最期の日常を
16 最期の日常を
わたしを日向学園に転入させるために、色々な措置が講じられた。戸籍の偽造だったり、色々な違法行為だ。卯月胡子という人間が社会的に存在できるようにする措置だ。違法行為については、何を今さらといった具合で真希いろはさん達が、蛇の道は蛇と言わんばかりに次々と手続きを進めていった。
そもそも、わたしに関する実験自体が違法なものなのだ。そんなことは、実験の特殊性と、秘匿性からわかりきっていたことだった。だからこそ、わたしも無茶な願い出をすることができたのだ。
とはいえ、手続きには時間がかかるものだ。一気呵成に進むものではない。わたし自身も、それなりの学力を付けておかないといけない。わたしの実験には、日向学園の理事をつとめている人も関わっているとのことで、入学試験はパスできるのだけれども、勉強についていけないのはさすがに怪しまれる。
わたしは、真希いろはさん達が、様々な工作を講じている間に猛勉強をした。さすがに、高校一年生の勉強の範囲を数ヶ月で終わらせるのは大変だったけど、わたしには時間がないのだ。やれることはなんでもやったし、してもらった。好きな人と同じ学校に通って、告白して、あわよくば、恋人同士になって、楽しい学園生活をする。 このくらいの我儘は聞いてもらわなければならない。いくら実験体だって、ゾンビだって、わたしは今、この世に生きている一人の女の子で、余命が一年とないのだから。
色々と調整をした結果、わたしは、高等部二年生として、六月に転入することが決まった。わたしが転入するクラスは、塔也くんと彩がいるクラスにしてもらった。というか、そうでなければ意味が無い。わたしは、塔也くんに告白したいのだ。仲良くなるには、まず、同じクラスでないと困る。別のクラスじゃあ、なかなか難しいだろうし。それに、彩と一番に話したいというのもあった。わたしの一番の友だちだから。大切な、友達だから。
転入日。真希いろはさんから、常服用の薬と頓服用の薬を手渡された。真希いろはさんは、学園内でカウンセラーをやっているから、調子が悪ければ直ぐに駆けつけると言った。そして、わたしに、「告白、うまくいくといいね。頑張りな。」と声をかけて、わたしの背中を叩いた。
告白か………。確かに、うまくいくといいけど、それまでに仲良くなれるだろうか?まさか、いきなり告白するという訳にはいかない。ある程度、友達として仲良くなるという段階を踏んでからじゃあないと難しい。それに、告白が成功したとしても、わたしに残された時間は………。いや、自分勝手な事をしようと思っているのは百も承知なのだ。そんなのわかった上で、誰かを、特に、塔也くんを最終的に傷つけるだろうということをわかった上で、わたしは、自分の恋を成就させたいという我儘を死ぬまでに叶えたいと願ったのだ。これは、わたしの罪だ。でも、もう引き返せない。引き返すつもりもない。人生の最期くらい、我儘を貫き通したい。そう、わたしは思って行動したのだ。
担任の御厨先生と一緒に教室に入る。わたしは元気よく自己紹介した。卯月胡子として。消極的で、地味な七瀬未果とはもうさよならしたのだ。わたしは新しい自分 卯月胡子として残りの人生を生きることにしたのだ。
挨拶は………少し失敗した。でも、クラスの皆が笑ってくれて、場が和んだからよしとした。それに、奇跡が起きたのか、わたしは、塔也くんの隣の席になった。わたしは、ドギマギする心を抑えて平静を装いながら、塔也君に話しかけた。
「頭。大丈夫?結構大きな音がしたけど。」
わたしが塔也くんに話しかけた初めての言葉。
塔也くんは、「大丈夫大丈夫」と言い、挨拶をしてくれた。
「ハタノ・トウヤです。よろしく。」
「改めまして、ウヅキ・ココです。よろしくお願いします。」
初めて面と向かって挨拶をしたと思う。七瀬未果だった頃にはできなかったことだ。卯月胡子として生まれ変わって、初めてできたことだった。とても嬉しかった。
ホームルームが終わると、女子が一斉になだれ込んできた。そして、塔也くんの席は彩に奪われてしまった。もうちょっと話したかったんだけどな。でも、彩と話せるのは嬉しい。彩は、面倒見の良い子で、初めて昔のわたし 七瀬未果 に積極的に話しかけてきてくれた子だ。転校生のわたし 卯月胡子 を放っては置けなかったのだろう。
そういう、優しい子なのだ。
彩はいの一番にわたしに話しかけてくれた。彩と話すのは、中等部の卒業式以来だ。本当なら、わたしはあの事故で死んでしまい、こうして、話す機会も失われていただろう。わたしは、泣きそうになるのをこらえながら、彩と話をした。
