第二章 それは訓練なのか?(1)
二〇六五年五月十一日 UTC(協定世界時) 〇八時
「あさま、いぶきの影に入りました。いぶきに直撃弾」
渡瀬がレーダーを見ながら、状況を報告する。
「取り舵、転舵三十。VLS二番から六番、目標あさま。主砲一番および二番、目標いぶき。左舷ミサイル発射管、レーザー妨害弾装填」
あさまはもう撃沈寸前だろう。ミサイルで葬れば、いぶきに集中できる。
「VLSおよび右舷ミサイル準備完了」
「撃て」
佐々木の報告直後、私の合図でミサイルが発射される。中央のレーダー画面には、何本ものミサイルの軌跡が描かれる。
「一番および二番砲塔、斉射開始。いぶきに直撃しました。艦尾大破の模様」
さらに渡瀬の報告。さすがに手慣れてきたか。
「あさまよりミサイル発射を確認。本艦にです。直撃まで五秒。直撃位置、艦首!」
「面舵、強進転舵! デゴイ、射出。対空砲、全自動射撃!」
急にCICと艦橋が慌ただしくなる。自然に私の声も大きくなる。
「ミサイル着弾。着段数一。第一砲塔基部に被害多数。第一砲塔大破」
佐々木は冷静だが、これでは……。
「ダメージコントロール、一番砲塔へ。一番砲塔急速閉鎖」
「いぶきよりレーザー攻撃。艦尾直撃。二番主機大破。エンジン出力、六十%に低下」
やはり駄目だ。前にも言ったはずだが。
「三番、四番砲塔、いぶき照準。後部十二番から十八番VLS、いぶきへ照準」
「VLS、射出準備完了」
「撃て(てぇー)」
さらにミサイルが発射される。電波妨害があるとはいえ、ミサイルの弾頭にある光学照準で命中できる。
「三番、四番砲、照準完了」
「射撃開始、撃て」
「いぶきに命中。轟沈です」
そろそろ頃合いだな……。
「状況終了。訓練を終了する。各艦は、予定された隊列を組み、みちびき帰還コースへ」
艦橋のライトが、赤から昼白色に変わった。戦闘時は赤のライトになる。まるで潜水艦の時と同じだ。
「副長、今回の反省点は?」
CICから移動してきた吉村に聞いた。
「予想より、あさまの動きが速かったことで、本艦へのダメージが多くなりました」
「違うな。あさまの動きは予見できた。前甲板主砲を最初にいぶきへ向けるべきだった。しかし、君はそれをしなかった。だから途中から私が割り込んだんだ」
「そうでしたか。失礼しました。私ももっと学ばなければなりませんね。どうも三次元での戦闘はまだ慣れません」
「なら、早く慣れて欲しい。潜水艦出身の私と違って、君は水上勤務だったことは確かに分かるが、もう三年近く宇宙にいるんだからな。それと、佐々木砲術長。ここへ」
言われて彼は、私の元に来た。
「だいぶ慣れてきたことは良いことだが……すこし緊張感が足りないようだ。報告だけが君の任務ではない。いかに本艦の攻撃を有効に活用するかは、君次第だ」
「失礼しました。以後、気をつけます。ですが……」
「何だ?」
「我々は、なぜいつまでも艦隊戦を想定した訓練を行うのでしょうか? 我々の目標は大陸間弾道ミサイルのはずです。この訓練に、どうしても疑問を持ちます」
痛い所を突く。私だって知りたい。しかし、あれ以来誰も答えてはくれない。
「今はまだ話せない。それまでは今しばらく堪えて欲しい」
「またですか。しかし艦長がそうおっしゃるなら……」
「以上だ。あと副長、君も同じだぞ」
「はい」
私が艦長だが、そう遠くない時期に艦隊司令に任命されるだろう。それ以後は、彼らだけが頼り。
しかし、そろそろ限界だ。
何のための艦隊戦シミュレーションか、きちんと問い合わせる必要がある。すでに艦橋要員は疑問を持ち始めてだいぶ経つ。下士官全員が疑問に思うのも時間の問題だろう。
次の帰港で、きちんと石原幕僚長に説明を要求しなければならない。乗員の不満もそろそろ限界だろう。
だが、この二人はなぜこうも冷静でいられるのか? まるで、私が知らないことを知っているかのようだ。次に帰港したとき、二人の経歴を調べなければならないのか? 正直、それはやりたくないが……。
「艦長。艦隊集結しました」
加藤航海長が、その思いを断ち切らせてくれた。
「進路をみちびきへ。これより帰投する。各艦の艦長および副長は、UTC一〇に本艦へ乗艦の後、司令室へ。先ほどの演習結果を持参するように。副長、しばらく頼む。私は艦長室にいる。緊急の用件以外は、副長二名で対処せよ」
