第二章 それは訓練なのか?(7)
3月18日(水) 修正
二〇六五年五月二十一日
宇宙ステーションみちびき 航宙自衛軍専用ドッグ
それにしてもすごい艦だ。目の前の巨艦を見て、思わず唸る。
全長二百三十三メートル、全高全幅三十四メートル。基準総トン数三万二千トン。これだけでも充分巨艦と言える。
昔の戦艦並みだ。しかし、あくまで扱いは宇宙用護衛艦。艦識別コードでは、宇宙巡洋艦扱いだが、日本国内の名称では護衛艦扱いなのだから。
以前、外見はどう見てもヘリ母艦なのに、駆逐艦扱いの護衛艦とした艦もある。
それどころか今では短距離離陸型の固定翼機を運用出来る護衛艦も複数存在する。
この艦の装備は艦首六百ミリ荷電粒子砲一門が最も最大。
主要武装である主砲の連装六三式対四十ミリ対艦荷電粒子砲十二基と、副砲の連装五九式対艦レーザー砲二十四基。レーザー砲の半分は荷電粒子砲へそのまま設置されているので、単体の連装レーザ砲は副砲扱いとなる。つまり荷電粒子砲の砲塔は実質四門だ。
近接兵装として二連装六三式十ミリ近接パルス荷電粒子砲八十基。パルス荷電粒子砲には、近接レーザー二門も同時に備わっているから、近接砲だけで三百二十門もある。主に艦中央を中心に四十基配置されているが、艦首艦尾ともに二十基それぞれの面に配置されている。
艦首と艦尾の甲板四面に、それぞれミサイル発射管三基が付いて、合計二十四基。四面の甲板中央部には、それぞれ十六基のミサイル発射管もある。ミサイルの搭載量は最大四百四十発。長さ一メートル、直径三十センチほどでも、これだけあればかなりのスペースを要するが、自動装填装置のおかげでそのスペースも最小限。なにより、人の手を一切介さない。むしろミサイルを極限まで積み込むため、人が入ることが不可能だ。
宇宙空間のためあらゆる兵装は全ての方向を迎撃できる事が要求される。確かに話は分かるが、そのための装備としては過剰な気がしなくもない。
エネルギー源として艦首荷電粒子砲には専用の大型核融合炉が一基。主砲には一砲塔一つにつき一基の小型核融合炉もある。
パルス荷電粒子砲については、四門を一つのユニットとして、そこに小型核融合が設置。
さらに主推力の大型核融合炉が八基と、姿勢用小型核融合炉が六十基。主砲の核融合炉は、付近のレーザー砲の電力も供給する。
艦尾にあるメインノズルは四基で、それぞれが独立している。仮に一基が攻撃で大破しても、メインノズルをエンジンブロックごと切り離す事も可能だ。非常用イオン推進姿勢ロケットも四十基あるので、多少の回避運動はこれでも可能。
艦全体は六三式二型装甲で防御されており、普通のレーザー砲なら貫通出来ないだろう。もちろん艦の表面は全て六十三型の装甲だ。
よくもまあこんな重装備が出来たと思う。小型核融合炉のなせる技か。一基の大きさは一メートル四方ほどなので、この様な離れ業が出来るのだろう。
レーダー関係はほとんど埋め込み式。なので砲塔がやけに目立つ。ただし砲塔にはそれぞれ光学照準器も設置。大昔の大戦艦に設置されていた砲塔用光学照準器を彷彿とさせる。
艦橋と呼べるものが外にないのも砲塔が目立つその一因だ。
もちろんマストを出してレーダー探索する事も出来るが、よほど遠方や精密索敵する事がない限りは必要ない。他に、格納式の六百ミリ光学測距儀が四基。遠くの恒星も観測出来る。
艦橋がないので窓と呼べる物はほとんど無い。艦首や艦尾、それぞれの四面に観測用の窓はあるが、どれもかなり小型である。展望デッキのようなものもない。全て運行で使用するための物だ。
これ艦がもし海上なら、艦の重みで割れる事は間違いないと思う。いや、割れなかったとしても、重さで水没してしまうのではないか。
