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太陽系戦争 (The Battle of Solar)  作者: 古加海 孝文
第一章 他人(ヒト)の造りしモノ
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第一章 他人(ヒト)の造りしモノ(10)

    二〇六二年七月 ラグランジュ四 

    宇宙ステーション『みちびき』自衛軍専用港

        第一造船区画・第一ドック


 同じ頃、宇宙ステーションの軍係留施設で、一隻の宇宙船が艤装作業をしていた。

 艤装作業と言っても、ほとんどの作業は終わっており、後は船内の点検がほとんどだ。それも本当に最後の最終点検。クレーンなどはもはや動いていない。最終点検のために長時間作業用宇宙服を着た作業員が点検を行っている程度だ。

 ただ宇宙船と言うには、語弊があるのも確かだ。確かに宇宙空間を航行する『船』には変わりはないが、その宇宙船には明らかに『主砲』と呼べるものがある。その主砲も、上甲板と思われる部分はもちろん、艦底部、左右舷側にいくつか搭載されている。

 上甲板にある主砲は全部で二基。それぞれの主砲には二門の砲身がある。その他にも、副砲や機関砲と思える物がいくつもある。資料には目を通したが、実際に見ると大きく見えるものだ。

 遠くで見れば巨大な直方体と、その前にある十字の艦首に左右二つのノズル。艦尾には四つの巨大なノズルと、八個の比較的小型なノズルがある。艦首のノズルは後進用。艦尾は当然のごとく通常の推進用だ。

 大型のノズルは電気パルス核融合ジェットイオン推進エンジン。小型の物はホールクラスタ型イオン推進エンジン。どちらもイオン推進系のエンジンだが、大型の物は艦内にある核融合炉から得られる電力を推進系に使用しているのに対し、小型の物は通常の原子炉を推進系の電源に使用している。またホールクラスタ型は長時間の推進が出来ないため、短時間で行う初期加速や、(ふね)の方向転換用に使用する。

 今まで五隻の実験艦でテストを行ってきた結果生まれたのが、この(ふね)だ。当然かなり改良され、安全性も極めて高い。

 しかし問題はある。イオンエンジンそのものは、急加速に向かない。イオンジェット推進が開発されはしたが、それでも旧来の化学燃料推進に比べれば劣る。燃費が良いのは利点であるが、やはり急加速できないのは場合によって不安が残る。姿勢制御用のスラスタには化学燃料推進を使用しているが、これはこれで燃料が限られている。少なくとも常用は出来ない。あくまで非常用だ。

 船体や構造物はどれも白く塗装されているため、遠くから見る限りは綺麗だ。なおかつ、長さもあるのでスマートにすら思える。しかし、近くで見ればハリネズミそのもの。軍艦だから仕方がないとは思うが、やはり客船のようなスマートさは欠ける。

「渡辺義人少将、やっとといった感じです。艤装完了前に、ようやく我々が入れましたね。てっきり全てが終わるまで入れないかと心配しましたよ」

 少将と呼ばれるのも悪くはないな。階級の名称が変わって一ヶ月が過ぎたが、混乱は特にない。それに、自衛軍という名称の通り、『自衛』を残したのも、国民の不信を買わずに済んだようだ。

 そもそも階級の名称が変わったのは、我々航宙自衛軍発足が原因。最初は問題にもならなかった事だったが、後で他の自衛軍に言われてから気がついた始末。

 それは『宙佐』の存在だった。漢字で書けば問題ないが、呼称だと旧軍の中佐と区別が付かない。それが原因で、階級の名称変更が行われた。こんな事で変わるなど皮肉だろうか? まあ、海外では実質国内の名称など通じないし、この方が本来の姿でもある。

「色々手違いがあり、遅くなったらしい。本来は一ヶ月前に確認出来るはずだったようだが、今さら仕方がない」

 とはいえ艤装員長を務めていたので、私自身は自分が乗るのは初めてではない。

 (ふね)への連絡通路を急ぎながら、一緒に来た副官の吉村治大佐の不満げな問いに、少し同情しながらも答える事にした。

 彼も海上自衛軍出身だが、宇宙に来て昇進。そう遠くない時期に艦長を務める事になるだろう。航宙自衛軍の人員は、そのほとんどが海自出身者。僅かに空自と陸自もいるが、全体から見たら一割にも満たない。一応宇宙海兵隊もいるが、役に立つのだろうか?

 ただ、それが原因で海自から文句を言われる事も多い。現状、海自は深刻な人員不足に陥っていると聞いた。いくら自動制御化が旧来に比べ進んだとはいえ限界はあるし、艦齢が四十年過ぎた物もまだ現役だ。それらは多くの人員を必要とする。

「やっと本格的戦闘艦が配備される。これで、我々の守りもより強固になるはずだ。試験艦とは違うからな」

 今までは人工衛星の管理が航宙自衛軍の任務だった。一応二隻の輸送船も他にあるが、民間からの払い下げ品。それも、民間で使われなくなってから十年以上経過した古い物。艦齢だけ考えれば、当然それ故の使い勝手の悪さもあるし、個艦防御すら出来ない。兵装が無いからだ。レーダージャミングさえ搭載されていない。

 試験艦もあくまでテスト目的。本格的戦闘には向かない。しかし、今まではそれが唯一の航宙自衛軍の(ふね)だった。衛星の管理だけなら問題は少ないだろうが、地上からのミサイル迎撃となれば、輸送船は役には立たない。試験艦も、飽和攻撃には対応不可能だ。

「ですね。しかし、この艦は本当にミサイル防衛のための艦なのでしょうか? 私にはどうしてもそうは思えません」

 吉村の言っている事も十分に分かる。何より、ミサイル防衛単体なら、以前から配備しているレーザー迎撃衛星で事は足りる。

「私だって、本来の役割は知らされていない。しかし、ミサイル防衛がこの艦の目的とは思っていない。恐らく別の意図があるのだと思うが、できればその為には使いたくないな」

「同感です。ですが、これでアメリカ艦隊と演習も出来るようになります」

「ああ、そうだな……」

 アメリカは我々よりも前に宇宙艦隊を設立した。当然練度は高いだろう。我々も民間から供与された輸送船「はくつる」と「まいづる」での訓練はしてきたが、所詮民間船。武装が無くては、それを想定した訓練など不可能だ。

