「僕は約束を違えない」
「おはよう……」
「……おはよー。顔が近い、離れろ」
「気にしない……」
「僕は気にするんだよ、ほらどけどけ。離れろ」
「むう……」
「それで、今何時だ? 僕は何時間寝てた?」
「十一時半……どうして寝てたの……?」
「寝てちゃー悪いか?」
「悪くはない……けど」
「気になる?」
「うん……」
「理由は簡単だよ、こんでしょんを最高値にするため。寝てる間は能力を切ってるから、体は疲れない。起きれば、元気一杯って寸法だ」
「……説明、下手」
「うるせーな。つまり、こんでしょんを最高にしたってことだ」
「納得……」
「納得してくれてありがとさん。ふむ、約束の時間まであと三十分か。そろそろ準備しないとな……しかし、どーしてこんな事になったのかねー」
「なにが……?」
「確か僕は、数日前にはお前と遊園地で遊んでたはずだ。それがいつの間にやら命を懸けたやり取りだぞ?」
「現実は非情……」
「だよなー……まーやるしかないなら、頑張るけどさー」
「頑張って……」
「他人事だなー。お前だからてっきり、行かないで。とか言って騒ぐと思ったんだけどな」
「……そんな子供みたいな事しない」
「よく駄々こねてたじゃねーか。学校行く前なんてしょっちゅう」
「むー……!!」
「怒るなよ、それで、どうして今日は騒がないんだ?」
「一緒に死ねるなら……いい」
「怖い怖い怖い怖い!!」
「愛する二人が共に死ぬのは……綺麗で、当たり前の……こと」
「僕は一緒に死のうと言われて頷いても、薬を呑み込まずに、口の中に含んでおくタイプの人間なんだけど」
「ロマンを分かってない……」
「そのロマンを分かったらイケないと思うんだよ……」
「分からない……?」
「分かりたくない」
「分かった……じゃあ」
「お、おい。どーしてしがみついてくる。どーして鳩尾に頭を埋める!? 痛い痛い痛い! ぐりぐり頭を埋め込むな!!」
「……ケガしないで」
「……僕の能力だとどーしてもケガしちゃうんだけど」
「それでも……」
「……へいへい、りょーかいしました」
「おはよう、話は終わったかな?」
「ん、今終わった」
「私との約束も、ちゃんと守るんだよ」
「約束? なんかしたっけ?」
「負けないこと」
「そりゃ当然。だてに弱いまま生きてねーさ」
「あと、相手が正義だからって惡に染まらないこと。決闘なんだから、正義対正義だ。惡役を進んで、率先してしないこと」
「……うん。
もちろん、守るよ。
僕は約束を違えない。
それが友達とのなら。
絶対、守るよ」
そんな風に嘯いて。嘘ふいて。
どこにでもはいない、虚偽と虚弱にまみれた少年は、決闘の場へと、特に思うことなく向かった。
***
昼は活気に満ち溢れていた繁華街も、深夜になると静けさが目立つようになり、華々しい光は消え、店は閉まり、点々とついた質素な電灯の光だけが街を薄く照らしている。
街に人通りは少なく、ここだけを切り取ればまるでゴーストタウンのようだ。
とはいえ、これも後数分ぐらいのものだ。
人為的につくられたゴーストタウンの寿命は、案外短いものだ。
その人為的なゴーストタウンの中心、時代錯誤な古臭い時計塔の手前にある広場に、一人の少女が立っていた。
つり目で茶髪。
表記するならその程度の特徴しかない、普通で一般的な少女。
名前は時宮心々実。
本人曰く、神様に愛され、満ち満ちに満ち溢れた超能力者様。
そんな彼女は今待ち合わせをしていた。
待ち合わせと言っても青春の甘酸っぱい匂いなどほのかにも香らない、むしろ、血肉のむせるような臭いの香る殺し合いの待ち合わせなのだが。
彼女は不機嫌そうに元々つり目な目を更に吊り上げ、胸の前で腕を組み、地面を踏みつけて地ならししている。
現在時刻午後十一時五十五分。約束の時刻まで後五分。
