『例外主義者』
小坂井が撃たれました
銃声。
ぱん。ぱん。
と、二回。乾いた音が──巨大な音が、部屋の中で響く。
反響する。
「ん?」
『緊急時や生命の危機に瀕したとき、人は過去の事を思い返したり、時間をゆっくりと感じ取って、世界がスローに見えたりする事があるんだよ』
と、委員長が、僕でも分かるようにかなり噛み砕いて教えてくれた事があった事をふと、思い出した。
あれ、なんて言うんだっけ? 臨死体験?
名前は忘れたし、原理も覚えていないけど、時間がゆっくりと感じることがある。ということは覚えている。
しかし。
時間が止まるとは、さすがの委員長は言ってなかったと思う。
僕の視界、目に入るもの全てが、止まっていた。停止していた。固まっていた。
空を自由気ままに飛び回る鳥が。
その上を、悠々と流れる雲が。
下から聞こえていたパトカーのサイレンが。
一番下で騒いでいた雑踏が。
街中を騒ぎ立てる狂騒が。
その全てが、動くのをやめて、ピタリと、止まっていた。
無論、撃たれていた小坂井も。
殴られ吹っ飛んでいる穂村も。
腹部と胸部を貫いた二つの凶弾も、血の糸をひきながら止まっている。
大型機関銃の、もはや砲弾と言っても過言ではない、大きな銃弾も、空中で静止していた。
そんな不思議空間を見て、僕は小坂井を殺された怒りを忘れて、呆然としてしまった──演じるのを忘れて、驚愕を演じてしまった。
「ん? 視界?」
そこで気づく。
やっと気づく。
抉られていた眼球とその周りの骨肉が、元通りになっていることに、気づく。
「なんで……小坂井が戻した訳じゃあないよな……」
首を傾げる。
──俺が治したんだよ。感謝してくれよ?
と。
そんな声がした。
脳味噌の中に直接話しかけてくるような、クリアな声。
僕は、その声がした方を向く。
探すまでもなく、そいつはすぐに見つかった。
そもそも、人が僕と小坂井と穂村だけだった、というのもあるけど、それ以上にそいつは、この静止して固まっている世界の中で、手を振っていたからだ。
普通に当たり前のように、自分だけ世界の普通と違う例外であると言いたげに、主張してるかのように、そいつはわざわざ腕をぶんぶん振っていた。
背丈は僕より若干低い。が、平均からすればまあ高い方だろう。
髪の色は黒。妙に裾が長い、黒色の作務衣を着こなした男子が、手を振っていた。
大方、この世界も、あいつがどうにかしたのだろう。まさか、こんなタイミングで新たな能力に目覚めたとか、そんな少年マンガ的なことが、起きているはずはない、と思う。
多分。
ないよね?
──無い無い。これは俺が止めたんだ。
僕が若干マジメに悩んでいると、親切にそいつは教えてくれた。
「どうして時間を止めたんだ?」
──うん?
そいつは、小坂井を指さす。
──止めなくて良かったのか? そこのそれ、死んじゃうけど。
「あ」
僕は素っ頓狂な声をあげて、小坂井を見た。腹の所はともかく、胸を通過している銃弾は確実に心臓を貫いていた。
致死量とかそんなの全く関係なく、普通に即死状態だった。
「……えっと、つまりお前は小坂井を助けてくれたって訳でいいのか?」
──いやいや、そんな訳ないじゃん。だって俺、そいつ嫌いだもん。
「……」
どうやらこいつと小坂井は面識があるらしい。へえ、あいつ案外交友関係とかあるんだな……まさか僕より多いとかはないよな。
──そいつを助けたのは、偶然、タイミングを見計らって時間を止めてみたら、偶然助けてしまっただけ。
「……お前、誰だ?」
──え、忘れたの? ひっどいなー。あんなに毎日遊んでたじゃないか。
「……?」
僕は首を傾げる。
思い出せない。
思い出したくないのか?
──俺だよ俺。
男子は、言う。胸に手を当てて、使い古された詐欺の手口のように、そいつは言う。
──黒羽暁人。同じ孤児院でよく遊んでただろ?
