『鬼力』
ここから回想。
これは僕の昔話だ。
“欠陥能力者”になる前の、それこそ、ホントに人類最弱を堂々と名乗ることができた時の話だ。
あの頃の僕は、赤ん坊よりも弱かった。老人よりも弱々しかった。病人にだって敗北を喫す自信があったし、死にかけた人でも殺せるほど軟弱だった。
なぜなら、僕はいつも暗闇に囚われていたからだ。朝も昼も、晴れていようが曇っていようが、光が視界に入ることはなかった。
なんてことはない。ただ、視力がなかったからだ。
目が見えなかった。「何かが、動いた、ような?」ぐらいまでは見えた。
耳も聞こえなかった。耳元を飛び回る蚊の羽音は聞こえた。
手が動かなかった。電気が流されたみたいに、ピクピク痙攣させることはできた。
足が動かなかった。まるで石みたいに、動こうともしてくれなかった。
口は動いてくれた。けど、呼吸以外では、役に立たなかった。
内臓は仕事を忘れていた。いつの間にか、僕のご飯は点滴になっていた。
身体は日々成長していった。けれど、身体が動き出すことはなく、意識だけはやけにハッキリしていた。
時々、誰かが近くにいる感覚があった。視覚聴覚が封じられているせいか、気配とかに敏感になっていたのだ。
三人か三つ、それか三匹は大きさも、小ささも、強さも、弱さもバラバラで、僕の近くにいたと思うと、そのままどこかに行ってしまった。光のある世界に、自分の足で。
羨ましかった。嘘だ。羨ましくなかった。嘘だ。わかんない。
羨ましいとか、思うことができなかった。
そう思う心さえも、僕は持ち合わせていなかった。
そんな自分を、昔の自分を今の僕はこう揶揄する。
『生きているだけの死体』
死体に負ける人なんていないでしょ? だから僕は、人類最弱を堂々と名乗れたんだ。名乗ってないけど。
転機が訪れたのは、十年ぐらい前、七歳の時だった。
眠りから覚めると、天井が見えたのだ。やけにハッキリと、シミの数が数えれるほど、見えていた。
その突然の快復──新機能に戸惑っていると、ドタドタと階段を駆け上がる音がした。
耳も聞こえるようになっていた。戸惑いながらも、平常を保ちながら待っていると、ドアが開き、人が這入ってきた。
大きくて強い人。いつもの気配の人だ。
「いつきいつき、聞いて聞いてー。今日ね、外で変なことが起きて学校が臨時休校になってね、帰り道に砂がね──」
その人は、僕の前に座ると、今日あったことを話し始めた。なにを言ってるかはさっぱりだったけど、なんだか興奮気味だったのを覚えている。
暫くすると、その人は満足そうに笑って部屋から出ていった。それを確認して、周りに誰もいないことを確認して、立ち上がる。
さっきの誰かのマネをして、自分の足で、地面を踏みしめる。
間違いない、と思った。
見えなかった目が見えてる。聞こえなかった耳が聞こえてる。動かなかった手足が動いてる。働かない内臓が仕事をするようになっている。
「……」
けれど、声はでなかった。
ま、いつかでるようになるでしょ。と、楽観的に考えないで、今まで倒れていた、狭い狭い部屋から外に飛び出した。
でるとすぐ階段があった。なれない上下運動に四苦八苦しながらもおりると、それを目撃した──多分両親なんだろう、大人二人が僕を見るなり発狂したように叫んで、僕を家から追い出した。
後で知ったのだけど、どうやら僕の様態は一生治るはずがない、とお墨付きを貰っていたらしい。そりゃ、動いてるのを見たら驚くか。
捨てるのもまあ、分かる。
分かるか?
