「生きていることが」
舞台説明みたいなものです。拙い文章ですが、楽しんでもらえたら幸いです。
とある聖人は、最近自分の周りで不幸な出来事が続いている事に気がついた。
とある爛漫は、自分が通り過ぎていった家が倒壊している事にまだ気づいていなかった。
とある人殺しは、自分の扱う刃物の切れ味は良すぎるようになった事実に悦んだ。
とある青髪は、壊れていた時計がまた動きだしていて不思議に思った。
とある空白は、誰も自分を見ていない事に気づいた。見えてない事には気づいていなかった。
とある無敵は、疲れを忘れて遊び回ってはしゃぎ回っていた。
とある烏は、なぜ自分じゃないのかと憤慨していた。
とある猫は、次は自分かと恐れ恐がった。
とある兎は、動けるようになって、特になんとも思わなかった。
日常の中、何かが変わっていることに気づいた者は暴走を始め、気づけなかった者は知らず知らずの内に人を傷つけ、己を傷つけ、気づいた時に深く悲しんだ。とても喜んだ。凄く哀しんだ。ただただ悦んだ。特に何も思わなかった。
負荷ありきの能力を抱えた彼らは欠陥能力者と呼ばれて、恐れられて、人権を奪われて。
彼らの存在は否定されて、世界から居場所を追われて、日本では一箇所に隔離する事になった。
***
《はーい、“獄島”行きを免れた第二級危険生物のみなさん、こーんにちわー》
僕らは、どこか知らない大きな港に集められていた。
少し廃れた港。そこには沢山の、それこそ日本中から集められたんじゃないかってぐらい、人が集まっている。
実際はそんな訳もなく、他にも集合場所はあったらしいけど、そう感じるぐらい、沢山の人が集まっていた。
港には小さな漁船は一隻もなく、代わりに大きな輸送船が一隻だけあった。
大きな、大きな黒張りの輸送船。
それが僕には棺桶にしか見えなかった。
《私は今回、あなたたちを輸送するあの船の艦長、実玖田真子と言いまーす。一応忠告しておくけど、私に逆らったら“獄島”行きだからねー、気をつけてねー》
その時、僕はまだ子供だったから、周りの大人たちの背丈に隠されて喋っている人の姿を見ることは出来なかった。
代わりに手元を見ながら、話を聞き流していた。
その手元には、鋼鉄製の手枷がついていた。足にも足枷。もちろん、鋼鉄製。
重たくてしゃがみ込みたかったけれど、しゃがめば注意勧告で──“獄島”行きだ。それだけはイヤだ。
いや、僕らが今から向かう先もそんなに変わらないと思うけど。
自由のない監獄か、自由のある隔離施設か。
選んでいいのなら、断然後者だ。だから僕は、必死にその手枷を持ち上げ続けた。
《今から三年前に起きた謎の現象によって能力者となったあなた達。あなた達が持っている能力が欠陥品だから“欠陥能力者”と呼ばれているあなた達》
ゆっくりと、声の主は言う。その声質からして、拡音機でも使っていたのだろう。
《あなた達が現れてから、世界は変わりました。能力の暴走に始まり、能力を行使しての殺人、破壊、犯罪行為をたーくさん。あ、あなた達はしてないからここにいるんでしたね》
暴走以外は、と彼女は言った。
視界に見える全員が肩越しに後ろを覗きみた。僕は堂々と振り向いて、後ろを見た──後ろの街を見た。
僕らの後ろにある街には、誰も住んでいない──誰も住めない。
ビルは倒壊して斜めに崩れ、道路は亀裂がハシっていて隆起していて陥没している。電気はもちろん通ってないし、水道も使えない。今にも崩れ去ってしまいそうな元街の現残骸。
それ全てを作り出したのが僕らの暴走なのだから、子供にまで手枷足枷をつけるぐらい恐がっても、無理はない。
《あなた達は社会の平和と自由を乱す危険分子です。なので隔離されることとなりました。しかしながらー? 犯罪を犯していない、不可抗力な暴走を除いて特になにもしていない“欠陥能力者”まで監獄にいれるのはどうなんだー、ということで二つに分かれることとなりました》
そしてその危険生物を、支配下に置いているその優越感で、テンションが高いのも無理はない。
《あなた達が向かうのは、犯罪者が収容される第一級危険生物隔離所、通称“獄島”──ではなく、犯罪を犯していない方が収容される第二級危険生物隔離所“箱庭”でーす、わーいパチパチー。ほらあなた達も!》
本当にテンションが高かった。
拍手したくても手枷で出来ないんだけどな。
《けどね。しょーじき言いますと、全員“獄島”行きでいいんじゃないなと、私は思うんですけどね》
生きていることが罪だ。
そう、彼女は言い放った。
きっと彼女は忘れているのだろう。目の前にいる僕らは、元人間だということを。
《ま、そんなこと言っても仕方ないんですけどねー》
そんな彼女は、最後にこう締めくくった。
《そこで悠々自適に過ごしちゃってくださいよ。そこだけなら──》
そこだけなら、まだ人間として扱ってあげますから。
と、彼女は言った。
なんだ、忘れてなかったんだ。