第二章 それは訓練なのか?(4)
3月17日(火) 修正
二〇六五年五月十三日 日本時間 十八時
宇宙ステーションみちびき
石原航宙幕僚長に頂いた資料を見ながら、みちびきにある自室で思わず唸ってしまう。
二年前から使っている部屋だが、必要なもの以外はあまり置いていない。スペースは充分にあるが、私物を地上から運ぶ許可はあまり下りない。ステーションや宇宙船の建造が優先されるのだから仕方がないが、正直寂しい。
まあそれ以前にこの自室を使う事が少ないのもあるが。
しかし、毎日のように補給ロケットは打ち上げられている。少しくらいペイロードのスペースはないものかと思う。
これが民間ブロックならとつくづく思う。あそこには、色々な資材の他に、私物も運ばれてくる。
それでもここには重力ブロックにあるだけまだ良いと考えなければならない。
新型航宙護衛艦やましろ型の建造噂程度には知っていたが、そのスペックについては今まで何も聞いていなかっただけに、その驚きは隠せない。
さらにあまぎ型の改良艦など、その存在すら聞かされていなかったことを考えれば、上層部が何を考えているのか、まるで見当が付かない。これ程の装備が必要な相手なのか?
ドックの一部が閉鎖されている理由が、ようやく分かった。しかし、そこまで秘匿にしなければならないものなのか?
現在乗艦しているあまぎ型の主砲も、新型の物と交換されるようだ。交換される主砲の名前は、六三式対艦荷電粒子砲。
それにしても、なぜ対艦なのか。本来の任務は、地上から発射される核ミサイル狙撃のはず。最初から、相手をミサイルとしていないのが気になってしまう。確かにこれでは、建造時に不安に思う者が出るだろう。
現在の主砲は、新型建造艦の乙型無人戦闘艦に配備されるとある。この乙型にしても、対レーザー防御装備が施されており、明らかに乙型は有人戦闘艦の被害担当艦としての役割もある。
無人の被害担当艦は六〇型無人航宙防御艦と、その改良型の六〇型二式無人航宙防御艦がある。こちらはさほど武装はないが、それだけでも十分な気がするのは気のせいだろうか。
確かに被害担当艦として、無人艦があるのは喜ばしいし、システムが更新されたばかりのあまぎ型、やましろ型の六二式航宙管制システムで、ほとんど人の手を借りる事はない。人が不足している航宙自衛軍にとってはありがたいが、こういった艦を建造しているのであれば、もっと早くに言って欲しいと思ってしまう。戦術を考え直さなければならないだろう。もちろん戦略もだ。
大体、このやましろ型のスペックは、文字通り化け物だ。
最低戦闘乗員数六人で、三十二数基に及ぶ砲門を一人でコントロール出来、全てをコンピュータが補ってくれる。
それに艦首、艦尾、舷側、上甲板、下層甲板にもミサイル発射口がある。まあ、こちらは防御兵器の射出も兼ねているようだが。全自動装填ランチャーとなっているようだ。しかもミサイルは全て電波吸収塗料が発射直前に塗布する事も出来るようだ。
速乾型の吸収剤が開発されたとは聞いたが、もう実戦配備されるとは驚きだ。
現在のあまぎ型にも、このシステムが順次搭載されるらしいが、これなら今いる現場の航宙自衛官の数でも、大艦隊を扱えるかもしれない。最低必要人員が減るのは不満も確かにあるが、今の航宙自衛隊には必要だ。
やましろ型は旗艦タイプのⅠ型を二隻、索敵艦タイプのⅡ型を二隻。攻撃型となるⅢ型を八隻、標準タイプのⅣ型を八隻建造したらしい。
すでに艦の名前は決定されている。Ⅰ型は『やましろ』と『ふそう』。Ⅱ型が『しきしま』、『みずほ』。Ⅲ型が『あきづしま』、『うらやす』、『くさか』、『とよあしはら』、『たまがき』、『こうづしま』、『よなぐに』、『ちしま』の八隻。さらにⅣ型の『おきのとり』、『えとろふ』、『くなしり』、『はぼまい』、『しこたん』、『みやこ』、『つしま』、『やえしま』の八隻体制。これだけでも大艦隊だ。総数で二十隻にもある。
それにしても命名基準がどうも分からない。何を基準に決定したのだろうか?