しかしだからって、愛する息子を捨てるものなのかと、捨てられたショックなど微塵もみせず思わず(今思うとカワイげのないガキんちょだ)首を傾げながら、どうして捨てられたのかを考えもせずに、街中を歩いていると、その答えを見つけた。
外の世界を初めてみた僕は、これが普通なのかと思ってたけれど、それにしても、人が少なすぎる──誰一人、街中を歩いていない。
ふと、立ち止まって足元をみてみた。
道路が砂で敷き詰められている。そういえば、あの人が砂がどうちゃらとか言ってたな、と思いだしてると、後ろから不思議な音が轟いた。
大音量、という訳ではないけれど、耳につんざめく、なにかが擦れあうような音。ゆっくり振り返ると、ちょうどテナントビルの階下が砂に変わって倒壊している所だった。
砂になってない部分は、重力に従い崩れ落ち、砂の絨毯を高く高く舞いあげる。
「っく──はぁッ!」
その砂煙の中からボロボロの人が飛びだしてきた。逃げている所のようだった。
その人は僕の前で倒れた。もう二度と、起きあがれそうにない。
***
どーやら僕は“欠陥能力者”というものになっていて、自分がこうして地に足つけていれるのも『身体能力の底上げ』という効果の能力のおかげらしい。
“欠陥能力者”になった人が暴走で暴れているから、能力の負荷で倒れるのをじっくり待って、近隣の住人は避難しているというのを、後々調べて知った。
僕の能力の負荷は自分への過負荷で、能力を常時利用してないと、また元の生きているだけの死体に戻ることを、降りしきる雨の中、生温かい血溜まりの上で、やけにハッキリしている意識の中で知った。
痛いということを知った。
疲れると眠くなることを知った。
外に出てからというもの、学ぶことばかりだ。
目を瞑り、目覚めると知らない天井が目に入った。いや、僕が知らないだけで、ホントは来たことある場所なのかも知れないけど。
そこは、雨夜巌というジジイが経営している孤児院のような場所だった。
子供の数は三十二人。
大所帯だ。
一般人もいたけど、その殆どが“欠陥能力者”の子供だった。
そんなこんなな縁で僕はここに住むこととなり、ジジイが死んだ後、この隔離施設《箱庭》に移り住み、委員長と出逢ったのでした。
ちなみに。
委員長が、僕と会っての第一印象は『ロボットみたいな子』だったらしい。
この前、遊びに行ったときに、ドーナッツを食べながら、その理由を教えてくれた。
『きみから感情というものが全くを以て、感じられなかったからね。最初の方は、そりゃあ無口で無表情な子だなー。ぐらいだったけど、きみの事を知るに連れて、きみが心をマネようとする程、その気持ちが強まったよ。
きみにとって、感情というのはプログラムみたいなものなんでしょ。
皆が笑ってる。
ここは笑うべき所か。
じゃあ表情筋を動かして、口を歪めよう。
ニッコリ。
みたいな感じ。
順序を辿って、回路を伝って、あるはずのない感情を表に晒す。
だからきみは感情がないのに笑えるし、表情豊かだ。やりすぎなぐらいね。
けどきみには分からない。どうして皆笑っているのか分からない。
その笑いが、楽しいからか、面白いからか、痩せ我慢か、嘲笑かが分からない。
それがきみだ。
ただ機械的に、プログラム通りに笑うだけの心ないロボット。
え、この例えはイヤだ?
うーん、この例えがイヤなら、他には……そうだね、空洞かな。 洞穴、がらんどう。すっからかん。
周りに誰かいることで、なんとか存在できているだけ──周りが変わればきみも変わるし、周りが消えればきみも消える。
山があることで、周りがあることでトンネルは存在できる。けど、山がなければトンネルは存在できないでしょ?
あ、そうだ。
ドーナッツだ。きみはドーナッツの穴みたいな男の子。いいね、かわいい例えだ♪』
そんなこと言われた僕は『ええと、つまりそれって悪口か?』と苦笑いを浮かべながら返すと『ほら、笑みを浮かべてるだけでしょ?
