第二章 それは訓練なのか?(3)
3月17日(火) 修正
二〇六五年五月十三日 十三時
宇宙ステーションみちびき
急に宇宙港に呼び戻されたと思ったら、一体どういう事だと思う。
まあ、訓練で艦がみちびきに近かったから良かったものの、これが月の裏にいたら大変な事になっていた。移動だけで一手間だ。最低でも二日はかかっただろう。何より燃料の問題もある。
宇宙にはだいぶ慣れたが、それでも地上にいる時とは色々違う。なにより昼夜がない。太陽から見て天体の裏側に行けば別だが、そうでもないと太陽の光に満ちあふれている。
太陽の光は確かにありがたいが、同時に危険でもある。きちんとした装備でなければ失明するし、宇宙放射線も多い。なので、艦内では潜水艦勤務の時と同じようになってしまう。しかも外は真空の宇宙。隔壁が破れれば、水中以上に命に関わる。
確かに潜水艦も怖いが、宇宙では救援が間に合うまで、時間がかかってしまう。そして、一度に救援できる人数にも限りがある。
あの悲惨な事故――JSL123便の事故がそれを物語っている。それだけに怖いものがある。
「それで石原幕僚長、急な呼び出しの理由は何でしょうか?」
「そんな顔をしないで欲しいな、渡辺中将。まあ、嬉しい知らせだよ」
嬉しい知らせとは何かと考えてしまう。それに私は少将のはずだが?
「渡辺少将、君を中将に命ずる。また君を第一護衛艦群初代艦隊司令に命ずる」
同時に、指令書が手渡された。確かにその通りだ。
「もう一つある。君の主要クルーには、新型艦やましろに移乗してもらう。引き渡しは明後日だ。すでに艦内を見ることが出来るよう、手筈は整えている。これがやましろ型の資料だ」
新型艦が建造されているのは聞いていたが、人員の不足もあり偽装員長の話は聞いていない。通常は偽装員長が初代艦長になるが、人員の慢性的な不足は今も続いている。
「建造中のやましろ型ですか。確かに嬉しい知らせではありますが、そのためにわざわざ呼び出されたとは思えません」
「ああ、もちろんだ。これを見てくれ」
そう言われ、差し出された資料を受け取った。そこには、特別防衛秘密を示す特防秘のサインがある。中を見て、一瞬何の事だと思ったが、すぐに驚愕に変わる。
「こ、これは一体……」
「やましろの装備一覧だ」
「何ですか、この荷電粒子砲という物は。安全なのですか?」
SF映画やアニメ、小説ではそういった単語を耳にする事はある。しかし現実となると別だ。
「私が受けた説明では、安全らしい。細かいスペックについては別紙に記載している。試射にも一度だけ立ち会ったが、まあ大丈夫だろう」
ページをめくる。なるほど、荷電粒子砲といっても、いくつかタイプがあるようだ。
「この、艦首大型荷電粒子砲とは何でしょうか。見取り図を見る限り、艦首部分に巨大な発射口があるようですが」
「そのままだよ。やまぎ型宇宙艦の、決戦兵器とも言えるかな。古いアニメで、艦首からビーム砲を射出するアニメがあっただろう、あれに近い」
「はあ……」
確かに言われれば似ているが、あれは発射の度に充電だか何かが必要だった。それでは現実には使い辛い。
しかしこれを設計した者は余程そういった事にロマンでも持っているのだろう。普通は一方向にしか発射出来ない兵器は運用が限られるので使い道がかなり制限される。