しかし、白い船体のおかげで遠目にはスマートに見える。しかもほとんど砲塔だけで砲身は短かく、砲塔も小ぶり。砲塔や砲身が小さいので、乱立しているはずの砲がさほど遠目では目立たない。
六三式対四十ミリ艦荷電粒子砲と二門のレーザー砲をそれぞれ二門搭載している主砲塔は、高さ三メートル、幅十メートル、奥行き五メートルだ。そこから長さ五メートルの砲身が伸びているだけ。
四面の甲板には、艦首側に日の丸の赤い丸が大きく描かれているが、実はこれは装甲の上に設置された液晶表示。その他に軍艦旗を掲げるマストも艦中央と艦尾に上下左右計八本ある。こちらは格納式だ。今はマストの一つに軍艦旗が掲げられている。
「よくできた艦ですね」
やましろの艦長となった吉村は、感心したように見上げている。
私を含めて全員が白の簡易宇宙服を着ていた。今回の出航はテストの意味合いが強い。機関も兵装を搭載した状態では初めての運用。なので簡易宇宙服で身を被っている。
ヘルメットのバイザーを下ろしていないので顔はそのままだが、バックパックを背負えば二時間は船外活動も可能だ。バックパック無しでも三十分は大丈夫。最初は本格的な宇宙服という話もあったが、さすがにそれでは運用が難しすぎる。妥協点としての簡易宇宙服となった。
「ああ、その通りだな」
しかし、本当にこんな巨艦と装備を運用できるのだろうか?
「しかし、核融合炉を搭載しすぎでは? これでは、もし被弾した時に危険があるかと」
「その為の自動化らしい。実際、運行しようと思えば三人でも運行出来るそうだ」
運行とは、戦闘を想定した運行の事。ほとんどをコンピュータが行うため、人間が行うのはその監視。まあマニュアルモードもあるが、必要あるのかと疑ってしまう。
「こんな巨艦を、六十人で運航させる事の方が問題ですよ」
頷いてしまうが、だからといって慢性的な人員不足はどうしようもない。人員は次々に送られてくるが、艦が次々に完成するために、全く追いつかないのが現状。
それに人が来ても訓練は必須だ。多少訓練をしているとはいえ、実際の運用でとなると話は違ってくる。結局は配備された人間でも、最短で三ヶ月、普通なら半年は訓練が必須だ。
「君には期待しているよ。私は艦隊全体を考えなければならない。艦のことは君に任せる」
とはいえ、彼への疑いはまだある。そこがもどかしい。
「分かっております。責任重大ですね」
吉村の快い返事に、少しだが安堵する。
「そろそろお時間です。お願いします」
促されて、艦の搭乗口前に整列した乗員を見た。半数は学校を出たばかりのひよっこ達だ。
「整列」
吉村が号令をかける。
「かしらー、なか」
全員が私に頭を向けた。それに返礼する。
「私が、艦隊司令の渡辺義人中将だ。本艦および随伴艦は、試験航海を兼ね、これより月と地球軌道を周回する。君らの半数は、まだ学校を上がったばかりで、艦を任せるには練度不足である事は明白だ。今回の航海で、十分な練度を積んで欲しい。また、新たに本艦に配属された乗員は、新人を助け、また自らも早く本艦に慣れる事を期待する」
包み隠さず言いたい所だが、それはできない。それだけに、言葉は慎重に選ばなければならない。
「旧来のミサイル防衛では、対処が難しいと思われる敵の存在が明らかになった。我々はそれに対しての対抗手段として、このやましろを含めた宇宙護衛艦を配備することとなった。我々は、宇宙の最初の防衛線であり、同時に宇宙の最終防衛線でもある。我々の後はない。その事を充分にわきまえ、任務に当たってもらいたい。常に己を磨き、他者と共に歩め。諸君らに期待する」
これなら、嘘ではない。しかし本当とも少し違う気がする。かといって、これ以上は正直今は言えないだろう。