 我々が宇宙艦を持ったからといって、即戦力になる訳ではない。きちんとした訓練を積み重ねなければ、アメリカ軍との演習を行った所で意味はない。

「ところで、その畏まったような呼び方は止めて欲しいな。何より、名前まで呼ばなくては良いではないか?」

「すみません、渡辺少将。どうもまだこちらには慣れていなくて、名前を覚えるのも大変です」

 気持ちは分からなくもない。彼は最近まで海自にいたのだから。

「そうは言っても、もうここに来てから二ヶ月だろう。全員同じように呼んでいるのか?」

「ええ、そうですね。早く慣れるようにします」

 日本初の本格有人宇宙戦闘艦「あまぎ」は、同じく初めて着任する士官を迎え入れようと、そのハッチを開いている。

 CSL―01と艦番号が艦首に大きく記載されていた。艦名は記載されていない。艦の中央部に、丸い日の丸がデザインされている。また艦尾には両舷に十六条旭日旗も描かれている。クルーザー・スペースシップ・レーザーの略。レーザー宇宙巡洋艦の、一番艦であることを示している。

 普通に考えればレーザー宇宙巡洋艦なので略はLSCな気もするが、重力下と同じく巡洋艦の英語名の頭文字を先頭に、次が宇宙用を示す略号、最後に主要火器の種類となる。

 航宙自衛軍初めての、実用宇宙戦闘艦の一番艦。海自なら艦番号だけだが、なぜか宇宙では海上保安庁の番号と同じように付けられた。理由は知らない。海自と区別するためとの噂は聞いた事がある。

 連絡通路があるから、通常の宇宙用戦闘服で移動出来るが、その外は真空の宇宙だ。それを思うと、思わずゾッとする。体が浮くので宇宙だと分かるが、やはり酸素があるとないでは違う。

「我々だけで良かったのですしょうか? 他にも必要な人員がいると思うのですが?」

 後ろを文字通り飛んでいる、戦闘指揮長で戦闘指揮所(CIC)に配属された新居田孝史大尉が、どこか不満げに言っている。しかし、その問題の人員も不足している状況。今は見る事が出来る者が見れば十分だ。

「君らも一応資料は読んだのだろう。この艦は、ほとんど人員を必要としない。全長二百五十メートル、全幅三十メートルの巨艦にもかかわらず、必要な人員はたったの五十人。実際のところ、単に動かすだけなら十人ほどでも何とかなるらしい。動かすというのは、戦闘を含めてという意味だ。ただし、休憩は出来そうもないがな」

 思わず苦笑いしてしまう。二十四時間不眠不休では、数日で倒れるだろう。

「にわかに信じられませんね。大きさだけで言えば前世紀の戦艦並みではないですか。普通に考えれば、千人を超える人員が必要な気もするのですが?」

 新たな質問者は、砲術科砲術長の佐々木剛大尉。新居田と佐々木が攻撃と防御の要だ。新井田は若いが、台湾沖紛争での実績があり、信頼できる部下の一人。

 台湾沖紛争は日本近海で起きた紛争の一つで、当時の自衛隊が行ったことはほぼ全て特特防扱いになっている。一般には日本の領海及びEEZへの不法侵入を監視していただけとなっているが、そんな事は国民の誰もが信じていない。

「まあ、全ての砲塔などに人員を配置すれば、ざっと二百人ほどは必要らしい。交代要員を含めれば、三交代制だから六百人だな。しかし、今はそれほど贅沢が言えない事も分かっているのだろう。だから各所が自動化されている。それに、全自動射撃出来る砲塔に、人員を無駄に配置することもないだろう」

 実際のところ、航宙自衛軍に配属されたのはまだまだごく一部でしかない。新設されたとはいえ、人員は極度に不足している。この艦に五十人が集められただけでも幸運だ。

 それに、全自動射撃システムは海自にも導入されている。砲弾の供給すら自動化しているので、コンピュータ操作の人員一人がいれば、砲撃には問題ない。

「それにしても、艦の名前が『あまぎ』というのは、正直納得がいきません。日本初の本格宇宙戦闘艦の名前ですし、この場合はあの名前が付けられると思ったのですが……」

 愚痴をこぼしてきたのは、航海科航海長の加藤絵里大尉。

 まあ、彼女の言う事も分からないでもない。どう見てもこの『あまぎ』は、旧来の言い方をすれば戦艦に匹敵する。そして、宇宙で戦艦の名前と言えば、昔から決まった名前が出てくる。日本人なら尚更だろう。あのアニメの影響は大きい。

「文句は言わないの。私たちは、与えられた任務をこなせばいいのよ」

 その横で、機関科機関長の吉田香織大尉が言った。昔は機関長というと男の仕事と決まっていたが、今では多くの機関部で女性が活躍している。彼女もその一人。特に彼女の成績は、海自の時からトップクラス。だからこそここにいる。

 確かに彼女の言うとおりで、私自身納得出来ない面もある。

「『やまと』が適当だったのだと言うのだろう? それとも、『ヤマト』か? しかし、決めたのは我々ではないし、事情があるのだろう。大体、そう易々と付けられる名前ではないと分かっているはずだ」

 少し音程を変えながら、二つの同じ名前を言った。そう、『やまと』と『むさし』は、そう簡単に点けることが出来ない名前。ついでに言えば『ながと』もそれに含まれる。未だ海上自衛軍にもその名前の艦はない。そして『しなの』は、過去の出来事から付けられたくない名前の一つになっている。

「失礼しました、艦長」

 まあ、彼女も悪気があった訳ではないはずだ。

「さて、この最新の宇宙艦は、君らにとってどんなものかな?」

 純白のハッチが目の前にある。艦橋に最も近いハッチで、最も大きなハッチだ。

 ハッチを開くためのパネルに手を伸ばし、レバーを引く。同時に、数字の並んだパネルが開いた。決められた暗証番号を入力すると、ハッチが大きな音を立てながら手前に動き、その後左にずれてゆく。油圧で動いているはずだが、圧縮空気が漏れるような音がした。中の空気を常に少し高めにしているためだろう。非常時には爆破ボルトで吹き飛ばすことも出来るが、それは使いたくない。そんな事態は御免被る。

 左にハッチ移動した直後、その奥にあったもう一つのハッチが上に動く。二重扉になっているので、外側の扉が破損しても被害は最小限ですむ。

 それに、この区画自体が外への数少ない通路なので、外との隔壁の役割もある。外側のハッチは、その厚さだけで五十センチはあるだろう。内側のハッチも、厚さは二十センチ近くあるようだ。

