「近くにいてくれればそれだけでいい」
はい、すいません。最終話までにもう一話増えました。
探してはみるもので、弁当を食べるのに最適そうな、草花が生い茂る広場が近くにあった。
そこでは、遊びつかれた大人が休憩していたり、元気な子供たちが追いかけっこしていたり、それこそ僕たちと同じ目的か、弁当を広げている人もいる。
「ちょっと待ってて……」
浮ついた声色で小坂井は、涼しそうな木陰の下にシートを敷いて、その上に正座で座ると、膝の上を何回か叩いた。
「……膝枕?」
「ふんふん……」
「したいと?」
「ふんふん……」
悪戯っぽい笑みで、目をキラキラ輝かせて小坂井は赤べこみたいに何度も頷いた。僕は、一回ため息をついて座ってる小坂井の前に、腰を下ろした。
「つまんない……」
「正解を選んだつもりなんだけどな」
「デートとしては不正解……」
ぶー、とふてくされたように頬を膨らませて唇を尖らせる小坂井。両の手で頬を挟んで、割った。
「いたい……」
赤くなった頬を抑えて、睨んでくるのを無視して、僕は彼女を指さす。
「まず訂正したいのが一つ。今僕らは、別にデートをしてるって訳じゃない」
「……!」
「いやまたまたー、照れなくても良いのにー。と言いたげに快活に笑ってるところ、誠に恐縮だけれども、ホントにデートじゃないぞ?」
「……嘘?」
ヒマワリのように、明るく笑っていた小坂井だったけれど、僕のそのマジメな顔を見て、段々と笑みが消えて、愕然とした表情に変わっていく。
「ホント、あくまでお礼だ。一週間家事をしてくれてありがとーっていうな」
「デレたと思ったのに……フラグたったと思ったのに……」
がっくし、と倒れかけた体を腕で支えて頭を垂れる。
なんだその恋愛シュミレーションゲームでアタックしてみたら、好感度が足りなくてフられたみたいな反応は。
いや、やった事ないから分かんないんだけどね。多分、小坂井のがっくり具合はこんな感じだろうと思う。
「ゲームなんかと一緒にしないでほしい……」
「なんかとはなんだ、なんかとは。ゲームは崇高な遊具なんだぞ?」
「あんなの、女子と話せない男子がするもの……」
「僕ぐらいしか話せる相手がいないお前が言うと、ひと味違うなー」
「あう……」
イヤミを言ってやると、更に落ち込んだ。
しかし小坂井、ずっと落ち込んでる訳にはいかないと起きあがったと思うと、バスケットケースを、僕と自分の間に置いた。
「デートだと思って張り切ってつくったのに……ぐすん」
それでもまだテンションが低かった。
「はい、お弁当」
バスケットケースのフタを開く。
中には何個かのタッパーのような弁当が重箱のように重ねて、入っていた。
それをせっせと取り出して、一つ一つフタを開けていく。
一つ目にはサンドイッチ。二つ目には唐揚げとか玉子焼きとか弁当の王道が。三つ目にも王道のおかずがぎっちりと、所狭しと詰まっていた。
なんか、二人っきりじゃあ食べ切れなさそうなぐらい、詰まってる。
「……小坂井、ちょっといいか?」
「はい、お箸……」
「あ、すまん」
紙皿と割り箸を受け取る。これなら荷物にならないし、この場で捨てればいいから洗い物が増えなくて済む。主婦の知恵という奴か……じゃなくて。
「あの、小坂井。僕、こんなに食べられ」
「一生懸命つくった……」
「……うん、まーそうだな。見れば分かる、けど僕こんなに食べ」
「今日が楽しみで早起きしてつくった……」
「知ってる。四時ぐらいからつくってたよな。でもさ僕こんなに食」
「美味しくなるように頑張った……」
「……小坂井、僕が自分をなんて自負してるか知ってるよな」
「人類最弱……?」
「そう、最弱。教えた覚えはないけど知ってるならいいや。それがさ、どうしてこんなに食べれると」
「召し上がれ……?」
「……あのもしかしたりするけど、怒ってます?」
「は?」
「いただきます!!」
ただならぬ雰囲気を感じ取り、サンドイッチと唐揚げを皿の上に置いた。
は? とか初めて聞いたんだけど、そんな事言う性格じゃないだろ。あれー、なんか僕怒らせること言っちゃったかなー?
