俺の唯一無二の親友
──ちえ、失敗したかー。
第二種危険生物隔離施設、通称《箱庭》のシンボルは? と聞かれれば、多くの“欠陥能力者”は壁の上の大型機関銃か、大時計塔をあげる。
大型機関銃の方は、《箱庭》は所謂人口島で、そこを囲う天然の壁──大海原のさらに先に設置されている、大きな壁に設置されている。その数六基。射程距離は、島全体を網羅する。
今まで使用された事は、見世物として一度。それ以降使われたことはない。
もう一つ、時計塔の方はと言えば、中心街の中心にそびえ立っている。
中々近代的な建て並みをしている街に我が物顔でそびえ立っていて、場違いといか、時代錯誤というか、とにかく少し浮いているアンティークなデザインをしている。
この時計塔よりも大きな建築物は《箱庭》内にはなく、一番上まで昇れば島全体が一望できる。
そんな時計塔の頂上。三角屋根の上の──更に上。
空中に、彼は立っていた。
まるで足元に透明な足場があるように、彼は空中に立って街を見下ろしていた。
──彼女の、あの嫉妬深さとか独占欲があれば、きっと周りの雑踏全員消してくれると思ったのに……一人も消せてないし、なんだよ肩透かしだなー。
その、袖が妙に長く、桜吹雪の刺繍が施された黒色の作務衣を着た少年は、至極残念そうに、そう呟いた。口を一切動かさずに、呟いた。
しかしどういう原理か、声は脳内に直接話しかけているかのようにクリアに響く。
──しかし、嫉妬というのは恐いねー。人をここまで意味不明に支離滅裂に崩れさせるんだから。
俺には全く理解できないよ。どうしてあそこまで、頑張れるのか。
少年は少し羨ましそうに言った。
聞こえ的には、人が犬の鼻の良さを羨ましがってるような、金持ちが貧乏人の自由を羨むような、そんな上から目線な感じだけど。
──あーあ、良い作戦だと思ったんだけどなー。
つまんなそうに、少年は呟く。しかし、すぐにテンションを持ち直して。
──ま、いっか。また別の作戦に出ればいいし。
と、言った。
──爆弾魔事件を通して感情の真似事をはじめた少年。
──それが、曲がりなりにも、歪みなりにもヒロインに出逢ったわけだ。
──お次は、敵の登場だ。自分の知らない、外の世界の常識。
──新しい能力。卑下され、淘汰された自分たちと違う、崇められ、保護された能力者。
──さて、そろそろ俺の出番かな。やっとあいつの前に行ける。
少年は笑う。ただひたすらに。人生が面白くてたまらない! と辺りに知らしめているように、笑う。笑う。
──あいつ、俺のこと覚えてるかなー。
今度は欠陥品と完成品のお話。
どこにでもはいない、英雄失格と、どこにでもいそうでいない、天才の。
兎と烏の。
第一戦。
***
首藤宗一は親バカである。更に言えばバカ親だ。
どれぐらいかと言えば、娘の犯罪歴は全てもみ消し、受験という受験はしなくていいように手配済み。彼女の通う学校は彼女の為に造られた王国というぐらい、バカ親だ。
娘が好きだといったものはなんでも与えたし、嫌いだというものはなんでも外に追い出した。なんでも買ってあげるし、なんでも願いをかなえてあげる。
それほどまでに娘に溺愛しているし、それほどまでの事を実行できる権力を持っている。
そんな彼の前に、溺愛してやまない娘が倒れている。
ボロボロの姿だった。
点滴の管が、痛々しいぐらい体の至る所に突き刺さり、這入りこみ、傷ついた体を隠すように全身くまなく包帯が巻き付けられている。
病院に運ばれてきたときは、右肩の骨が細かく砕かれていて、無くなっていたらしい。腕の筋繊維は、一本一本に至るまでねじ切られ、引き千切られて、螺子曲げられていた。
足は万力で潰されたと言われれば、信じてしまいそうなぐらいすり潰されていて、顔は原形を留めておらず、見間違えるほどまでに醜く変貌していた。親バカの宗一でさえ、一瞬見分けがつかなかったほどだ。
しかもこれで生きていると言う。
いや、生かされていた。と言うべきか。
存分に手加減されて、犯人の趣向でギリギリ生かされている、と言うべきか。
しかし、そんなこと、宗一が知る由もなく、ただただ、シューシューとマスクから酸素を吸いこみ、ピッピッと規則正しく鳴る心音を聞きながら、個室のベットの前で立ち尽くして、震えていた。
もちろんの事ながら、病院の個室の中で、一番高価な部屋だ。
ホテルでいえば、ロイヤルスイートルーム?