「一応付け加えるが、あれよりも格段に使いやすいようだ。この荷電粒子砲専用の核融合炉を装備し、艦首および主砲は五秒間隔で連射できる。その他の小口径砲についてもコンマ五秒との話だ。まあ、どちらかと言えばそれらは個艦防御用の装備だが。CIWSの代換えと考えてほしい。実弾がない分、連射時の弾倉数はあまり考えなくていいだろう。それと、艦首の砲については、時間があれば全核融合炉と加速器を接続して、本来の数倍のエネルギーを射出出来る。ただ、リスクが大きいらしい。テストはしていない。詳細は中に書いてあるはずだ」
さらにページをめくった。あまぎ型宇宙艦とは、色々違う。いや、違いすぎると言った方が良いだろう。
そもそも搭載している核融合炉もかなりの数だ。
大型砲塔一つに突き一つの核融合炉。その他に小型の砲については共用されている部分があるが、それでもかなりの数と言っていい。
「まあ、あのアニメのような破壊力はさすがにないがね」
「推進動力となる核融合炉が十六基ですか。多いですね。それと、推進力はイオンジェット推進ではなく、レーザー核融合パルスエンジンですか」
見た限りではあらゆる装備が新装備に置き換えられている。
「イオンジェット推進は確かに信頼性も高く、燃費効率が良いが、即座の機動力に劣る。それは君も知っての通りだ。そのために今でも化学推進ロケットを併用している場合も多いが、この新しい核融合推進なら機動力も高く、燃費効率も良いらしい」
「正直、信頼できません」
「私だって同じだ」
幕僚長の顔は厳しい。恐らく上の判断……統合幕僚本部の命令なのだろう。いくら航宙幕僚長といえど、さらにその上の統合幕僚長の命令を簡単に拒否はできないはず。
「幕僚長は乗艦されないかもしれませんが、我々現場は文字通りこの新しいシステムに命を預けるのです。もちろんご命令とあれば乗りますが、せめてもう少し安心できる材料を要求します」
いくら命令とはいえ、無茶にも程がある。
「安心できるかどうかは分からないが、試作艦で人が乗った状態でもテストしていると資料にある。幕僚部技術試験科でのテスト結果だ。それと、しばらくは宇宙服を着用しての乗艦をしてもらいたい。それなら、もしもの時はなんとかなるはずだ」
また無茶を言う。
「行動がかなり制約されます。非番の者にまで宇宙服の着用は酷です。それと、幕僚部技術試験科などいつから出来たのですか? 私は初めてその名前を聞きました」
「特特防の機密事項だ。君にも教えられない事はある」
最近特特防扱いの事例が増えていないか? いくら特特防とはいえ、上級幹部の私にも教えられない機密など、一体どういう事か理解に苦しむ。一体幕僚本部は何を考えているんだ。
「困ったな。確かに君が不安に思うのも仕方がない。地上と違って宇宙では勝手も違うからな。分かった。私も対策を考えよう」
「ありがとうございます。助かります」
とはいえ、あまり期待はしない方が良いだろう。こちらで何か考えなければならないと思うと、それだけで頭が重い。艦内での行動を急ぎ考えなくては。
「どちらにしろ、やましろの進宙まであと少し時間がかかる。その間に考えようじゃないか。それから、この話はまだ他の乗員には秘密にしてもらいたい。上層部が色々五月蝿いらしい」
「幕僚長の上層部となると、政府絡みですか?」
「それが、私も分からないのだ。私も阿部統合幕僚長から話を聞いただけで、その阿部統合幕僚長ですら全貌は知らないらしい」
幕僚長はさらにため息をついた。
「あまぎ型の改良艦も、八隻建造されているようだ。詳細は私もよく知らない」
「阿部統合幕僚長もでありますか……」
そんな事があり得るのだろうか? 常軌を逸しているとしか思えない。
それに、あまぎの改良型をさらに八隻も配備となると、ただでさえ少ない乗員が、余計に散開してしまう。これでは訓練もままならない。
