次は、超常異能バトルの時間だ。
部屋を焼かれて、小坂井と仲直りした次の日。
僕は《箱庭》の中心に向けて、自転車を漕いでいた。
昨日は結局外食に乗り出すことはできなかった。ぼや騒ぎで警察に呼ばれ供述する羽目になったからだ。
言うまでもなく。
そこでの供述は大半が嘘だ。いや、事実は一つとしてない。
十中八九、事実と違う。一から十まで嘘だらけ。嘘が事実に変わりかねないぐらい嘘ばっかりついてきた。
しかも、もののついでに時宮心々実の所在地まで聞こうとしたその面の皮の厚さには自分ながら恐れ入る。
しかし、その面の皮もその時には若干崩れてしまった。
返ってきた答えは時宮心々実という人物は《箱庭》には住んでいない。と言うことだった。
「どーいう事だと思う?」
「せつなに聞かれても……困る」
「だよなー」
腰の辺りに腕を回し、僕を風から身を守る盾のようにして、後ろに座っている小坂井はそんな風に返してきた。
わざとらしく密着していて、背中には豊満な柔らかい感触が広がっている。
その感触にかまけていると、事故を起こしかねないし、小坂井に主導権を握られかねない。
だから気づいていないふりをして、ペダルを強く漕ぐ。
二人乗りである。
女子と自然に密着できることで有名で。
警察に見つかったら怒られる二人乗りだ。
最初の方は、僕は自転車で彼女は徒歩だったのだが、いかんせん小坂井は運動が苦手らしくすぐへばってしまい、しょうがないので二人乗りしている。
しかしこの場合、小坂井の体重が自転車に加担されて、今度は僕がひーこら言う羽目になってしまった。
「どこに向かってるの……?」
「んー、時計塔」
適当に返して、僕は曲がり角を右に曲がる。
すると、ちょうど遮蔽物で見えなかった時計塔が目の前に姿を現した。
イギリスにあるビックベンを彷彿とする、古めかしいというか古臭い見た目で、周りの風景から見ると場違い感甚だしいけど、いつも見ているせいか最初はあった違和感はなくなっていた。
そんな時計塔の根元に自転車を止めて、『清掃員用入り口』と貼ってある黒色のドアを開き、少し長い廊下を歩いて、エレベーターに乗りこんだ。
「維月、ここどこ……?」
後ろからちょこちょこついてきていた小坂井が疑問を口にした。
僕は最上階のボタンを押しながら。
「一言で言うと秘密基地だな」
「秘密……基地?」
「そ、たいしょーが造り始めて僕が改造した。楽しかったぞー」
「ふーん……」
聞いてみただけだったらしい。それとも興味がわかなかったのか。
やっぱり秘密基地ってのは男のロマンなのかなー。カッコいいと思うんだけど。
チンと軽い電子音がして、エレベーターは止まり、扉を開く。
そこは大時計の裏側だった。
壁は本棚でひしめき合い、反対側の壁……というより曇り窓は外からの光を存分に取り込み、目を凝らすと分針が見えた。
一歩踏み出して見上げると、大小様々な大きさの歯車が複雑に、それでいて効率的に噛みつきあっている。
部屋の真ん中にはドーナツ型のテーブルが設置されている。
今日はそこに、見知った顔が座っていた。
「あれ、雨夜じゃないか。どうしてここに?」
「委員長こそ」
ホントに偶然みたいで、委員長は目をパチクリさせて、気まずそうに目を反らした。
僕は首を傾げる。
「なんでここにいるんだ?」
「いや……ね?」
気まずそうに目を反らしたまま、委員長は手持ち無沙汰に艶やかな黒髪をいじくっている。
しかしその、正しさの権化のような性格は隠し事は苦手なようで、すぐにはぁ、と息を吐いた。
「仲直りしなさいって命令しておいてなんだけど、きみがその命令を守るとは思えなくてね」
「うわー信用されてねー僕」
僕の行動理念は約束だし、委員長が言うことは人として正しい事なんだから、それを破ったりなんかしないのに。
「小坂井さんの不仲をどうにかしてあげたいと思ってね、九条先輩に助言を貰いに来たんだけど──」
僕の後ろに隠れている小坂井を見やって苦々しく、少し気恥ずかしそうに笑って。
「──余計なお世話だったみたいだね」
いや。
余計どころか余剰なお世話だよ。
自分には関係無い事なんだから忠告だけでいいのに。