「お嬢さんの容態ですが、奇跡といいますか、命に別状はなく、回復に向かっています。こちら側としても患者様に後遺症が残らぬよう、最高ランクの──」
「どいつだ……」
「はい?」
外からわざわざ呼んだ名医の話を一向に聞こうとせず、宗一は震えながら、激情を全く隠そうとせず、顔を歪めて、握った拳を壁にたたきつけた。派手派手しく、大きな音が病院内に響く。
「娘を傷物にしたのはどこのゴミ共だ!!」
腹の奥底からの叫び声だった。病院全体がビリビリと、震える。
病院内なのでお静かに、という人はいない。
そもそも彼を止められる人間など、この施設内には、いない。
彼がどれだけ暴走しようものにも、彼を咎めれる人は、どこにも、いない。
「そこのお前」
「はい……!」
ドスの利いた低い声に、医者はびくりと反応する。
「他の患者なんてどうでもいい。まずは俺の娘を最優先に看護しろ」
「は、はい!」
後ろで医者と関係者が慌ただしく動き回るのを背に、宗一は愛娘の手を握った。
「小凪……大丈夫だからな、パパがきっと、治してあげるからな」
「……パ……パパ……?」
「……!?」
勢いよく顔を上げる。瞑っていた──というか、腫れて開いてるか閉まってるかよく分かんなかった目がうっすらと開いていた。
薄く細く開かれた目の奥に覗く黒目は、確かに宗一を見据えていた。
「そ、そうだ。パパだぞ! 大丈夫だからな小凪。パパが絶対──」
「……こ、さかい、せつ、な」
「ん?」
娘が何かを言っている。ボソボソと、途切れ途切れに訴えている。
雨夜はついウッカリ、ノドを潰し忘れていた。彼女が目覚めれば、訴えを起こす可能性があるというのに。
「……小坂井せつな。か?」
娘は「そう」と細々と呟いた。
小坂井せつな。という名前に、宗一は聞き覚えがあった。娘が遊び道具にしている“欠陥能力者”だ。
どうして今、その名前が出て来たのだろうと思っていると、娘はまたゆっくり口を開いた。
「それ……と、あ、まやい……つき……」
「あま……雨夜維月か?」
その名前にも聞き覚えがある。前に、ヒドい目にあったと愚痴っていた奴だ。
「その二人がどうかしたのか?」
「あ、いつ……ら、が……」
「あいつらが……その二人がお前をこんな目にあわせたのか?」
「……そ……ぉ」
喋るときにどこか傷が開いてるのか、涙を流しながら娘は頷いた。
「パ……パァ、あぃ……ら、どう、にか……て」
パパ、あいつらどうにかして。
そう、訴えてくるカワイいカワイい娘に宗一は。
「任せておけ。パパはお前の味方だ」
と、胸を叩いた。
娘はそれを見ると、安心しきったように、もう一度眠りについた。
「そこのお前」
「は、はいっ!」
「娘を頼む」
「はいっっ!!」
医者に強く念を押し、宗一は病室をでるやいなや、歩きながら携帯をとりだした。
携帯のご利用は、もちろんご遠慮いただいているのだけど、やはり、だれも注意しなかった。
「俺だ……」
連絡したのは、隔離施設の外にある、自分の会社の本社。
「そうだ。探せ、俺の娘を傷つけたゴミ共を見つけろ。名前は雨夜維月と小坂井せつな……殺せ、辱めろ。何を使ってでもだ……」
「そうですか。なら、私たちにお任せして頂けないでしょうか?」
「……誰だ」
電話に夢中になっていると、自分の前に誰かが立っていることに気づかなかった。
視界をあげて、そいつを視界におさめる。
白衣を着た白髪の男が立っていた。年は、三十代あたりだろうか、ただならぬ風格を感じれる。
その男の後ろには、男の腰ぐらいの身長の少年が、宗一を観察するように見ていた。短めの茶髪、耳の横の髪だけ赤色に染めている。
白衣ということは、医者だろうか。いやしかし、こんな医者を雇った覚えはない。
宗一と目が合うと、男は、笑った。人当たりの良い、誰もが彼を良い人と形容しそうな笑みを浮かべた。
「初めまして、正義の味方です」
こうして。
施設外から何人かの能力者が、施設に侵入した。
しかしそれを、自分達が狙われている事を、雨夜と小坂井は知る由もなく、捻くれたラブコメを、歪んだ純愛を未だに続けていた。
これからは、バトルパートです。