 ハッチ周辺部だけは、構造的な脆さを打開するため、このような大げさな仕組みになったらしい。それでも、ハッチ部分が構造的に弱いのは避けられない。そのため、ハッチはこれだけの巨艦にもかかわらず、八個しかない。

 乗艦する人数が少ないとはいえ、専用脱出口の事も考えれば、やはり少なく感じるのは気のせいか? 潜水艦ほどではないにしても、やはり少ないと思う。

 ハッチが開くと同時に、中のLED照明が点灯した。白い光りが眩しく感じる。軍用LED照明は、特に寿命が長いらしい。無交換で同じ明るさを二十年は保ち続けるという。

 民生用のLED照明もだいぶ寿命が延びたが、さすがにここまでの性能はない。

 また、このLED照明は宇宙船用ということで、様々な宇宙空間に対する対策もされているそうだ。突然の真空状態や強度の宇宙放射線にさらされても、機能的に問題が出ることは無いらしい。もちろんコスト度外視だ。

 普通の民間宇宙船なら、船内に入るときに暗証番号を入力するようなことは無いだろう。せいぜい操舵室や航行管制室くらいだと思う。しかし、これは民間船ではない。当然機密保持は重要だ。勝手に民間人が中に入ってもらっては困る。

 後ろで隔壁が閉まるのを確認してから、前の隔壁を開く。こちらはレバーを引くだけ。さすがに中にまで暗証番号を一々入力するようにしては、いざという時にも問題がある。

 静かに中に入ると、壁に備え付けのレバーを握る。自動的にレバーが前に動き出し、通路を前に進めてくれる。

 すぐにエレベータの扉と、左右に繋がる通路に出た。他の者も、私と同じように移動する。

 レバーは左右の壁にそれぞれ備え付けてあり、必ず向かって左側が前に動くようになっている。移動が終わったレバーは中に格納され、自動的に入り口側へと戻る仕組みだ。

 ベルト式の移動方法も考えられたらしいが、戦闘中の移動で艦が振動した場合、ベルトだと安全性に問題があるとの理由でレバー式が採用された。しかし、その分コストは高くなる。なので、民間船ではベルト式が一般的。それなら普通のエスカレーターと同じ仕組みなので、コストが段違いに安い。

 ちなみにこの問題が分かったのは試験艦『ほうおう』での事。推進試験で荷重がかかった場合に、ベルト式では体が宙に舞ってしまう事例が頻発したそうだ。

「これが中央エレベータか。一応案内表示はあるが、それがなければ間違いなく迷うな」

 純白の真っ白な通路で、どこも同じような造り。ブロック建造したためだから仕方がないのだろうが、それにしても迷いやすいと思う。隔壁一つ一つに番号などは書いてあるが、覚えるのも苦労するだろう。案内表示の張り紙でもあった方が良いのだろうか?

 試験艦でも採用したブロック建造――文字通り、ブロックで組み立てるようにモジュール化した物を集めて建造する方法。

 古くは第二次大戦前から日本でも行われている。一説には、日本が初めてその工法で戦闘艦を造ったともされている。

 通常は船体構造の表面にまでブロックは使わないし、当然基礎部分にまで使用することなどあり得ないが、宇宙では構造強度をさほど気にしなくて済む。何より、重力をさほど考慮しなくて良い。そのため、全てモジュールを用いて工場で作成され、それをドックで組み合わせたのがこの艦の特徴だ。

 船体中央軸線を貫く四本の竜骨に当たる部分を基準に、そこへボルトで固定されていると聞いた。機関区画ですら、ブロック化されている。それ故機関部が被弾した際は、その機関部ごと切り離すことも可能だ。切り離すとは言っても、爆破ボルトで無理矢理接合部を吹き飛ばすのだが。その代わり、そこにいる乗員は恐らく助からないだろう。ただ、機関部の爆発で(ふね)全体が損傷するよりはマシとも言える。考え方次第だ。

「そうですね。他に目印となる物もないですし、壁だけに番号のみの表示があるのは見直すべきだと思います。看板とはいかないでしょうが、何か案内になるようなもの……張り紙でもしておきますか?」

 太田百合大佐が左右を見ながら同意してくれる。太田も副官の一人。この艦にだけ副官が二人いる。吉村が通常はCICで新居田と共に指揮を執り、太田が艦橋に残る。私が艦隊全てを見る必要があるためだ。とはいっても、正式に艦隊司令を任命されてはいない。そもそも、まだ宇宙艦隊は日本に存在しない。

 今回の宇宙艦建造プロジェクトで建造された八隻の運用に問題がなければ、私が正式に艦隊司令になる事は決まっている。恐らく階級も一つ上がるのだろう。

 そしてもう一つ。どちらかをいずれ配備される艦の艦長にするか、私が艦隊司令となり、どちらかが艦長に任命されるだろう。個人的には、太田の方を早く艦長に昇進させたい。技量を比べれば、僅かだが彼女が上だ。特に実践形式の訓練結果は、彼女の得意とするところ。長所は生かすべきだ。

「案内図によると、右側の赤い枠のハッチを開くと、エレベータに平行して上下にトンネル内を移動できるようです。非常用の通路ですね。エレベーター内からも、その連絡通路に出る事は出来るようです。もちろん安全のため、途中途中にハッチがあるようですが」

 吉田が案内図を片手に、周囲を見渡している。

 確かに右側に、赤い枠の白いハッチがある。いずれ乗員が揃ったら、脱出訓練もしなくてはならないだろう。しかし、宇宙服を着た状態で通れるのか疑問な大きさ。最悪酸素タンクを背中から切り離し、手で持って移動すればどうにかなるか? それにしても、実際の運用を考えていない者が設計したとしか思えない。民間船の脱出経路と同じ設計なのだろう。今度にでも、見直しを進言するしかない。

 設計には色々と注文を付けたが、そもそも日本に宇宙用の艦船建造技術などない。どうしても宇宙服を着用した時などの事が忘れられている場合が多い。

「艦長。宇宙服の話はされたのですよね?」

「ああ、もちろんだ。忘れるはずがないだろう?」

 吉田の問いに答える。

「そうなると……設計者が宇宙服を誤解したのでは? 我々の宇宙服と民間とではサイズが異なりますから」

「確かにそうだが、これは軍艦だぞ? それくらい気がつくと思うが」

「建造は民間ですから。宇宙船の建造規定で『宇宙服着用時の非常脱出口』の項目はありますが、宇宙服についての規定はないはずです。通常は民間の宇宙服サイズで設計されるので、図面はそのまま流用されたかもしれませんね」