とか、思いながらサンドイッチを頬張る。……。
「稀に思うんだけどさ」
「……?」
「おにぎりとかって、ただ握ってるだけじゃん。サンドイッチも言うなら挟んでるだけじゃん?」
「そうなる……?」
最後に首をかしげたのはきっと、僕の考えに少し疑問を抱いたからだろう。まあ、料理する人としない人じゃあ、意見が分かれてもおかしくないか。
「それなににどうしてこんなにも味が変わるのかね。例えば、同じ具材を使ったとしても、僕が作ったら味が変わるだろうし」
「愛情こめてつくったから……?」
「あー、そういうのいいから」
ひらひらと適当に手を振って言い返すと、不服そうに小坂井はむー、と唸ってそれでも、新しい意見を考えてくれた。
「じゃあ、他人が作ったから……?」
「やっぱ愛情とか精神論じゃねーか、好きだなーお前」
「違う……あのね、人の汗って塩味でしょ……おにぎりとか塩をつけるわけだから」
「やめろ、それ以上口にだすな」
食べづらくなるだろ。僕もちょっと考えたけれど。
そんな話し合いをしてみたけれど、こう言ったものに結論がつくことはない。科学的にどうこうとか言ってる間は、つくことはないだろう。
科学的に証明できないものが嘘で、欺瞞で、勘違いで、思い違いで、偽物で、幻想で、空想で、妄想で、存在しないものと決め付けるのは、はやいというか、もったいないことだ。
この世には科学で説明できない事なんて幾らでもある。数値にする事ができないものもある。
それこそ、お化けは実在するかもしれないし、超能力は実在するかもしれないし、近い将来宇宙人がUFOに乗って、地球に襲い掛かってくるかもしれない。UFOをつくる技術がある星が地球如きの田舎星を欲しがるとは思えないけど。
人の感情だって、科学的に証明できないらしいじゃないか。というか、理解してはいけないものだと思ってる。『感情値35。これは喜んでますね』とか言われたら味気ないだろ?
科学的に根拠がなくて、数値化できなくて、物証はあるけれど、どれもこれもちょっと胡散臭い。でもちょっとあったらいいなー。と、思えるものこそに真価があると、僕は独りよがりに、それこそ自分勝手に考えてる。
だから、他の人にとっては『よく分からないもの』が恐怖の対象になっているのも、しょうがない。
それも、独りよがりで自分勝手な考えだ。欠陥能力者が忌み嫌われている理由がそれなんだし。
証明できないから、恐がる。
理解できないから、恐れる。
恐れられてるから、小坂井はこんなにも大人しくなってしまったのかもしれない。目立つのを恐れて、頭一つ抜きんでるのを恐がって縮こまっている。
僕だって……。
「……」
こんなものなければよかったのに。と思う自分がいて。
こんなものに頼り切っている僕がいる。
嫌っていて、捨ててしまいたいと思っている能力がなければ、僕はこうして遊園地に来ることも、サンドイッチを口で食べる事もできなかっただろう。一生、できなかった。
だから、この能力を捨てることは生涯できないんだろうなー、としみじみ。
「……どこ見てるの?」
「ん、空だけど?」
より正確に言えば、木漏れ日だけど。そもそも、見てさえないんだけど。
「一緒にご飯を食べてるのに、食べている相手を見たくないと……せつなを見たくないと……」
「いやそんな事ないよー。あれだよ、弁当が美味しくてさ感慨深くてさー、涙が止まらないんだよ」
「せつなが近くにいるから悲しくて……?」
「あれ、おかしーな。情報が混乱しているぞ? 会話が成立してないぞ?」
「せつなが悪くて、会話ができないって言うの……? せつなと話したくないってこと……?」
「あの、やっぱり怒ってません?」
「怒ってない……」
プリプリと、効果音がでそうなぐらいに眉を顰めて、頬を膨らませる小坂井。どこをどー見ても怒ってらっしゃる。
おっかしーな。弁当を広げる前までは、小坂井の機嫌も良かったはずなんだけどな。どうして、こんなに不機嫌になってるんだ?