「あ」
***
親に捨てられた後、《箱庭》に収容されるまで住んでいた孤児院には、三十二人の欠陥能力者の子供がいて、一人の非能力者の子供がいた訳だけど。
その頃──まだ話すことができないでいたその頃に、他人とコミュニケーションを取れるはずもなく、結局、爺が死んで、孤児院が崩壊するまでに出来た友達は、三人だけだった。
一人は出雲明。確か、動物になる能力だった気がする。
一人は維井月夜。能力は、覚えていない。
それであと一人。この孤児院唯一の非能力者。巌の爺の甥っ子で、家族と喧嘩してここに居候しているという男子。
名前は、黒羽暁人。
目の前にいるそいつが、名乗った名前。
言われてみれば、確かにその面影があると言えば、ある。
「黒羽……あれ、どーしてお前が?」
そう僕が言うと、男子──黒羽はニコリと笑うと、ツカツカと、音を立てながら僕の前まで歩いてきたかと思うと、そのまま抱きついてきた。
ハグられた。
欧米風の挨拶られた。
「……は?」
放心する僕。
──いやー嬉しいな嬉しいなー!
忘れられてるのかと思ってたんだ。記憶から消えているのかと思ってたんだ、最後にあったのはもう何年も前だったし、別れ方があれだったから、すっかりてっきりさっぱり忘れてるんじゃないかと、ソワソワしてたんだぜー?
「……」
めっちゃテンションが高かった。
あれ、おかしいな。こいつこんな感じだったっけ?
確かこいつ、利口っぽいというか、ストイックというか、中々どーして、孤高の天才、という言葉の似合う大人しい奴だった気がするけど。
少なくとも、出会い頭にハグしてくるようなテンションの高い奴ではなかったはずだ。
──あははー。あーこの感触懐かしいなー。毎日抱きついてた気がするよ。
「そんな事する性格じゃあなかっただろ、お前。一回もなかったよ」
──あれ、そうだったっけ? やっぱり子供の頃の記憶っていうのは、色々混ざってしまうものなんだな。
「……うぜぇ」
どうした、この数年間になにがあったんだ。
海外に留学でもしてたのか?
いや、そんな事よりも。
「なんでお前がここにいるんだ? 確かお前、欠陥能力者じゃあ、なかっただろ」
おかしい。
僕の記憶が間違っていなければ、確かにこいつは能力を使えなかった。爺の家に居候しているだけの甥っ子。何度思い返しても、それだけが思い浮かぶ。
しかしどうだ。
今、世界の時間は止まっている。
そんな現象が、まさか、自然に起きているなんて事はないはずだ。誰かの能力で、止められている。
そして、その静止している世界で唯一、僕と黒羽だけが動いている。
なら、能力者はこいつなんだろうと、思う。本人も止めたとか言ってるし。
でも能力者ではないこいつがどうして、能力を使っている?
頭の中がぐるぐるごちゃごちゃと、こんがらがって混乱していると。
──目覚めたんだよ。
と、まるで僕の混乱を読み取ったかのように、汲み取ったように、黒羽は僕に抱きついたまま、答えてくれた。
──超能力は才能の能力なんだぜ? 才能ある天才が目覚める能力。だったら、俺が手にいれていないのはおかしいだろ?
「……まあ、そうだな」
──やっと手に入れた。ずっと恨めしかったんだ。ずっと怨めしかったんだ。俺が持っていないものを、孤児院にいる子供ごときが与えられてるなんてよ…..。
「黒羽?」
『やっと手に入れた。ずっと羨ましかった』までは聞こえたけど、後半はなんかブツブツ言っていて聞こえなかった。
なんだ、羨ましかったのか。こんな欠陥ありきの能力が?