 確かにコストを落とすために、一部は民間と同じ仕組みを使ってはいる。

「参ったな。私がそんな事に気がつかないとは」

 気分を変えてエレベータの扉を開くと、正面にも扉がある。どのエレベータも同じ作りになっているはずで、どちら側にも移動できるようになっているはずだ。

 全員がエレベータに乗り込むのを確認して、最後に乗った吉田が扉を閉じた。皆がどこかに捕まっている事を確認してから、操作パネルにある『艦橋』というスイッチを押す。

 艦橋のあるフロアがゼロレベルで、そこを基準に上下に分かれている。宇宙では本来上下左右は無いので、何かを基準にするしか方法が無い。

 エレベーターの中は、各所に手や足をかけるための物がある。無重力だからこそ必要な物だ。

 エレベータはゆっくりと上に動いた。程なくして、エレベータが止まり、両側の扉が開く。エレベーター自体はとてもなめらかな動きで、振動一つ感じない。聞いた話だが、リニアエレベーターというらしい。超伝導ではないらしいが、磁力で浮いた状態と聞いた。常温リニアを使用しているのだろう。仕組みが単純でコストも安く、宇宙空間ではワイヤーも必要ないので、確かに良い方法だと言える。レールさえあればエレベーターになるのだから、地上の鉄道と基本的には同じだ。

「緊急時はエレベータは使えなくなるので、早めに脱出訓練はした方がよいですね」

 吉村の言葉に頷きながら、扉を出る。

「でも、マニュアルには手動での起動方法も書いてあるわ。電源さえ確保できていれば、案外動くのかもしれないわね。まあ、電源確保は私達機関部の問題だから、後で確認しておかないと。それにしても、内容が細かすぎて読むのも嫌になっちゃう。このマニュアル、厚すぎよ」

 機関長がマニュアルを見ていたのは、エレベーターの所だったらしい。それぞれ担当部署の責任者に、一通りの事が書いたマニュアルが渡されたが、どれも分厚い物だった。勿論私のもだ。彼女の愚痴も分からなくもない。

 一応私も一通り目を通しているが、いまだに分からない所が多いのも事実。

 それにしても、扉の開閉は音もなく静かだ。通路は左右にしか伸びていない。

 目の前には左側が艦橋と書いてある。右側には中央観測室とあった。記載は無いが、観測室の方に上級士官室があるはずだ。この下のデッキが下士官室で、さらにその下が一般兵の居住区画になる。

 ここは艦の中でも特に中央部分。なので装甲も強度も通常より高いと聞いた。強力なレーザーの直撃を長時間受けない限り、中は安全なはず。勿論、絶対などという事はないが。

 左側のレバーを取ると、そのままレバーに体を預けた。三十メートルくらい移動して、また扉がある。途中左右にいくつかハッチがあったが、数字やアルファベットなどの記載があるだけで、何の部屋かは記載されていない。マニュアルを読めば分かるだろうが、今は必要ない事だ。

「この先が艦橋ですね」

 案内図を見ていた吉村が、再び教えてくれる。見ればハッチに『艦橋』と漢字で書かれており、さらにその下には『MAIN BRIDGE』と記載されていた。

 一応アメリカ側の乗員が乗り込んだ際の配慮だろうか? そしてその下には『関係者以外立ち入り禁止』の表記もある。しかし、ハッチの開き方は記載がない。それに関係者以外が立ち入る事などないと思うのだが。

 ハッチの右側にある操作パネルに暗証番号を入力すると、扉が上に開いてから、さらにその奥の扉が右に開いた。艦橋のハッチも二重になっているようだ。特に重要な場所だけ、扉が二重になっているとは聞いている。

 さすがに宇宙空間と接している外部ハッチとは異なり、こちらのハッチはどちらも厚さ二十センチといったところ。一応最重要区画なのでハッチは厚いが、他の所は厚さ十センチ程度らしい。

 それでも、民間の宇宙船と比べれば強度はまるで違う。民間船ならせいぜい五センチの合金だ。それも、パイロットの隔壁でその程度。通常の隔壁は、二センチ程度と聞く。さすがに外壁ハッチ部分はもっと厚いが、軍艦には到底及ばない。

 艦橋に入ると、すぐさま艦長席に移動する。他の者も、それぞれの席に移動してゆく。

 艦長席もそうだが、椅子はクリーム色で統一されていた。それなりのクッション性もあるが、どちらかといえば無機質だ。

 まあ、軍艦なのだから仕方がないだろう。むしろ、海自よりは座り心地が良い気もする。海自からすれば、過剰な装飾など税金の無駄遣いと言われかねない。あまりこの事は言えないなと思う。

 しかし長時間宇宙空間での生活を考えれば、体がしっかりと固定される椅子が大事な事は、以前に証明されている。

 席の両側には、いくつかのパネルとスイッチがある。前には足元に足置きがある以外何もない。艦長席は思ったよりスッキリしている。しかし、それ以外の席はかなりの計器が並んでいるようだ。ただ、計器と言っても液晶パネルがほとんどのようだが。タッチパネルなので、昔のようなスイッチはあまり見当たらない。あっても非常用の物だ。出来れば使いたくない。

「話には聞いていましたが、全てタッチパネル式モニターですね。艦橋から宇宙空間を直接見る事が出来ないのは、非常時に問題が発生するのではないでしょうか?」

 加藤が不安げだ。まあ、気持ちが分からない訳ではない。直接見えない事こそ、人を不安にさせる。しかし海自のCICにも窓はない。そしてここは宇宙空間で、さらにこれは戦闘艦。民間船とは訳が違う。

「君は昔の映画やアニメを見すぎだ。艦橋が外に出ていれば、そこを狙われる。それに、艦首操舵室からは外を見る事も出来る。非常時以外は使わないと思うが。四つある観測室と艦首を除けば、この艦に窓と呼べるものはない。乗員の安全のためだ。それとも君は、そんなに宇宙放射線にさらされたいかな?」

 冗談交じりに言う。十字になっている艦首には、その中央に艦首操舵室がある。しかし、使う事はないだろう。この第一艦橋と、艦後部にある第二艦橋が使用できない場合のみ、操舵室を使う事になっている。それに、いくら放射線対策が行われているとはいえ、長時間活動すべき場所ではないと聞いた。