「ああ。なので、急な命令も覚悟してくれ」
急と言われても、出来ないものは出来ない。かといって、断る事も出来ない。まさに板挟みだ。
「まあ、出来るだけ配慮はしてもらうようにするつもりだ。私だって馬鹿ではないからね。ただでさえ我々は人員もそうだが、物資さえ不足している。早急な対策を行わなくては」
さすがに幕僚長も人員については理解しているか。まあ、当然だとは思う。このままでは人員不足で破綻する。
「分かりました。しかし、情報は早めにお願いします」
「あと一つ、これを見てくれ。むしろ、こちらが問題だ」
特特防のサインがある封筒を取り出して、そこから写真を数枚出された。写真にも特特防の判がある。その写真には地球のような惑星数枚と、もう一枚には黒い石版が写っている。
「これは一体……この天体は、地球ではないですね。海や陸地はありますが、我々が知るそれとは異なるようです。それに、少し暗くて見え辛いですが、月のような物も一つあるように思います。サイズが分からないので、どの程度の大きさか判断しかねますが。石版の方は……一緒に写っているのはロシア人ですか? 身長から考えて、高さは一メートルほどですね。個人的には、昔のSF映画を思い出します。たしか『二〇〇一年宇宙の旅』でしたか? はっきりとは思い出せませんが、そこに出てきた物に似ているように思います」
あの映画は人によってかなり評価が分かれるが、今回問題なのはそこに出てきた物と似た物がある事だ。
「君だけには話さなければならない。数年前、地球公転軌道上に惑星が見つかった。その惑星がこの写真だ。位置は地球の位置と正反対になる」
写真をさらによく見る。暗いが惑星には月が複数あった。影の数がそれを示している。
「そんな馬鹿な。我々は、一度公転軌道を周回しています。もうあれから十年ほどになりますが、そのような惑星があれば、必ず見つけているはずです」
「確かにな。しかし、現実だ。やましろはこのために建造された。私も確認はしていないが、あまぎ型もこれを考慮していたらしい。私も知らない所で、色々なことが進んでいるのは事実だ」
正直信じられない。その様なことが出来るのか? 石原幕僚長は、航宙自衛軍のトップだ。それを抜きに艦隊建造など、おかしいにも程がある。
「私だって困っている。それに今回の艦隊編成命令も、政府側の指示らしい」
「いくら何でも、それは無茶がありすぎます」
「ああ。阿部統合幕僚長も知らない所で、何かが動いている。近い将来、我々は『敵』と戦わなければならないのかもしれない。問題は、その『敵』は人類ではない可能性が高いということだ」
人類ではない敵……正直、どう反応すれば良いのか分からない。まるで本当にSF映画だ。宇宙人との戦争? 我々に勝ち目はあるのか?
昔の映画の『宇宙戦争』を思い出す。あの映画では地球の兵器は役に立たなかったはずだ。結局人類が勝ったのは、宇宙人が地球の微生物だかウイルスの抗体を持っていなかったとかそういう説明になっている。
「相手の勢力は不明だ。無理は承知で、艦隊だけでも編成させたいというのが政府の方針らしい。君には苦労ばかりかけて済まない」
「いえ、幕僚長が謝るようなことではありませんから」
しかし、いくらシビリアンコントロールとはいえ、納得しがたい物はある。
「こちらの写真は?」
黒い石版が写った写真を見る。
「私も実物は見ていない。大きさは、高さ九十センチ、幅四十センチ、奥行き十センチだ。聞いたことがあるような数字じゃないか?」
……確かに聞いたことがある。しかし、何だっただろうか?
