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恋ゾンデェトる  作者: がらんどう
18/26

想い出の中のわたし


     18   想い出の中のわたし



 わたしと塔也くんが付き合いはじめて、一ヶ月が経った。わたし達は、彩の強い勧めで、塔也くんの下宿している寮での部屋デートをすることになった。これが、わたし達にとっての初めてのデートになる。一ヶ月間もデートの一つもしないで何をしていたんだと自分でも思っているのだけど、やっぱり、恥ずかしくて、なかなか自分からアプローチすることができなかったのだ。

 告白をした時が自分の勇気のピークで、それ以降は、下降しっぱなしだ。折角、昔のわたしとさよならをして、新しいわたし   卯月胡子になったというのに   。

 塔也くんも塔也くんだ。奥手なのはわたしといい勝負だと思う。全然アプローチしてこないし………。こういうのって、男性の方からリードするものだと思うのだけど。まあ、わたしの好きな塔也くんはこういう人だからそれでいいのだけれども。


 寮の前まで、彩が付き添ってきてくれた。わたしの体を心配して来たといったけど、半分は興味本位なところもあったと思う。彩って、中等部の頃から、色々なことに興味津々で、首を突っ込むことが好きな子だから。とはいえ、わたしのことを心配してくれているのも本当のことだ。わたしの体調と、わたしの気持ちの両方を考えてくれている。寮に向かう間、彩は、

「………なんか、今回のデート、あたしが押し付けちゃったような形になっちゃってごめんね。その分、フォローアップはするからさ。まかせて。」

 と、言った。

 なにをフォローアップするのかはわからなかったけど、彩なりにやっぱり自分が仕掛けたイベントをなんとか成功させてあげないと、という責任感があるみたいだ。


 わたしと塔也くんは寮の前で、待ち合わせをしていた。塔也くんは三木くんと一緒にわたしを待っていた。塔也くんとわたしは、お互いのことを名前で呼ぶようになっていた。これも彩の働きかけによるのだけども。ほんと、彩には頭が上がらない。まあ、ちょっと強引ではあるのだけど。塔也くんは、私を見つめてぼーっと立ち尽くしていた。彩がなにか言うように急かすと、

「えっと………ココ。服、すごく似合ってる。とても綺麗だ。ペンダントも綺麗だ。」

「えっと………トウヤ………くん。ありがとう、すっごく嬉しい。」

 〈ココ〉という響きがとても嬉しかった。とりあえず、服を褒めたのはまあ無難かな?あと水晶のペンダント。これは実は普段からずっとしている。真希いろはさんに、ずっとつけているようにと言われているからだ。魂の定着云々に関係があるらしいけど、これは、真希いろはさん自身の実験の一部で、わたしをゾンビ体にして蘇らせた唐沢恭也さんの実験とはまた違うものだそうだ。もうすぐ死ぬのに何を今さら………と、内心思っているけど、実験体なのだから仕方ない。こうしてわたしの我儘も聞いてくれているのだし、そのくらいはしないと。


 わたしと塔也くんは、彩と三木くんと別れて、塔也君の部屋に入った。まさかの出来事が起こった。わたしは、過去の自分   七瀬未果   の話を、七瀬未果のことを知らないはずの塔也くんから聞くことになったのだ。

 部屋に入ってしばらく経った後、塔也君は、音楽をかけた。その曲にわたしはびっくりした。〈エリック・サティ〉の〈ジムノペディ〉だったからだ。わたしが、素性を隠して塔也くんとやりとりをするようになったきっかけの曲。

 わたしは思わず、反応した。

「あっ、この曲」

「そう、よく聞くクラシックのやつだよね。ジムノペディ。」

「うん、エリック・サティのジムノペディ。アタシ。この曲すごく好きなの。私の好みに合わせてくれたの?それともクラシック好き?アヤから聞いた?いや、でもアヤとは特にそんな話もしてないし………?」

「いや、残念ながらたまたま………僕も好きな曲なんだ。この曲には想い出があってさ………。」

「どんな想い出?アタシ、聞きたい。」

「えっと、中等部時代の話なんだけども………。」

 そう言って、塔也くんは、中等部時代の話をしてくれた。あの旧校舎でのわたし達の出会いの話を。ジムノペディを合奏した想い出を。そして、塔也くんは、その時に筆談でやりとりしたルーズリーフを見せてくれた。

    わたしの字だ。〈七瀬未果〉だった頃の字だった。

 思わず、涙が出そうになった。塔也くんの中には、まだ、七瀬未果は、〈わたし〉は、生きていたのだ。想い出の中の存在として。そして、その思い出の品であるルーズリーフを取っておいてくれただなんて。