「主電源、入ります」

 吉村の声と同時に、全てのモニターに明かりが付いた。

 エンジンは始動していないが、ドックからの電源が供給されている。それに、艦にはバッテリーも搭載されている。とはいえ、バッテリーのみでは二時間の航行が限度だが。大型艦故、バッテリーの量が多いとはいっても駆動時間は短くなる。それが燃料電池であってもだ。

 正面に百インチのモニターが左右に並んでいる。その他に、五十インチクラスが十個ほど。小さい物を含めれば、三十近いモニターが正面にある。手元のモニターを含めれば、いくつあるのか把握出来ない。

 艦橋の乗員席は、上下で頭を向き合うよう配置されており、出来るだけ少ないスペースとなるよう設計されていた。

 それにしても、重力が関係ないからといって、椅子が上下反対に配置されているのは奇妙だ。自分の直上に吉村の頭があるのを見ると、そんな事を思う。ベルトさえしっかりしていれば問題ないが、体を固定していないと誰かに確実にぶつかるだろう。

 それにスペースを少しでも有効活用というのも考え物だと思う。正直言って狭さから息苦しさを感じるのは気のせいか?

 それぞれの椅子には、部署に関係ある機器が並んでいる。航行管制なら、操縦桿など。艦長席には、非常用操縦パネルが内蔵されているそうだが、パネルだけでの操艦は難しいだろう。せめて、小型操縦スティックの一つでもあればと思う。

 一応艦長席からは全ての計器を操作する事が出来るが、全てタッチパネルのモニターで、その数も二つ。とてもではないが、一人で出来るような事ではないのは確かだ。

 まあ、そのようなことは最初から想定されていないのだろうし、実際そうなって欲しくない。一人で操作するようなときなど、せいぜい艦を放棄する際くらいだろう。

 電源が入り、床と天井の明かりと、一つ一つのモニター越しに、外の風景が映し出される。上下からの明かりなので、一つ一つの明かりはさほど強くない。

 主砲塔や艦首、艦尾、舷側に備えられたカメラからの画像。

 それぞれのカメラには三つの予備回線があり、カメラそのものが故障しない限り、簡単には外の状況が分からなくなるという事もない。それに、カメラは基本的に二メートルおきに備え付けられており、いつでもどのカメラにもアクセスできる。

 観測用のカメラ以外は装甲と装甲の継ぎ目に配置されている。観測用ほど精度は良くないが、それでも光学追尾システムも備わっている。そこにはカメラ以外にも、レーダー用のアンテナも埋め込んでいる。この艦そのものが、巨大な電子機器と同じような物だ。

「全兵装の確認を始めます」

 佐々木が告げると同時に、主要パネルの一つを一人の宇宙服を着た作業員が横切る。

 ドック作業員なので、宇宙服の色は青だ。宇宙服には酸素タンクが備え付けてあるが、同時に命綱と一緒に酸素補給用のホースも繋がっている。

 ドックの中は耐放射線処理が一応されているので、宇宙服そのものは簡易宇宙服。それでも、長時間の放射線にはある程度耐性がある。

 ドックの所々にある酸素補給用の接続口を交換すれば、宇宙服の酸素タンクは最小限の仕様で済む。

 艦の前には、放射線防護幕が下ろされており、直接宇宙の放射線を浴びにくいようなっている。

 しかし、こういった設備を作るのに、莫大な予算が必要だった。おかげで陸自や空自の予算が削られたとも聞く。確かにこれからは宇宙の時代かもしれないが、地上の者たちからすればとんだとばっちりにしか思えないだろう。

 艦とステーションを結ぶ通路こそ与圧されているが、それ以外は真空の宇宙だ。宇宙服を見て、すぐそこが宇宙と思うと、なんだか寒気が走る。いくら隔壁が閉まっていても、ドック全体を与圧するほどの無駄はしない。

 パネルを操作すると、右舷が表示された。

 隣のドックでは、姉妹艦の『いぶき』が艤装の最終準備を行っている。『あまぎ』と違い、『いぶき』は司令部機能が省略されている。その代わりに、ミサイル発射管の数が多い。ただ、外見はさほど変わらない。そもそも、この『あまぎ』型宇宙巡洋艦は共通バーツで構成されているので、どの艦も司令部機能を後付け出来るし、その逆も可能だ。

 ミサイルは自動装填式。一つの発射管から、最大で二十発を発射可能。それは全ての艦が共通になっている。

 モジュール建造だからなのだが、ミサイルを撃ち尽くして帰還した場合は、そのミサイル発射管とミサイル格納庫ごと、一度に入れ替える。

 建造中の新型補給艦『そうや』は宇宙空間でミサイルシステムの交換が可能だ。完成すれば港に戻らずに補給が受け続けられるし、ミサイルも補給艦が所持している分まで発射出来る。

 入れ替えに必要な時間は、一つのモジュールにつき一時間ほどと聞いている。ミサイル発射管モジュールと、ミサイル格納庫モジュールは個別にあるので、合計で二時間必要だ。まあ、手で装填するよりも安全とは言える。海自のVLS(垂直ミサイル発射管システム)と比べれば、運用の幅が大きいらしい。海自のVLSは、一度発射すると港に戻るまで補充できないタイプが未だ現役で活動している。

 ちなみにミサイル格納庫と発射管だけを組み合わせて、臨時のミサイル砲台として使う事も可能だ。

 艦首と艦尾にあるミサイル発射管は、旧来の潜水艦魚雷発射管と似たようなシステムだが、基本的に全自動で装填、発射が可能。もちろん艦橋からミサイルの種類も指示出来る。

 最悪、ミサイル発射管室で人手による作業も可能だが、今はそれに割ける人員はいない。当然、発射管でトラブルが起きれば、その発射管は使用できないだろう。もちろん海自の最新潜水艦は、全自動装填が可能だ。この艦に搭載されたシステムは、それを宇宙用に少し変更したに過ぎない。

 少し前に、新型の潜水艦が開発された。一応動力は通常推進と同じ扱いなので、原潜と違い表記はSSだが、実際は原潜と変わらない活動が出来る。

 新型で採用されたエンジンはAIP機関の一種なのだが、通常推進時の動力として、海水取り込み式燃料電池推進が採用された。

 艦の前方に四カ所の海水取り込み口があり、それを電気分解して水素を発生させる。そしてその水素を燃料電池のエネルギー源として使用して、そのまま残りは海水と一緒に艦尾排水口から流す。発生させた電力でスクリューを回すのはこれまでと同じだ。そして予備としての使い捨て燃料電池と、従来の充電式バッテリーが組み込まれている。

