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太陽系戦争 (The Battle of Solar)  作者: 古加海 孝文
第二章 それは訓練なのか?
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第二章 それは訓練なのか?(8)

3月18日(水) 修正

二〇六五年五月二十五日 UTC(協定世界時) 十五時

月軌道上


「アメリカ艦隊を光学で確認。数十六。旗艦USSエンタープライズを確認しました。エンタープライズが露払いをしているようです。殿にはUSSリンカーンを確認」

 観測員が報告してきた。渡瀬観測長が新人の様子を注視している。月の裏側にいたアメリカ艦隊を、やっと目視で確認出来た。

 アメリカ宇宙艦隊旗艦エンタープライズ。船籍番号はCS―01。アメリカ宇宙艦隊の中核をなす艦だ。クルーザー・スペースシップの一番艦。

 USSと呼ばれているのは、通称。ユナイテッド・スペースコンバット・シップの略。専用の指揮所があり、このやましろ同様、高度なデータリンクを備えているとされている。

 全長百八十三メートルの外観はこのやましろと違い、少しごつごつした印象。理由は直線的なフォルムと、艦橋構造物がはっきり確認できることだろう。

 グレーの船体は宇宙に溶け込むようだ。単装レーザー砲を十八基備え、艦載機も十機ほど搭載出来るらしい。

 我々には艦載機が搭載出来ないので、これは大きな違いだ。一応救命艇と、月着陸船を格納しているが、艦載機ではない。

 艦載機実験艦『わかみや』ではっきりした事だが、映画やアニメのような機動戦闘を小型の宇宙機で行うと、乗員にかかる疑似重力が安全ラインを簡単に超えてしまう。それどころか、一部コンピュータすら破壊された。

 試作宇宙艦載機FX―1は翼を一切持たない小型ロケットのような形だった。今は数機がみちびきの中で保管されている。

 設計時は最大搭乗員二名で機体は二トン弱。最大推力十トンのエンジンに各種姿勢制御ロケットが三十基。

 実際にわかみやで運用してみた所、最大荷重は三十九G。訓練されたパイロットでも十Gが限度とされる。十Gに最大荷重を抑えると、旋回半径が場合によって八万キロの旋回半径を必要とした。

 当然艦隊は大型エンジンを搭載しているので、それに追従可能な推力を求めるとパイロットの肉体が保たない。戦闘機の安全半径に合わせると今度は艦隊運用に支障が出る。

 結局それが理由で有人戦闘機は開発が止まった。

 それでもコンピュータの安全を計りつつ、無人偵察機は開発している。SQ―1宇宙偵察機は、最大二十Gまでの加減速に耐える事が出来、機体には各種センサー類が搭載されている。

 SQ―1は強行突入偵察も考慮されており、発射母艦または通信担当艦からの命令で自爆が可能だし、通信が一分以上切れた場合には無条件で自爆するシステムだ。

 ただ自爆とは言っても相手を殺傷する程強い訳ではない。内部の各種コンピュータやセンサー類を破壊するだけであり、搭載している自爆用火薬では機体外部まで破壊出来ない。内部のみを完全に破壊するだけだ。

 もちろんこちらからの指示で自爆をした場合はこの限りでないが、原則として攻撃兵器としての運用は考慮されていないし、武装も一切ない。そこがアメリカの艦載機と決定的に異なる点だ。

 エンターブライズ級は核融合推進ロケットを六機装備し、ミサイルも各所にある。とてもバランスがよい艦といえるだろう。全体的に小型ではあるけども、それはあくまでやましろと比較した場合の話。普通に考えれば充分に大きい。

「エンタープライズにレーザー通信。発、航宙自衛軍第一艦隊旗艦やましろ。我、貴艦隊を光学で確認。指定座標まで十分の予定。宛、エンタープライズ」

 すぐに通信長の遠藤が英語で通信を開始する。

「発光信号上げ。通信開始信号弾」

 遠藤の横にいたもう一人の新人通信員が、すぐさま発光信号のスイッチを押した。

 右舷から赤と黄色の信号弾が発射され、本艦直上百メートルの所で輝き出す。それと同時に発射した、左舷の赤と黄色の信号弾が、左四十五度、距離百メートルの所で同じように輝いた。旧世紀から続く、手旗信号を宇宙用にした信号。