──とはいえ、俺が持っているのは超能力の方だけどな。
と言って、ようやく黒羽は僕をその抱擁から解放してくれた。かなりの力で締めつけられていたからか、手に血液が回っていなくて、真っ青になっていた。
あ、元からか。
──俺の能力は、時を操る能力。名前は『例外主義者』。皆が平等に与えられる時。そんな時間を俺だけは、例外的に、速めることも遅くすることも止めることも思いのままに出来る。例えば、ほら。
自分の能力を自慢げに話しながら黒羽は、止まっている小坂井に触れた。
すると、止まっていた銃弾が動き始めた。
まるで巻き戻しの映像を見ているかのように、銃弾は後ろに戻っていく。
ひいていた血の糸に引っ張られるように、二発の銃弾は小坂井の体内に戻っていき、ぐちゃぐちゃにした臓器を綺麗に戻して、胸と腹に空いていた銃創から膿のように捻りだされると、銃創は閉じていた。
大きく仰け反っていた小坂井の体も、それに合わせるように、元の直立の体勢に戻ってる。
──それで最後にこうすれば、お仕舞い。こいつの命は救われたという訳だ。救いたくなかったけどな。
ぶつくさ言いながら、黒羽は小坂井の体から飛びだした銃弾を指でぴん、と弾く。銃弾は、黒羽の指になされるがままに、弾かれて、床を転がっていく。
「……すげえな」
──だろだろ? 俺の自慢の能力だからな。
黒羽は自慢げに胸を張った。
誉められると、当たり前だと言わんばかりに胸を張って喜ぶ。
うん、やっぱり黒羽だ。
「それで黒羽」
──うん?
そんな。
昔の親友との再会に、普通に喜びながら──喜んだふりをしながら僕は言った。
当たり前のように受け入れた、静止した世界の中で、雑談の一環として、僕は聞いた。
「お前、何しにここに来たんだ?」
──なにしにって......決まってるだろ?
僕の問いに、黒羽は昔のままの顔で、昔のままの表情で、昔のままの喋り方で、どうしてか小坂井の両手に触れた状態で、さも当然のように、答えた。
──お前の周りを消しに来た。
デロリ、と、小坂井の両手が、腐敗した。
グチュグチュのデロデロに、腐り始めた小坂井の両の手は、まずは半液体のようになった肉が地面に落ち、残された骨も重力に逆らうことなく、空中分解しながら落ちていく。
その腐敗のスピードは速く、最初は指だけだったのに、今はもう手首の辺りまで腐り落ちていた。
「お、おお、おおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
僕は、叫びながら跳躍。
小坂井の手に自分の手を添えている黒羽の体を蹴飛ばそうとして──見えない壁にぶつかったように、弾かれて僕は床の上を転がった。
「いっつつ……」
──なるほど。やっぱりお前は、今の友達を選ぶわけか。
起きあがって、黒羽を睨む。
どうしてか、至極つまらなそうな顔をしていた。
「なにがっ!?」
衝撃。
額に軽い、それこそデコピンされたぐらいの衝撃がはしり、僕は少し仰け反った。
「っつ~~黒羽! お前時間を止めたなッ!!」
──あ、バレた?
そう言う黒羽の姿は、もうそこには無かった。
声だけ残って、黒羽の姿は消えている。
僕は赤くなってる額を抑えながら、背後から伸びてくる手のひらを叩いた。
──いって、なにすんだよ。
「お前こそ、なにする気だったんだ。僕も腐らせる気だったのか?」
──いやいや、大切な友達を腐らせて朽ちらせるなんて、勿体無い事できねえよ。
振り向くと目に入った、ニヤニヤと笑っている黒羽を、僕は睨む。
──おいおい、そんな怖い顔で睨むなよ。いかに感情がこもっていないと分かってても、鬼の面が怖いように、怖いものは怖いんだぜ?
「……どーして小坂井の手を腐らせた」
──どうしてって、そりゃあ……ムカつくから。
と、黒羽はさも当たり前のように、あっけらかんと言ってのけた。
「ムカつく……から?」
──そう、ムカつくから。
──委員長。汐崎美咲。
──酔いどれ。高木琴音。
──殺人鬼。松場江東。
──非存在。九条忍。
──無敵。鑑大将。
──そして、舞姫。小坂井せつな。
──一人恩人が出来て、そしたらかまってくれる年上が現れて、更に同族が向こうからやってきて、いつの間にかお前の周りには人が沢山集まって……マジでいいよな、幸せ街道まっしぐらじゃん。感情のマネごとまで始めちゃってさ、マジ幸せそうじゃん……。
──おもしろくねえ。
ぎょろん、と見開いた目で黒羽は、僕を睨んだ。
「は?」
──なんだなんだよ、どうしてお前の周りには、そんなにも沢山の人が集まるんだよ。俺の周りにはな、誰もいないんだ。俺についてこれないから、誰も近くに来ることさえ出来ないから、ずっと一人でいる。なのに、お前は一人じゃない。しかも、周りに合わせてお前は変わっちまうし。
だからおもしろくねえ。ムカつく。
黒羽は吐き捨てるように、言いのけた。
──だからそれをぶっ壊そうと思った。周りがぶっ壊れれば、お前は消える。俺より不幸せな、クズでゴミな、俺の大好きな雨夜に戻る。
──そのために、わざわざ小坂井せつなと遭遇させたっていうのによ……なんだよ、こいつとも仲良くなってんじゃねえか。ふざけんな、お前の大事な大事な友達を殺した奴だぞ!?