心が全く籠もってないよ』と返された。
無い物をどうやって籠めろ、というのだ。
***
トイレから戻ってくると、小坂井の前に誰かがいた。
男女二人組だ。
女子の方は染めたのだろう、金髪を縦髪ロール(ゆるふわウェーブとかいうらしい。どう見てもコロネだ)にした女子。服装は露出少し高めで足元はハイヒール。
なれてない小坂井と違って、顔を煌びやかに装飾している彼女に、僕は見覚えがあった。
首藤小凪。
普通に同級生で、同じクラスの女子で、十人議会の議員を親に持つ、あの日小坂井をいじめていた女子の一人だ。前会ったとき、つまり一週間前には二人の女子をまるで侍女のようにひきつれていた彼女だったけど、今日は侍女じゃなくて、健康的に日に焼けた筋肉質の散切り頭の男子を引き連れている。名前は思い出せないけど、確かバスケ部きってのスター選手だった気がする。
そんな二人の前に、小坂井はへたれこんでいる。
初めて話したときみたいな、心底疲れた目のまま、今にも泣きだしそうなぐらいに、顔をくしゃくしゃに歪ませていた。
まだ結構残っていた弁当がひっくり返って、中身をぶちまけられているのを見る限り、良心的で紳士淑女的で親愛的な話し合いをしていないことだけは確かだ。
と、少し離れたところからそれを眺めていると、薄くなにかが塗ってある首藤の口が開いた。
「だからさぁ、なんであんたみたいなのが私の遊園地にいるのって聞いてんだけど」
「……」
首藤を蚊帳の外に追いやってるかのように、小坂井は反応を示さない。
「私のって……うわあ」
小坂井が反応を示さないので、代わりに僕が反応してみた。
なにこいつ、独占欲強すぎだろ。とまで思ったけれど、よくよく調べてみたらこの遊園地をつくったのは㈱首藤グループ。つまり、彼女の親の会社がつくった遊園地だったらしい。
設計者名簿の中には「特別プロデューサー:首藤小凪」とかいてあったし、そりゃあ、堂々と自分のだって言えるわ。
と、パンフレットを閉じながら僕は思う。
「……」
小坂井は口を噤んだまま、キッと、首藤を睨んだ。髪留めのお陰か、その顔はよく見えた。
彼女にしてみれば、初めての反抗だったのだろう。首藤はそれに気づくと、歪に歪んだ、最低な笑みを浮かべて、小坂井の手を踏んづけた。
踵の部分──つまり、ヒールが小坂井の手の甲に食い込む。もしかしたら、皮膚ぐらいなら突き抜けているかも知れない。それほど強く、首藤は踏みにじっている。
「なにその目、もしかして弁当ひっくり返されたの怒ってんの?」
「……!!」
人は痛みを恐れる。それは今までの小坂井の反応からみてもそうで、どれだけケガをしても、どれだけ身体に痣があっても、治せるからといっても、痛みを忘れているわけでも、感じないわけでもない。
小坂井は悲痛で、顔を歪ませる。しかし、どうしてか悲鳴はあげなかった。
それに対して、首藤も顔を歪ませる。
純粋な笑みで、純粋に不純な笑みで、顔を歪ませて、更に強く、ぐりぐりと回転を加えながら、小坂井の手を踏みにじる。
手の甲がひしゃげ、五本の指が本来指させない方向を指さす。皮膚がヒールがある方に吸い込まれるように引っ張られて、所々千切れはじめる。
「……そろそろかな」
ゆっくりと歩いて、近くにあった自販機で──うわ高っ。遊園地から出れないからって足元見やがって──一番安かった缶のコーラを三本買って、その内一本をシャカシャカ振りながら、意気揚々と楽しそーに、小坂井の手の甲を踏みにじっている首藤の後ろに立ち、頭の上からダバダバと、コーラをかけた。
粘っこいコーラが、金色の髪を伝い、彼女の顔を、肩を、服を汚していく。
「──っ!? なにすんぼっ!?」