さすがというかなんというか、あいも変わらずいつも通りお人好しな委員長だった。
委員長は隠れている小坂井の前に立った。
背丈は小坂井のほうが少しちっこいから視線を合わせるために膝を曲げて、警戒している小動物に母性愛に満ちた笑みを向ける。
「小坂井さん、こんなダメダメな子だけどよろしくね。彼、色々ぶきっちょだから」
「お前は僕の母さんか?」
「当たらずとも遠からずだとは思うけど?」
「…………」
反論は出来なかった。
委員長は手を差し伸べた。
小坂井はその手と、ニコニコと無害に笑う委員長を交互に見やって、最後に僕の顔を見ると。
「……分かってる」
小坂井は委員長の手を握った。体はまだ僕の後ろにあるけれど、これで一応区切りはついたはず。
歪んだ純愛は真っ直ぐになって、捻くれたラブコメの時間は終わりを告げた。
次は、超常異能バトルの時間だ。
「それで委員長。九条先輩はどこにいるんだ? 僕も用があったんだけど」
「それが、君と小坂井さんに気づいて目を離しちゃって。目下探索中だよ」
「困ったなそりゃ……」
「……九条先輩?」
小坂井は周りを見渡す。しかし、隠れる場所のない部屋を一望しても九条先輩とかいう人は見当たらない。
はて、と首を傾げる。
「そんな風に探しても九条先輩は見つかんねーよ。いや、見えないの方が正しいか?」
「……?」
小坂井がまた首を傾げたそんなタイミング。
突然、その声はした。誰もいなかった、ついさっきまではホントに誰もいなかった場所から、声がした。
「見つからないでも見えないでもありません。見つけられないんです」
「……九条先輩、できればそこから動かないでいてもらえると嬉しいです」
「了解しました」
返事がした方を見る。というか睨む。目に力を一杯込めて、目一杯込めてその方を見てる。
「なにしてるの……?」
「まあ、見てろって」
変化は唐突だった。
誰もいなかったはずのドーナッツ型のテーブルのイスに、その人は忽然と現れた。いや、元からいただけで、僕たちが見えてなかっただけなんだけど。
「……!?」
小坂井がそれにビックリして声になってないかん高い声をあげた。馴れている僕はさほど驚く事なく、その人に声をかけた。
「久しぶりです、九条先輩」
高校三年の人に女性、と表記するのはちょっと抵抗があるがこの人は別格だ。それぐらい、どこぞの女子大生よりも、大人っぽさが滲みでているからだ。
身長が自分よりも高い女性というものに中々出会わないから、首をあげるというのに違和感がいつもある。
彼女が九条忍。高校三年生。僕らの通う高校の、生徒会副会長だ。
「いるならいると言ってくださいよ」
「言いましたよ。何回も」
九条先輩と向き合う。
こうしないと、またどこにいるのか分からなくなってしまうからだ。
彼女の能力は『消失点』存在が文字通り無くなる常時発動型の能力だ。
存在感が無いと言うのは、そこに誰もいないということ。
能力の暴走から……その一瞬から誰も見ていないだろうから、能力を手に入れた瞬間から、彼女はいなくなった。
一応は、話しかければ相手が気づいてくれる可能性もあるが、それはほぼ皆無だ。
僕が知っている中で、九条を認識できるのは、動物と、動物並みのカンを持ってる鑑大将。それと、自分ぐらいだ。
あと最近ようやく、委員長も気づけるようになったらしい。さすが委員長。
「雨夜さん、そこにいる彼女は?」
静かに、体裁を保ちながらも、可愛い物好きの九条の声は若干、上擦っていた。
「えっと……小坂井せつな。僕と委員長のクラスメートです」
「……む」
なぜかふくれっ面の小坂井。それ以外のなんだというのだ。
「そうですか。私は九条忍と言います」
「……」
静かに興奮しながら差し出された手を、じっとりと手汗をかいた手を、小坂井は握らなかった。
「すいません、汐崎さん。話の骨を折ってしまいましたね」
「いえ、大丈夫です。もう聞く理由がなくなったので」
「……ああ、話のお二人というのは彼らのことでしたか」
二人はと小坂井を交互に見ると、生温かい笑みを向けてきた。
なんだなんだ、僕の知らないところで一体何を話していたんだ?