分からん。全く理解らん。
やっぱり人の心は、理解不能で数値化不能なんだな。
「……委員長に聞いてみようかな」
「また委員長……」
「なんか言った?」
「別に……」
つーん、と口を尖らせてそっぽ向かれた。
もはや、不機嫌を隠そうともしていない。
「???」
頭の中で、はてなマークがしっちゃかめっちゃかに動き回る。
首を傾げても、この不機嫌の理由がさっぱり分からない。
さっきまでは、あんなにもご機嫌だった癖に……どうして、機嫌が良かったんだろう。
あ、そうか。髪留めをあげたからか。あの後から、確かに機嫌は良かった。鼻歌を口ずさんでたし。
好感度をあげるために、プレゼントをあげるというと、それこそゲームみたいだけれども、それが効果的なのなら、試してみる価値はある。
「とは思ってみたものの」
持ち合わせ──というか、必要最低限のものしかいれてない僕の荷物の中に、プレゼントになるような物が入ってる訳もなく。
「まさか双眼鏡で喜ぶわけないしな……」
困った。あげれるものがないぞ……。あ、そうだ。
「……小坂井」
「なに……んぐっ!?」
小坂井の口の中に唐揚げをつっこんだ。なんかこれ、前にもやった気がするな、焼き魚で。
前回やって評価は良かったのだから、怒られることはないだろう。
「これぐらいじゃ許さない……」
機嫌悪そうに言うけれど、つっこんだ唐揚げはしっかり食べてるし、口元は少しばかり緩んでいた。ツンデレ?
とりあえず、急拵えだけど機嫌をなおすことはできたみたいだ。
***
「──と、いうことで今僕はトイレに逃げ込んでるというわけだ。どうしたらいい?」
『そうだね。まず、デートの途中に友達、しかも女子と電話するような男子には、怒っていいと私は思うね』
広場の近くに設置されていた男子トイレ。その個室にて、僕は声を殺しながら委員長に連絡をとっていて、早速怒られていたところだった。
『もしかして雨夜、そんな事を私に言うためだけに、トイレに逃げ込んだの?』
「いや、吐くついでに」
『吐くぅ!?』
「耳元で叫ぶなよ、耳が痛くなるだろ」
『あ、ごめんごめん……じゃなくて、吐くってどうして。彼女が丹誠込めて作ってくれたお弁当だよ?』
声を少し潜めて、委員長は言う。
「だからこそだよ。まだ結構な量が残ってんだけどさ、もう僕の腹は一杯なんだよ」
『ふんふん、まあ、きみは小食だからね』
「けど、残すのは悪いじゃん?」
『うん、まあそうだね。一生懸命つくってたのは私も知ってるし』
「だから吐いて腹をすっきりさせよーと」
『うん、そこが間違いだね。相手が一生懸命つくってくれたものをトイレに捨てようとしてるんだから』
「……じゃあ吐いた後飲み込む」
『まず吐くことから頭を切り離しなさい』
はぁ~と、深いため息がスマホの奥の方から聞こえてくる。
『で、きみは吐くべきかどうか聞くために電話したの? それなら、吐かないが答えだよ』
「じゃ、吐かないでおく──じゃなくて、そんな質問する訳ないだろ、しないで吐くよ。そうじゃなくて」
『そうじゃなくて?』
「ちょっと、相談がある」
『おお』
と、委員長は少しオーバーに驚いてみせて。
『珍しいね、きみが相談だなんて。いいよ、困ってる人を切り捨てる趣味はないしね』
「ごめん」
ホント良い人だよなー。委員長は。と、委員長の優しさを身に染みるほど、噛み締めていると。
『めっ』
唐突に怒られた。
『ダメだよ雨夜、そこはごめんじゃなくて、ありがとう。でしょ。前にも怒らなかったっけ?』
「……ごめん」
『だから……うん、まあいいや。話が進まないし』
説教はまた今度。と、委員長は話を終わらせた。僕はまた、ごめん。と謝りかけたけれど、そうしたらまた怒らせそうなので僕は口を閉じた。怒られて興奮する趣味はない、普通にイヤだ。
委員長は『それで』と、若干怒ったような口調で話を戻す。
どうしよう、この短時間で二人も怒らせてしまった。
『相談っていうのは?』
「……あのな」
『好きな子相手に素直になれない? ほーほー思春期だねー。それならやっぱり──』
「そーじゃねーよ」
『え、てっきり小坂井さんのことかと』
「そーだけど、そーじゃねーの!」
明らかに委員長の声が、高くなっていた。楽しがっている証拠だ。
『そうだけどそうじゃないって、じゃあどういうことなんだい?』
「つまり、小坂井のことで相談っていうのは合ってる。恋愛がらみっていうのは、間違ってる」
『なんだ、つまらないの』
やる気が一気に削がれたようで、覇気のない、しらけきった声で、委員長は呟いた。しかしそれでも、やはりさすがの委員長、面白くなくとも相談にはのってくれた。
『それで? 相談っていうのは?』
でもやる気のない声のままだ。きっと、顔の筋肉は緩みきっていることだろう。
「あのな──」
僕はありのままに、今日の出来事を語った。
もちろん、僕の失敗談はできるだけ伏せて──できる限り、ありのままに。
小坂井が意気揚々と、遊園地までを楽しそうにスキップしていた時から、入園口のくだり、幻想的な森の探検をして、滝つぼに落っこちて、傷や痣を見て、弁当を食べる今に至るまで。
その間、委員長はうんうん。と適当に相づちをうち続けた。
「──というわけだ」
事実だけを列挙して、僕は今日の事を語り終えた。
時間にして、数分。いや、もしかしたら十分は過ぎてるかもしれないけど。
正確無比……とまではいかない間でも、八割ぐらいまではうまく説明できたと思う
「なー、委員長。僕は一体どうすればいいんだ? 気づいてやれなかった僕は、あいつになにをしてやればいいんだ?」
『そうだね。気にしすぎだよ』
バッサリと切り捨てられた。
あれ、相談ってなんだっけ?