 この二日――正確には十五時間だが、それなりに訓練はした。まだ練度不足ではあるが、操艦に関してはなんとかなっているようだ。少なくとも指示とそれに対しての反応のレベルはだいぶ上がった。

「エンタープライズより発光信号を確認。こちらの信号を視認したようです」

「エンタープライズより入電。貴艦隊との初合同演習を歓迎する。艦隊司令ビリー・オルグレン中将」

 観測員の報告直後、遠藤が報告してくる。

「隊列、乱すなよ。こんな所でみっともないものは見せられないからな」

 吉村が注意するが、まあそんな事はまず無いだろう。

 大規模太陽フレアの直撃に対しても、あまぎ型、やましろ型は問題がないよう設計されている。

 ビリー・オルグレン中将――アメリカ宇宙軍初の艦隊司令で、以前はアメリカ海軍第七艦隊の指揮もしていた。年齢は六十四歳。台湾海峡沖紛争の時には、敵基地に対して壊滅的なダメージを与え、それにより勲章も授与されている。

「再度レーザー通信を送れ。貴艦隊との初合同演習が成功裏に終わることを願い、無事に終わることを願う。最後に私の名前入りで頼む」

 すぐに遠藤が英語で通信を行う。

 直接通話は出来るが、出来ればランデブーするまではこのままでいたい。向こうも、それは分かっているようだ。

「発光信号上げ。通信終了信号弾」

 右舷から赤と黄色の信号弾が、本艦百メートル上部に、左舷から赤と黄色の信号弾が、本艦百メートル水平に発射され、同じく百メートルの位置で輝く。

 さて、初の艦隊戦訓練は一体どうなるのか。

 相手は完全に未知の敵。こちらの攻撃が通用するかどうかも分からない。何より、前回のレーザーやミサイルがまるで歯が立たない状態であれば、レーザー砲主体のアメリカは当然歯が立たないし、我々だってどこまで通用するかも分からない。

 だが今は目の前のアメリカ艦隊との演習が優先だ。手慣れているとはいえ、こちら側もほとんどの処理はコンピュータが行ってくれる。アメリカ艦隊は手動に頼る場所も多いらしく、その差がどう出るか。

 それに我々が今まで行ってきたような訓練が通用するかすら、実際の所不明だ。あまりに不明な点が多すぎて、肯定的な要素が少なすぎる。いくらあまぎ型で訓練を重ねてきたとはいえ、やっている事はコンピュータゲームと大差ない。今回は文字通り相手は人間だ。

 本来であればもっと乗員にあの惑星のこと、武装艦が発見されたことも話したいが、まだそれは許されていない。相手がはっきりすれば、訓練にも力が入るだろうが……。

 今は訓練に集中すべきだろう。

 指令書では、日本製の新型装甲と、アメリカ製の装甲で、それぞれレーザー砲による破壊試験を行う事になっていた。用意されたテスト用装甲は六十枚。アメリカ側もおそらく同数。

 これで、アメリカ側の命中精度を確認出来るだろう。訓練していたとしても、実際に日本の装甲を目の前にしたテストはしていないはずだ。

「テスト用の装甲はきちんと整備しておけよ。射出した後に、機能しませんでしたでは、言い訳にならないからな」

 一応釘を刺すが、整備と言っても本来機能するためには、核融合炉からの電力が必要だ。

 今回はその代わりに、バッテリーと使い捨ての太陽電池を搭載する。それさえきちんと動作すれば、装甲は問題なく作動するだろう。

 もちろん動作時間は限られてしまう。最大でも十分だ。どこまでレーザーに耐えられるのか、前回テスト出来なかっただけに気になる。

「それと、観測は十分に気をつけるように。前回のような正体不明の物で、邪魔はされたくない。艦隊で、観測出来る宙域全てから目を離すな」

 そう、あのような邪魔をされたのでは、模擬戦やテストどころではなくなってしまう。それだけに、周辺の様子は十分に監視しなければならない。

「必要なら、通常のレーダー監視はCICに任せるんだ。観測班は、あの物体がないか特に注意しろ。索敵担当艦は、全ての索敵能力を使って、この宙域を観測せよ」

「了解です。本艦はCICがレーダー観測を行います。観測班は、司令の命令に従って下さい。中央索敵マスト、展開します」

「艦中央光学システム、全方位観測開始。艦首、艦尾光学観測システム作動。艦首マスト展開、艦尾マスト展開。全光学システム起動を確認。現在、三百六十度光学及びレーダー観測態勢」