少しざわめきが聞こえるが、今はそれを気にしている場合ではない。それにやましろの艦橋要員であれば、発進後すぐに聞いてくるだろう。その時に多少なりとも答えれば良い。
再度吉村が号令をかけ、私は返礼した。
「総員、乗艦」
吉村の号令直後、乗艦ラッパが鳴る。派手なセレモニーはないが、航宙自衛軍やこの艦の事を考えれば仕方がないだろう。本来なら、多額の税金が使われたこの艦隊。国民に見せる必要があるはずだが……。
「中将、先ほどのお話ですが……」
吉村が小声で聞いてくる。
「乗艦後に話す。後にしろ」
今はそれで十分だ。
三つ用意された搭乗口から、次々に乗員が乗り込むが、搭乗口が少ない事と無重力の影響で、思ったほど早くは終わらない。彼らが無重力に慣れるまでは、仕方がないだろう。
中央口の乗員が搭乗を終えると、私も搭乗口に向かう。さすがに新人のようなヘマはしない。まあ、慣れというものだ。
後ろで最後に乗艦した吉村が、中央搭乗口を密封する音がする。そのまま後ろを振り返らず、艦橋のあるデッキへと向かう。あまぎ型から色々改良され、やましろ型はエレベーター無しでも艦橋に行きやすい。
やましろ型の設計には、あまぎ型が色々と参考にされたことはすぐに分かる。何より、移動があまぎ型よりもはるかに楽になった。移動する際の表示も見やすく、一目瞭然だ。
艦橋に足を入れると、既に全員が席に着いている。
さすがあまぎ型からだいぶ進化しており、乗員の席はさらに密集している。しかし窮屈には感じない。限られたスペースを有効に使うために、モニター類の配置もだいぶ考えられている。
艦橋後部中央に位置する、艦隊司令席に座る。その上には艦長席があり、そこは吉村が座っているが、副長席は空いた状態。見上げると頭がある光景は、やはり今でも何だか奇妙だ。
CICは新居田少佐に全て任せる事になってしまったが、実質の副長は彼だ。役割的には問題ないが、やはり士官も含め航宙自衛軍の隊員が少なすぎる。
大体これだけの艦の副長が少佐なのも、正直どうかとは思う。
「密封完了しました。補助機関及び主機関、発進待機中です」
あまぎからこちらに配属転換となった加藤航海長が、彼女らしい女性の声で報告を入れてくれる。こんなとき、女性の声に安心するのは、私の気のせいだろうか?
「吉村少将、やっと艦長ですね」
加藤が少しからかいながら言うと、その場の全員が笑った。
「君にこの席が取られないか、私の方が心配だよ」
吉村の答えに、また全員が笑う。
階級は下とはいえ、艦橋にいる全員が艦長になれるだけの力量はあるはずだ。艦が揃えば、彼らはそれぞれ自分の艦を持つだろう。それに、旗艦であるやましろの主要クルーは、今回の人事で階級が上がった。
「ガントリークレーン及び、搭乗口接続解除。補助エンジン始動。メインエンジン始動準備」
吉村の指示が下りた。後はエンジンを噴射するだけ。
以前はタグボートの使用も考えられたが、エンジンの推力がかなり調整できるようになり、ドッグ内でも少しの噴射なら可能だ。
「提督、発進準備完了しました」
「やましろ、発進。他艦これに続け」
吉村の答えの後、私が続けた。ついに、やまぎの出航。初航海くらいは、順調にいって欲しいものだ。
そういえば私が艦隊司令になってから、普段の呼称が提督になった。正直むず痒い。
「補助エンジン噴射開始。メインエンジン始動。フライホイール始動開始」
加藤が決められた手順でエンジンを始動していく。
「フライホイール、メインエンジン接続。メインエンジン点火。前進微速」
加藤が言うと同時に、艦が静かに動き出す。ドック内をゆっくりと動くのが、全面に大きくある中央モニターで確認出来る。