『やましろ』と『ふそう』は旧軍の戦艦名。旧軍の戦艦には旧国名や山の名称が使われていた。その点では『みずほ』や『あきづしま』、『とよあしはら』はそれに倣っていると思える。ただし二つは国名どころか神話上の名前のはずだが。
他の艦については島の名前だ。しかも色々と後で問題となりそうな名前が多い。
艦の基本的なスペックは全て同じだが、旗艦タイプは索敵能力と、他艦リンクを強化したコンピュータ機器、索敵型は砲門を少し減らして観測機能を強化。攻撃型は砲門数の増加など。
いくつかのタイプがあるので、運用の事を考えると頭が痛い。司令部能力がある艦二隻ということは、艦隊を二つに分けることも出来るし、一方をバックアップに回すことも出来るか。
今のあまぎ型でさえ、まだまだ艦隊を運用出来るレベルには達していない。一番の問題である人員が何も解決していない。
改あまぎ型の詳細なスペックが分からないのは、正直度のような艦隊編成を考えればよいのか分からない。ただ、建造数は八隻とある。あくまで『改あまぎ型』であろうから、基本的なスペックは同じだと思いたいが、『やましろ型』の事を考えると一概にそうは言えない。
「しかし、指揮する艦長をどうするのかが分からないな……」
問題はそこだ。艦は多いが、今ある艦だけでも指揮官は不足している。
そこへ二十八隻もの新型艦と改良艦を与えられても、現場が混乱してしまう。
現在の八隻を足せば三十六隻。火力的な戦力としては、旧軍の艦隊をも凌ぐのではないかと思ってしまう。いや間違いなくそれ以上の戦力だろう。
扱いこそ宇宙巡洋艦となっているが、サイズは戦艦そのもの。武装も戦艦と言っていいのではないか?
このほかに、無人艦を含めれば、総数は六十隻を超えてくる。まさに大艦隊だ。
それに新しい装甲もある。六三型宇宙装甲。
超々硬化チタニウム合金をベースに、瞬間冷却機構や圧力分散が行える装甲になっている。
レーザーの直撃を受けても、瞬間冷却する事で熱を奪い、装甲が溶解する事を防いでいる。圧力分散によって、実体弾へのダメージも低減させる。今ある技術の粋を集めたのだろう。
冷却装置は極めて単純で液化二酸化炭素を使用している。高密度二酸化炭素と呼ばれる物だ。マイナス五十六度、約0.5気圧で、他の液化させた気体よりも爆発性は低いと言えるだろう。
それに液体窒素よりもコストが安い。液体酸素のような爆発性もないので、防御隔壁の内側に使うには量も比較的容易に確保できるし、分解すれば酸素も作れる。非常時の事を考慮した酸素生成も可能だ。
外壁装甲は六三式宇宙装甲だが、内壁も六三型二式宇宙装甲。こちらは圧力分散機構が除かれたタイプだ。全てのブロックが、この六三型二式宇宙装甲で守られているので、レーザーが貫通する事を極力防ぐのだろう。
六二式核融合炉も、既存の核融合炉より出力が百三十パーセント増し。よくもこれほど短期間で、こんな出力アップが出来たと思う。
新しい技術でも使われたのだろうか? エンジン系の解説が載っているが、正直何のことだか分からない専門用語も多い。
やましろ型の推進系はメインエンジンはもちろん、姿勢制御までレーザー核融合パルスエンジン。
最大加速能力はメインエンジン一基当たり二十Km毎秒。それが四基付いており、さらに後部の補助エンジンが六機。合計の最大加速能力は一四〇Km毎秒。
まさに化け物のようなエンジンだ。まともに加速すれば、人体もそうだが、船体がもたないだろう。ただ、いきなりその加速が出来ないよう、コンピュータにより管理されてはいるようだ。
そして小型だが噴射能力がメインエンジンの半分近くある物が艦前面に装備されている。後進用だろうが、正直大きすぎる気がしてしまう。
それにしても与えられるのは物ばかり。肝心の人員が不足している。なにより今でも艦隊を編成できるのに、これだけの数を指揮する艦隊司令が私では経験不足を否めない。私が指揮することになるが、いつまでもこの状態でよいはずがない。少なくとも一人で運用できる数ではない。