 すぐさまCICからの返答がある。その直後に、観測がレーダーと光学で観測態勢に移った事を伝えた。まあ、その方が良いだろう。

 艦内の命令は吉村に任せてある。私は艦隊全体を見なくてはならない。しかし、急に宇宙艦隊の指揮を執れと言われても、正直まだ戸惑ってしまう。

 元々潜水艦乗りの私にとって、これだけ大規模の艦隊行動など考えた事がない。特に、私が艦隊司令としての立場でだ。しかし、今さら文句を言った所でどうしようもないだろう。元々私が艦長に選ばれたのも、海自で潜水艦の艦長をしていたからだ。

 そんな私も今では航宙自衛軍の艦隊司令。

 立体的な運動を考えると、平面で考える水上艦よりも、潜水艦の方が宇宙に近いとは言える。

 しかし二十八隻の宇宙艦を指揮するような事は、潜水艦ではあり得ない。連携行動を取ったとしても、数隻が限度。水上艦との連携もあるが、その場合は水上艦の指揮下に入る。

 正直戸惑ってしまうが、吉村が水上艦勤務だったのだから、最悪艦隊行動についても助言を求めるしかないだろう。とは言っても、彼も艦隊指揮はした事がない。

 結局は、私が全ての責任者だ。それは何も変わらない。私が間違えば、艦隊全部を危険に晒してしまう。それだけは何としても防がなくてはならない。

 そういえば前の月面反乱では試作艦四隻で牽制をしたな……。あの時はそれぞれが別行動だったので、艦隊行動はなかった。

 月に数発レーザーを打ち込んだが、それだって人がいない所だ。まあだから『反乱』と歴史上では名称が付いているが。

 次にみちびきへ戻ったときにでも、水上艦の艦隊を指揮した誰かを補佐に付けて欲しいと言ってみるしかないかも知れない。

 せめて空自の早期警戒管制機(AWACS(えーわつくす))担当者なら、多少は違うだろう。空自なら、立体的な動きにも慣れているはずだ。ただAWACS要員がそうそう余っているとは思えないが。

 レーダー要員も、海自の水上艦勤務経験者から抜いてきた者ばかり。確かに頼りにはなるが、万能ではない。ことごとく、人員不足には悩まされる。

「司令、かぐやより入電です。演習はかぐやでも中継観測するとの事です」

「ならヘマは出来ないな。各艦、再度全システムをチェックしておけ」

 雲の海にある、月面ステーション『かぐや』からの連絡。こちら側からだと反対にあるので、中継衛星を使って監視するのだろう。

「我々は、月面への着陸が出来ない事を忘れるな。航海士は模擬戦闘中も高度に十分注意するように」

 一応月面へ不時着しても、居住区に被害はない設計だ。だからといって、傷を付けて良い訳でもない。

 大体、一つの艦に機能を詰め込みすぎるのだ。これでは前世紀の大戦と変わらないではないかと思う。いや、それよりも悪い。

 まさにトップヘビーだ。昔習った友鶴事件を彷彿とさせる。宇宙空間だから、重力に捕まらない限りは大丈夫だろうが、それにしても不安はある。

 特に搭載しすぎの核融合炉。おかげで船内でも宇宙服を着る羽目。これでは、本来の意味が無いではないか。

 もちろんこの航海が無事に終了し、問題がなければ宇宙服の着用はなくなるが、問題が発覚したときのことを考えると恐ろしい。

 確かに予算が限られているのは分かるが、一つの艦で戦闘、索敵、防空を行うなど、今の体制では無理がある。

 全部で二十隻も用意出来たなら、索敵用の艦を中心に、艦隊防空用、対艦戦闘用と分けた方が効率がよいはずだ。しかし防空用はない。艦隊指揮所は索敵艦に置けばそれで済むと思える。しかし肝心の索敵艦タイプには、戦闘指揮所や司令部作戦室(FIC)はない。