「二本目ーー」
動転しながら、首藤は振り返り、大声を張り上げるために開いた大口の中に振った缶をつっこんだ。
よく振ったお陰か、コーラは首藤の口内を蹂躙し、いきなりのことに動転した彼女は、飲み込めきれず、吐きだした。
「あーあ、きったねー」
「っめえ俺の彼女になにしやがるっ!!」
呆気にとられていた彼氏だったが、ようやく動きだし、僕の胸倉を掴んだ。軽い僕の身体を、つま先が地面に届かないぐらいまで、持ち上げる。
「なにしやがるってそりゃあ……小坂井が今まで受けてきたことの意趣返しッ!」
青筋たてている彼氏の脳天に、缶コーラをたたきつけた。力を込めてたたきつけたせいか、缶は破裂。中身と破片が頭の上から隅々に流れる。
「ッッッでえぇぇえ!!」
コーラとか缶の破片とか気にも留めず、彼氏のほうは頭を抱えて蹲った。
「おっとすまんすまん。殴るだけにしよーと思ってたんだけどな」
缶コーラは偶然持ってただけだよ。いやホントホント。
「あんたなにすんのよ、うわベチャベチャする気持ち悪い、さいあく!」
「いやだから、小坂井が今までされてきた事の意趣返しだって、話聞いてました顔の横についてる耳はアクセサリーですかもしもーし?」
「うざっ」
せき込みながら、首藤はそう毒吐いた。
僕は腰に手を当てて、ため息一つ。
「自分がされてイヤなことを他人にするときは、復讐されることを考えとけよなー。僕でも考えるっていうのに」
「なによ、もしかしてあんた。私に楯突くって言うの?」
「元々そのつもりだけど? 友達の友達は他人だけど、友達の敵は、僕の敵だからな」
「あっそ……」
首藤は僕を指さしながら言う。
「じゃあ覚悟しときなさいよ。私を怒らせたこと、後悔しても遅いからね。二度と日の目を見れることはないと思うことね」
「はぁ……パパの力でか?」
「そうよ。パパは私のためなら、何だってしてくれるんだから。パパが隔離施設なんて所に住んでるのも、私が不自由ないようにするためだし、この遊園地だって、私が欲しいからできたんだからね」
「うわぁお」
恐るべし親バカ。
両手を腰に当てて、ふんぞり返っている首藤はなんだか誇らしげだったけれど、それは単にパパがスゴいのであって、お前がスゴいわけではないんだけどな。
虎の威を借りる狐だな。
しかしそこまで──子供の無茶苦茶なワガママを実現できる財力と、コネクションを持っている親バカな金持ちというのは、確かに一介の男子高校生が敵に回せる相手ではないよな。
「ま、それでも相手取るんだけど」
もし世界すべてが敵になったとしても、友達を守る。僕はそんな人間だ。多分。きっと。今は。この瞬間は。
「あーもー最悪。髪がぐっちょぐちょになっちゃったじゃんかあーもー!!」
と、首藤は声を荒げて髪を弄くりながら、踵を返してどこかに行ってしまった。彼氏もその後を追って、視界から消えた。
「……んー、なんかメンドーなことになっちゃったな」
「ごめん、なさい……」
髪をガシガシ掻きながら、後悔を口に出していると、小坂井がそんな事を言った。
「気にすんな、僕が選んだ道だ。それに後悔しても、やっちゃったもんはは取り返しつかないしな」
僕は後悔という感情を出さずに、演じずに言い返した。こういう時には感情がないのは役に立つ。代わりに、思いっきり笑ってみせた。
「でも……」
「それよりもだ」
怪しまれる前に、話をムリヤリ進める。
「まだまだ一日は半分しか過ぎてないんだし、さっさと遊ぼーぜ。どっか行きたいところはあるか? 僕はフラッシュバーンとかに行きたいんだけど」
「……映画」
「映画? 映画館とかもあるのかここ」
「うん……」
