序 全ての始まり
一九二七年 ソ連 ツングースカ地方
「ギューリッヒ君、これをどう思うかね?」
そう言われても尚、彼の手は震えていた。本来あるべき物はなく、そして本来あるべきでない物があれば、当然そう思わざるを得ないだろう。
実際、私もまだ信じられないし、震えを抑えるのがやっとだ。最低限の安全検査をしたとはいえ、怖いものは怖い。
「私にも分かりません。いえ、私の理解を超えています……」
「私もだよ。しかし、これは現実だ。私はもっと他の物の発見を考えていた。しかし……。君は、何ヶ国語出来る?」
私、レオニード・クーリックは、目の前の物体をつぶさに観察しながら、口を開く事しか出来ない。横にいる同志も、それは変わらないようだ。
それは黒光りする石版。ただ、単に黒いのではない。簡単に計測したが、高さ九十センチ、幅四十センチ、奥行き十センチ程の石版。いや、石版かどうかも分からない。石版のように見えるが、金属のような光沢もある。材質を調べるには、今持っている物では不足だ。きちんと計った訳ではないが、数値は間違っていないだろう。地面に若干食い込むように、それは垂直に立っていた。黒光りしているのに、我々の姿はその石版に映らない。まるで鏡のように磨きをかけた黒曜石のようにも見える。しかし周囲の風景は全く映っていない。しかし問題なのは、それではない。
その黒光りした石版には、はっきりと文字が彫り込んであった。
「私は言語学者ではありません。しかし、ここに書いてある文字は、ロシア語の他に英語がある事は分かります。他にも十数個の言語がありますが、私には分かりません」
それを聞いて、私も頷くしかなかった。
「まあ、私にも分からない事だらけだ。しかし、ロシア語で書かれているこの言葉の意味は……」
その文字を、静かに指でたどっていく。
「我々は常に見ている。君たちの意思に関わりなく……同志、私にも意味が分からないよ」
「はい、同感です。英語でも同じ事が書かれているのでしょう。他の文字にしても、同じ事が書かれていると思われます」
深くため息をつくが、どうしたものか。こんな物があるとは、予想を遙かに超えている。
周囲には直立したまま焦げて枯れた木々がある。まるで何か大きな衝撃を受けたように、今立っている場所を中心にして放射状に木々がなぎ倒されている。どの木々も高温で焼かれたようで、真っ黒だ。そこにただ一個だけ、地面に突き刺さるように石版があった。
何枚か写真を撮りながら、石版に触ってみる。表面はつるつるしていて、吸い込まれそうなほどに黒い。文字は単に彫り込んであるだけのようだが、太陽の光の屈折ではっきりと読める。もし夜なら、この文字は見えないだろう。
「これを、どう発表すればいいと思う?」
「調査団の団長はあなたです、クーリック同志」
「確かにそうだ。しかし、ソ連科学アカデミー調査団として、何かは発表せねばなるまい。これを、各国に見せる必要があると思うか?」
ギューリッヒは、しばらく考え込んでから答えてくれた。
「今は、時期尚早かと……」
私たちの間に沈黙が訪れた。