「ふぅ。考えるだけ無駄かもしれないな。性能が違いすぎるし、人員も地上の命令待ちか」
書類の束をめくりながら、艦隊編成がどうなるのか考えた。
今あるあまぎ型が八隻。これだけでも本来アメリカに充分対抗出来るだけの艦隊だ。何せ艦数はアメリカの半分でしかないが、搭載している火器は倍以上。
アメリカの艦隊は一つの艦あたりレーザー砲が四門。どれも百八十度方向に回転出来るが、砲塔一つにつき一門でしかない。火力が違いすぎる。
さらに性能は不明だが、改良型あまぎ型が八隻。もちろん同盟国であるアメリカを攻撃する事はないだろうが、一体何のためにこれ程の装備が必要なのかと思ってしまう。
確実にあの惑星に対する対抗処置だろうが、一体どれほどの規模を想定しているのか? 正直、防衛のためとは通常思えない規模だ。
「外国に対しては戦争を仕掛けない手前、防御にしては重装備。地上の部隊についての記述がないので分からないが、航宙自衛軍だけとは思えない。ある程度増強はするはず。一体何を考えているんだ」
何よりおかしいのが新造のやましろ型。二十隻もの艦艇を一度に配備し、しかもその装備は聞いた事がないものばかり。
今ある五八式レーザー砲よりも遙かに強力な事は間違いないだろう。部下には弾道弾の迎撃と説明している手前、明らかに過剰装備だ。誰がこれを納得出来るのだろうか?
その時、手元の携帯電話が鳴る。着信ではなくメール。携帯電話を見ると吉村だ。艦に戻ってきて欲しいとの事。
「呼び出しなら通信部を経由して呼び出せばよいものを。そもそも携帯なら直接着信通話させる方が効率的だ」
鍵付のアタッシュケースを取りだして、書類を入れる。そのアタッシュケースを、これまた鍵付のクローゼットの中にある金庫に入れた。
吉村は何を遠慮しているのか。ステーションにいる時は、呼び出して構わないと言っているのに。
そもそも彼はいつも他人行儀過ぎる。やはり出身地のことが気になってしまう。
そういえば、吉村と太田には艦長就任を伝えなくてはならないな。まあ、それはやましろなどが進宙してからでも良いだろう。どうせ階級も大佐から少将にしなければならない。
実質的に二人は艦隊を二つにして、第一戦隊と第二戦隊に分ける必要があるので大佐では問題がある。大佐では個艦の指揮権しか与えられない。配備される数を考えれば、それぞれ実質二つの分隊司令なのだから。
部屋を出ると港のある方向に向かう。
それにしても一体いつになったら内装工事をするのだろうか? 剥き出しの鉄の壁と、床を見ながら思う。
確かに優先度は低いかもしれないが、床くらい絨毯にして欲しいものだ。
重力のない宇宙船の中ならまだ分かるが、重力のあるステーションの中だと、どうもそんな事を思ってしまう。なにより居住区は全て絨毯。その差は大きい。
確かに艦は良い物だが、その他の設備は三流だ。せめて自衛官の居住区だけでももう少し何とかして欲しいが、どの要望も却下されている。
居住性の悪さは士気にも影響を及ぼしてくるはずだ。早めに対処してもらわなければ困る。
そんな事を思っているうちに、航宙自衛軍用のドックエリアに入った。通路を抜ければ、快適な重力空間から無重力になる。
航宙自衛軍関連のドックや港は、宇宙空間で回収された二段目ロケットを再利用している。
そのため小さなかまぼこがいくつも組み合わさって、妙に凸凹している。ドック入り口に限れば、完全にロケットの二段目をそのまま使っている始末。いくら安全とはいえ、正直好きにはなれない。
艦が見えないよう、ドックや港の入り口には大型ハッチもあるが、建造ドック以外は解放された状態。
壁に備え付けてあるレバーの一つを取り出すと、通路と同時にレバーが前へ進む。
しばらくして次第に体が宙に浮き出す事を確認すると、レバーをしっかり持って体を浮かせた。百メートルほど先の巨大な白いハッチが開く。