「へー、じゃあ映画見に行くか。ほらほら、いつまでもしょげてんだよ」
いつまで経っても小坂井はシートの上から離れようとしない。俯いて、がっくりと肩を落としている。
「だって、せつなまた……維月に迷惑かけた」
「別に迷惑とは思ってねーよ」
手をプラプラ振りながら、僕は言う。
「迷惑だと思ってないし、僕が勝手に足をつっこんだんだ。手を差し伸べたんだ。お前が気に病むところなんて、一つとてないよ」
「でも……」
「でもじゃない。そりゃー、いきなりウチに住み着かれたのは若干迷惑だけどさ」
「えっ……」
「けど、飯は美味いし、部屋は綺麗になったし、いいことばかりだ」
満場一致で、迷惑なんかじゃない。
「だから落ち込むな、な?」
垂れている頭を撫でてやる。小坂井は俯いたまま「うん……」と、言った。
そう、迷惑なんかじゃない。むしろ感謝したいぐらいだ。
だから、そんな相手を虐めるあいつらを僕は許さない。
だから、そんな相手を虐げるあいつらを僕は叩き潰す。
意趣返しはまだ、始まったばかりだ。
***
「……あんた、一体なんなのよ」
首藤小凪は、さっきまでの露出が多いものではなくマスコットがプリントされた服を着ていた。コーラが染み付いてしまったのか。
その彼女の隣にいる程良く日焼けした彼氏は、頭をおさえ て、少しよろめいている。
「…………」
その二人の前に、誰かが立っている。
赤く血濡れた、彎曲している鉄パイプを持った不自然に長い、針金細工のような細腕をダラリと垂らしたその誰かの顔は、フードに仮面を被せていて、分からない。
その仮面は、かわいくデフォルトされたウサギの面。しかし、血痕がついている今、そんなかわいく見えない。
状況としては、帰り道、グチグチブツクサ文句を言いながら二人揃って歩いていると、曲がり角から突然現れた誰かが有無を言う隙も与えずに、彼氏の頭に鉄パイプを振り下ろしてきたのだ。
「いきなりなにすんだ、オイッ!」
「…………」
頭が割れたのか、血が溢れるケガを抑えながら彼氏は叫ぶけれど、誰かは返事をしなかった。
代わりに、その矮躯をしならせて、長細い腕をムチのように振るいながら、微妙に歪んだ鉄パイプを男の脳天に振り落としたのだが、直前で掴まれてしまった。
「二度も同じ手を喰らうかよバーカ!」
鉄パイプを持つ手を後ろに引いて、誰かを間合いに引き寄せた。もう片方の手から、火花があがる。
彼氏の欠陥能力はあっさりと言ってしまえば体内電池だ。体の内部に、電気を貯めて好きに放電できる能力。
フル充電すれば雷を二回ほど起こすことぐらいなら出来るらしい。あくまで噂の範疇に過ぎないけれど。
しかし、そんな噂がたつような能力を、男は攻撃用と行動用。二つ発動していた。
体内に放電し、筋肉を刺激。本来の力を超越したスピードを発揮させ、攻撃用の放電は腕を囲う。
この手に殴られる──いや、触れれば相手は一撃で感電して動けなくなるだろう。殴られれば病院送りは確実だ。今まで殴ってきた相手がそうなのだから、間違いはない。
当然。
正体不明で意味不明な相手だとしても、人間であることは間違いはない。間合いに入った以上、避けることも出来なければ、防ぐ事も出来ない。今までやってきた喧嘩の経歴がそれを証明する。
彼氏──本名、鹿皆陸。
彼にとって、その間合いにいれるというのは既に勝利は確実の条件であり、拳を突き出すのは勝利を決定づけさせるもの。だった。
「実力序列百位圏内の『雷帝』様に、ケンカを売ること事態が間違いだったごがっ……!?」
なんて。
悲鳴をあげる暇は無かった。本当になかった。自分ではそんな声が聞こえたような気がしたが、それも気のせいだったかもしれない。それは声ではなく、頭の中に響いただけの音だったかもしれない。
