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どーなっつハート!【プロトタイプ】  作者: 空伏空人
歪んだラブコメの時間。
4/23

「好きです……」

 古くさいデザインの時計台が印象的で、大小様々な建物が乱立する街。

 そこが僕らの暮らす隔離施設《箱庭》で、その外れに僕が暮らしているアパートがある。

 築七年の癖に、既に五十年ここに建っていそうな、そよ風で崩れ去ってしまいそうな、弱々しい風格を漂わせている骨董品のようなボロアパート。

 一応僕が通っている高校にも寮はあるんだけど、一年の四月頃に寮則を三度も破ってしまい、追い出されてしまった。

 野宿を連日──というか、一日でも出来るほど、僕の体は強くない。弱々しい、と言ってもいい。

 だから急いで、アルバイトの給料とスズメの涙ほどの給付金で払える家賃を探して、ここを見つけた。

 木造二階建て。

 トイレ共同、風呂あり、裸電球、形だけのシンク、今時珍しいボットントイレ、ぎしぎしと音が鳴る板張りの通路、隣りの物音が聞こえてしまうほどに薄い壁、犯行現場にはとことん向いていない不動産。

 家賃は驚き、二万円。

 こんな好物件に好き好んで住む人は殆どおらず、現在は僕と、女子大学生と殺人鬼。

 それと、僕が追い出されたのが不服だと言って、一緒に寮をやめた委員長の四人だけだ──いや、今は五人か。

「学校から遠いのが一番の難点だよな……」

 自転車を駐輪場に止め、赤錆で真っ赤の階段を休み休みにのぼって、二階の一番端っこの部屋、二〇三号室の前に立つ。

 プレートには『雨夜あまや維月いつき』と僕の名前が書いてある。

「……はぁ」

 部屋の前に着くと、なぜか倦怠感が体を襲う。いや、なぜかではないんだけどね。

 理由は分かってる、だからこそ、ドアノブを捻るのに少し躊躇してしまう。

「えーい、ままよっ!」

 そんな一昔前の気合いの言葉で、ドアノブを捻ると──玄関に、エプロンだけをつけた小坂井がわくわく顔で待っていた。

「……」

 呆然とする僕。

 手をもじもじさせて、頬を赤らめる小坂井。

 恥ずかしいならしなけりゃいいのに。

「お、おかえりなさい……ご飯にする? お風呂にする? それともせ、つ、な?」

「ご飯」

「即答……ぐすん」

 小坂井は、しゃがんで顔を両手で覆った。耳を澄ますと、すんすん泣いている声がする。

「……小坂井」

「ぐすん……」

「泣きマネをやめろ」

「バレた……?」

 手をぱっと開くと、全く泣いていないで、舌をだしている小坂井がいた。

 蹴りたい顔が、そこにはあった。

「えい」

「ぎゃっ!?」

 だから蹴った。

「なにしてんだよお前」

「もっとまともな反応がほしかった……」

 蹴られて赤くなった鼻を、抑えながら小坂井が言う。

「うるせーよ。お前を喜ばせる理由がないだろ」

「女の子の笑顔が見れる……?」

「お前の顔、髪で見えないだろ」

 なぜ彼女がここにいるのか。そしてなぜ、裸エプロンしてるのか。

 ここにいる理由は、二日前、大荷物を纏めて彼女が家に押し入ってきたのだ。

 最初は、追い出そうと躍起になっていたけれど、『追い出されると寝る場所が、ない』と脅迫されて、不承不承受け入れてしまった。

 裸エプロンの方は知らん。

「維月、嬉しくない……?」

「嬉しくねーよ」

「メディアはうそつき……」

「一つ勉強になったな」

「へくちっ……着替えてくる」

 小坂井は、かわいらしいくしゃみをして、風呂場に向かった。そこで着替えるように、命令してあるのだ。

 同棲一日目なんて、普通に部屋で着替えようとしたからな、こいつ。

 今の内に、僕も制服から無地のTシャツにジャージのズボンに着替えて、荷物を部屋の端に投げ捨てる。

 ここに住むようになってから学校に来なくなった彼女は、僕のいない間に家事をこなすようになった。

 使ったものはその場に置きっぱ、片づけは滅多にしないで半ばゴミ屋敷になりかけていたこの部屋も、いつのまにか綺麗で清潔な部屋に様変わりしていた。

 家主がいない間に家事をこなすってまるで、専業主婦だな。

 ……。

 なんか、どんどん外堀が埋まってるような気がする。


 ***


「どうしてお前は、僕の部屋に住み着いてるんだ?」

「……?」

 夕飯を向かい合って食べながら僕は、一切合切、聞いてなかった事を聞いてみた。

 夕飯をつくったのは、もちろんの事ながら小坂井だ。

 僕には料理をつくる技術はない。

 いつもならパンの耳か、インスタント食品の並ぶ机の上に様々な料理が並んでいる。

 栄養価とか僕の好みとか、よく考えてある。というか、僕の好きなものしかない。

 量も胃が小さい僕に合わせてあるし。

 いたせりつくせり(至れり尽くせり)とかいうやつか。


 小坂井はなんでそんな事聞くの? と言いたげに、自作の卵焼きを摘みながら首を傾げた。

「いや、勝手に人が住み着き始めたら誰だってこれぐらい言うだろ」

 逆に今まで言及しなかった方が不思議なぐらいだ。

「維月、良いって言った……」

「ああ、言ったな。そう言えば」

 言うんじゃなかった。ノイローゼになってでも止めるべきだった。