やましろ型が完成したと同時に、速度についても改正があった。原速となる最低地球脱出速度(7.9km/s)を基準にこれを第一戦速とし、微速がその四分の一。第四戦速(16.7km/s)が第三宇宙速度。また四戦速は強速とし、最大戦速(21.7km/s)、一杯(25km/s)と続く。理論的には加速を続けることも可能だが、加速をしすぎると燃料の問題で減速できなくなるので、これが事実上の宇宙での速度となる。しかし、スイングバイなどを行う事でさらに速い速度も可能であるし、逆に減速もできる。あくまで目安としての速度だ。ちなみに後進時の一杯は地球脱出速度となる。目安がはっきりした事で、これからの運用が楽になるだろう。海自と違うのは、加速度表記であること。なので、燃料さえ許せばいくらでも速度は増す。しかし惑星探査衛星と違って、宇宙護衛艦は地球の周囲しか想定していない。ならば、最大戦速を出すこともまず無いと思いたい。
「全艦、異常なし。ドック出ます」
加藤の言葉と共に、後部を映しているモニターのドック入り口が、次第に小さくなる。
「艦隊、出航後複縦列隊形。三戦速を維持し、進路を月に取れ」
これで、月までは安全だ。
「艦長、一時間後に各艦で火災訓練を行わせてくれ。それから加藤航海長、操舵は新入りに交代して、君がサポートに当たって欲しい。他の部署も同様に。帰るまでに、最低限の事はしておきたい」
「了解しました。ところで提督、一斉に火災訓練ですか? もっと他の訓練もあると思いますが」
「いくら新人の彼らが、トップクラスの成績だったとしても、訓練所と現場は違う。それに突発的な訓練もするつもりだ。最初から難しすぎる訓練をしても、艦長ですら艦に慣れていない者も多い。彼らの訓練にもなるだろう」
「了解しました」
「火災の規模は、君に任せるよ。他艦についても、艦長の力量にあわせてやってもらえばいい。初めてだからな。無理はしないように伝えてくれ。怪我をされるのが一番困る」
「ところで提督、先ほどの敵とは一体何でしょうか?」
早速吉村の問い。まあ、答えねばなるまい。
「この情報はまだ君らの心の内に秘めてくれ。特特防扱いで、本来は君らにも秘匿された情報なのだが、地球外生命体が見つかった」
艦橋が急にざわめく。無理もない。
「そして、その地球外生命体は太陽系にいるらしい。しかも、我々地球に対しての侵攻を行う可能性が出てきた。私も知らなかったことだが、この艦もあまぎ型も、それを想定して建造された。今はまだはっきりとは言えないが、最悪交戦状態に陥る可能性がある」
「交戦状態に陥るとされる理由は何でしょうか?」
砲術長の佐々木の問い。吉村と佐々木は、本当に信頼できるのか?
「まだはっきりとは言えないが、数百隻の艦隊を確認していると聞いた。それらがどの程度武装艦かどうかは分からないが、最悪の事態を想定しなくてはならない」
数百隻の艦隊と聞いてさすがに艦橋が静まりかえった。
「それから、月の周回軌道上でアメリカ艦隊との模擬艦隊戦を行う。全員そのつもりで訓練に当たってくれ。慣れない艦で難しいことは承知だが、時間がない」
「提督、いくら何でも無茶です。私だって艦長に就任したばかり。この艦のことを知り尽くしたどころか、まだ何も知らないに等しい。その様な状況で模擬艦隊戦は、自殺行為です」
「それでもだ。これは私の上からの命令だ。無茶であることは私だって分かっている。今出来る最大限のことを行って欲しい。弱音はそれからにしてくれ」
嫌われるな。艦橋を出たいが、そうもいかないのが辛い。
「機関は大丈夫です。数はありますが、やってみせますよ」
吉田機関長が急に振り向いてから言った。
「レーダーも大丈夫です。光学観測も任せて下さい」