 スクリューは排水口の中に組み込まれており、十五ノットまでは聴診器でも当てない限り音がしない。最大の三十ノットでも、アメリカの新型原潜が無音潜行している時よりも静かだと言われているくらいだ。何より海水を燃料と出来る事で、食糧の問題さえなければ無限の航行が可能になった。実質原潜とそれは変わらないと言っていいだろう。

 手元の小型スクリーンが突然切り替わり、新居田が映る。

「CICも稼動させました。異常ありません」

 少しだけ遅れるように、新居田の声が足元から響いてくる。

 CIC――日本語で戦闘指揮所や戦闘情報センターと呼ばれるその場所は、隔壁を閉じていないので、今は声がそのまま聞こえている。戦闘中は隔壁を閉じる決まりになっているが、それ以外の時は開放していて良い。勿論、隔壁もそれなりの厚さになっている。

 これだけの巨艦のCICで、しかも旗艦となれば、本来かなりの人員を配置しなければならないはずだが、人員不足を見越して多くが自動化されている。なので、新居田一人でも最悪CICを稼動できる。

 しかし正直不安だ。新居田の後ろにあるいくつもの空席を見ると、早く人員を確保しなければと思わずにいられない。総指揮を行う吉村がいるとしても、やはり問題だろう。ベストな状態なら、CICだけでも一交代につき十五人が必要だが、しばらくは無理だ。

 今のところ予定されているCIC補充人員は九人。一回あたり三人交代の計算だ。かなりの負担になるのではと思ってしまう。旗艦だから人員が多いのも仕方ないが、他の艦でもCICはあるし、少ない艦でも一交代につき五名は必要。

 なのに、現在予定されている各艦へのCIC要員は、一番少ない艦で三人だけ。つまり常時いるのは一人でしかない。

「艦長、至急ステーション第十五ブロック、第二作戦室にお戻りくださいとの通信です」

 遠藤肇大尉が教えてくれた。この艦の通信科通信長だ。

「分かった。後のことは頼む」

 一言残して、私は艦橋を後にした。


「呼び出し、一体何かしら?」

 ハッチが完全に閉まるのを確認してから、艦橋を見渡す。それぞれのメンバーが機器のチェックをしていた。吉村さんはCICにいるので姿は無いけど、一緒にいる新居田大尉に何かを命じている声はする。

「通信では何も言っていませんでしたからね。それより副長が二人もいるのは、正直どうお呼びすれば良いか迷います」

「名前を付ければ済むことでしょ。そんな事で悩まないの」

「そうですね、太田副長」

 それにしても、なぜ吉村副長が艦に乗り込むことになったのかが不明だ。

 私でさえ宇宙への習熟訓練だけで一年を費やした。しかし彼はそれを行っていない。本当に大丈夫なのだろうか?

 海自出身で、CICでの実績もあるらしいけど、それ以上のことは知らない。艦長はご存じだと思うけども、やはり不安。

 それにしても、どうもまだ緊張感が足りない気がする。本格的な戦力をやっと目の前にしたとはいえ、緊張感が足りないのは正直好ましくない。まあ、今まで試験艦や補給船での訓練ばかりだったので、浮き足立っているのかもしれないけど。

「全システムのチェックは終わった?」

「兵装は問題ありません。レーザー砲およびミサイル共に、全てデータリンクできました。さすがにここで撃つことは出来ませんけどね」

 佐々木大尉は手元のパネルを操作して、射撃指揮装置(FCS)を起動させている。FCSさえきちんと作動していれば、艦橋やCICだけでの戦闘が行える。だからこそ、最優先でチェックしなければならない。

「ドックの中なのだし、変なことはしないでね?」

「分かっていますよ、大佐」

 この佐々木大尉は戦術・戦闘指揮長だが、CICがあるのに戦闘指揮が必要なのかと思う。

 現代ではCICが戦闘の要。人事のやることはよく分からない。名目ではCICの戦闘部分を軽減させると聞いているが、そもそもほとんどが自動化されている。負担などそれほどあるのだろうか?

「エンジン、異常ありません。非常用電源、ドックより供給中。バッテリーも異常なしですね。充電は、九十パーセントを超えたところです。あと数時間で、バッテリー充電も完了します」

 吉田機関長が報告してくる。

 彼女は機関部門でもかなり優秀だと聞いたことがある。もしかしたらこの中で、一番早く昇進するかもしれない。私もうかうかしていられないか。

「それにしても、本当に巨大な(ふね)よね。武装だって海上自衛軍の人が見たら、発狂するわね」

「そうですね。この(ふね)一隻あれば、日本に対する弾道ミサイルは全て迎撃できそうな気もします」

 航海科の加藤航海長がシステムチェックを行いながら答えてくれた。彼女は航海士としての腕は一級だ。ただ、私を含めて宇宙での実戦経験などない。私たちは本当に通用するのか?

「CICのチェック完了。人員不足を除けば、いつでも稼働可能だが、試すか?」

 スピーカー越しに吉村大佐の声が聞こえる。人員はともかく、動かすことくらいは出来そうだ。テストモードで動かしてみたいのかもしれない。

「今日はチェックだけよ。それと吉村大佐。そこが終わったら電算室もチェックしてもらえるかしら? まあ、問題はないと思うけど、CICと電算室は密接に関係しているのだし、あなたにはちゃんと確認してもらいたいの」

「了解した。太田大佐は艦橋システムを?」

「そうね。艦長が出かけられたのだし、私がするべきだと思うわ」

「では、電算室から報告する。また後で」

 スピーカーに一瞬ノイズが走る。マイクを切った音だろう。中途半端な所でコストカットをしているような気もする。船内マイクくらい、まともな物を用意して欲しい。

 それと今でもよく分からないのが、コンピュータ室を『電算室』と呼ぶ事。一般で使われる事は無いはっきり言ってしまえば”死語”だ。そんな言葉を何故まだ使うのか。

 そういえば、艦橋にあるとされているドリンクディスペンサーがない。無重力なので、飲み物を取りに行くだけでも大変になる。後で艦橋(ここ)と食堂までの通路を確認しなくては。一々支給班に持ってこさせるのは、いくら何でも効率が悪すぎる。

