「きみはなんというか」
「小坂井さん?」
僕の問いかけに、委員長は首を傾げた。
「珍しいね、君が人の名前を覚えてるなんて。好きなの?」
「考えが安直すぎるだろ」
「違うんだ。おもしろくなーい」
「なーい、じゃねーよ。なーいじゃ」
「それじゃあどうして彼女の名前が出てきたの?」
「どうしてって──まーなんか、気になって?」
最後の方は曖昧に言葉を濁した。
委員長は納得しかねてる風だったが、しかし特に追求してくるでもなく、自作の弁当のふたを開けた。
文庫本サイズの、小さな弁当箱だ。
午前の授業も終わり、昼休憩。食堂組のクラスメートは授業が終わった直後に、凄まじい勢いで外にとびだし、残った弁当組は仲良く机を並べてよく分からない会話を展開している中、僕と委員長も机を並べて話しながら昼飯を食べていた。
会話の内容は、僕の更正について。
いや別に僕は、成績が悪いことを除けば不良でもなければそこまで問題児でもない。特に、特筆することないクラスにおける物置程度の存在である僕をどう更正しようと言うのだろう。甚だ疑問が尽きない。
汐崎美咲。
委員長。
艶やかな黒髪を肩胛骨辺りまでのばした凛とした風格の持ち主だ。
成績は常にトップ。もし現象に巻き込まれなければ、さぞ将来有望な人材だっただろう。
運命とは特に残酷である。
「……雨夜、聞いてる?」
「ん、もちろん聞いてる聞いてる。オンラインゲームの向こう側にいる人たちも友達として数えていいって話だったよな」
「よくないよ。オフ会したなら話はべつだけど」
ジト目で睨まれた。
話を聞いてないのがバレてしまった。
「ごめんごめん」と両手を合わせて謝ると、委員長ははぁ、と深くため息をついた。
「きみはもう少し人の話を聞いた方がいいね。そうしたら、友達も増えるんじゃないかな?」
「べつに友達が欲しいわけじゃないからいいよ」
昼飯代わりの板チョコをくわえる。
葉っぱを食べる芋虫みたいだ。
「え、昼ご飯それだけ? 少なくないの?」
「最近また胃が小さくなったんだよ。それに、どれだけ栄養をとったところで、僕の身体はこのままだ」
長身痩躯。痩身長躯。不自然に手足の長い針金細工みたいな体。
僕の身体は能力の効果で、それに固定されている。
「ふーん。女子には羨ましい体だよね」
「安心しろよ委員長。委員長だって、あいも変わらず成長してない部分があるだろ?」
「あっはっは、ぶち殺すよ」
笑顔で握りこぶしを握る委員長。僕はイスを少し引いて逃げる準備。
「それでどうしてチョコレートにしたの? きみのお財布事情から考えると、チョコレート一つでもイタい出費だと思うけど」
「昨日『チョコに伏せ字をしたらちょっとエロくなーい? おお、黒いから更にエロい!!』って話を聞いて食べたくなった」
あれどういう意味なんだろ。チョ○。
「……それって、もしかしなくても高木さん?」
「おお、よく分かったな」
「……雨夜。彼女とはあんまり話さない方がいいよ」
「なんでだ? 『どんな人でも差別せずに接するように』って言ったのは委員長だろ?」
「いや、そうなんだけどね?」
委員長は頭が痛いのか額を手で押さえる。
「きみはなんていうか、スポンジみたいっていうか……思考回路が乳児並というか……ロボット……トンネルみたいな……」
なんかバカにされてる気がする。
「じゃあこうしよう。高木さんと話すときは頭を明るくして、彼女から離れて話そう」
「なんだそのテレビの標語みたいなの」
まあいいけど。委員長が言うのだから、それが正しいんだろう。
「……あとで説教しないとね」
なんて、危なっかしいながらも楽しい会話を続けていると、ふいに委員長は、少し考えるように顎に手を添えて、思いついたようにぼそりと言った。
「小坂井さんは、友達いるのかな……」
「多分、いないと思うな」
昨日のあれを見る限り。
友達がいるとは思えない。
「そうだよね。中学の時から知ってるけど、彼女が友達といるところなんて見たことなかったし」
「へえ、委員長、小坂井と中学一緒だったんだ」
「……つまり、雨夜も同じ中学だったって事だけど」
「あ、そっか。僕と委員長、同じ中学だったな」
というか。
委員長と知り合ったのも、中学二年の時だったな。
あいつと僕、同じ中学だったのか。知らなかった。
「懐かしいねー。あの時の雨夜は無口で大人しい子だったのに、どうしてこうなっちゃったのかな」
「僕の話はいいから、小坂井について教えてくれよ」
「あ、そうだったね。そもそもどうして、彼女のこと調べようと思ったの?」
「……防衛策?」
「え?」
「あ、いやなんでもない」
「そう……」
怪しみながらも、委員長は彼女について教えてくれた。
「まあ、彼女はなんていうんだろうね。大人しい子だね」
静かで、儚げ。と委員長は続けて。
「問題も特におこさない、優等生だね。時々学校を休むのがたまに傷だけど。けど最近は、サボりすぎだと思うね」
「それぐらいは僕にだって分かるよ。知りたいのは、僕が知らないようなこと」
「ふむ──とはいっても、私も彼女についてはあんまり知らないよ? 時々話しかけたりしてるけど、恐がって逃げちゃうし」
あいつらしい。と思って。
こいつらしい。と思った。
さすが、面倒見のいいことだ。無論、それを見込んでの質問なんだけど。
「そうだね……まあ、しいて言うなら、まだ言ってないことがあるとすれば、彼女は、イジメられていることぐらいかな……」
と、言った。
「知ってたんだ」
「もちろん、むしろあんな堂々としていて気づかない方がおかしいよ」
「…………」
知らなかった。
意外と周知の話なのかこれ。
「中学の時からずっと彼女はイジメられてるんだ……雨夜、十人議会を知ってるよね?」
「たいしょーが所属してる《箱庭》の自治会みたいなとこだよな?」
議長なし。完全多数決をモットーにしている自治会だ。
しかし、現実は、たいしょーが一人盛り上がってみんながそれにのっかかってる感じらしい。
民主主義でも独裁しようと思えば、できるらしい。
「そう。その議員の中に一人、《箱庭》には珍しい、欠陥能力者じゃない、議員がいてね。外でもかなりの権力を持っているらしいんだけど……いじめっ子はその愛娘なんだ」
だから、誰も彼女を救ってあげれてない。
逆らえば、この安全地帯から追い出されちゃうから。もしかしたら、獄島に送られてしまう可能性もあるから。
「だから、彼女を人身御供にして自分を守ってる」
委員長は、若干怒ったように、言う。自己嫌悪も少しはいっているのだろう。
「それで雨夜。どうして彼女のことで相談してきたの?」
「え、えーっとな」
僕は若干言いよどんで。
「ちょっと気になってな」
と濁した。
だって、小坂井が僕の部屋に住み着いた。なんて言ったところで、どうにかなる訳じゃないし。