渡瀬観測長が続けざまに言う。
「機関が問題なければ、航海部門もやってみせます。腕の見せ所です」
加藤がさらに続けてきた。次々に各部門が、やる気を出してくる。
「そうなると、艦長である私が泣き言は言えませんね。分かりました。しかし、今の話は他艦に連絡しないのですか?」
「遠藤通信長。艦隊に通達する。回線を開いてくれ」
結局はこうなる運命だったのかもしれない。今さら後戻りはできないということだ。
「司令、回線繋がりました」
「こちらは渡辺司令長官だ。全艦隊に通達する。我々は未知の異星生命体の脅威にさらされている。まだ敵であるかどうかも分かっていない。しかし相手はすでに相当数の艦隊をこちらに向け始めている。我々は最悪の事態を想定して、任務に当たらなくてはならない。我々の技術が通用するかも未知数だ。しかし宇宙の護りは我々の努力如何にかかっている。それに伴い、月周回軌道上に到着した後、アメリカ艦隊との模擬訓練を行う。厳しい訓練になるとは思うが、全ては皆にかかっている。以上だ。皆の頑張りに期待する」
一通り伝え終わってから席を立つ。
「どちらへ?」
「司令室だ。訓練が始まったら、新人に私を呼びに来させて欲しい。それも訓練になるだろう。時間は計っているぞ」
つくづく自分は嫌な奴なのかも知れないが、一つのミスが艦全体を危険にさらすこともある。そのためには、厳しくしなくてはならない。それに、これ以上この重い空気も辛い。
後ろで圧縮空気の排出音と共に、扉が閉まる音がする。扉自体は油圧だが、扉が閉まると同時に余計な空気を抜く仕組みだ。一度足を止め、後ろのハッチに背中を預けた。
出航後、すぐに見て欲しいと付箋に書かれた書類がある。
当然相手は石原航宙幕僚長。しかも出航後すぐに一人でという話だった。また厄介事かと思ってしまう。
別に幕僚長が悪い訳ではないだろう。もっと上からの圧力を感じる。しかし出航後すぐというのだけは納得出来ない。
再び背中のハッチを蹴り、前に進む。通路を進みながら、一体どの様な書類だろうと、考えざるを得なかった。
自室兼司令室に入って、あらかじめ渡された書類を取り出す。ご丁寧にも、入っていたケースは三重に鍵がかけてあった。全く面倒なことをしてくれる。
「で、一体何が書いてあるのか……」
最初に見た書類を目にして、一瞬何が書いてあるのか分からなくなった。
特特防扱いで、私以外が見る事を禁じられているが、発見された惑星の軌道上に戦闘艦が少なくとも百隻。そのうち二十隻ほどは、全長三百メートルを超える大型艦。二百メートル級も四十隻はいるらしい。光学望遠鏡で確認したとあるから、間違いは無いだろう。
これは最悪の事態だ。
アメリカが保有している宇宙艦は、全部で十六隻。我々が現在二十八隻保有していて、あと少しで八隻配備される。全部足しても五十二隻にしかならない。
仮に軌道上の防御衛星を使ったとしても、防御出来るのか。正直疑ってしまう。単純に計算しても、彼我兵力差は二倍はある。
確かアメリカ艦は全てレーザー艦のはず。先日の未確認物体の性能があるとすれば、アメリカ艦は攻撃しても意味をなさない。
我々の新型艦八隻も、どこまで通用するか未知数だ。
現状のあまぎ型は無力だろう。
やましろ型がいくら主砲が荷電粒子砲とはいえ、実際に相手に対して効果があるかどうかなど分からない。そもそも、テストにさえ私は立ち会っていないのだから、その性能が分からない。
もう一つ脅威なのが、惑星の位置は太陽を挟んで地球軌道の正反対。なぜ今まで見つからなかったのだろう。疑問点は多い。
次のページには、幕僚長から事前に言われたアメリカとの合同訓練内容が記載されている。しかし我々の力量で訓練になるのか?