 コストカットの意味を、補給部は勘違いしているのかしら? 宇宙の環境だと、地上(した)と違って色々とストレスも多い。そのために、通常ならあり得ないような物が配備予定だ。その一つが自動ドリンクディスペンサー。第一種戦闘配備などでない限り、使用に制限はない。

 まあでも、輸送船『まいづる』や『ゆうづる』は元々民間船。だから操縦室にもドリンクディスペンサーが最初から設置されていたのかもしれない。贅沢を言える状況でないことは分かっているのだけど……。

「副長、航行システムチェック完了です。まるで航空機のような操縦システムですね。まあ、まいづるでだいぶ慣れましたが」

 航海長が報告してきた。

「宇宙だから、空と同じように上下左右自在に移動できるからよ。あなたなら大丈夫でしょう?」

「はい、大丈夫です。むしろ輸送船よりも設計が新しいので、コンピュータが故障しなければ楽ですね。それに、バックアップも三重になっていますし、故障はまずないと思います」

「それは良かったわ。これだけの巨艦だから、コンピュータ無しでの操艦は不安があるわよね。所で、レーダー関係は大丈夫なの? 渡瀬大尉」

「もうしばらくお待ち下さい。基本的なシステムは大丈夫なのですが、レーダーの構造が今までと違いすぎて、チェックに手間取っています」

「新居田大尉。CICからレーダーの状況は確認できるわよね? そっちは?」

「短距離レーダーは問題ありません。長距離レーダーをチェックしている所です。渡瀬大尉の言うとおり、レーダーの数が多いのでその確認に手間取っています」

 レーダーアンテナの数が多いのが原因だが、それにしてもこれ程必要だったのだろうかと思ってしまう。

 単に地上からの弾道ミサイル迎撃なら、こんなシステムは必要ないと思うのは気のせいかしら?

「渡瀬大尉、レーダー以外は?」

「光学システムは、短距離用だけ確認しました。長距離用はマストを展開しなくてはならないので、ドック内ではチェックは無理かと」

「信号は大丈夫なんでしょう?」

「はい。それは問題ありません」

「他のチェックもしたいから、出来る範囲で急いで。機関長。ここでのエンジンチェックが問題なければ、直接機関室に行ってもらえる? 出来れば目視で確認して欲しいの」

「了解です。ここでのチェックはほとんど終わりましたし、機関室に行きます」

 そう言って彼女が席を離れる。

「何か問題があったら、些細なことでも報告を入れてね。ドックから出られませんでしたなんて事になったら、大事だから」

「当然です。出航になって、エンジンが動きませんでしたでは、私の管理が疑われますからね」

 その言葉を残して彼女がハッチを抜けていった。

 新型艦だから多少は色々と問題が出ると思うのだけど、航行に問題ない程度であれば、出航してから手直しするしか無いのかもしれない。

 一応火器装備無しでの試験航海はしているらしいけど、艤装が完全に終わった後とでは状況が違う。

 本当はちゃんと引き渡し前に試験航海をして欲しいのだけど、なぜか今回は艤装後の試験航海は無し。正直納得なんか出来ないけれど、司令部(うえ)が決めたことだからどうしようもない。せめて艦長には負担がならないようにしないと。その為に私がいるし、吉村大佐もそうだ。

「装薬チェック完了です。といっても、兵器として火薬を使用しているのはミサイル部分だけですが。全て問題ありません」

「ありがとう、佐々木大尉。戦闘で問題になりそうな所はありそう?」

「実体弾が少ないのが気になりますね。この艦は基本的にレーザーを主体としています。仮にレーザーを無効化されたら、ほとんど何も出来ません」

「そうね。でも、これだけのレーザー砲を全て無効化できることは難しいはずよね?」

「はい。なので、あまり問題にはならないと思います」

 実体弾は、その速度こそ遅いが直接相手にダメージを与えやすい。しかし、レーザー砲と違い、砲弾の格納庫が必要だ。確かに巨大な艦だけども、この艦はいわばこれからの艦隊建造の基本となる試験艦としての意味合いもある。仕方がないのかもしれない。次の新しい艦種開発の話は聞いているけど、内容は私までは知らされていない。知っているのは、おそらく艦長のみ。

 聞いた話では、一応実体弾を発射する速射砲もあるらしいけど、少なくともこの艦への搭載は見送られた。旗艦だから一番先頭での戦闘は行わないだろうという判断だからかしら?

「分かったわ。その他のチェックを続けて。レーダーのチェックは終わった?」

「はい。短波、長波共に異常ありませんでした。長周期レーダーも問題ありません。イージスシステムのリンクも大丈夫です。まあ、元々は海自で使っていた物を改良しただけですからね。強力な宇宙放射線の影響さえ受けなければ、大丈夫だと思います」

「ありがとう、渡瀬大尉」

 そういえば、甲板科から人が誰も来ていない。航行中の補修作業などに欠かせないし、艦全体の事を把握してもらうためにも、絶対に必要な人員のはずなんだけど……。

 まあ、確かに今回は艦橋とCIC要員が来れば問題ないけど、無人偵察機や救命艇は甲板科が管理することになっていたはずだから、後で面倒なことにならなければ。あまり考えても仕方のないことなのかしらね。

「太田副長、艦橋内の確認は終了です。後は、港から出ないとチェックできない項目がありますが、電気系統などは問題ないですし、こればかりは出来ないことですから。後は……」

 航海長が何か言いにくそうな顔をしている。

「後は、何?」

「艦長席にある操作機器のチェックですね。さすがに、我々がするわけにはいかないので」

 そういう事ね。確かに勝手に艦長席の機器をいじる訳にはいかないわ。

「私が見ておくわ。他に何かある?」

「いえ、艦橋でのチェックは終わりです」

「それじゃあ、各員はそれぞれの担当部署を簡単にチェックしてきてくれる? 大型の艦だから大変だと思うけど、出航前にチェックだけはしておかないと。チェックが終わったら、私に報告後みちびきでの仕事をしておいてね。まだまだやる事があるのだから」

「あの書類の山ですか?」

「遠藤大尉の分は少ない方だけど、もっと増やしてもらいたい?」

 急に黙る所を見ると、まだまだ余裕が無いのかもしれない。

「冗談よ。終わった人から艦を離れて。さすがに私が最初に出るわけにはいかないわよね」

 そういえば、艦長はなぜ呼ばれたのだろう? 今さら何か変更があっても困るのだけど。


 それにしても長い通路だ。重力区画と無重力区画を隔てているとはいえ、移動だけで二十分以上かかる。距離的には一キロもないのだが。

 大体、いつになったら自衛軍専用港(ここ)の工事は終わるのか。

 民間施設側が優先されているのは、資金を出している企業(スポンサー)があるのだから仕方がないにしても、配線剥き出しなのはどうかと思う。

 以前に民間側の港を通った時は、地上(した)の空港と何ら変わりのない設備が整っていた。あそこまで要求するつもりもないが、もう少し安全に気を使って欲しい。いくつかの配線は、ちょっと足や手を引っかけただけで切れてしまいそうだ。

 そんな事より、急な呼び出しは一体何なのだろうか?