「一と二と三の二乗をそれぞれ十倍した数だよ。百万分の一ミリまで正確にその数値らしい。もっと正確な事は、私も知らない」
写真には小さくではあるが文字もあるようだ。しかし、写真では読めない。
「文字ですか? 判読は出来ませんが……」
「『我々は常に見ている。君たちの意思に関わりなく』と書いてあったそうだ。しかも複数の言語で。つまり相手は、我々の言語を知っていることになる。言語を知っている以上、我々の技術も知られているだろう。だからこそ、このやまぎ型は極秘に建造された。多少は情報漏れもあるが、実際の戦力としての実力は、私ですら知らない。新兵器であるが故、実力が未知数なのだ。アメリカですら、砲の存在は知っていても、配備状況を教えていないくらいだ。いや、砲の存在は知らないかもしれないな。艦の建造についてはさすがに完全に秘密には出来ないが。当然威力もだが。やまぎ型の建造艦数も知らないだろう」
「あまり秘密にしすぎると、アメリカとの合同作戦になった場合、支障が出ると思いますが?」
「私もそう思う。だから君からアメリカに伝えて欲しい。一週間後、遅くとも二週間後にはやまぎ型が正式に進宙する。その三日後、アメリカとの合同演習だ。極秘扱いの物であれば、君の口から適度に伝えて欲しい。政府の方針とは反するが、仕方ないと思う。何かあった際には、私が責任を持つ」
「そこまで仰るのでしたら……」
しかし、本当に大丈夫なのか? そもそも、慣熟訓練すら出来ないではないか。
「どちらにせよ特に命令がない限りは、異星人の襲撃を想定した訓練を行って欲しい」
無理を言う……。
「ですが、乗員には何と説明すれば? 元々我々は、地上から発射された核ミサイルを狙撃することが任務だったはずです。乗員は皆そう考えています。もちろん疑いは持っていますが。それ故、現在行っている模擬艦隊戦に疑問を持ち始めています。できれば異星人のことを乗員には知らせたいのですが……」
「この情報は、まだ特特防だからな……」
事情は分かっていても、さすがにこれ以上の対艦隊戦訓練には無理がある。何とかしなければ。
「せめて防秘扱いで、艦橋の乗員だけにでも一部公開いただけませんか? これでは、説明を求められても、何も出来ません。もちろん、下士官以下には秘密にしますので」
「君の言う事も尤もだ。士気にも関わる。少し時間を欲しい。上に掛け合ってみよう。それと迷惑ついでだが、四十型特殊弾頭の資料を渡しておく。現在使用しているミサイルの弾頭を、そのまま換装可能に設計されている」
四十型特殊弾頭?
「四十型は、公式には我々は保有していない。保有した事実もない事になっている。実際、陸海空の各自衛軍には、四十型特殊弾頭は配備されていない。配備することになったのは、航宙自衛軍のみだ」
公式に保有していない? 意味が……。
「四十型のことは他言無用。弾頭は、国会にも承認されていない代物だ。これ以上話すこともない。他の乗員にも一切漏らさないように」
「分かりました。ありがとうございます。しかし……我々に対抗できるのでしょうか? あまりに情報が不足しているので、通常の訓練で対処できるのか分かりません」
この様子だと、四十型特殊弾頭とはNBC兵器。それもNに該当する兵器だ。こんな物を持っているとなれば、ただでは済まない。
確かに核兵器の威力があれば、それなりのダメージを相手に与える事も出来るかもしれない。しかし、実験をしたという事実も聞いた事がない。恐らくは、コンピュータシミュレーションだけで製造した代物だろう。信頼できるのか? そもそも宇宙での効果は期待出来るのか?
「まずはやましろ型の資料を渡しておく。これで何とか対抗で来る方法を考えてくれると嬉しい。人員の補充も優先的に考えよう。今のままでは、ジリ貧だ」
「他に隠されている物はありませんか? 四十型がどのような物かは想像できますが、それだけとは思えません」
出来るだけ情報が欲しい。幕僚長は隠したくて隠しているとは思えない。むしろ私には話したい感じさえする。
「手厳しいな。後でと思ったのだが、これも渡しておこう。六一式H型弾頭だ。レーザーで四〇型を起爆する弾頭になる。威力は千メガトンだ。クリーンな兵器だな。これも航宙自衛軍のみの配備だ」
何があっても核兵器とは言わないのか。まあそれは仕方がないかもしれないが。
一体いつの間にこんな物を……。しかも、六一式ともなれば正式採用されたのはごく最近……。
「これも公式には配備されていないことになっている。しかし、四〇型、六一式H型弾頭はすでにやましろ型に搭載済みだ。後ほど君には使用する際の特殊カードを渡しておく。それを指定のコンソールに差し込めば、発射可能になる」
「必要とあれば、使えということですか?」
「そうだ」
躊躇ない答え。それだけ切迫していると考えるべきか。