正直疑わしいとしか思えない。
アメリカ艦隊と模擬戦闘。いくら何でも性急すぎる。まだ慣れてもいない艦で、二日後には戦闘訓練など暴挙に近い。
さらに目を疑ったのは、命令の発令が航宙自衛軍作戦部でも、統合幕僚本部でもなく、内閣府だという点。本来関係ない場所の筈だが、統合幕僚本部の承認も出ている。
「一体、何をやらせるつもりだ?」
その下には作戦図が記載されている。月軌道での戦闘訓練だが、何度か月を周回しながらの訓練だ。
月面の民間人に見つかる可能性があるが、そんな事は言っていられないという事か? 模擬戦とはいえ艦隊戦をやらせるなど、今の状況では無謀というもの。どう考えても、正気の沙汰ではない。
大体、艦の半数は新人ばかり。艦隊全体で言えば、三分の二が新人。いくら自動化が進んでいるとしても、限界がある。
それに比べ、アメリカ艦隊は設立してから四年以上経過している。もちろん練度は高いはずだ。相手になるはずもない。
なぜ統合幕僚本部はこんな命令にサインしたのか。我々の状況を分かっていない。こんな事を計画する暇があるなら、航宙自衛軍の制服をまともに用意して欲しいものだ。未だに今世紀初頭の船内作業着と同じような服。ぱっと見では、自衛軍とは分からない。
「アメリカ艦隊とのランデブーは、明後日のUTC(協定世界時)十五時。思ったよりも時間がないな。しかし、今さら文句を言った所でどうにかなる物でもないか」
そんな事を呟きながら、さらにページをめくる。
米軍との訓練宙域図と、訓練内容が詳細に記載してある。そんなページが、数ページにわたっている。さすがに宇宙での模擬戦だけあり、立体的な戦闘想定図だ。潜水艦と違い、圧壊深度のような物はないので、かなり自由に移動も出来る。
ただ月に近づきすぎると、あまぎ型は月の重力を振り切るのにパワーを要するが、新型のやましろ型はかなり自由に行動出来る。
大型艦であるが故、月の重力も無視は出来ない。安全高度は守らなければならない。月着陸船と同じようにはいかない。
それに着陸は無理だ。そもそも航宙自衛軍の戦闘艦艇は、小惑星を含めて着陸を想定していない。当然、着陸脚もない。下手に着陸しよう物なら、艦底部の構造物が大破するだろう。連絡用の小型艇があるくらいで、それなら着陸は可能だが。
あまぎ型の月安全最接近距離は、高度十キロ。やましろ型で三キロ。これは徹底させないと、大事な艦を失いかねない。本来は限界高度として、その半分でも大丈夫と聞いているが、何かあってからでは遅い。
全く、まだ練度も低いのに、余計な事ばかりさせる。
作戦所の最後のページをめくると、また特特防扱いであの惑星の事が書いてある。
光学とレーダーを備えた衛星で監視しているとの事だが、これといって最初のページほど目新しい事は書いていない。
まあ、そう簡単に何か行動を起こされても困る。こちらの準備は、全く出来ていないのだから。
それでも最初の記載にあった艦艇の数は気になる。本当に戦闘艦かどうかも分からないが、用心はしなくてはならない。いつになるのかは分からないが、その相手と交戦しなくてはならないかもしれないと思うと、相手の情報が全く分からないだけに、余計に気が重くなる。
もちろん命令があれば、相手に最大限の打撃を与えるつもりだが、こちらが全く想定していないような兵器を持っている可能性もある。
その点では、人類同士の戦いなど些細な物に思えた。武器の強弱はあっても、全く未知の兵器というのは考え辛い。
「考えても仕方がないか」
思わず深くため息が出た。なぜ、この様な事になったのだろう。
大体、今まで見つからなかったなど、そちらの方がおかしいではないか。しかもあの様子だと、幕僚本部でさえ内情を知らないと思える。ということは、政府レベルの話だ。
アメリカはこの事を知っていると書いてあるが、他国はどうなのか。常識的に考えて、ロシアやEUが知らないというのは考え辛い。ならば、彼らもそれなりの対処をすると思う。しかし、そのような話は聞いていない。
秘密主義だか何かは分からないけども、日本とアメリカだけでどうにか出来る事ではない。こんな時のための国連だと思いたいが、国連はこんな時に無力だ。結局は、我々で対処するしかないのか。台湾海峡沖の時も、国連は結局何も出来なかった。
それにしても時間がなさ過ぎる。相手が敵対行動を取るとして、地球までの距離が近すぎる。
