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私が愛した天才

作者: 吉岡 澪

 突然だが私には好きな人がいる。


「しゅう、いっしょにかえろう?」

「ん……」

「これはマッカーサーのめいれいよ!」

「わかったよ」


 日がだいぶ長くなってきた夏の放課後。


 まだ戦後色が消えず、GHQがなんやかんやとブイブイ言わせていた時代。誰かを強制的に何かに誘う時の決まり文句だった。


 秀は億劫そうに鞄(のちにランドセルと呼ばれることになる)を背負った。


 教室のみんながあいつ秀にアッチッチだぜなどとからかってくるがそんなものは気にならない。今思うと私も秀もどこか大人びた子どもだった。


「とりやによってこうよ」

「いいよ」

 よし。即席デート。小学生ながら私は策士だった。九官鳥やインコが好きな年頃でもあったし。


 いつからかは正確に分からないけど私は彼のことが好きになっていた。

 勉強もできる。運動神経もいい。そして性格もいいとまさに三拍子揃っている。ピーピー騒がしいだけの他の男子どもとは格が違う。


 彼を一言で表現するならそう、『天才』。





「秀、一緒に帰ろう」

「んあ」


 経済成長と東京オリンピックで国が沸いていたあの頃。中学生になっても私は相変わらず秀にお熱だった。


 前に秀に絵を褒められたことがきっかけで私は美術部に入り、秀は新聞部に所属することになった(もちろん他の部活の助っ人としても活躍している)。


 テストでは満点以外取らない、運動ではなぜ文化部に入ったと言われるレベル。彼が作る新聞は私を含む全校生徒に加え先生方まで抱腹絶倒させたものだ。


 周りからはやっぱりからかわれているが私たちは付き合ってなどいないし(言うまでもなく私は大歓迎)、秀は友人の一人として私に接してくる。


 私とて何もしなかったわけじゃない。

 同じ中学校へ行くと分かってすぐに秀に告白したがあえなく撃沈。あっさり墜ちると思っていただけにショックだった。


 だって私、幼馴染みよ? 普通付き合う流れでしょ?





「秀、一緒に帰ろう!」

「うん」


 また何度目かの春が来て私たちは高校生になった。日本は敗戦国から経済大国へと姿を変え、国民もどこかで発展の対価を感じつつも、今で言うところのイケイケムードだった。


 中学に続き私はまた美術部に入部し、秀はアリストなんちゃら部に入った。三年連続で全国優勝を成し遂げたプロ顔負けのプレイヤーとして彼はもう北関東のスターになっていた。


 これは自慢ではないが、この頃になると私もかなりモテるようになっていた。もともとルックスには自信があったしね。

 登下校時に取り巻きが校門に鈴なりになっていたり、下駄箱にもラブレターがどっさり。他校の男子からもデートのお誘いを山ほど受けたものだ。


 でも私は秀一筋。彼以外の男になんて興味もヘッタクレもない。つい先週通算百二十三度目の告白でフラれたばかりだがまたすぐにアタックするつもり。むこうも私を避けてこないから大丈夫。


 私は諦めない。幼馴染みというアドバンテージを活かせるのはこの世で私だけ。絶対目がある。




「秀……」


 そして私たちは大人になった。目覚ましい発展はとある化石燃料のクライシスによってストップし、国内はまたあの緩やかな閉塞感に包まれていた。


 私は推薦で美大へ入学し、秀は国内最難関の大学にパーフェクトで合格した。本人の話では海外への留学も検討しているとか。


 仕方ないこととはいえここまで一緒だった私達二人の道が遂に別れた。

 私は秀と離れた。天才ともてはやされるあいつのことだ、黙って待っていたらどんどん私が知らないどこか遠くへ行ってしまう。


 嫌だ。そんなの嫌だよ秀……


 当時の私は秀が一生遠くへいなくなる夢ばかり見ていた。




「秀、久しぶり」

「そうだな」


 次に私が秀に会ったのは両親の葬儀の時だった。真珠婚式に出かけた海外旅行帰りの飛行機事故というあまりにも唐突な別れ。涙も出なかった。


 不景気に喘いでいた時代。私のもとには両親から受け継いだ莫大な財産と土地が残ったため、売れない絵描きをしていても生活には苦労しなかったのは助かった。

 