「発射の許可は、私だけでよろしいのですか? 物が物です。最低でもダブルチェックが必要かと思いますが。むしろ総理の許可が要ると思います」
「全て君の責任で使ってもらうことになる。言っている意味は分かるな?」
「間違えて使用すれば、その時は全て私の責任だと?」
「言わせるな。これは、政府の中でもごく一部でしか知らない。現に、現総理はこの存在を知らない。まあ、もしもの時は私も責任を取る。君にだけ泥船に乗ってくれとは言えないよ。その為の準備も必要だ。しかし君には言っておいてもらわなくてはならないからな」
何という事だ。私の一存で、全てが決まるのか……
「これ程の重武装、本当に必要なのでしょうか?」
「あまぎを含め、艦の計画は特特防扱いだった。それは君も知っているはずだ。私でさえ、あまぎにしても本当にあれだけの武装が必要か分からずにいる。しかし、今さら後戻りは出来ない。賽は投げられたと言ったら言いすぎだな。しかし、心して欲しい」
「いつの時代も、結局は現場判断ですね。百年前も同じような状態での戦争をしたのでしょうか? 私も学生の時に習った程度のことしか知りませんが」
大人しく資料を受け取る。それにしても分厚い資料だ。
「そうは思いたくないが、そう思えてしまうのが悲しい。しかし、前の大戦での過ちは繰り返したくない」
確かにそうだ。今の時代、もしあのような戦争をすれば被害は修復不可能な所まで及ぶだろう。
「今度の戦いは、間違いなく宇宙を想定している。我々が最初で最後の砦だ。後はないと思って欲しい。その為に必要なら、何だって用意しなくてはならないのだろう。君からの要望があれば、できる限りの事はするよ」
「では、こちらからもお願いをしてもよろしいでしょうか?」
これからは忙しくなるだろう。上官とはいえ、遠慮している場合ではなさそうだ。
「君の頼みだ。何かあったのか?」
「いえ、まだ起きたわけではありませんが、起きてからでは遅いと思いまして。吉村大佐と佐々木大尉、いずれもあまぎの艦橋要員ですが、どうも最近空気かおかしいというか、言葉にするのが難しいのですが、悪い予感がするのです。それに、両名とも同じ佐渡生まれで、学校も全く同じ。年が離れているので学年が同じではありませんが、二人が同じように何かおかしく、しかも出身が全く同じなのは、偶然としては出来過ぎなような気がします。人事で二人の経歴について調べてもらうことは出来ませんか。もしかしたら、ほかにも怪しい人物がいるかもしれませんが、私は艦橋から離れられません。艦隊司令ともなれば、尚更です。今回の入港時に、直接人事に問い合わせようと思いましたが、その時間もなさそうですし」
幕僚長が二人の名前をメモする。私の勘違いであれば良いが。
「こんな時だ。確かに通常とは違う勘が働くのかもしれないな。分かった。私から調べさせよう。それに相手は未知の生命体である可能性が高い。我々とは異なった技術を持っている可能性も十分にある。ならば、我々の中にスパイが侵入している可能性も考える必要があるか……」
「考えたくはありませんがね」
二人がスパイとは考えたくないが、どのような事にしろ懸念材料は排除しなくてはならない。
「確かにな。しかし早急に調査させよう。懸念材料は私も出来るだけ排除しておきたい」
少なくとも私と幕僚長では同じ考え。頼んで良かったと思える。
「お願いします。他になければ、これで失礼させていただきます。忙しくなりそうですので」
「君には迷惑ばかりかけるが、よろしく頼む」
敬礼をしてから、部屋を出る。
とにかく今は新しい艦の確認もある。身辺調査は人事部に任せるほかないだろう。いくら私でも、身辺調査を独自にはやりにくい。むしろ二人は、私の目の届く所にいてもらった方が良いかもしれない。そうなると、あまぎの新艦長には太田大佐にするしかないか。
まあ、彼女の経歴なら問題は無いだろう。彼女を昇進させる必要があるな。しかし、艦隊司令を私がやるとなれば、やましろの艦長には吉村になってもらうほかあるまい。彼も昇進させざるを得ないか。
彼女には申し訳ないが、太田にはあまぎに残ってもらい、他の乗員でやましろを運用するしかないだろう。
主な士官全員を移動させるのは心苦しいが、新鋭艦に中途半端な乗員を入れるのは問題だ。あまぎの練度が相当落ちてしまうが、人事部に頑張ってもらうしかない。太田には嫌われそうだな……。
それにしても、ただでさえ人員が不足しているのに、さらに新型艦の配備となれば、運用が出来ないのではないか。運用出来なければ、どんな最新鋭の艦でも意味がない。習熟訓練だって必要だ。
通路のハッチを抜けると、太田の姿が見える。艦へ何かを運び入れる指示をしている。彼女に艦長の件を伝えたいが、他の事もあるのでまだ伏せていた方が良いだろうか?