もし今動かれてしまえば、十分な備えなど無い。そのような状況では対峙したくない。それを上層部は分かっているのか疑問だ。いや、分かっていないと思える。分かっていれば、今回のような配備の仕方はしないはず。分かっていないからこそ、この様な状況になる。
何もかも、無理をしすぎなのだ。
私のような海上自衛軍出身ならいざ知らず、学校を出たばかりの新人ばかりを用意されても何も出来ない。これでは前の大戦の時より悪いではないか。まるで学徒動員にさえ思える。
幕僚長はそれを承知なのか。統合幕僚部にしても、分かってやっているのか疑問だ。もし分かっていれば、もっと他の方法があるはず。新人は出来るだけ海自に任せ、手慣れた者をこちらに回してもらった方が良い。そうすれば練度不足は多少なりとも改善出来るはずだ。
「全く、面倒な事ばかり押しつけられた気分だ」
つくづく色々な事が嫌になる。私だってまだ宇宙に慣れた訳ではない。他の者だってそうだろう。慣れていないところへ、さらに慣れない事をされても困る。
ステーションへ戻ったら幕僚長に言うしかないだろう。どうせ無駄だと分かっていても、一言くらいは言わずには気が済まない。我々は機械ではないのだ。
一通り一つ目の書類の束を目にすると、もう一つの書類を取りだした。こちらは、やまぎの運行について色々と書いてあるようだ。極秘扱いにはなっていないし、後で他の者にも見せる必要がある。
まあ、確かにこの艦は良く出来ているとは思う。全周囲に対しての攻撃性能はもちろん、防御も最新。それを支えるコンピュータもよく考えてあるようだ。
先に配備されたあまぎ型や、海上自衛軍の新型国産イージス艦を参考にしたのだろう。実際、核ミサイル迎撃の任だけであればこの艦一隻でも十分なはずだ。少なくとも、日本を守るためには。
全世界の核ミサイルが発射されたとしても、この艦が四隻程度あれば事足りるはず。予備の艦を含めたところで、六隻もあれば充分。
そもそも宇宙空間に出たミサイルであれば、あまぎ型でも対処出来る。さすがに自走砲による砲弾型は無理かもしれないが、それ以外なら大抵は何とかなるだろう。
しかし相手は宇宙人と考えるしかない。そもそも、人なのか? 我々の装備がどこまで通用するか……。
荷電粒子砲は威力が高い分、色々と制約もあるようだ。特に、発射した際に反動がかかる。レーザーと同じようにはいかない。そのため、どうしても常にエンジンを始動しておかなければならない。
艦首荷電粒子砲ともなれば、推進力を最大にしても後退してしまう。後退速度は十メートル毎秒。対ショック姿勢が必要になる。エンジン最大噴射を行っても、後退が収まるのに十二秒。五秒おきの連射を続けていると、どんどん後ろに加速することになる。極めて使い辛い兵器だ。
しかし、これらの兵器があればあらゆる核ミサイルを狙撃出来るだろう。技術の進歩とは、ある意味恐ろしい。こんな技術、よく開発出来た物だ。
目の前の事に目を向けなくては。
いくら上からの命令とはいえ、これでは現場の士気にも関わる。一体これを、乗員にどう説明すればよいのか。
訓練と言えば聞こえは良いが、当然納得しない者が多数出るだろう。艦橋にいるメンバーは全員が納得しないはずだ。それに対して、納得させる材料を提供しなければならない。その理由を、どう考えるかだ。
「厨房より火災発生。これは訓練だ」
観測長である渡瀬の声が、スピーカーから聞こえてきた。どうやら始まったようだ。てっきり事実上の副長である新居田が行うかと思ったが、CICから離れられないのだろう。
ポケットに入れておいたストップウォッチを始動させる。昔から使っている針のストップウォッチ。これが一番使い勝手が良い。
急いで極秘扱いの書類をケースにしまうと、鍵付きの金庫に入れた。二日後のランデブーは、訓練終了後に伝えなければならない。
「現在、第四層エリア、厨房にて火災発生。これは訓練だ」
艦長である吉村の声がする。そろそろ、私を呼びに来ても良い頃だろう。
「現在火災は、厨房から食堂および第三層連絡通路に延焼。これは訓練だ」
そろそろ二分が経過しようとしているが、まだ呼びに来ない。どこかで何かがぶつかる音がした。その時、ドアをノックする音がする。
「何だ?」
「艦長より伝令、司令に艦橋へお越し頂きたいそうです」
ここまで二分十七秒。はっきり言って遅い。せめて一分以内でなければ。
「今行く」
ドアを開けると、どこかで頭をぶつけたのか、左手で頭を押さえた若い士官がそこにいた。
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