ハッチの横には『関係者以外立ち入り禁止』の文字があるが、そもそも関係者以外がこのエリアに入るとは考え辛い。
大きく『3』と中央に書かれたハッチが、中央から左右に開き終わると、さらにその直後にあるハッチが上下に開く。その奥百メートルほどの所に、さらにハッチがある。こちらには開放厳禁と壁に書かれている。
そもそもこれらのハッチは常時開放に出来ない設計だが、誰がこんな物を書いたのだろうか。
一枚目と二枚目のハッチの間には、黄色い回転灯がいくつもある。ハッチが開いた事で、これらの回転灯が一斉に光り出す。
「本当に、どこも無機質だな」
思わず呟いてしまった。
これから通る連絡通路は、居住区よりもさらに無機質。配線関係も剥き出しで、まかり間違えば切断してしまう事だってあるだろう。安全対策にもっと力を入れてもらいたいくらいだ。まったく昔のSF映画よりも無機質。赤や黄色、青の太い配線が、そのまま壁を走っている。
所々にある緊急用レバーが隔壁を閉じるためにあるが、もちろん使用された事など無い。本来は緊急避難訓練もしなければならないが、なぜか行われていない。
そもそもこの非常用レバーは隔壁が正常に閉鎖されなかった場合に使うが、そんな事があった場合は宇宙服でも着用していない限り死ぬだろう。
持っていたレバーの移動が終わり、そのまま慣性の移動を使って一つめのハッチを抜ける。
すぐに奥にある二つめのハッチが徐々に開いていき、後ろのハッチが閉じる音がした。白いLED電灯の間を縫うようにある黄色い回転灯が眩しい。
連絡通路の至る所にあるハッチは、まるで艦の中にいる錯覚さえ覚える。違うのはその大きさだけ。非常時には、独立した区画となり、救命エリアとなる設計だが、肝心の生存に必要不可欠な機材はまだ無い。せめて、酸素タンクと最小限の水食料くらいは用意して欲しいが、これも後回し。
二つめのハッチを抜けると、すぐ傍にあったレバーを掴み、レバーにあるボタンを押した。ボタンを押した時だけ前に進む移動用レバー。これが無いと、移動ですら面倒になる。
レバーはそのまま中央通路に向かい、大きな窓のある区画に入ると、ボタンを放す。レバーはゆっくりと止まった。航宙自衛軍の港部分が見える数少ない窓だ。
そのまま今度は右にあるレバーを掴むと、そのまま目的の区画へと進む。上部にある港番号を確認しながら、後方を見た。円筒形の周囲にある通路で次第に見えなくなっていくが、誰も来ていない。
港のこの部分は、元々人員が少ないので、人がいない事は珍しくない。それに、廃棄予定のロケット構造部分を再利用したこの部分は、ここにいると何だか息苦しく感じる事もある。誰もがここは息苦しいという意見で一致していた。再利用も結構だが、程々にして欲しいものだ。
所々に補給用の物資が置かれているので、誰かが積み込みはしているのだろう。そのほとんどは水や食料。それ以外の物資は、大抵外の宇宙空間からコンテナで運ばれる。通路にあるのは整備員用の食料物資だろう。さほど量はない。
将来的には水や食料以外の補給用通路も作るらしいが、今のところ工事すら行われていなかった。あるのは計画だけで、その計画も日時が指定されていない。
あらゆる工事は、一般居住区とみちびきの管制区が優先されているので、こういった工事は全て後回しになっている。おかげで、この回廊も配線が剥き出し。
目的の五番ハッチの前に来ると、暗証番号を入力する。六桁の英数字で構成された暗証番号を入力して、指紋照合を終える。さらにIDカードをスリットに通す。ハッチが静かに開いた。
そもそも航宙自衛軍関連の施設は、入り口に網膜検査が義務づけられている。さらに、手のひらの静脈検査をしてから、IDカードが必要な徹底ぶり。その入り口には、警備隊が四人一組で武装して待機している。一般人が入ることは、まず不可能だろう。
