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サンドロック  作者: 中田 春
灰色のシンデレラ
6/115

リカ、たくさんジロジロされる!!



 暗くて長いトンネルの先で俺を待っていたのは

 〈地底〉の“怪物”でもなく、

 まして悲しい出来事でもない。

 恥ずかしげもなく言ってしまえばそれは、

 恐ろしく柔らかな

 どこにでもあるようで

 しかし得るには決して容易でない

 『家庭の灯火(ともしび)』だった。



「あ」



 いちいち口にしなくてもわかる。

 それは『ブラックシチュー』だ。

 かといって色が黒いワケじゃない。むしろ白い。

 手当たり次第に煮立った鍋に食材を投入し、

 市販のホワイト・ルウを入れてしまえば

 『ブラックシチュー』の完成だ。


 なにが入っているのか分からないところがブラックなんだ。

 貧民地区・二番街(ベータ・ストリート)のこれぞソウルフードと言える。




「しんにゅうしゃ、しんにゅうしゃ!」




 シチューを混ぜる手を止め、

 明るいブロンドの髪を肩口まで伸ばした少女は

 突然降ってきた俺を見るや否や、たどたどしい口調で騒ぎ立てる。



「チシャ、なんの騒ぎ? また“死んだはずのネズミ”が逃げ出したのかい?」



 食べる前に言ってくれてよかったよ。

 落ちた先はシチューの材料に困らない地域らしい。



「……あんた」

「や、やあ。どうも」



 見るからに勝気そうな女――いや、こちらも“少女”か。

 俺を見た途端に敵意をむき出す“赤毛の彼女”は「侵入者だッ」と叫び、

 その言葉が持つ本来の意味と音声とをシンクロさせる。

 さっきの子供の慌てぶりに、ほほ笑ましささえ感じていた俺は

 置かれた状況をようやく正しく理解した。



「――ソイツから離れろッ!」


 反対側の通路から、いくつもの荒々しい息遣いを背中越しに感じる。

 その中のひとつだけが、まったく速度を変えず、俺との距離を詰めていく。



 ――振り返る。

 向かってくる小さな気配を今度は視覚で認識する。

 影はそこまで迫っている。


 その相手は、目を固く閉じていた。

 俺と接触する――ほんのわずかな間だったが。

 安心したよソーニャ。


 まだコイツは“正常”だ。


「それはオモチャじゃない」


 両手で握りしめたアーミーナイフが俺の身体に達するより早く、

 瞬時に手を伸ばして相手の肩を押す。



 勢いに逆らわず、

 ほんの少しだけ加速させて溢れる若さを完全にいなす。


 少年は、なにが起きたかわからない、といった風に動きを止め、

 地面に転がったアーミーナイフをしばらく見つめていた。


 ――がッ!


 あの勝気そうな赤毛の女――いや“赤毛の少女”が金切り声で叫ぶ!


「いつもの勢いはウソか! いッつも怒鳴り散らして偉そうにして、お前なんか、口だけじゃないか! その口で言ってみろッ、ウチらの『リーダー』は誰だ!」


 どうも言葉のひとつひとつに勢いがある。

 彼女の勢いにノってしまう男は多そうだ。

 ちなみに俺もそのひとりだ。



 戦意を取り戻した少年がアーミーナイフを拾い上げ、

 それと同時にこっちも身構える。

 俺の出方を窺うように少年がジリジリと近づいた、まさにその時――

 


 すっかり忘れていた“ワスレモノ”が

 なんと!今になって天井から降ってきて、

 完全に不意を突かれた俺の首を“ワスレモノ”は見事に破壊した。


 曲げてはいけない方向に曲がった気がする。


「ソーニャ!」


 俺をココまで担ぎ出した“黒髪の美少女”は

 俺の背中の上で両膝を着くと

 この最悪なムードの中で「ただいま」と小さくつぶやいた。





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