 せっかく新型艦のチェックが出来たのに、私だけ後回しにされた気分だ。まあ艦長がすることなどあまりないが、それでもやはり少し悔しい。

 呼び出された第二作戦室は初めて使う。とはいえ、作戦室を使うことは希だ。現実問題として、まだ作戦を遂行出来るような状態になかった。しかしこれからは違う。

 重力エリアは地球の重力よりも少しだけ疑似重力が軽くなるようになっている。

 おかげで歩くのは楽だが、どうしても骨は弱くなる。無重力でずっと過ごすよりはマシだが、それでも地上に戻ると体の衰えは顕著だ。

 ここしばらくトレーニングが出来ていない。あまりトレーニングをサボったままにしていると、あとで面倒なことになると思う。前も、家族になんだか『やつれたわね』なんて言われたから、もう少しトレーニングを増やさなければ。

 それでも半世紀前の宇宙飛行士よりはずっとマシだ。あの頃は疑似重力を作ることすら出来なかったらしい。歴史はあまり詳しくないので真偽は不明だが、恒久的に疑似重力があることには感謝しなくてはならないだろう。

 やっと目的の区画についた。とはいえ、ここからが面倒だ。長い回廊を行かなくてはならない。微妙にカーブしているので、先が見渡せないのもなんだか気になる。

 設計上仕方がないと分かっていても、先が見渡せないのはなんだか人を不安にさせる。しかし、目的の部屋はそう遠くない。それが救いだ。

 目的のドアの前につくと、ドアの横にあるスリットにカードを通す。ドアは静かに開き、中には三人が待っていた。

「お待たせしました。幕僚長がお見えとは。仰って頂ければ、艦の視察を延期したのですが」

「急に決まったことだから気にしないでくれ。ところで渡辺少将。君は今回の艦隊配備をどう考えている?」

 いきなり本題か。考える余地を与えない。

「我々は何から守ろうとしているのか疑問です。明らかにあの艦の装備は、ミサイル防衛には過剰装備です。しかもそれが一隻ではなく、最終的に八隻。まるでどこかと侵略戦争でもするかのように思えます。しかし、我々の任務は防衛です。侵略ではありません」

 とりあえず当たり障りのない返答。これで問題なら、そもそも自衛軍という前提がおかしくなる。

「まだ特特防の事があり、君にも明かせないことがあるのだが、それでもヒントになりそうなことを伝えておきたかった。我々は近い将来『戦争』をする可能性がある。いや、間違いなく戦争になると、政府関係者の一部は考えている。誰かは言えないが」

 『戦争』を強調してきた。一体どういうことだ?

 我が国に対して戦争を仕掛けたところで、得をするような国があるとは到底思えない。それに、宇宙での戦闘すら考慮するとなれば、相手は極めて限られる。何より、宇宙での戦闘艦艇を保有しているのは今のところ我々とアメリカだけだ。

「相手はどこですか?」

「それは言えない」

「そのヒントが、石原幕僚長の隣にいる、政府高官という認識でよろしいのでしょうか?」

「間違ってはいない。時期が来たら必ず君たちに明かす。あの艦は、その為の準備だと思ってくれ。それから、この事は他の乗員には知らせないように。悟られるのも控えて欲しい」

「難しいですね。あれだけの装備を与えられて、それが単なるミサイル防衛など、それを信じる方が難しいかと。すでに疑問の声も上がっています」

「分かっている。それでもだ」

 ただならぬ雰囲気。これ以上は無駄だろう。

「答えは必ず頂けるのですね?」

「約束する。訓練は、艦隊戦を想定したものも行うように」

「ますます疑われますが?」

「アメリカ艦隊との共同訓練のためとでも言って欲しい」

 無茶を言う。アメリカと戦争をしたのはもう百年以上も前。現在宇宙に艦隊があるのは、我々を除けばアメリカしかない。

 当然、目標はアメリカ艦隊となってしまう。これでは滅茶苦茶も甚だしい。

 ヨーロッパは宇宙に艦隊を建造するつもりはない。中国は建造するだろうが、先の台湾海峡沖の事もある。下手なことを今すぐにはしないだろう。それに、資金だってないはずだ。そうなると、ますます艦隊戦の意味が分からない。

「悪いが、君の疑問には答えられない。しかし、訓練は可能な限り精度高く行って欲しい」

「無茶です。相手がはっきりしない中で、精度を上げることは出来ません」

「分かってからでは遅いのだよ……」

 幕僚長の隣にいた男が、微かに呟いたのを見逃すはずもない。一体何を隠している?

「もういい。下がってくれ。出航は予定通りに。君の成果に期待する」

 追い出されたな。何とか敵を知る術があれば良いのだが……。


「あれで良かったのですか? 僭越ながら、相手が人間でない事くらいは伝えた方が良かったのでは?」

「分かっているのだが……アメリカとの密約もある。だから外務省の私と、内閣府の彼が来ているんだ」

 その彼とは、内閣府特務諜報部の彼の事だ。名前は教えてもらえなかった。名刺すらない。恐らく、現場組の一人なのだろう。

 そして、ここに同席できるという事は、それなりの立場にいる事を示している。日本版CIAとも言われる内閣府特務諜報部は、その組織の詳細すらまともに公開されていない。当然、私にも分からない。

 しかし、次期外務事務次官最有力候補の広田氏が来たという事だけでも、かなり重要だとは嫌でも分かる。

毎回ご覧頂き有り難うございます。

ブックマーク等感謝です!


各種表記ミス・誤字脱字の指摘など忌憚なくご連絡いただければ幸いです。感想なども随時お待ちしております! ご意見など含め、どんな感想でも構いません。


今後ともよろしくお願いします。

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