訴えかけてくるように、黒羽は僕に事実を突きつけてくる。
僕は首を傾げる。
「なんでって、委員長は生きてるし、小坂井のことを、許してる。だったら、小坂井を恨む理由はないし……別におかしくはないだろ」
眉を顰めながら、僕がそう返すと、どうしてか黒羽はきょとんとした表情になって、しかしすぐにニヤリと笑った。
──ああ、そうだった。お前はそういう奴だったっけ。感情がないっていうのは便利だな。切り替えがすぐに出来る……だけど、俺にはそんな事出来ない。
──ムカつく。俺より幸せなお前がムカつく。俺より能力も、格も、地位も、名誉も低い癖に、俺より幸福なお前が、ムカつく。
「……そうか」
そう言えば、昔からそうだった。
自分は必ず頂点に立ってないと、気が狂いそうになる奴だった。
じゃんけんでさえ、負ければ発狂して、血涙流しながら本気の本気で唇を噛みしめながら悔しがって、次の日には必勝法を携えて、無敗の冠を掴んだ。
それほどまでに負けず嫌い──否、帝王気質な奴だった。
だから、ちょっと羨ましかったりした。
そんなにも、さも当たり前のように感情を曝けだせるお前が、羨ましかったりした。
だから僕は、お前の友達になろうと努力した。
だけどお前は。
僕を自分をたたせるための二番手としか、僕を見てなかったのか。
しかしなるほど。今回の僕の個人的なケンカ──更に言えば、小坂井から始まったこの騒動も、言ってみれば、こいつの差し金だったのか。
幸せな僕を蹴落とす為に、仕組まれた事だったのか。
僕の周りを潰すために仕組まれた事だったのか。
……そっか。
「つまりお前は、僕の敵ってことか?」
──いや、お前のことは大好きだぜ? ただ、お前を囲う奴らを潰したいだけだ。
「そっか、じゃあ友達の敵か。それはつまり──僕の敵ってことだ」
話しながらも僕は、黒羽の顔面目掛けて拳を振るうけれど、見えない壁に遮られた──いや、見えない壁なんかじゃあ、ない。
多分黒羽は、能力で、僕の時間を止めている。
僕がなんらかの動きを見せた時、黒羽は時間を止めて、攻撃を防ぐ。
そうして止まった僕を殴るなり叩くなりして、時間を再び動かす。
時間が止まっているときの事なんて気づきようがないから、動き始めたときには、まるで見えない壁に遮られたように、感じるんだろう。
更に言えば、黒羽は殴られてもいいんだ。
殴られたら、時間を巻き戻して殴られる前に戻ればいい。
時間が戻れば、基本記憶も遡らないといけないんだろうけど、まあ、超能力者様の事だ。多分、そんな弱点になりうるものはないだろう。
とにかく。
ともかく。
黒羽から先手を取るというのは、ほぼ不可能だと考えるべきだろう。
「くっそ!!」
まあ、だからと言って攻撃の手を休める理由にはならない。
崩れた体勢を整えて、僕は床を強く蹴って黒羽の懐まで跳ぼうかと、思っていたけれど、しかし、足は言うことを聞かず、僕は崩れるように、床に倒れ込んだ。
「あ、あれ……?」
僕は、自分の足を見た。
太股辺りの肉が弾けていた。
赤くて生々しい中身が外気に晒されていて、白い骨が、皮膚を突きぬけて、その姿を露わにしている。
血管は内部から破裂していて、床を鮮血で塗りつぶしていく。
「ま……じかよ」
──あーあ。やっちゃったな雨夜。
自分の足を見て驚いていると、黒羽が僕の目の前にしゃがみ込んだ。
──能力がオーバーヒートしちゃったんだな。酷使しすぎだぜ。
「オー、バー、ヒー、ト?」
──そ、オーバーヒート。ほら、段々口が動かなくなってきただろ? ダメだろ、ちゃんと休まないと。
「やす……む暇、なかっ……た、から、な」
ホントだ。呂律が回らない、体もさっきから動かそうとしているのに、全く反応がない。
──うん、まあ超能力者と二連戦、しかもその前々日にも一戦しているし、疲労がピークに達したんだろ。一旦、その状態になったら、しばらくの間、能力を全力で使えないからな。体の調子ぐらいなら、まだ保てるだろうけど、動くことは出来ないだろうな。
そんな風に。
僕の様態を、黒羽は簡単に説明してくれると、再び立ち上がった。
「どこ……いく、ん……だよ……」
──うん? お前が動けないみたいだし、そろそろ帰ろうかなって。そもそも俺は、お前に会いに来ただけだし、ああ後、役立たずへの制裁。
すたすた歩いてどこかに行こうとする黒羽を呼び止めると、首だけ振り向いて、そう言った。
──今日は楽しかったぜ。また今度、遊びに来るから、その時にまた、話してくれるか?
