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サンドロック  作者: 中田 春
灰色のシンデレラ
3/115

リカ、踏まれる!!

 〈人工太陽〉を鬱陶しく感じるようになったのは、いつからだったろう。

 強烈だったのは【ヘルタ・フルール】のプラットフォームで目を覚ました時。

 なけなしの金で買った安酒は、

 今になって思えば(あや)しいくらいに真ッ黄色な液体で、

 それは最低品質の合成酒(イエロー・リカー)だった。

 その時の俺は二度ボトルに口をつけた後の

 たったの三口目で見事に飛んだ。


 意識が朦朧とする中で全身に浴び続けた〈人工太陽〉の強烈な光線は、

 あのそびえ立つ巨大な支柱をよじ登って、

 今すぐブッ壊したくなる衝動に何万回と駆られたのだった。



 ……その“ナマイキな相手”は今どうしているかと言うと

 相変わらず、俺の存在など興味ないといったカンジに

 すごく偉そうな主張を〈人工太陽〉は続けている。

 〈夜〉が明け、ついさっき点灯を始めたばかりだろう。




 ―― 俺たちが酒を飲んで息をするこの空間は、“地の底”だ ――




 そしてこれは気が遠くなるほど昔の話。

 人間が、どれほど救えない存在であるかを忘れないために

 親父がしつこく言い聞かせる子守唄だ。


 

 見渡す限りに緑が溢れ、

 『大海原』という未知なる領域と

 制限のない自由な『大空』とが広がる

 生命の息吹ってヤツで満ちていたはずの〈地上〉は

 度重なる争いの炎に全身を焼き尽くされた。


 それが大陸間戦争――『星の終末』と呼ばれる

 〈星〉の環境に影響を及ぼすほど俺たちが互いを憎しみ合った時期だ。





   人間は、〈タイヨウ〉の下で生きることを放棄した。





 ちょっと壮大な物言いをしてしまうと、俺はたぶんそれ以来、

 〈昼〉ってヤツが嫌いになったんだ。

 大地に穴を掘って暮らし始めた俺たちの先祖は

 急激な変化に適応するために代用品の大量生産を始めた。

 〈タイヨウ〉の代わりに〈人工太陽〉を制作し、

 酒を造る手間を省いて合成酒(イエロー・リカー)を大量に醸造する。

 このふたつは最低の代用品だ。


 まあ、〈タイヨウ〉だけは本物を見たヤツはないんだろうが。

 生きているヤツは、って条件付きで。

 世界の常識を本気で語る世代は既にない。


 


 愚かさは、彼らの死で償ったんだ。



 その償いきれない『罪』が、この〈地底〉なんだろう。



 


 俺の前を、さっきからチョコチョコと、子ネズミのように動き回るのは

 依頼人――になるかもしれないし、きっとなれないと思うヤツだ。

 子ネズミは、自分に向かってくる人の波を慣れた風に避けながら

 歩みをスイスイ進めている。俺の周囲は先ほどから

 必死で客を呼び止めようとする呼子(よびこ)の甲高い声が絶えない。




 〈昼〉も〈夜〉も時間帯を問わず、常に活気づくココは

 【貧民地区・二番街(ベータ・ストリート)】名物の【失せ物市場】。

 なくした物が目の前で売られていた、

 なんて笑えないジョークみたいなことがよくある楽しい場所だ。


 なにも明確にならない中で、分かったことがひとつある。


「オイ」


 すると俺の前を一定のスピードで歩き続ける小さな影は

 ピタリと足を止め、「ソーニャ」と、いちいち振り向いて

 自分の小さな顔を指さす。

 何度やってみても、まったく同じリアクションなので面白い。



「不安なのは分かりますリカ。私たちの家は、もっと先です。ほんの、あともう少し」

「そこでようやく見られるワケだ。お前が用意する、今回の『依頼の報酬』ってヤツ。お楽しみが、もう少しで終わると思うと悲しいね。念押しするが、そッちに支払い能力がないと判断した時は、先に受け取った手付金と共に俺は消える。お前との契約はナシだ」



 そして値踏みするように、少女の全身をゆっくりと眺める。


 履き古したこげ茶色のサンダル。

 やせ細った足首。

 着ている白のワンピースは洗浄が不可能なほどの、ひどい汚れが目立つ。

 そのコスチュームが、まさかシュミってことはないだろう。


「成功報酬は“望むもの”を。そういう話だったよな?」


 そうして徐々に視線を上げていき、ようやく少女の顔にたどり着いた時、

 思いのほか、整った顔立ちであることを今更ながら知った。

 きっとそう遠くない未来、彼女は自分の意思とは無関係に

 貧民地区・二番街(ベータ・ストリート)を出ていくはずだ。



 もっと美しく煌びやかで、

 そして、もっと人間の欲望が渦巻くところへ――



「先に言っておくが、“そッち”のシュミはない」



 少女はそれを聞いて、怪訝な表情に変わる。



「“そッち”、とは?」

「俺は“お前のカラダ”に興味はない。だから仕事の報酬には絶対ならない。なぜなら俺は、お前を望まないから。だが“お前のカラダ”で稼いだカネなら大歓迎だ」

「か、かっ、かっ!」



 そして顔を真っ赤にさせる。

 俺は手付金として収めた(薄毛の店主に彼女が手数料として渡すはずだった)三枚の金貨と、十五枚の銀貨が入っている革袋を、

 わざわざ懐から出して見せる。



「だから“ヘンタイ”を相手に稼いだんだろ? お前がその小さなカラ――でッ!」

 その刹那、足の先に衝撃が走る!

 もろい部分を思いッきり踏んづけられた。

 慣れているとしか言いようがないほど鮮やかだった。



 それはまったく予想外の出来事で

 声にならないうめき声を上げながら、

 【失せ物市場】に絶えず押し寄せる人波の中で

 俺はコッソリ揉まれる。



「お前じゃない、ソーニャ! 私には“ソーニャ”って名前があるの! もう一度“オマエ”って私を呼んだら、もっとイタイことしてあげる! それがお望みならどうぞッ! “ヘンタイ”のリカ、分かった?」



 オーケイ、ソーニャ。

 (もだ)えながら俺は返事をした。



 そッちのシュミはないからね。



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