない乗員もまだ多いです。特に機関関係が最悪です。数ばかり多い核融合炉のせいで、どの炉がどこにあるのか把握しきれていないようです」
「それは私からも言わせてもらいます。私たち機関部としては、全ての核融合炉に責任がありますが、主砲ごとに核融合炉が搭載されているので、手動で停止しようと思うと艦内を走り回らなければなりません。しかし、数が多すぎて私ですらまだ覚えられないのが現状です。リモートコントロールを失った場合、どうなるか分かりません」
百近くある核融合炉の制御が利かなくなったらと思うと、それだけで悪寒が走る。
暴走する事はないはずだが、緊急時の訓練はしなくてはならない。しかし、上から戦闘訓練を優先させるよう厳命されているので、こういった訓練はどうしても後回しになっている。
大体、訓練艦もないのにいきなり配備というのがおかしい。いくら何でも、全てを急ぎすぎている。
「地上から来た要員はどうか?」
「機関部とレーダーはさほど問題ありませんね。もちろん、先程の点を除けばですが。他は勝手が違うようです。当然です」
吉村が、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「たしかに以前配備された全くの新人よりは良いですが、状況が改善されたとは言えません。恐らく、他の艦も同じでしょう」
「困ったな。明日出航だぞ?」
「現状では、戦闘行動は無理です。操艦は何とかなるとしても、それ以上は厳しいとしか言えません」
「解決策はないのか?」
「申し上げにくいのですが、無いと言わざるを得ないです。そもそも、そこまで急ぐ理由を説明頂かないと、我々ですら納得出来ません」
吉村を含め、周囲にいるメンバー全てが頷いている。
「説明したいのは山々だが、私も詳しくは知らない。それに、知っている事でさえ特特防という事で、口止めされている。無闇に話せない。ただ、この艦隊が必要になる事は確かだ」
このくらいの話であれば許されるだろう。困った。これでは反乱を起こしてくれと言っているような物だ。
「上には、早く情報公開をしてくれるよう再三頼んではいる。しかし、現状では説明できないことを理解して欲しい」
一瞬の沈黙が重い。
「兵装もそうですが、補給物資の方も問題があります。物資を保管する場所はあっても、それを効率的に各所へ運ぶのが難しい状況です」
吉村がおかしな事を言う。物資があるのだから、さほど問題ないと思うが。
「問題点は、補給物資そのものではありません。艦の構造が問題なのです。現在補給物資は艦首格納庫に入れておりますが、そこから全長二百メートルを超える、この艦各所へ持ち出すのが容易ではありません。これが中央格納庫ならまだ良いのですが、それはそれで港の設備が不十分なため、中央格納庫への補給は出来ない状況です」
さすがにそこまでは知らなかった。しかしこれは大問題だ。
「何か有効な手立てはないのか?」
「積み込み時に、人手で艦首格納庫から中央格納庫へ移すくらいですね。しかし、それをする余裕があるとは思えませんが。少なくとも、現状で乗員にその余力はありません」
乗員の余裕のなさは当面解決策が無い。
「確かに新型艦になって色々見直されました。しかし、効率という意味ではまだまだと言えます。この艦が民間船であれば別でしょうが、戦闘艦ですから」
吉田が付け加えるように言う。
確かに民間船と比べれば戦闘艦であるため、ハッチはもちろん出入りのドアですら最低限の大きさでしか無い。それは通路にも言える事だ。
「しかし、今ある装備で何とかしてもらう他はない。搬入についてだが、港で駄目ならドックで搬入という方法は可能か?」
まあ、ドックは建造や改修で忙しくて使えないとは思うのだが……。自分で言っていて腹が立つ。
「いえ、無理ですね。ドックにはそもそも、資材搬入用の専用レーンがありません。あるのは、整備用のガントリークレーン類ばかりで、資材搬入用には出来ていませんから」
全く、なぜこうも問題ばかり抱えるのだろう?
『渡辺義人艦隊司令に、石原智一幕僚長から通信が入っております。二十五番お願いします』
天井にあるスピーカーからの呼び出し。幕僚長から直接とは一体何だろうか? それに、電話でというのも、秘密保持の点から疑問がある。
一番近くにある、壁に備え付けの電話を取り、二十五番を押した。
「渡辺です」
『急に呼び出して済まない。あの惑星の件だが、扱いが変更になった。防秘だ』
防秘とは、一気に扱いが低くなったものだ。特定特別防衛秘密の特特防から防衛秘密の防秘まで格下げなど、段階的におかしく思う。
『君が考えている事は分かる。向こうに動きがあった。軌道上の艦隊が動いている。それも、こちらに向けてだ』
「では……」
『ああ、防衛出動を覚悟しておいて欲しい。艦隊の者には話してもらって構わない。こちらも大騒ぎだ。政府にも特別チームが組まれたが、それ以上に各自衛軍の動きが慌ただしい。海自はほとんど混乱状態だ。守りの要からな。結局、陸自も空自も出来る事は限られている』
なるほど、新設された航宙自衛軍と違い、地上での守りの要が期待されている海自ともなれば、当然その影響は大きい。なのに地上から出来る事は限られるだろう。
『こちらの解析チームは、地球に到達するまで五ヶ月と計算している』
「早いですね。こちらの準備が間に合いませんよ?」
『分かっている。今出来る範囲で用意をして欲しい。君らには迷惑ばかりかけるな。そのお詫びという訳ではないが、現時点をもって全自衛軍は戦時体制とする。必要があれば、戦時下という事で部下も昇進させてやってくれ。あと、今なら休暇を許可しよう。1週間くらいなら認めていい。これから先、休暇を取れなくなりそうだからな。順次休暇を取らせてやってくれ。厳しいとは思うが、頼む』
「戦時体制ですか。実戦を覚悟せよという事ですね。まあ自衛軍に入った時から、覚悟はしています。しかし、本当にその時が来るとは……今回は、台湾の時とは違うのですね?」
『ああ、そうなるな。君らには頑張ってもらうしかない。私の方で出来る事は、可能な限りやるつもりだ』
「やってみせますよ」
『そう言ってもらえると嬉しい。準備出来る物があれば言って欲しい。出来るだけ配慮はするつもりだ』
「了解しました。ですが、今の状況ですと難しいでしょうね。今の状況で出来るだけ努力します」
『ありがとう。また連絡する』
その声を最後に通信が切れる。さて、どのように説明したらよいものか。
「どうかなさいましたか? 実戦と言われたような?」
吉村が怪訝な顔でこちらを見ていた。それは他の乗員も同じだ。
「話さなければならない事がある。各艦の艦長、副長など、主要メンバーをみちびきの重力エリア第三会議室に至急招集してくれ。これから忙しくなるぞ」
「一体どういう事でしょうか?」
簡潔に答えた方が楽だろう。詳細はどうせ話すのだし。
「敵が来たんだよ。後で詳しく話す」
私はそう言うと、急いで艦を出る事にする。あの資料を持ってこなくては。
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