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太陽系戦争 (The Battle of Solar)  作者: 古加海 孝文
第一章 他人(ヒト)の造りしモノ
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第一章 他人(ヒト)の造りしモノ(1)

    一


    一九九一年十二月三十一日 

    ロシア クレムリン宮殿


「ゴルバチョフ大統領閣下、どうしても今すぐに会いたいという者が来ているのですが……」

 大統領執務室で声をかけられた私は、扉の奥にいた人物を見る。その横には、見慣れぬ男が立っていた。歳は七十近くだろうか。

「今の時間は誰も通すなと言ったはずだが?」

「申し訳ございません。メドヴェジェフはご存じですか。一九七三年にソ連市民権を剥奪され、英国に移り住んでいた科学者です」

「いや、思い出せないな。それに、全ての科学者を私が把握しているわけもあるまい。それが何か?」

 この忙しい時に、大切な人物以外は通すなと言っておいたはず。

「その彼が、大統領に直接お話ししなければならないとの事で、私も最初は引き留めたのですが……」

 一瞬、メドヴェジェフを案内してきた、若い係官の顔が強ばる。

 ここまで来たのだから、身分証などは大丈夫なのだろう。しかし、ソ連市民権を剥奪された身で、良くここまで来れたものだ。それにしても、一介の老人を相手にしている時間はないのだが。

「ツングースカ事件について、大統領にお伝えしなければならない事があります」

 老人は、杖もつかずに私を見つめた。かなりの歳のはずなのに、むしろ若く見える気がする。

「ツングースカ事件……ああ、あの正体不明の大爆発の事か。もう六十年かそれ以上前だろう。それが今更何の関係があるのだ。出来れば後にしてもらいたいな。科学者とはいえ、今それどころでない事は分かっていると思うが?」

 思わず老人の顔が曇る。

 ソ連が崩壊してまだ間もない。今は政治的に安定を図る事の方が優先だ。もちろん経済もだが。こんな時にクーデターなど起こされては対処出来ない。

 そこへ、黒い覆いを被せられた大きな物が、台車で運ばれてきた。それなりの大きさはある。高さは子供の身長くらいか?

「最初の発見者はレオニード・クーリック。ツングースカ大爆発の、最初の調査隊の団長です。そして、これを発見しました」

 メドヴェジェフは、自ら黒い覆いを取った。そこには黒光りする巨大な石版がある。

「爆発地点と思われる中心に、これがありました。当時はどの様に扱うべきか分からず、しばらくして封印されましたが、もう日の目に出しても良いかと」

 思わず立ち上がると、石版に近寄る。

「記録では、爆発地点には何もなかったはずでは?」

 あまり詳しくはないが、何もなかったとだけは記憶している。世界でも解明されていない謎の一つだったはず。氷の隕石だったとも聞いたことがあるが、科学者でもない私には分かりようがない。

「大きさは正確に高さ九十センチ、幅四十センチ、奥行き十センチです。一、二、三それぞれの二乗。これだけで、数学的にメッセージなのですが……」

 つぶさに石版を観察して、そこに文字が記載されている事をすぐに見つけた。

「文字……ロシア語があるな。それに英語、フランス語もあるようだ。これは……日本語か。中国語かもしれないな。他にもたくさんある」

 メドヴェジェフは、私が石版の観察を終わるのを待っているかのようだ。横目で見るが、微動だにしない。

「言語はロシア語を含め、二十一カ国語です。しかし、意味は全て同じ物になります」

 ロシア語の場所をなぞった。

「『我々は常に見ている。君たちの意思に関わりなく』……何だ、一体これは?」

「分かりません。物体については、我々も色々調べました。当時の技術を駆使して調べましたが、この石版と思われる物が、何で出来ているかも分かりません。高温や極度の低温にも耐性があり、耐衝撃性もあります。実際に銃弾を撃ち込んでみましたが、傷一つつきませんでした。それとその……」

