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サンドロック  作者: 中田 春
灰色のシンデレラ
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リカ、ヒヤヒヤ・ドキドキしちゃったッ!!!!

 まるで人間の血管のように坑内を巡る単色の裸導線。

 ウーウーといつまでも止むことのない発電機のモーター音。


 その様子は、隠すつもりは一切ない、と開き直っているかのようだ。


 その清々しさと荒々しさに対して、

 上手にスマートに着飾ってみせるのは大人のサガだ。

 “大人”ってヤツは誰だって、ハダカの自分がキライなんだ。

 導線の一本だって、こんなに堂々と(さら)せやしない。





 両手では数えきれないほどのたくさんの“少年”と“少女”らが、

 じっと俺を観察していた。

 その幼い瞳は、どんなに着色したって染まりきれるもんじゃない。

 鉱石マニアが所蔵する

 どんな自慢の〈輝石(きせき)〉よりも純粋に思える。


 

 きっとココは、

 『子供の国』なんだろう。



 長く続く沈黙。そして刺すような視線の嵐。

 簡単に仲良くできないから、やっぱり俺たちは、

 こんな薄気味悪い〈地底〉で暮らしてるんだ。


「そもそも」


 俺にアーミーナイフを突き刺そうとした少年が口を開く。



「なんで勝手に行動してんだよ! “その男”は誰だ! なんだソイツ!」

「私たちを救ってくれる人です。ごめんさない、シュウ。今は言えません」

「言えないことってなんだ! 俺は、ゼッタイに許さねえぞ! なんで(そと)のヤツに、“大人”なんかに助けを求める? 俺たちのことは俺たちで、だろ? いつだってそうしてきたし、これからもずっとそうだ。それにこういうことは、皆で相談してからって決めたはずだ! 最初に言い出したのは、ソーニャだからな! 都合よく忘れたとか言うなよ!」


「あれは、あんたのための“約束”だからねえ」


「俺だけ守らせて、お前らはイイのか! ケンカ売ってんのかルチ!」

「さすがによく覚えてるなあ、って言ったの。そんなに怒ると早く死ぬよ」



 赤毛の少女はそう言って、屈託なく笑う。

 こういう時は、年相応に見えるんだよな。



「それで? シュウじゃないけど『約束』を破ったときは……ねえソーニャ、どうなるんだっけ?」

「ルチ。ソーニャ、“おしおき”されるの?」

「これは、チシャと私の“約束”でもあるんだよ。破ったら罰を受けなくちゃならない。もしもチシャがなにか悪いことをして、それでも平気な顔をチシャがしていたら、私はどうすると思う? チシャは悪いことをしたら、最初になにをする?」

「あやまる。ルチがおこるまえに」



 自然と周囲に笑みがこぼれる。

 赤毛の少女は優しくほほえみ、

 自分を見上げる小さな瞳をいつくしむよう、

 彼女のふっくらした頬にそっと右手を添える。


「そうだろう? 私が許すのは、私とチシャの間に信頼関係があるからさ」


 そして今度は俺の前で小さくなっているソーニャに

 ルチは厳しい視線を向ける。


「でも、たくさんの人が居て、それでもまとめていかなきゃいけない時、そこにはルールが必要だ。決められた“約束”がね」

 


 『子供の国』にも絶対的なものが()るのか……。



「それが一番簡単なんだ。“アレ”を誰か持ってきて!」



 無機質な発電機のモーター音がむなしく響く。

 周囲を見渡すと、

 一様に戸惑いの表情を浮かべる“少年”と“少女”らが居た。



「どうした! “約束”を破ったヤツがどうなるか、知らないワケじゃないだろッ」


 そしてルチは、あの少年に矛先を向ける。


「シュウ……あんたもまさか、知らないって言うのかい? それとも相手がソーニャだからできないのか? ホント、情けないヤツラだね。なら私がやってやる!」



 まるで時が止まったかのように立ち尽くす彼らとは対象に

 ルチはその場をつかつかと離れる。

 裸導線が伸びる地肌がむき出しの壁際をしばらく歩き、

 そこに立てかけてある“鉄の棒”を、彼女はむんずと掴んだ。


「ソーニャ、それを脱ぎな」


 俺の前で責めを受ける、黒髪の美少女の表情を窺うことはできない。

 泣いているのだろうか――

 いや、しっかりと前を見つめているだろう。

 なんとなく、そんな気がする。



 やがてソーニャはワンピースの肩紐に手を掛けた。

 身に纏う、あの粗末な彼女の着衣が音もなく地面にすり落ちる。

 吊り下げ式の〈通常照明〉が、なにもない殺風景な空間に、

 その無垢な肌を浮かび上がらせる。

 少女は細い両肩を抱き、精いっぱいに耐えていた。


 それは、とても似つかわしくない。

 それを手にするルチにとっても。

 そして、これからそれを受けるソーニャにとっても。


 鉄の棒が振り上げられる。


「――ッ!」


 それでもソーニャは声を上げない。

 耳障りな発電機のモーター音と、鉄の棒が空気を切り裂く鋭い音と、

 鉄の棒が肌に打ち当たる鈍い音が坑内にこだまする。



 透き通るような白い肌が次第に赤みを増す。

 この行為は彼らにとって、それほど珍しいことなのか。

 それとも目の前で耐え続ける黒髪の美少女に限定されたものなのか。


 それは俺に分からない。


 ただ確かなのは、ココに居る誰もがそれによって、

 “まるで自分が傷つけられていく感覚を味わっていた”ってことだ。



「ルチ」

 鉄の棒が少女を打つ!

「ルチ、もうやめて」

 鉄の棒が、美少女の露わになった背中を容赦なく打ち付ける!



  「ルチッ!」



 そこに渦巻いていた狂気は、彼女の声で掻き消えた。

 うずくまり、裸身を晒したまま震えるソーニャを包み込むように、

 真っ赤に染まった背中に小さな彼女は覆いかぶさる。

 ソーニャを痛いくらいに握りしめるのは、

 シチューをかき混ぜていた、あの子供の手だ。



「はあ、はあ、はあ……いいだろう、ソーニャはもうひとつ“約束”を破った、それが“この男”だッ! この場所は、他の誰にも知られてはいけない。“約束”をふたつ破ったヤツは、命をかけて償ってもらう。それが決まりだ。――ミラ、ララ、ソーニャを『怪物の洞穴』まで案内するんだ。ついでに“この男”も連れて行け。お前の運命も試してやる」


 ルチは地面に突っ伏したままのソーニャを素通りし、

 なんと俺の前に立ちふさがる。



「まさかイヤなんて言うんじゃないだろうね? 『なんでも屋のリカ』さん」



 背丈は半分ほどなのに、有無を言わさぬ迫力がある。

 赤毛の少女はそれ以上語らず、黙って俺の目を見つめる。


 まるで奥にある俺の“なにか”を確かめるように。


「行け」


 これは芝居(しばい)だ。




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