 葬儀のあと秀と少し話した。

「秀はこれからどうするの?」


 聞く前からなんとなく答えは分かっていた。目を見て真っ直ぐに話す彼にまたときめく。


「しばらくは大学に残って研究だな。まだまだやりたいことがたくさんあるし」

「そう……」


 やはり戻ってきてくれない。秀はもう私と違う世界に行ってしまうのだろうか。





「ただいまっ!」


 そんな秀が突然帰ってきたのはそれから十数年後のことだった。今でもあの驚きは忘れられない。


「秀! 急にどうしたの?」

「いやぁ、こっちの土地をもらっちゃってね。これからは桐山さんみたいにアパートの大家でもしようと思うんだ」

 

 その言葉通り彼はすぐにアパート『前田荘』をこしらえ、東州斎の名前で漫画家をしつつそこの大家となった。


 これは……そう、千載一遇のチャンスだ。


 お互いまだ独身。前田荘の土地を私がなんとかして獲得、桐山荘に秀を招き入れる。前田荘の住人というおまけもついてくるだろうが私は秀とともに暮らすことができる。


 かたちはどうあれ一つ屋根の下に生活することになる。そのなかで『ふらぐ』とかいうものを立てていけば向こうから私を好きになってくれるはず。我ながら完璧な計画だと思う。


 秀の性格はよく理解している。彼は挑まれた勝負はまず受ける。こちらが有利になるような勝負を仕掛ければたとえ天才とて敵わないだろう。


「ふふふふ……」

 笑いを抑えられない。何十年も追いかけてきた彼がついに私のもとに。あわよくばそこから先に進めるかもしれない。




「秀……!」

 それからさらに数十年。平成の世となり私も秀も歳を重ねた。私は白髪を誤魔化すために髪を紫に染めた。あれほど世間を騒がせた恐怖の大魔王も結局インチキだった。


 あれから幾度となく秀に勝負を挑んだが、いつもあと僅かのところで負けてしまう。審判を買収したりと自分でも引くくらいの悪どい手も使ったが前田荘サイドはそれを上回る一手を繰り出してくる。


 今日の勝負も負けた。今までさんざん苦しめられた怪力ガールをG作戦で沈めたうえに相手の大将が田舎から上ってきた女子大生だと油断したのが運の尽きだった。


 幼少の頃から今までの日記を読み返しつつ私は今日の敗北を噛み締めていた。

「また駄目だったかぁ……」


「桐山さん……」

 食卓で俯き、ため息をつく私に住人達が寄り添う。毎月高い家賃をふっかけているのに健気なものだ。


「そう落ち込まないでください。次はもっと凄い作戦を立てて前田荘に勝ちましょう!」

「そうっすよ! 俺も頑張りますから!」


 彼らのファイトはどうせ家賃云々のためだろう。それでも、だ。


 私は自分の顔を叩いて気合いを入れ直す。

「いつ私が落ち込んだりした?」


 私は。


「今回の試合で新しい住人の情報も掴めた」


 前田荘大家、斎藤秀のことを。


「次の作戦を立てるよ!」


 この世界の誰よりも愛している!


 ひょっとしたら彼は私になんて興味無いのかもしれない。もっと若い娘が好みかもしれない。


 でも。そんなのは。


「知ったことか!」


 興味無いのならこれから持ってもらえればいい。振り向いてくれないのなら振り向かせればいい。そんなことを歌っていた歌手もいたしね。


 幸い私には動機が不純とはいえ一緒に戦ってくれる仲間がいる。


 ここまで来たら墓場まで秀を追いかける。私が愛する天才は一筋縄ではいかない。しかし、彼を射止められる位置に一番近いのは絶対にこの私。天才に勝つのは結局凡人っていうわけ。


 いつの日か絶対に彼の『好き』を引き出してみせる。私と桐山荘の明日はこっちだ。

桐山さんをヤンデレにしようかとも思ったのですが趣旨から外れるうえに誰得なのでやめました。

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