「質問を変える。どうして僕の部屋に住み着こうと思ったんだ?」

 この質問にも小坂井は小首を傾げる。不思議そうな口調で。

「だって、維月とせつなは両思い……」

「ふぐっ……!!」

 むせた。

 思いっきりむせた。

 こいつ、きょとんとした表情のまま、なんの抵抗もなく、当たり前のように言いやがった。できれば赤面ぐらいしてほしかったなー。

「お、お前なぁ……なに言ってんだ?」

 これには、小坂井も少し赤面しながら答えてくれた。

「せつな、告白した……」

「告白、ねぇ」

 呆れたように、僕は呟く。

 確か、そんな恥じらいをもつようなものじゃなかった気がするけど。


 ***


 抜けるような青空が彼女の後ろに広がっていた。たゆたう雲、風に揺れるスカート、病的に白い肌。白さが目に眩しくて、まばたきを繰り返す。

 体育館裏という、説教、暴力、仕返し、告白、闇討ち、ドッキリ、喫煙等と様々なイベントで出てくるそのワードの場所に小坂井に呼び出された僕は、彼女の前に立った。


 彼女は俯き、もじもじしていて、どことなく甘酸っぱい雰囲気を醸し出している。

 意を決したように彼女は俯いていた顔を上げた。前髪の合間に微かに見える目は少し潤み、真っ直ぐに僕を見据え、病的に白い肌は紅く染まっていく。

 それに不覚にも、僕はドキッとしてしまった。

「あ……っと?」

 間抜けな声が漏れる。

 かつ、と靴がアスファルトを踏む音がして、足が一歩前に踏み出されたと勘付いた。空気の揺らぎが耳に入る。息を吸う音が聞こえた。

 真剣な表情で、小坂井は。

「す、好きです……」

 と、声を漏らした。

 微かに、聞き間違いと言っても納得するようなそんな声が耳に入った。

 事実、僕はその時聞き間違いかと思っていた。だって、自分を好いてくれる人なんて、いないと思っていたから。

 この胸のトキメキもきっと心不全かなにかだと思っていた、この後すぐに病院に行こうと思ったぐらいだ。


 しかし小坂井は僕の戸惑いも気にせずに言葉を紡いでいく。

「す、好き、せつな、あなたのことが大好き、です」

 どんどん。

「大好き、です。《箱庭》で一番、地球で一番、宇宙で一番──」

 どんどんと。

「──あ、あの時から、ずっと頭から離れない、離れたくない離したくない!」

 どんどんとおかしな方へ。

「好き! 大好き! 愛おしい! 狂わしい! せつな、維月のことが大大大大好き!!」

 ぶっ飛んだ方向へ紡がれていく。

 告白。なんて、甘酸っぱい言葉が余りにも不釣合いな脅迫。

 すぐにでも回れ右して逃げ出したかったけど、まるで蛇に睨まれたカエルみたいに体が動かなかった。

 言い終わった小坂井は、はぁはぁと吐息を漏らし、肩を上下に動かし、艶めかしい顔で僕を見つめてくる。

 でも全く心惹かない。心引いた。

 小坂井は最後にこう言った。

 据わった目で。感情のない目で。

「だ、だから……つ、つきあってくだ、さい」


 ***


「…………」

「維月、顔青い……ごはん、口に合わなかった……?」

「ち、違う違う。一昨日ぐらいのことを思い出してただけ」

「一昨日……は、恥ずかしい」

 顔を赤くして、もじもじと指を絡めながら、小坂井は俯いた。


 いや、そんな乙女な反応されてもな……あれは勢い余っての告白だったのだろうか?

「それでなんで両想いなんだ?」

「こ、告白したら……維月、OKしてくれた」

「してないぞ」

「え……?」

「え、じゃねーよ。なんでそこで驚くんだよ」

 信じられない、と言いたげに神の合間で、目が泳ぐ。病的に白い肌がどんどん青ざめていく。

 わたわたと手を振りながら、小坂井は慌てたような口調で言う。

「い、いいい維月。せつなのこと嫌い、なの?」

「恐い」

「良かった。嫌われて、ない」

 ほっと胸をなでおろした。

 ちょっと待て。

 なんで、恐いって言われてそんな反応するんだよ。

「なんで恐いで嫌われてないってなるんだよ……それが恐いわ」

「だって、嫌いって言ってない……」

「言ってないけどさー」

「だったらいい……」

「だったらってお前」

 ジト目で小坂井を睨む。

 小坂井はふんす、と鼻を鳴らして小さくガッツポーズすると。

「今から好きになってもらえるように、頑張る……」

「……む」

「……? 維月、顔赤い。風邪……!?」

「だ、違う違う! 大丈夫だからこっちくんな!」

「え……なんで……?」

「ああ、泣くな泣くな! 別に嫌ってそんなことを言ってるわけじゃねーから!」

「じゃあ好き?」

「恐い」

 キラキラした目で机から乗り出す小坂井をあしらう。

「むう……」

「まあ──」

 残念そうに口を尖らせて、戻る小坂井に、僕は目を反らして。

「──そのおどおどした口調を直せば、少しは好感度あがんじゃねーの?」

「……デレた」

「デレテねーよ」

 目を輝かせる小坂井に釘を刺して、僕は夕飯にようやく箸を伸ばした。

 口の中に放り込んだ夕飯は、やはりというかやっぱりというか、普通に美味しかった。

 この美味さだったら、毎日食べたくなるな。と思った。

 ……胃袋を掴まれてしまった。


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