「何だ」

「核兵器……原爆を含め、水爆でも試しました。結果はご覧の通りです」

 思わず背筋が寒くなる。

 核兵器を用いても、何ら損傷を受けないだと? 中心温度は百万度はあるはず。とてもではないが、信じられない。

「ご安心下さい。この物体からは放射能も放射線も出ていません。それどころか、爆心地に置いたにも関わらず、この物体だけ放射性反応は出ませんでした。当時可能な技術で、あらゆる調査を行ったようです。ツァーリボンバの直下でも耐えています。結果は、いずれもご覧の通りです」

 欧米で言われ始めたツァーリボンバ。正式名称は『AN602』で、今では我が国でもそう呼んでいることも多い。まあ、愛称の方が単なる記号の羅列よりも、覚えやすいということもある。

 周囲に沈黙が訪れる。再度文字をなぞった。背筋が寒いのは、外の気温のせいではない。

 文字をなぞったが、刻印ではないようだ。手触りは他の部分と変わりがない。

「この事を知っている者は、君以外に誰がいる?」

「現在では、私を含めて数人です。しかし、私以外は全てロシア国外にいます。もし、私の身に何かあれば、我々が得たデータを、即座に世界に公表する用意があります。止める事は出来ません」

 老いたようには見えない、真っ直ぐとした視線。それだけ自信もあるのだろう。何よりここで殺されるということも覚悟の上で、ここまで来たのだろうから、その程度では動じないということか。

「いや、君を粛正しようなど思わんよ。そんな事は過去のことだ。今の国の状況は、それどころではない。それよりも、君はどうしたいのだ」

 まあ、正確には過去の事でもないが。しかし、彼を粛正する意味などないだろう。厄介ごとをこれ以上抱え込むのはごめんだ。国内外のことで今は忙しすぎる。むしろ、今までよく秘匿できたと思う。

「私は出来れば、この文字が読める各国に対して、意見を求めるべきだと思います。我々の技術力では解決できませんでした。体制が変わった今、もはや隠すべきではないと思うのです」

 メドヴェジェフは確信を得ているようだ。彼なりに考えた結果なのか? それとも、これに関わった技術者の総意なのか? だが、我々の技術が通用しなかったのであれば、もはやロシア単独で対処できるレベルを超えている事だけは確かだ。彼の言っている事は正しいだろう。

 これを解析できる能力がある国は……アメリカか日本しかないと思う。あの二国は技術力が抜き出ている。他は我々とどの程度の差があるというのか……彼はそれを分かっているのだろうか?

「君の言いたい事は分かる。しかし、君の言う事が正しいとして、これは科学の問題だけでは済まない。もしこれが地球以外の宇宙からやってきたものだとすると、我々の政治も絡んでくる問題だ。それくらいは君でも分かると思う。君は科学者だ。政治には少なくとも私より疎いと思う。だが君の言いたい事は分かった。これは確かに公開すべきだとは思う。しかしながら、公開の方法は我々に任せてもらえないだろうか? 少なくとも、一般市民に見せるには、まだ早いと思う」

 そう言うとメドヴェジェフの目を見た。少し安心したかのようだ。まあ、死を覚悟していたのかもしれないと考えれば、致し方ないだろう。

「……分かりました。大統領がそう仰るのであれば、信頼いたしましょう。しかし、五年以内になんら私の耳に入らないようであれば、私の方で手を打ちます」

 そう言って、メドヴェジェフは急ぎばやに執務室を後にした。彼の気迫に押され、随行してきた者も呆気にとられている。

「大統領、よろしいのですか?」

 一緒に来た付き添いの者が、やっと重い口を開け不安げにしている。

「……仕方ないだろう。しかし、今度の先進国首脳会議で、秘密裏に事を進めるつもりだ。また裏口から話を持ち込まねばならないが、仕方がない。それに、それなら嘘にはなるまい。そのための準備をしなければならないな。上手く事が運べば、我々も加わりG8となれるチャンスもある」

「確かにそうではありますが……」

「後は、時間が解決してくれる事を祈ろうではないか。私は、今はこれ以上厄介事を抱え込みたくないのだ」

 執務室には沈黙が訪れた。

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