 わたしは、呟いた。

「………今でも大事にとってあるんだね………」

「うん、まあなんかその当時は、両親の離婚もあったり部活辞めたりでいい想い出っていったらそれしかなくてさ。まあ、後生大事に取ってる僕もどうかと思うけど………。」

「それって………」

 と、意を決して聞いてみた。

「………〈恋〉だったんじゃあないかな?」

「〈恋〉………かあ………確かに言われてみればそうだったかもしれない。不思議な関係で相手が誰だったかもわからずじまいだったけど。」

 その言葉を聞いて、涙がわたしの頬を伝った。

「………あれ………なんだろうな………何で涙が………ごめんね、なんかごめんね………。」

    〈恋〉。そう思っててくれたなんて、わたしは嬉しくて、そして、悲しくなった。もし、事故に遭わなければ、そして、七瀬未果のまま勇気を持って、告白できていたのなら、そして、ジムノペディの奏者が自分だって言えたのならば、わたしは、塔也くんとそのまま付き合えたかもしれないのだ。時間はもう戻らないし、わたしは、もうゾンビ体の卯月胡子になってしまって、余命もいくらもない。それが、なんだかとっても悔しくて、涙が止まらなかった。このまま、この場にいることが、どんどん辛くなってきた。〈卯月胡子〉としてでなくて、〈七瀬未果〉としてここに居たかった。そんなもう叶わない夢を見て、現実に引き戻され、泣いてしまったのだ。わたしは立ち上がって言った。

「………ごめん、今日はもう帰るね。なんだか涙が止まらなくって。このままじゃ、いいデートにはならない。ホント、ごめんね。」

 そう言って、わたしは部屋のドアを勢い良く開けた。と、

「ちょ、ちょ、ま、ああああああ!」

 と、声がした。彩と三木くんだった。盗み聞き?でも今はそんなのどうでもいい。わたしの気持ちはぐちゃぐちゃで、自分でもよくわからない状態になっていた。こんな状態でデートなんて続けてられない。

「ちょっと待ってよ。僕、なんか悪いことでも言ったかな?だったら謝るよ。」

 そう言って、塔也くんはわたしの腕を掴んだ。

「いいの。トウヤくんは悪くないの。わたしの気持ちの問題。今日は兎に角帰らせて。本当にごめんなさい………。」

 わたしは塔也くんの手を振り払った。思った以上にすごく強い力がでてしまった。まさか、ゾンビ体に異変が?早く薬を飲まないと。

「いててて………」

「おい大丈夫か?って血が出てんぞ。」

 三木くんがそう言った。その言葉で、わたしは振り返り、塔也くんの方を見た。と、塔也くんは体制を崩し、思わず尻餅をついていた。そして、頭をどこかにぶつけたのか、血が出ていた。

 どうしよう。わたしのゾンビ体の症状のひとつである怪力で、塔也くんを傷つけてしまった。でも今は、一刻も早く薬を飲んで、病院に戻らないと。わたしは直ぐに向き直し、逃げるようにその場を去った。後ろから、彩がわたしを追いかけて来るのがわかったけど、わたしはもうスピードで走ったので(これも怪力のせいだ)彩に追いつかれることはなかった。


 わたしは、病院の自室に戻って、頓服薬を飲んだ。唐沢恭也さんと真希いろはさんも駆けつけて検査をしてもらったけれど、とりあえずは、頓服薬の投与だけで症状が治まった。でも、いつもより多くの頓服薬が必要だった。いつもの倍飲んで、ようやく症状が落ち着いたのだった。

 わたしに残された時間はどんどん少なくなっていく。そんなことを感じた。でも、最期の最期まで、わたしは生きたい。たとえゾンビ体だろうとも、わたしはわたしのまま生きたいんだ。そう思った。


 その日の夜、彩から電話があった。彩はやっぱりわたしと塔也くんの会話を盗み聞きしていたらしく、まずはそのことに対してゴメンと謝られた。わたしは、「いいよ、いいよ。」と返すと、彩は、一気に、

「トウヤったら、今の彼女の前で昔好きだったかもしれないとか言う女の話をするなんてデリカシーが無いったらありゃしないよね?それでココ、不機嫌になって帰っちゃったんでしょ。あたし、そう思う。でしょ?」

 と、まくしたててきた。いや、実際はそうではないんだけども………過去の自分とありえたかもしれない未来に対しての悔悟だったのだけど………とはいえ、本当の事は言えないので、彩が思っているとおりだということにした。またひとつ嘘をついた。ゴメン、彩。

 その後、色々と彩と話して話し尽くした後、彩は、

「あとでフォローいれとくから、待ってて。」

 と言って電話を切った。それから数十分経った後、塔也くんからメールが来た。今回の件について詫びるメールだった。ううん。塔也くんは悪くないの。でも………。本当のことを言う訳にはいかない。心苦しいけど、そういう体でメールを返した。


 そしてわたし達は、翌日、旧校舎で仲直りデートをすることになった。

 旧校舎では、お互いのプライベートな話までした。お互いの家庭のことや、今お互いに思っていること、これからも仲良くやっていきたいということを話した。色んなことを話したけど、一番幸せだったのは、塔也くんとまた一緒にジムノペディの合奏をできたことだった。

 とても幸せな時間。今度は壁越しではなく、ひとつの椅子を二人で並んで座ってピアノを弾いている。幸せだった。この時間が、ずっと、ずーっと続けばいいなとそう思った。

 それももう、叶わないことはわかってはいたのだけど、その時だけは、この時間が永遠につづくかのように思えて。

 また、一緒に合奏できるといいな。ーーーわたしが死ぬまでに。


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