今度は軽く床を蹴って、そのまま宇宙護衛艦あまぎのハッチへと向かう。それにしても、宇宙護衛艦とは言っているが、どう考えても戦力としては旧来の戦艦クラス。いや、昔の戦艦が霞んで見える規模だ。しかも艦の識別表記は巡洋艦になっている。駆逐艦ですらない。
再び後方でハッチが閉じる音と同時に、艦のハッチに到着する。艦の中央ハッチだ。
ハッチ右側に移動すると、体を固定するバーを左手で掴みながら、操作パネルの保護カバーを開ける。再び暗証番号と指紋と静脈をスキャンする。照合が終わると、静かにハッチが開いた。ハッチ内側のレバーを掴むと、そのまま艦内に入る。
今は港に係留された状態なので、これだけのセキュリティーになるが、港に係留されていない場合は、暗証番号を宇宙服越しに入力して、宇宙服の中から声紋検査を行うだけだ。それに、環境からの操作で中から開けることも出来る。
エレベーターに到着する前に、後方のハッチが閉まる音がした。
「慣れてきたとはいえ、やはり無重力の移動は面倒だ」
エレベータの艦橋と書いてあるスイッチを押すと、静かに動き出した。程なくして、艦の最深部にある艦橋に到着する。
艦の最深部、すなわち艦の最も中央。そこに最も主要な艦橋と戦闘指揮所――CICが隔壁を隣り合わせてある。予備の第二艦橋は訓練以外で使った事はない。おそらく実際に使う事はないだろう。艦首の副操舵室もそうだが、実際使われていない設備も多い。
そのまま艦橋に進み、ハッチを開けた。
「用事があるなら、携帯ではなく普通に呼び出せばよいものを」
ハッチを抜けながら言うと、艦長席の横に大村義男中将がいらっしゃる。すぐに敬礼する。大村中将は航宙自衛軍の作戦本部、人事部長だ。航宙自衛軍の人事を全て司っている。私も中将に昇進したとはいえ、大村中将は先任だ。礼儀を忘れるほど馬鹿でもない。
「大村中将がいらっしゃるとは思いませんでした。いらっしゃる事を知っていれば、もっと急いだのですが」
言いながら、中将の前に立つ。なぜ携帯で呼び出したのか理解に苦しむ。
「なに、私も宇宙戦艦というものがどういうものか、よく見たかったのでね。人事部だとこういった物を実際に目にする機会はまず無い。おかげで、色々勉強になったよ」
「一応、護衛艦ですがね。仰っていただければ、いつでも乗艦を許可いたしますが」
「私も忙しくてね。最近人事部も大忙しさ。人事部がこんなに忙しくなるのは初めてだ」
「何かあったのですか?」
「現在あるこの艦を旗艦として、正式に艦隊が発足する。先に幕僚長から聞いてはいたと思うがね。君はその初代艦隊司令という訳だ。それと、中将への昇進おめでとう。とは言っても、人員不足の事は君も知ってのとおり。なので、吉村大佐も中将を補佐して欲しい」
私の代わりに、大村中将が答えてくれた。
どうも新型のやましろ型については知らないようだ。
「厳しいですね」
「まだあるぞ。私も渡辺君の指揮下に入るようだ。先任の私が後任の君から指示を仰いで欲しいと、石原幕僚長から連絡があった。艦への乗員を選別する上で、その方が良いだろうとの話だ。まあそんな事をしなくても、艦隊への人事に私が口を挟むつもりはないつもりだったが」
全く奇妙な人事をする。
「そして、もう少しすれば若いのが来る」
「新人ですか?」
大村中将は頷きながら、私の来たハッチの方を見た。
「ちょっと間に合わなかったようだな。艦橋要員だけでもすぐに来るよう伝えたはずだが。今までは地上で海上勤務をした後に、こちらに配属されていたが、これからは直接ここに配属される。文字通り、新時代の隊員たちだ」
「新時代の隊員ですが……まあ、あまり期待せずにいた方が良いかもしれませんね」
「君ならそう言うと思っていたよ。しかし成績優秀者は航宙輸送練習艦ゆうづるとまいづるで、一年みっちり訓練しているそうだ。大体、即戦力とならない隊員は今回乗艦しない。選考は厳しかった。まあ、それでも君の基準からすれば、誰もが新人でしかないだろうが。それと四隻の試験艦はまた何かのテストに使うらしい。君の砲で聞いているかな?」