 なので、どうしても旗艦タイプにデータが集中するし、作戦も旗艦タイプ以外での発令はあり得ない。全てにおいて中途半端。

「ランデブーポイントまで七分。減速噴射始めます」

 航海長がしっかりしているのでこの艦は安心だが、他の艦はどうだろう。練習はしてきているとはいえ、他の艦の練度はまだまだ低い。

「アメリカ艦エンタープライズより通信。艦隊司令宛です。内密との事なので直接繋ぎます」

 ヘッドホンを装着し、目の前の直通回線ボタンを押す。同時に、目の前の小型ディスプレイに金髪で初老の軍人が現れる。アメリカ宇宙軍、ビリー・オルグレン中将だろう。

「はじめまして。航宙自衛軍艦隊司令、渡辺中将」

 相手が流暢な日本語である事に驚く。日本に長く滞在していたとは聞いたことがあるが、日本語をきちんと話せるとは聞いていない。

「こちらこそ、はじめまして。オルグレン中将。日本語がお上手ですね」

「日本勤務が長かったからね。以前は横須賀の第七艦隊にいた事はあなたも知っているかと思う。それに私自身、日本での生活の方が長いからね。ところで、そこは誰にも聞かれない所かな?」

「そちらの音声は聞こえませんが、こちらが喋った事は聞こえますね。不味いですか?」

「……そうだな、できれば移動してもらえると助かるが」

「分かりました。しばしお待ち頂けますか」

「ああ、構わないよ」

「では一旦失礼します。こちらから通信を入れます」

「いや、面倒だろう。このまま回線は繋いでおいてもらって構わない。すぐに移動は出来るのだろう?」

 すぐ後ろにある、司令部作戦室(FIC)を思い出す。会議室としても使えるが、あそこなら今は誰もいない。専用回線もある。

「分かりました。お待ち下さい」

 回線をFICに指定する。同時に、モニターからオルグレン中将の姿が消える。これでFIC以外からは通信員が突然切らない限り、通信が途絶える事はない。

「FICで通信する。艦長、艦と艦隊の指揮を頼んだぞ」

 そう言って、シートベルトを外してから席を立った。

「司令はFICに移動。指揮を代わります」

 吉村の声を後に、司令部作戦室に入る。

 すぐに電灯が自動点灯し、周囲が明るくなった。背後で扉が閉まる。一番奥の席に行くと、一度深呼吸してから回線を繋いだ。

「お待たせしました。で、内密の話とは一体なんでしょうか?」

「……船内で宇宙服か。何か問題でもあったのかな?」

 まあモニターを通じてなので、そう思われるのは仕方がないと思う。

「まだ新造艦でして、一応用心のためです。この航海が本艦の初めての航海でもありますので」

「なるほど。そちらも色々と大変なようだ」

「で、ご用件は何でしょうか?」

「そちらも聞いていると思うが、例の惑星の事だ。我々の艦隊でも、この事を知っている者は私だけ。そこで事情を知っている者同士、情報交換をしておこうと思うのだが」

 向こうも情報はやはり知りたいということか。しかし、全ては知らないのだろう。だからこそ、こうやって通信してくる。

「我々の指令書では、あなただけがこの艦隊で知っていると聞いた。違うかな?」

「情報は筒抜けという事ですか」

「いや、そうでもない。君らのその新型艦だが、その性能については全く私も知らない。唯一知っているのは、ポジトロン砲が装備されているとは聞いた。しかし、その性能については、一切知らない」

 なるほど。この艦についてはアメリカにも情報が漏れていないという事か。

「正直申し上げて、ポジトロン砲――荷電粒子砲については、私もほとんど知りません。テスト結果は一応知っておりますが、それはお話し出来ません」

「それはそうだろう。そこまで私も求めていない。しかし、今回こちらとそちらの試験用装甲を、試射する事は聞いているはずだ。その際、出来ればそのポジトロン砲も使用して頂きたい。可能なら最大出力が好ましいが、そこは君らにも事情があるはずだ」

「という事は、我々の装甲をそちらの砲でテストされるというのは、やはり決定事項という事ですか」

 全く、そのような事はきちんと上層部から伝えて欲しい。なぜ現場判断なのか。最近はいつもこうだ。

「まあ、具体的な出力は申し上げられませんが、やるだけの事はやりましょう。そちらの方も我々の情報が欲しいように、我々もそちらの情報が欲しいですからね」

「協力感謝する。話を戻すが、例の惑星軌道上に数百隻の艦隊が出現したと聞いた。そちらでは何か聞いているかな?」

 隠しても仕方ないだろう。報告を受けている事を、まとめて伝える。

「なるほど……どちらにしろ、そう遠くない時期に一戦交えなければならないだろう。しかし相手の性能が分からないのは辛い」

「ええ、その通りです。しかも、我々の艦より遙か大型の艦影が発見されているとも聞いています。正直、今の状況は極めて不利です」

「一応こちらが掴んでいる情報では、あまぎ型の改装型が近日中に配備されるとは聞いている。我々も第二世代の艦を建造中だが、これは間に合わないと思う。早くても配備は二年後になる予定だ。何より、ポジトロン砲は我々でも実現出来ていない。どこまで我々が通用するのか、私も正直不安だ」