委員長は『悩みすぎだし、考えすぎだよ』と、クスクス笑った。
『彼女は多分、そこまでのことをきみに求めてないよ。近くにいてくれればそれだけでいい。精神安定剤になってくれればいい。それぐらいしかきみには求めてないよ」
それこそ、きみに拒絶されると落ち込んじゃうぐらい、きみに依存している。へばりついている。
『強いて言うなら、彼女の隣にいてあげる。たった、それだけの事じゃないか』
と、委員長は笑った。
いや、それだけって……。それだけなのかな。まあ、委員長が言うのだから、それだけなんだろう。その程度、と言い切れるほどの事なんだろう。
『まさか、きみが近くにいないと泣きじゃくったり騒いだり狂ったりするわけじゃないんでしょ?』
「おお、よく分かったな」
『え?』
突然、委員長が素っ頓狂な声をあげた。僕が聞き手だったら、僕も多分そんな声あげたと思う。
実は、このトイレに行く前、「ちょっとトイレ言ってくる」と、ゲップ交じりに言いながら立ち上がったところ、腕を掴まれて「いい維月どこに行くの?
遠くに行くの?
ダメ行かないで行かないでせつなから離れないでムシしないで消えないでお願いお願いお願いお願いおねがいおねがいオネガイオネガイいいいぃぃぃぃ……」とか何とか言いながら、なぜか真っ白になった体を震わせて、それこそ、委員長の言うとおり泣きじゃくったり騒いだり狂ったりしたのだ。
真っ白になっていたというのは、比喩でもイメージでもなく、本当に真っ白になっていた。
涙で顔を濡らして、苦痛かなにかで顔を引き攣らせて、小坂井は一心不乱に僕の腕にしがみついていた。
「今まで、何回か離れたことはあったけど今日ほど騒いだことはなかったなー」
『…………』
「委員長、どした?」
『あ、いやゴメン……まさかそこまで依存していたとはね、それはちょっとマズイというかなんというか……』
「?」
最後のほうでなにやらブツブツ独り言のように呟いていて、なに言ってるのかは分からなかった。一人、なにやら会得のいった答えがでたのか委員長はうん、と言って。
『でも、彼女自身が雨夜から離れることはできるんだよね、ならまだ大丈夫。まだ……』
「まだってなんだよ、まだって」
『気にしなくていいよ、それよりきみにはやるべきことがあるでしょ?』
「お、おう」
なんだかお茶を濁されたような気がするけど、まあいいや。
『怒らせちゃったのなら、とりあえず謝る。謝るのは、きみの専売特許みたいなものでしょ?』
「うるせー」
スマホの向こうから、くすくすと、笑い声がする。なんだかもどかしい。
委員長との、今年に入って何百回目かの雑談のような二人での話は、委員長のこんな一言で締められた。
『心ないきみだけど──心ないきみだからこそ、彼女は好きになっちゃったのかもね』
頑張ってねー。と言って委員長は、通話を切った。
通話終了と映しだされている画面を眺めて頑張ってって、なにをだよ。と思いつつ、僕はホントはない心の中に、その一言を仕舞い込んだ。
次回こそ、デート編最終話!
心ない少年、雨夜維月の昔話と小坂井せつなの今の話。
少し戦闘描写も入るかも。