空を見上げれば満点……まではいかないものの、四点ぐらいの星空が広がっていて、月がまんまるとした大きな厚顔で時宮を見下していた。
「……遅い!」
イライラの余り、時宮は叫んだ。しかし、人為的なゴーストタウンには、注意する人も驚く人もいなかった。
どれだけ騒ごうと、誰も気づかない。
どれだけ殺そうと、誰も気づけない。
「遅い遅い遅い! どうして五分前集合もできないの!!」
今日は珍しく道に迷わなかっただけで、いつもは待たせている側だというのを棚にあげながら、彼女は叫ぶ。
仲間というか、今回依頼された同士である正義の味方もどき曰く『真っ白な決闘』が始まるまで後五分。こちらが決めた時間とはいえ、あちらに守らない理由はない。むしろこっちが守っている間なら、身構えも出来る分まだ希望はある。
万が一。億が一。兆が一。京が一。垓が一。秭が一。
勝つ事はなくとも、負けない可能性はあるというのに。死なない可能性があるというのに。もったいない。
なんて。そんな事を時宮は考えていない。
死なない可能性なんて秭が一もなく、皆無だし。だって殺すのが今回の仕事なんだから。
せめて、惨たらしく程よく体中の骨がバッキバキになった幾何学的で芸術的な現代アートみたいな死体になるか、体中を痛みを感じるように炎に晒され、この世に未練が残らないぐらいに焼き尽くされるかぐらいなら、選ばせることも、無い。
選ぶ猶予も与えない。喋る暇も与えずに、現代アートにして燃やしつくさ。もちろん、痛みや苦痛を与えながら。
そんな事は考えながら、時宮は五分も待たされている。
憤慨で頭が爆発しそうだった。彼女の周りの風景が陽炎のように揺れ動いているように見えるのは、気のせいではないだろう。
彼女の能力『戦塵の知恵』は、炎を操り、熱気を司る。
彼女が怒り心頭になれば、周りの空気は砂漠のようにカラカラに干からびてしまう。
近くを車が通り過ぎ、エンジン音が過ぎていく。
一人、深夜、待ちぼうけ。
「はは、なんだこれ。なんで神に愛されしこの私が、待たされてんだ?」
普通なら格下のあいつが、欠陥品のあいつが待つべきではないだろうか。そこに自分が威風堂々と、向かうはずだ。
それが正しい。それこそ王道。
それなのに、なんで選ばれ、讃え、崇められ、祭られるべきはずの自分が待たなければならないんだ。
「ああー、くそ。腹立つ腹立つ!!」
怒りはどんどん増していく。足元のアスファルトが溶け始め、真っ黒なオイルが泡をふく。不思議な光景だった。
どうやら彼女は待ち合わせというのがとことん苦手なようだ。壊滅的に。破滅的に。
さて。
現在時刻は午後十一時五十八分。残り、二分。
あたりの異様な静けさとはまるで無関係に、彼女の頭の中にイライラが募っていく。
イライラ。
イライラ。イライラ。
イライラ。イライラ。イライラ。
イライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライラ。
イライラは休む事を知らない。静まる理由を知らない。落ち着く訳を知らない。
ただひたすらにイライラを薪代わりにくべて、憤怒の炎が当たり散らす。
彼女の思考様式は、とてもシンプルだった──単純明快、誰に見ても明らかだ。
ムカつくからムカつくし、腹立つから腹立つし、イライラするから当たり散らす。
基本に忠実な激情型。感情に流されて本来の目的を忘れてしまうようなタイプ。
感情をなくした少年、雨夜維月がそれを見たら案外羨ましがるかもしれなかった。
どうしてそんなにも感情を表に出せるのかと。
羨ましがるふりをしたかもしれない。
現在時刻午後十一時五十九分。ゼロまで後二十秒。
耳に響く車のエンジン音にも、怒りを覚えてしまうほど、彼女はある意味、追い込まれていた。
「……ん?」
そこで気づく。
憤怒の炎がおさまる。消える。
なんだか、車の音が近づいてるような気がする。
