その三
それからしばらくの間、どちらも何も言わなかった。
風が吹いた。
乱された長い髪を、少女が手で押さえる。
「…ラキは、髪を伸ばさないの?」
風がおさまり、ややあって、少女が尋ねた。
「綺麗な色をしているのに、もったいないわ」
ラキは頭に手をやった。指の間からサラサラとこぼれる短い髪は、金色。珍しいとはよく言われるが。
「短い方が楽なんですよね。乾くのも早いし、邪魔にならないし」
「…なんだか、男の子みたい」
「これでも一応、淑女のつもりですが」
またもやくすくす笑いが起きた。結構長い。
自分でもどのへんが淑女なのか、説明できる自信がないとはいえ、そこまで笑わなくてもいいんじゃないか、とラキは思った。
「--あ」
ふと目線を上げると、侍女が小走りでこちらへ向かって来るのが見えた。
「姫様、侍女の方が」
もう昼食の時間になるので、少女を呼びに来たのだろう。しかし、
「まあ、いけない!」
少女は慌てて柵から飛び下りた。どこかばつが悪そうな、悪戯が見つかった時のような、そんな表情をしている。
なんとなく、ラキはその理由を察した。
そもそもどうやって、侍女や護衛の目をくぐり抜けて厨房まで来る事ができたのか、気になる所ではある。だが訊いている時間はなかった。
「部屋に戻るわ」
果敢にも少女は、逃げる事なく自ら侍女へと向かって行った。二、三歩進んだ所で立ち止まり、振り返る。
「ラキ。ありがとう」
微笑んで言った礼は、何に対してのものだったのか。
ラキの返事を待たずに少女は歩き出し、少し先で侍女に捕まった。案の定、なにやら叱られている。侍女はラキの元にも向かおうとしていたが、ありがたい事に、少女がそれを制止したようだ。
ラキは柵にもたれ、道を戻って行く二人の後ろ姿を見送った。
あー、と呻き声ともため息ともつかない音が口から漏れる。
「どーしたもんかね」
呟きに応えるかのように、背後で梢がざわめいた。
ほんの一瞬、足元の影が濃くなる。だがそれだけだった。
王妃は知っているのだろうか?--視線を空へと投げかけ、ラキは思った。
自分が、少女と親しくしている事を。
--あの少女こそが、この国の第一王位継承者。
リリア・トーラス・シェルナン。
王妃が殺せと命じた、王女その人だった。