「何かあったのか?」
「艦長ですか。先ほど艦橋の備品が届いたので、それを搬入させているところです。やっと艦橋にもドリンクディスペンサーが付きますよ」
艦の諸元表の中に、ドリンクディスペンサーの記述があったが、どこにも置いてはいなかった。それがやっと来たという事か。
絶対必要という訳ではないし、戦闘には全く関係ないが、備品類が極端に欠乏しているので、ちょっとした物でも嬉しく感じる。
それに宇宙では食堂に行くのも面倒だ。一番の理由は無重力である事。そのため、この艦には各所にトイレがあり、飲料用の水も各所にある。その分調理担当の補充が忙しくなると言う欠点もあるが、毎回食堂に行くよりもいい。
「やっとか。これで調理室を毎回往復せずにすむな。何より厨房の負担も減るだろう」
そういえば、いつだったか石井主計長が補給品のことで愚痴を言っていた。彼女の負担は増える一方か。
「ええ。全く考えてもらいたいですね。一々取りに行くのも取りに行かせるのも、一苦労でしたから」
彼女もかなり苦労していた。これで負担が減るはずだ。そういえば、新型艦はそのあたりはどうなるのだろうか。
「他の部署にも届いたのか」
「はい。全部で十六セットです。主要な区画に置くよう指示しておきました。まあ、それでも予定の半分にも満たないですが」
「仕方がないな。擬装が終わっているとはいえ、備品までは揃わなかったのだから」
無理をしてあまりに早く進宙させたのが良くない。次回はしっかりとその辺りも進言しなくては。
「艦の数も重要ですが、こういった気配りをして欲しいものです。私もですが、全員の士気にも関わりかねません」
「進言はしているさ。しかし、期待しないでくれ」
もちろんその進言の大半は実現しないが。
「分かっております」
「それより、申請していた予備の監視カメラ、届いているか?」
太田はリストを見てから首を振った。
装備もまだ完全ではないとは。確かにこのままでも一応問題はないが、故障した時が厄介だ。
「届いていませんね。確か艦外カメラの予備でしたよね?」
「ああ。観測が幾つか足りないと愚痴をこぼしていた。今ある分でも一応事は足りるらしいが、そういった物は揃えておきたい。もう一度問い合わせるか。ドリンクディスペンサーよりも優先度が高いはずだが」
ドリンクディスペンサーよりも、艦外カメラの方が大切だろうにと思う。補給部は一体どうなっているのか。
「装備が完全でないのは、あまりに巫山戯ています。私も再三言っているのですが、地上から送られてこないようです」
こんな状況で新型艦を配備されても、困るのは現場の我々だ。
「補給部に行ってくる。嫌みの一つも言わないとな」
もちろん半分は冗談だ。
「でしたら、ついでに艦橋のハッチ強制開放用レバーも聞いていただけますか。あれも無いようなのです。最初に設置されていた物は、動作に問題がありましたから」
「非常用の大切な物だろう?」
「そうなのですが、どこを探してもありませんでした」
「分かった。聞いてくるよ。補給は任せた」
彼女の敬礼に返礼してから、元の通路を戻る。
通路を移動しながら、先ほどの極秘資料の事を思い出す。
私の知らない所で、何かとんでもない事が進んでいる気がしてならない。しかし、それを証明する材料もない。先ほどの資料だけでは、不明な点が多すぎて判断できない。
「手詰まりだな。艦隊の指揮官は私だが、その私が艦隊の事も知らなすぎる。いや、艦列を組むだけなら問題は無いだろう。問題なのは、実際の戦闘になった場合だ。幕僚長も知らないような事を、私が知るはずもない。あの時の惑星の写真は、おそらく何かに備えておくようにとの事だろうが、相手が何か分からないのでは、対策も取りようがない。宇宙生命体だとして、我々に対抗できるのか? 石版も謎だ。これで何をさせようというのか……」
呟いてから、慌てて周囲を見渡す。誰もいない事を確認すると、安堵の息が漏れた。さすがに聞かれたら不味いだろう。
補給部は無重力区画にある。彼らの大半も、二ヶ月前に地上から引き上げられた要員ばかりだ。人員の充実を進言しているが、まだまだ先は長い。補給部と整備部も、早く本来の機能を発揮できる体制に持って行かねばなるまい。
あれは敵と認識すべきなのだろうな。しかしその敵の実力が未知数。そもそも、我々人類とは異なった種族であるはず。当然、我々の技術が通用する保証はない。それで、どう戦えというのだ……。