 レーザー主体のアメリカ宇宙軍としては、確かにそれは懸念事項だろう。

 しかし荷電粒子砲の性能が分からないこちらとしても、その不安はある。

「ただ、そちらと共同開発したステルス航宙艦をこちらにも引き渡してもらえるのは助かる。兵装は同じとはならないだろうが、お互い戦力の増強にはなる」

「はい。ですが、こちらは慢性的な人員不足です。今も通常の三割で艦隊を運用しています。乗員へこれ以上負荷がかかるのは、かなり厳しいとしか……」

「我々にしてもそれは同じだよ。むしろ、人員だけではそちらの方が多いくらいだ。何せ、先の予算委員会で宇宙軍の予算は削られたくらいだ」

 そんな事があったのか。それではアメリカも相当大変だろう。

「演習では、こちらから無人標的用艦載機を出す。君らの防戦能力も把握したい。我々の防戦能力はデータとして提供しよう。標的用艦載機なので、攻撃を受ける事はないが運動性能は折り紙付きだ。レーダー照射だけでなく、実際に撃墜してもらって構わないと許可を取っている。もちろんデータは収集させてもらうが」

 艦載機まで出すのか。事情が事情とはいえ、アメリカにも焦りがあるのだろう。

「我々は同盟国ですからね。やれるだけの事はやらせて頂きますよ」

 どうせこの艦の基本性能は、ある程度漏れているはず。向こうもそれを口にしないだけだろう。隠した所で得になる事はない。むしろ、相手の印象を悪くするだけだ。

「では、我々もミサイルによる貴艦の防空能力データを、取得させて頂きたいのですが。やはり実際の性能を見たいですからね」

 さて、モニターに映る彼は、一体どの様な反応をするか……

「信管は抜いておきますので、仮に直撃したとしても問題ないはずです。許可頂けますか?」

「もちろんだとも。君らだけ情報収集されては、こちらの印象が悪くなるからな。ところで日本は艦載機を用意していないのか?」

「はい。我々はこのやましろ型およびあまぎ型の性能で、十分対処可能だと思われます。元々、大陸間弾道ミサイルの迎撃用ですから。ただ練度がそちらよりも低いのが気がかりです。一応偵察用の艦載機は数機ありますが、まだ実戦配備できるほどの数はありませんから」

「新設されて間もないから、そればかりは仕方ないと思う。どちらにしろ双方の実力を知っておくのは、我々両者にとっても良いはずだ。模擬弾の数はどれくらいあるのかな?」

「我が艦で三十発ほどですね。艦隊全てでは、それなりの数が用意出来ますが」

 元々信管を抜くことは簡単だが、問題なのは相手の方だ。こちらがテストしたくても、相手が許可しなければ行えない。特に、相手が自国でなければ尚更。

 オルグレン中将は、どこか悩ましい顔をして黙ってしまった。

「出来れば複数の艦から我々の一隻に対して、波状攻撃を行ってもらいたい。ソフトのアップデートはしているが、その信頼性を確かめるためにも必要だ。君らもそうだと思うが、実弾訓練はほとんど行っていない。双方にとって、これは良いチャンスだと思う。波状攻撃が問題なければ、さらに飽和攻撃のテストも行いたい」

 思ってもない提案。波状攻撃の訓練は、アメリカにとっても色々と考えがあるのだろう。さらに飽和攻撃ともなれば、我々の訓練にも熱が入るだろう。

「なら、そちらも同様に願えますか。特にこちらのやましろ型に対して、波状攻撃訓練を希望します。敵対する相手が分からない以上、出来うるだけこの艦の性能は知っておきたいですから」

 さすがにテスト艦載機で飽和攻撃は無理だ。波状攻撃が限界だろう。アメリカ側の艦はレーザーが主体であり、ミサイルはほとんど搭載していない。なのでミサイルによる飽和攻撃も無理だろう。