「いえ、試験艦については何も。分かりました。ところで、その新人は、全部で何名ですか」
「全体で百二十四名。この艦に配属されるのは、そのうち十五名だ。特にこの艦には、精鋭を集めたつもりだ。それと遅れて、全部で三百名ほどが配属される」
なるほど、拒否するいわれは無いという事か。まあ、実際見てみれば分かるだろう。
「防衛大学校航宙学部の精鋭揃いだ。それぞれ通信科、宇宙情報処理科、宇宙操艦科、宇宙機関科、宇宙戦闘科、宇宙観測科そして新たに新設された艦長補科から選抜されている。他にも地上で訓練した者たちがいるが、それは直接戦闘に関わらない者たちだ。問題は少ないと思う。それに、ここみちびきもスペースは限られているからな。全ての者をここみちびきでは訓練できんよ」
「それはまた色々と新設されましたね」
「私も最初に聞いたときは驚いたよ。これで、君たちの仕事が少しでも軽減されると良いな」
「ですね」
しかし、どこまで役立つだろう。いくら輸送艦で訓練したとは言え、輸送艦と実戦配備艦では違いが多すぎる。なにせ、訓練に使用している輸送艦は武装は一切無い。通常の宇宙貨物船と同じだ。違うのは、識別信号くらいなものか? レーダーなども一応自衛隊基準に更新しているが、最新ではない。輸送船に高価な物は使えない。
「まあ、心配するのも無理はないだろうな。君がみっちり仕込んでくれ。そこまでは私が関知する事ではないからね」
その時ハッチが開く音がする。見ると下級士官二人と、十人以上の若者が入ってきた。
「渡辺少将、遅くなりました」
見た顔だと思えば、補給部の木村絵里中尉だ。その後ろに新人とおぼしき者たちが整列する。歳は二十代前半か。さらにその後ろには、太田がいる。副官として彼らを案内してきたのだろう。
「まずは、乗艦許可を彼らに与えて下さい」
太田が敬礼をしてから言ってきた。
「防衛大学校航宙学部、艦長補科。押田阿美少尉以下十五名、本日付で宇宙護衛艦あまぎ勤務を命じられました。乗艦許可願います」
さすがに学校を出たばかり。姿勢だけは良い。
「乗艦を許可しよう。話は聞いているよ。君たちが新しい補充乗員だね」
「はい。それぞれ艦長補の私以下、情報処理二名、操艦二名、機関四名、戦闘四名、観測二名となります」
「知っているとは思うが、我々航宙自衛軍は慢性的な人員不足だ。新人だからといって甘くするつもりはない。そこは心得ておくように」
さすがにそれは分かっているのだろう。何事も言わず全員が頷く。
「ところで木村中尉、おそらく知らなかったとは思うが、つい先ほど私にも辞令が下りてね、艦隊司令になった。階級は中将になる」
「失礼いたしました。なにぶんこちらには何も情報が来ていなかったものでして」
「まあ、そんな所だとは思っていたよ。それよりも、補給部の君が何の用かな。わざわざ新人を連れてくるために、君がエスコートしたとは思えないが」
「新型装甲のテストと、改良型ミサイルのテストを行ってもらうよう、上からの指示がありました。現在、それぞれの装備を搬入する手続きを行っております。こちらがその書類です」
新型装甲か。まさかとは思うが、極秘のあの装甲だろうか。それに改良型ミサイルというのも気になる。
「新型装甲の方は、私にも詳しい情報は来ておりません。ミサイルに関しては五九型対艦ミサイルの改良型との事です。試験内容その他はこちらの資料にありますので、搬入終了後、テストのためステーションを離脱し、こちらの指定エリアで試験項目をお願いします」
渡されたのは十ページほどの書類。ざっと目を通したが、明らかに新型装甲は六三式宇宙装甲だ。ただ、名称の記載はない。
「分かった。受領後、試験航海を兼ねて実施しよう」
「搬入は日本時間午前二時には終了の予定です。出航時間はお任せします。新人もいますから」
木村が新人を見渡す。彼女も宇宙に来てまだ二年だが、すでに古株の部類だ。