補給部の入り口にある体を固定するためのバーを握ると、そのままハッチ開閉ボタンを押した。
「渡辺中将だ。当直将校はどこか?」
奥で一人が立ち上がり、敬礼する。すぐに返礼すると、私の元に来る。
「木村中尉です、中将。何かご用でしょうか?」
「いくつか聞きたい事があるが、時間は?」
「どうぞ。ただ、ここだと他の者にも聞かれますが、よろしいのですか?」
「構わない。そう堅くなるな。そんな難しい事を聞きに来たわけではない。物資の補給についてだが、こちらが要求している項目と、送られてくる物にだいぶ差があるようだ。その辺りの事を君は知っているか?」
「艦の装備品の事ですね。私も理解に苦しんでいた所です。先ほど、地上に連絡を取りました。補給部の方でも、特に整備品関係を最優先に送るよう指示しているのですが、地上から送られてくるリストには反映されず困っております」
どうやら装備品搬入の問題は、補給部の問題ではないらしい。
「建造ドックの方が優先的に物資が割り当てられている状態でして、空いたペイロードにこちらの物資を載せているような感じがします。ドックの方は整備部にそのまま運ばれてしまうので、私の方ではどうしようもありません」
いくら補給部といえど、実質的には新型艦などの装備についてあまり知らされていないのかもしれない。
「いや、事情が分かればいい。しかし出来るだけこちらの物資も送るよう、再度伝えておいて欲しい。邪魔した、失礼する」
当直将校の見送りを背に、補給部を後にする。
となると、整備部に掛け合うしかない。このまま整備部に行ってみるか。大体、何が行われているかもう少し知らなくては。
廊下に備え付けられた移動用のレバーを握りながら、所々に積まれた補給物資の箱を見る。数は多いが、箱に記載された内容は艦隊が要求している物とはほど遠い。
「それほどまでにして、艦の数を揃える事に意味があるのか……それとも、相手はそれ以上だと政府は知っているのか?」
思わず愚痴を言ってしまう。これなら、地上で潜水艦勤務の方が楽だった。しかし今さら後戻りも出来ない。
整備部の区画は、ドックに一番近い所だ。その方が都合が良いからだが、それにしても遠い。十分ほどして、ようやく整備部の区画に到着した。
「ここに来るのは久しぶりだな」
護衛艦あまぎが進宙して以来かもしれない。
通常の補給であれば、ドックに入港する事はまず無い。
そういえば、最後に地上に降りたのは三ヶ月前か。家族も宇宙で暮らすことは出来るが、息子の進学を考えると宇宙は問題も多い。
整備部の補給科前に到着した。ドアを開けると、中はまるで戦場のような忙しさ。まあ航宙自衛軍で暇な部署などないだろう。
「当直将校に会いたい。渡辺中将だ」
一番近くにいた女性が、すぐさま呼びに行ってくれた。それにしても、この忙しさは一体何なのか……
「渡辺中将ですね。当直将校の大村です」
階級表示を見ると、大尉のようだ。
「先ほど補給部に行ってきたのだが、物資の大半がこちら優先と聞いた。率直に言おう。艦の補給で色々問題が発生している。こちらにも事情があるのは分かるが、もう少し補給部にペイロードを確保できないのか?」
「やはり補給部が犠牲になっていましたか……物資が運ばれてくるのはありがたいのですが、搬入があまりにスムーズなので、どこかが犠牲になっているのではと思っていました」
なる程。こちらはこちらで気がついていたか。
「それで、もう少し融通して欲しいのだが。艦隊運営にも支障を来す」
「地上には、現存艦隊への補給も問題ないように指示しております。しかし、再度伝えた方がよろしいようですね。ですが、中将が自らお出にならなくても良かったのでは?」
「たいした事ではないよ。それに君も知っていると思うが、航宙自衛軍は慢性的な人員不足だ。指揮官だからと言って、遊んでいるわけにはいかない」
いくら地上で新人の教育を強化しているとはいえ、すぐに人員を配備できるほどは甘くない。それ故まだまだ時間がかかる。
「失礼しました。次回の補給では、出来るだけ補給部の方を優先させるように、私からも伝えます。ですがあまり期待は……」
「分かっているさ。ところで、新型艦の話は一応聞いたのだが、順調か?」
相手の顔が曇る。地上から物資が送られてきても、問題があるのか?