残り十秒前。
その音はどんどん近づいてくる。荒ぶるような破壊的なエンジン音が、つんざめく。
振り返る。
トラックが目の前一杯に広がっていた。
残り五秒前。
トラックだ。二十五トンクラスのトラック。
最高速度160km/hの二十五トンの鉄の塊が安全装置など外して、アクセル全開。暴れ馬──牛の如く、つっこんできていた。
「なっ!?」
冷静であれば避けられたかもしれない。或いはトラックを燃やし尽くしたかもしれない。
しかし、突然目の前にトラックのバンパーが広がっていると、一瞬……というにはかなり長い時間、思考が停止してしまうらしい。体が硬直してしまう。
トラックはアクセルを踏んだ。
更に──加速する。加速する。
なぜ。なんで加速する。
もちろん、時宮を轢くために。
残り三秒前──時宮心々実は動けない。
残り二秒前──トラックが目と鼻の先まで迫る。
残り一秒前──トラックは更に、アクセルを踏んだ。
残りゼロ秒──てっぺん。分針と長針と秒針が一番上を指し、時計台が荘厳な鐘の音を一回鳴らすのと、トラックが時宮心々実を撥ねたのは同時のことだった。
ぐちゃっ、と生々しい音を乗り越え、蹂躙して、トラックは、最後までブレーキを踏むことなく、最高加速の勢いに任せて広場を横断した。
広場から出ようとした所で、ようやくトラックはスピードを緩め──お世辞にも綺麗といえない急ブレーキで、後輪を地面から離しながら停止した。
ちょうどタイミング良く、時宮心々実が悲鳴を上げながら落下してきた所だった。
頭から墜落した。
ぐしゃり、と、とても痛い音がした。
見事なまでに、ぐったりと、動く様子もない。なんだか痙攣しているようにも見える。
それはそうだ。なんせ、最高加速の勢いに任せていたトラックに 撥ねられ、もろにぶっ飛ばれ、錐揉み状に派手に回転しつつ、地面に激突して──。
更に追い討ちと、そこを狙ったかのように、狙いすましたように、横断中のトラックが彼女をもう一度轢いたのだから。
もちろん最高加速、最高時速を超え、ノーブレーキで。
唖然というか、呆然。
先制攻撃というには、奇襲攻撃というにも、あまりに、派手すぎる。
いくらなんでもやりすぎだ。
過剰攻撃だ。
と、誰もが思うはずだ。
相手が超能力者だと知っていない誰もなら。思ったはずだ。
「いっ、つうぅぅぅ……」
むくり、と頭から墜落した時宮は起き上がった。派手に轢かれたというのに、特にダメージというものを見せずに、普通に起き上がった。
「ってえぇ、なんなんだなんなんですかさっきのトラックはよぉ……?」
うった頭をさすりながら、時宮は地面をみる。
複数ある電灯によって、何重にも、まるで万華鏡の模様のようになっている自分の影を。
それを覆うような大きな影を、見た。
空を見上げる。
四点の星空に、トラックが浮いていた。
文にしてみると、これほどおかしくって、ふざけていて、非現実的な光景に出会ったのは、これで三回目だった。
ちなみに一回目は他の超能力者と合流したとき。
二回目はさっきのトラックだ。
そんなにも早く、矢継ぎ早に非現実的な光景に出会うとは、思っても見なかった。
まだ全然、非現実になれてない時宮は逃げる、という行動を起こす前に「は?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
そして、次は逃げる時間は、ない。与えない。
トラックを持ち上げて、一緒に空を飛んでいる雨夜維月は。
手加減も遠慮も配慮もなにも考えずに。
トラックを時宮めがけて叩きつけた。
轟音。
身体が震えるような──潰れるような轟音。
こうして。
欠陥能力者対超能力者第二戦。
雨夜維月対時宮心々実。
兎対戦塵は、乱雑に火蓋を切った。
この物語は一人称多人数……というか、群像劇です。
三人称に見える時も、実は一人称だったりします。