「艦長は艦長室へ。吉村副長、指揮を執る」
吉村の言葉を背に、艦橋を後にする。艦長室にも、副長の経歴書はあったはずだ。上級士官のみだが、経歴書は最低限ある。一応戻る前に調べておくか。
艦が回頭するのが、僅かな重力の発生で分かる。しかし、問題になるような重力では無い。むしろ、きちんと下を歩きたいが、無重力の艦内では無理だ。映画やアニメで人工重力のある宇宙船がよく描写されるが、そんな簡単にできるのなら苦労しない。
艦長室は、CICと廊下を隔てて隣にある。当然、一度エレベータで下に降りなくてはならない。
この構造は正直好きになれない。緊急時にエレベータが使えなくなると、それだけで艦橋にいくのが手間だ。もちろんCICを抜ける方法もあるのだが、緊急時にCICを通過するためだけに通るのは愚かだ。
エレベータのボタンを押す。ドアはすぐに開き、中に乗り込むと一つ下の階を押した。すかさず腕時計を見る。まだ八時十五分。ゆっくりと資料を読む時間はあるだろう。ドアが開き、すぐに艦長室へ向かう。
それにしても艦長室のプレートが無ければ、普通の士官室と区別も付かない。急ぎ建造されたとはいえ、もう少し何とかならないものか。
IDキーを差し込んで、パスワードを入力する。ドアは無音で開いた。艦長室などの一部区画は、外からの盗聴などが不可能なように設計されているらしい。確かに重要区画だが、無駄に金を使っている気もする。
「余計な所は金がかかっているようだが、肝心な所がお粗末ではな……」
すぐさまドアを閉めると、乗員資料を保管してある金庫を開けた。その中で副長の資料を抜き出す。
「出身は……新潟の佐渡島か。小中高はごく普通のようだ。大学校の成績は中の上。これといって、目立つことも無いか。私の考えすぎだったかもしれない……」
思わずため息が出る。ついでだ、佐々木の経歴も見ておくか。砲術長である以上、きちんと確認しておきたい。
経歴書はすぐに見つかった。まあ、それほど上級士官が乗り込んでいるわけでも無い。しかし、何かが変だ。
「どこかで見たような……」
ふと、先ほどの吉村副長の経歴書と見比べる。年齢こそ違うが、出身も学校も全く同じ。大学校に来るまで全く同じとは。偶然の一致か? それにしては、あまりに偶然が重なっているようにも思うが……。
出身地から学校まで同じなど、そうあり得るのだろうか? 学校名の記載しかないので、彼らの詳細は分からない。
どちらにしても、ここではこれ以上分からない。一度調べ直してみる必要がある。場合によっては、大村中将にも協力を願うしかないだろう。人事部なら、もっと情報があるはずだ。今はそれに期待するしかない。
他の乗員の素性調査もやっておく必要があるのかもしれない。面倒なことになったものだ。
誰か信頼できる者を選んでおく必要がある。しかし、現状誰を信用すれば良いのか? 階級からして、太田副長を選びたいが、彼女は艦内をまとめることに忙しい。機関長の吉田なら、古くから知る中だ。彼女の経歴は……。
ファイルを取り出す。出身は福岡。大学校時代は必ずしも成績優秀ではなかったが、今は機関部に必要不可欠な人材だ。それだけ機関部の信頼も厚い。彼女なら信頼できそうだ。訓練報告が終わったら、少し話してみるか。
『左舷着艦デッキに連絡艇二隻接近。デッキ要員は着艦に備えよ』
早いな……。
時計を見たが、命じてからまだ十分も経過していない。
「連絡艇はどの艦の物か?」
近くにあった艦橋への直通通話回線を開く。
『あそ及びとかちです。艦長』
すぐに遠藤通信長が答える。随伴艦か。しかし早いな……
「着艦後、会議室で待つように伝えてくれ。私もすぐ行く」
思ったよりも早く始められそうだ。
『艦長、みちびきより通信です。発、航宙自衛軍幕僚長石原。宛て、あまぎ艦長渡辺少将。至急艦隊を伴い帰還せよ。との事です。返信、どうなさいますか?』
「帰還までどれくらいかかる?」
『急げば六時間です、艦長』
「分かった。すぐに帰還の途につくと伝えてくれ。艦隊は、最大戦速でみちびきに帰還する。監視の目は怠るな。艦隊に徹底せよ」
『了解しました』
忙しくなるな。しかし、急な呼び出しとは一体何だろうか? どのみち、調べることがある。好都合といえば、好都合か。
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