「了解した。こちらも準備があるので、この件については最終段階で行おうと思うが、問題はあるかな?」

「いえ、こちらもその方が助かります。ところで、あの惑星の件について、そちらでご存じの事はどの程度ですか?」

 私が知らないことを少しでも知っていれば良いのだが、しかし可能性は高いとは思えない。

「私もそちら同様、詳しくは聞かされていないのが実情だが、先日の観測で大型艦に何かを搭載していると報告を受けている。可能性として、地球上陸作戦を立てているのではないかと上層部は睨んでいるようだが、そもそも今になって何故と思ってしまう」

 アメリカは大型の望遠鏡を持っている。それで観測したのかもしれない。しかし、現場にはさほど情報が与えられていないということか。

「ですね。やろうと思えば、もっと以前に出来たはずです。なぜそれをやらなかったかが、疑問に思います」

 そう、問題はそこだ。以前聞いた話を総合すれば、もっと以前に、それこそ我々が宇宙に進出する以前に来ることも出来たはず。なのにしなかった。その理由が気になる。

 単に地球を征服するというのであれば、人が文明を築く前にすればいいはずだ。それが無理だったとしても、観測されている艦隊の事を考えれば、第二次大戦前に出来ておかしくないはず。

「我々は艦数をこれ以上増やす事が出来ないが、それを補完するための攻撃衛星を配備中だ。そちらにもいくつかあるはずだが、いずれ連携を取らなければならないと思う」

「実を申しますと、この艦の性能を知ったのも、きちんとした形としては受領の前日です。配備を受ける側としては、極めて困っている状況です」

「配備を受けるのに、内容が分からないのか……」

 どちらも都合良くはいかない。

「しかし、それでも運用が出来るのだから、優れたコントロールシステムを持っているのだろう。それが羨ましいよ。こちらは配備こそ早かったが、おかげで人手に頼るところも多い」

 アメリカも、アメリカなりに苦労があるという事を再確認出来る。何事も一筋縄ではいかない。

「知り合いの情報部の連中は、君らの事を色々調べ回っているらしいが、それでも情報がほとんど取得出来ないと嘆いていたよ。君らがこれ程情報を隠匿するとは、正直私も驚いた」

 情報部とは、アメリカ中央情報局の事だろうか。それとも、海軍情報部だろうか。新設された、航空宇宙情報局かもしれない。なにせ、ここは宇宙だ。

「これくらいの情報隠蔽が出来るなら、台湾海峡沖紛争も起きずに済んだだろうに」

 それを言われると痛い。しかし私を含め現場は上の判断に従ったまで。いや、そうしなければならなかった。本当は悔しい思いもある。

 しかし、我々が独自に行動すれば、昔のようなことになりかねない。その為のシビリアンコントロールだ。

 それでも民間人に莫大な被害が及んだことは悔しい。守れたはずなだけに余計だ。

「そうですね。確かにその通りです。しかし現場としては困った事ばかりです」

 一体、政府は何を隠したいのか。守る側としては、これでは何から守ればよいかすら分からなくなる。

「あの惑星が発見されて、我々は独自に接近調査しようとしたが、上から許可が下りなかった。接近すればもっと分かるはずだが、これでは対処出来ない」

 アメリカも、あの惑星については同じなのか。

「こちらも、もっと情報を求めたいのですが、直属の上司ですら状況を把握していないようです。これでは余計に混乱します。何より、これから先どのように乗員に伝えたらよいのか分かりません」

「それはこちらも同じだよ。あの惑星が見える角度に、我々の艦が軌道を変更する事を禁じられている。そこまでして何を隠したいのか理解出来ない」

 アメリカの政府でさえ、その存在を隠さなければならない事とは、一体何なのだろう。しかも味方の軍にまで。

「どちらにしても、近いうちに直接色々情報交換をした方が良いのかも知れない。さて、あなた方の艦隊が到着したようだ。これからよろしく頼む、渡辺中将」

「こちらこそ、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い致します、オルグレン中将」

 そこで、モニターの明かりが切れた。

 これからしばらくは忙しくなりそうだ。訓練という意味の他にも……。

毎回ご覧頂き有り難うございます。

ブックマーク等感謝です!


各種表記ミス・誤字脱字の指摘など忌憚なくご連絡いただければ幸いです。感想なども随時お待ちしております! ご意見など含め、どんな感想でも構いません。


今後ともよろしくお願いします。

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