「……二度と、はな、す……かよ」
──ちえっ、なんだよ。怒るなよ、一つ良い情報を教えてやるからさ。
僕の返答に、黒羽は口を尖らせる。
──小坂井せつなの手は腐らせてないよ。産まれる前まで、時間を遡らせただけだ。だから、記憶を遡って、手を復活させようとしてもムダだから。
「悪い、じょー、ほー、じゃ、ねー、か……」
──うん? ああ、本当だ。
黒羽はニヤニヤと、笑った。
──それじゃあまたな、雨夜。俺の親友。また今度、会おうぜ。
黒羽は指を鳴らす。直後、黒羽の姿は消えて、静止していた時間が動きだした。
下からしていたサイレンの音も復活して、耳を澄ますと、何人もの人が駆け上がってくる音がする。
「──あれ……なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?」
一番騒がしい声が、近くからした。
小坂井だ。
そりゃあ、一瞬──というか刹那の間、気を失っていて目覚めてみると両手が無くなっていて、しかもそれが治せないのなら、そりゃあ気も動転するか。
暫く声を張り上げて騒いでいた小坂井だったけれど、そのショックからか、失神して、がくんと、糸が切れた人形のように倒れた。
なんだか痛そうな音を立てて倒れたけど、まあ、大丈夫だろう。
ふう、と息を吐いて助けが来るまで待ってようとしたら、携帯が鳴った。
「な、んで、今……」
ポケットの中にいれておいたスマホを、なんとか口の前まで移動させる。
画面には、『鑑大将』と出ている。
僕は鼻で通話ボタンを押すと、大音量の声が部屋内で轟いた。
曰く『回復してからリハビリがてら散歩していたら、九条忍から聞いた超能力者の容貌とそっくりな奴を見つけた。やっていいか?』だそうだ。
僕は「いいよ、僕もう動けないし……九条忍が怒るかも? だったら、名前で呼ぶように心がけたら?
多分許されるから」と、朴念仁に、僕なりのアドバイスをしたその直後、床が小さく揺れた。
外からは、何度も響く轟音に、たいしょーのものなんだろう、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
貴堂も、さすがに上位七名の中でも、更に別格の存在がやってくるとは思わなかっただろう。
敵うわけが無い。そんな諦めの声からうまれた名前『無敵』。
流石の超能力者も、いつか勝てないと諦めるだろう。
諦めて、倒される。
これで、超能力者全員倒したことになる。だから僕はゆっくりと、部屋の中に這入ってくる沢山の人をボヤケた視界で捉えながら、ゆっくりと、眠りについた。
***
とまあ、こんな感じに。
僕のちょっとしたケンカから始まった欠陥能力者対超能力者は、幕を閉じた。
兎対烏の勝負は、完膚なきままに僕の負け。
もしも、僕が全快で、能力をフルに使えたなら、もしかしたら──いや、やっぱり、普通に負けただろうな。
貴堂よ……どうせ倒れるなら、語り部の近くで倒れれば良かったものの。
次回、第一章『元親友と再会する日。』最終話。