「そうだな。これを見る限り、緊急にやらなければならないテストという訳でもないようだ。まあ出来るだけ急いでテストは行わせてもらうよ」
「彼らに艦内を案内したいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
太田が近寄ってきてから静かに言う。
「ああ、そうだな。君一人で大丈夫か?」
「お任せ下さい」
「分かった、任せる」
彼女の号令と共に、新人はハッチの外に消えていった。
「若いですね。本当に大丈夫なのですか?」
横にいた吉村が言う。確かに心配なのかもしれない。
「あれでもこの艦に配備された者たちは、精鋭中の精鋭だ。まあ君から見たらひよっこに見えるかもしれんが」
大村中将が、そこまで言わなくてもという顔をしていた。
「このテストを兼ねて、しっかり訓練してやりましょう」
吉村に思わず頷いてしまった。まあ、最初から使い物になるとは思っていない。しかし、早めに訓練を重ねる必要はあるだろう。
「ああ、忘れる所だった。しまったな。太田君がいるときに渡したかったのだが……」
一体何を渡したかったのだろう?
「まずは吉村大佐、君に辞令だ。本日より少将に命ずる」
大村中将が一枚の紙を出して渡す。その手にはもう一枚あった。
「後でそれを太田君にも渡して欲しい。彼女も少将に昇進だ。そして、彼女がこの艦の艦長になる。後日、君には新しい艦の艦長をやってもらうことになるから、彼女の働きをよく学んで欲しい。どちらにしても、二人には新型艦に移乗してもらう。二人はその為の早期訓練と思って欲しい」
もう幕僚長からの指示があったのか? それにしては早すぎるが。
それにこの様子だとやましろ型の情報も知っていそうだ。詳細はさすがに分からないのかもしれないが。
「他の者も近々昇進が待っている。苦労はかけるが、頑張って欲しい。その為の昇進だと思ってくれ」
「了解です、中将」
吉村が敬礼しているが、正直彼のことをどこまで信頼すべきなのか……。
「それにしても、最近ドックの方が騒がしくて仕方がないですよ。色々な物を納品しているのですが、何に使うのかが、全く明記されていない状態です」
木村が不平を漏らした。上官がこれだけいる前で不平とは珍しいのだが、そこは航宙自衛隊だからこその事。慢性的にあらゆる物が不足しているため、誰もが不平を漏らすし、航宙自衛隊以外の人間に話さなければ罪に問われる事は無い。本当は不味いのだが。
「ドックとは、建造ドックの事かね?」
大村中将が不思議な顔をしてみている。まあ、人事部にとっては、彼女の補給の話は分からないかもしれない。当然といえば当然だ。
「部品の搬入が多いのですが、その発注の仕方が奇妙なんです。普通なら、砲塔を発注すれば、その砲塔に関わる部品がそのまま発注されるはずなのですが、今回は砲身と一緒にエンジン部品が発注されたり、レーダーの部品と同時に、装甲の発注が来たりで、現場は大混乱です」
確かにそんな発注のされ方をされれば、困ってしまうのは仕方がない。
「新型の航宙艦か。そういえば、性能その他、全て我々にも極秘扱いだな」
大村中将が呟くように言う。先ほどの資料は、やはりまだ大村中将へ開示されていないということか。
「それと、あまぎ型の改良型護衛艦も建造中です。こちらも色々と面倒ですね」
前世紀に建造された巨大戦艦が霞むくらい、秘密に事が進められているので、何が何だかまるで分からない。これほど情報統制する必要が、本当にあるのだろうか?
先ほど石原航宙幕僚長からいただいた書類にしても、全貌でないことくらいは分かる。それだけに、一体何をしているのかが気になってしまう。
もうしばらくすれば情報を流すようなことを言っていたはずだが、石原幕僚長も知らないことが多いと思う。一体中央幕僚部は何をやっているのだろう。
まあ、考えても仕方がない。与えられた任務をこなすだけだ。
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