彩とは、すぐに仲良くなれた。わたしの中の〈七瀬未果〉を無意識に感じ取ったのかもしれない。これでひとつ、目的を達成できたかな?普通の高校生活を送るっていうわたしの願いを。
彩や、他の女子からの大攻勢が終わった後、塔也くんに話しかけてみた。塔也くんはわたしの顔をまじまじと観ながら会話をしている。そりゃあそうだ。塔也くんが好きな声優であるう宇佐美佳苗さんそっくりの顔をしているのだから。
わたし自身も、宇佐美佳苗さんのラジオを聞いてみて、その性格や立ち居振る舞い、話し方を必死に勉強してきたのだから。これは、全部、塔也くんに好かれる可能性を高めるために行った行為だ。塔也くんに好かれるためなら、わたしは何にでもなれる。それがわたし。卯月胡子として生まれ変わったわたしなのだ。
六月末の修学旅行に参加できなかったのは悔しかった。でも、現時点で、何がどうなるか予想がつかない状態で、遠出をするのはどう考えても難しいことだということはわかっていた。わたしは泣く泣く修学旅行に行くことを諦めた。周りには、病弱であると言っているから、病気が理由で修学旅行に行けないということになった。実際は、病気どころか、ゾンビ体なんだけれども。
とてもうれしいことがあった。彩が、修学旅行先から逐一、画像を添付したメールを送ってきてくれたのだ。塔也くんと三木良太くんも一緒に写っている。彩は、修学旅行先で暇さえあれば、わたしに画像を添付したメールを送り続けてくれた。そのことに関して、彩は、「せめて、気分だけでも一緒に修学旅行に行った気になってほしいなって」と後にわたしに言った。その、気持ちがとてもうれしかった。やっぱり、最高の友達だよ。彩。
七月になって、わたしと塔也くん、彩、そして三木良太くんは仲の良いグループになっていった。そして、夏休みに入った時、わたしは、彩に相談を持ちかけた。〈羽多野塔也くんに告白したい〉という旨を相談した。
彩は、真剣にわたしの話を聞いてくれた。そして、わたしの告白を応援してくれると約束してくれた。ありがとう、彩。と、ここで、わたしは、自分自身の余命が〈一年〉しかないのに告白していいものなのかわからなくなってきてしまった。やっぱり、告白がうまくいっても、塔也くんと、そして彩たちと過ごせる時間は限られているのだ。それなのに、必要以上に仲良くなっていいものなのだろうか?急に、罪悪感がわたしを襲った。考えても考えても答えは出なくて、わたしはとうとう、彩に相談してみた。勿論、本当のことは隠してだけれども。
彩にはこう話した。
「わたしは病弱で、いつも死のことを考えてしまう。実際、原因不明の病気なの。だから、付き合うといっても、もしかしたらわたしが先に、しかも早く死んでしまうかもしれない。そういうリスクも有る病気なの。だから、塔也くんに告白するって彩には言ったけれども、どうしたらいいのか………。」
と話すと、彩は、少し黙りこくった後、
「でも、トウヤのことは好きな気持は変わらないんだよね?」
と、わたしの目をしっかりと見て言った。わたしは力強く頷いた。すると彩は一つの提案をしてきた。
「告白は、絶対した方がいい。しないで後悔するのは辛いと思うから。で、病気のことなんだけど、とりあえず、告白の時に、条件をつけて告白すればいいんじゃあない?例えば、〈三ヶ月更新〉の付き合いにするとか?」
と、言った。彩によれば、そんなに「いつ自分が死んでしまうかわからないリスク」を考えてしまうのならば、それをはっきり説明すればフェアな告白でいられるんじゃあないかとの事だった。その一例として、〈三ヶ月更新〉ってのがいいのではないか?とのことだった。
〈三ヶ月更新〉か。そのくらいで、今後、恋人同士の付き合いを続けるか否かを最初から決める時期を作ることを約束して告白して、了承を得られるのなら、確かにそれは妙案なきもした。よく考えたら、かなり自分勝手な告白なのだけど。その時はそう思ったのだ。
わたしは、彩の提案を受け入れることにした。なんにせよ、わたしは、死ぬまでに、塔也くんと恋人同士になって、学園生活を満喫したいのだ。自分勝手であることなんて、この学園に転入させてほしいと真希いろはさんと唐沢恭也さんに申し出た時点でわかっていることなのだ。
生まれ変わって、そして直に死を迎えるわたしの最期の我儘。
わたしは、改めて、塔也くんに対する自分の想いを強く再確認し、夏休み明けに、告白する決意をした。