生温かい笑みから逃げるように目を反らしながら、僕は九条先輩に聞いた。
「九条先輩、たいしょーは今どこにいます?」
「大将は今、治療中です」
「そーですか……」
残念。出鼻をくじかれた。
「今回はなにしでかしたんですか?」
「上位七名の一人、『最凶』とケンカを……能力で回復するからって、いつもいつもケガして帰ってきて……『勝ったぞ九条忍! 腕がとれてしまったけどな!
はっはー!』とか清々しい笑顔で言われてもこっちは笑えませんよ」
「……お疲れ様です」
小坂井を貸し出してみようかと思ったけど、いつでもすぐにケガが治せる事をたいしょーが知ってしまったら、きっと今以上に九条先輩の心労が耐えなくなるだろうから、教えないでおこう。
「どうかしたんですか? 大将になにか用でもあったのですか?」
九条先輩が珍しく首を傾げた。
ここは、どうするべきか。
僕は少し、考える。
普通ならば、ここは話すべきだろう、協力を乞うべきだ。
元からそのつもりだったから、ただその相手はたいしょーだ。
たいしょーなら、巻き込まれても大丈夫だろうし、むしろ自分から巻き込まれに来そうな人だし、安心できる。
だから僕はここに相談に来たんだ。
しかし、この二人は──九条先輩と委員長は、どう考えても喜ばないだろう。死闘を喜ぶ人なんて、そうそういない。
なら、隠すべきか。
「いえ、特に……」
二人の目を見た。
隠し事をしたら怒る。と言っていた。
そういえば、二人とも隠し事をされるのがものすごく嫌いだったっけ。
……。怒られるのはイヤだな。
「……実は」
僕は九条先輩と委員長に説明した。
家にいたら襲われたこと。家が燃えてなくなってしまったこと。そいつはどうやら身体強化と異能力、どちらも持ち合わせていること。名前は時宮心々実ということ。どうやら《箱庭》の住人ではないらしいということ。
国語力がないなりに、頭悪いなりに、身振り手振りを加えながらのそれは中々どうして、分かりやすい説明だったんじゃないかと思う。
「…………」
全て聞きおえた九条先輩はなにか悩むように、アゴに手を添えた。あれ、なんか分かりづらかったかな。
「なにか心当たりでもあるんですか?」
「はい、確かこの前、大将が──」
チン、と軽い電子音がなった。
全員、たいしょーが起きたのかと思った。
それぐらい、あまりにもタイミングが良すぎたからだ。
あの人なら、素晴らしくタイミング良く現れてもおかしくないと、そう思ってたし。
けど、それは違った。全然違った。
そこにいたのは、知らない男。
見覚えのない、白衣を着た男が、そこには立っていた。
片目を隠す白髪を掻き分けて、男は言う。
「やあ俺は貴堂悠樹というものだ。以後お見知りおきを」
まあ、生きてる間は。と。
男は笑った。
その背後で。
エレベーターの扉がゆっくりと、閉まった。
まるで、僕らを閉じこめるように。
一月の時といい、今といい、つくづく白衣に縁があるな。と思いながら僕は身構える。
こいつは確実に、味方ではない。
ちなみに、小坂井は別に汐崎と仲良くする気は毛頭ありません。
雨夜がいる手前、いざ仕方なく握手しただけです。後で手を洗いに行くぐらい、まだ嫌ってます。