「一言言うなら、今度の艦は化け物です。正直、我々にあのような装備が本当に必要なのか、私には理解できかねます」
なるほど。幕僚長の資料は嘘ではないようだ。
「気になっていたのだが、今度建造される新型艦と、あまぎ型の改良艦は、いずれも重武装艦だ。もっと小回りの利く艦……駆逐艦のような物は、建造されているのか?」
「一応、駆逐艦クラスの設計図はありますが、まだ建造には至っておりません。また、新型の補給艦も配備予定です。こちらは三ヶ月後には艦隊に配備できると思います。建造に携わっている三菱と石川島に富士は協力的です。おかげで、建造そのものには支障はありません。それから、無人航行可能な突撃艇のような物も建造中です。こちらはあり合わせで建造しているので、防御は期待しないで下さい」
無人の突撃艇? その話は聞いていないが……。
「民間が協力的なのはありがたいな。本来、艦の建造が極秘だから、協力的でないと困るが」
「ところで、一体我々は何と戦おうというのでしょうか? 建造中の艦を含め、我々の装備が弾道弾の迎撃用とはどうしても考えられません」
それはそうだろう。私だって先ほど聞いたばかりだ。
「私にも知らないことがある。しかし、いずれ分かるだろう。気にせずとは言いづらいが、今は仕事に集中してもらいたい」
そう、いずれ私にも分かるはずだ。彼は納得はしていないようだが、上官である私の言葉に口答えできるわけでもない。しかし、このような事が積み重なれば、いずれ不満が爆発してしまう。
「安心しろ。我々は自衛軍だ。自ら戦争する事は無い」
他に言葉がない自分が恥ずかしい。
「君らの事は信頼している。今度の艦も、君らの双肩にかかっている。期待しているよ。邪魔したようだ。これで失礼する」
いたたまれなく、その場を後にする。
士気はまだ落ちていないが、事、航宙自衛軍に至っては、高いとは言えない。何か対策を取らなければならないが、慢性的人員不足のせいで、休暇すらまともに与えられない。
「誰かがこの始末を付けなければならない。結局、それが私となるのか?」
納得は出来ないが、指揮官とはそういう物だと思いたい。そうでなければ、権限の意味がない。
ハッチをいくつかくぐり抜け、航宙自衛軍管制局の前を通り過ぎた。今宇宙で警戒任務に就いているのは四隻。今はまだ、単艦でしか行動できない。せめて二隻の艦隊行動でも出来れば、警戒任務の負担も減るはずだが、今のままでは常時警戒態勢。これでは疲労ばかりだ。
新型艦の配備が進めば、この問題も解決できると信じたいが、乗員の確保の問題は依然として残る。人事部に聞くしかないか。
その足で、今度は人事部に向かう。結局、補給部から始まって人事部まで。現在の主要な部署を巡る事になった。人事部があるのはかなり離れた重力区画。かなり距離がある。今日は忙しくなりそうだ。全く、なぜこんなにも忙しいのか……。
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