その前に、彼の頭は見るも無惨な形に変貌してい た。
飛び散った血肉や歯の上に。
力無く鹿皆の身体が倒れ込む。
「……ふん、まー確かに雷は速いよな、普通じゃ目に追えないよな」
ただな、と誰かは続ける──拳に張り付いた血肉や歯を丁寧にはぎ取りながら。
「僕の能力、名前は『鬼力』。効果は身体能力の底上げ。その効果に、上限はない」
気力の続く限り、意識が保つ限り、痛みに耐える限り、幾らでも強くなれる。
「雷を越えるぐらい、余裕なんだよ、ドアホ」
「……え、ちょっ。うそでしょ?」
顔の原型を留めていないが生きてはいる彼と。
血が流れて、皮膚が千切れている細長い腕の誰かを交互に見やった。
「…………」
誰かは、ゆっくりと、力無く上半身だけを動かして首藤の顔を睨んだ、ように見える。
「……マジで?」
一歩、二歩と冷や汗を流しながら後ずさり。
「──!!」
踵を返し脱兎の如く、力一杯、必死に走りだした首藤の右腕を誰かは掴んだ。
そして、そのまま捻った。
腕が曲がらなくなっても、可動域を越えても捻り 、グチャグチャに、バッキバキにねじ曲げた。
「っいいぃぃぃぃあ゛あ゛あ゛おぉうぇぁあぁぁ! !」
一体その身体のどこから出てきているのか分からない声色 で、顔を苦痛で歪ませながら、首藤は唸る。
抑えている腕の手の向きはいつもと変わらない。が、肘からは骨が飛び出し、筋肉が引き千切れて血が溢れ、肩はなだらかな曲線を描いていない。
「ぅいぎあ゛あ゛おぃぃぃいぃ……!?」
ひざを突いて、歪な右腕を抑える三嶋を誰かは足の裏で押し倒して、左肩を踏んづける。
じっくりと力を込めていく。
ミシッ……ミシッ……。と、骨が軋み、首藤の顔は苦痛に続く苦痛で歪みに歪んでいる。
「あ、あんた……私にこんな事して……ただで済むと思ってる……の? パ、パパが、黙ってないいいいいい!!?」
左肩の……確か肩甲骨とかいう骨の辺りを踏んづけていた足が、バキン! という音と共に、首藤の体に沈んだ。
首藤は狂ったように悲鳴をあげる。
「パパパパパパパパうるせーよ、少しは自分の力でもみせてみろよ」
地面に縋るかのように、寝っ転がっている首藤の脚を拾う。
少し持ち上げて、太股の辺りに、靴底を乗せて、力を込める。
「え、ちょっ、ちょっと待って待って待って!? なにする気おねがいやめて! やめて! やめて! なんでも言うこと聞くから!!
そうよ、やめてくれたら良いことしてあげるから──」
そんな戯れ言は聞き流す。
空を覆っていた雲が晴れてきて、人工の光と天然の光が偶然にも反射して、フードの中身を明るく照らした──カワイくでふぉるめされたウサギの仮面が照らされる。
「ウサギ……ラビット……!? あんたもしかして上位七名の最弱──」
「うるさい」
ボキン、と骨が砕ける音がして、ミチミチ、と肉が千切れる音がした。
明確に描写するとR18になりかねないので、簡単に説明すると、脚が皮一枚で繋がった状態で、プランプランしている。
「ひっ、ああああぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
首藤は絶叫をあげることしかしなくなった。ただ悲鳴をあげ続ける彼女の前に誰か──というか僕は立つ。
「これにこりたら、もう二度と小坂井にちょっかい出してくるなよな……って、もう聞いてねーか」
悲鳴をあげる気力も失せたのか、気絶しているのを確認して、彼女のスマホで救急車を手配すると、僕は負荷の気だるさを感じながら踵を返して、遊園地の入り口で待っているであろう小坂井の元に向かった。