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1 エピローグ

 無事エルバを救いだし、またいつもの平和な日常が戻ってくる。

 ――はずだったのに、なんでわたしはまた兵士たちに囲まれてるの……!

 フィオーレがいるのは王宮のいわゆる応接間。ただ会話をするだけであろうにこんなスペースが必要なのか疑問に思うほど広い部屋には、中央に二対のソファーがテーブルを挟んで置かれているだけだ。

 結局ヘレネとカロンは創世の魔導書は持っていかず、それどころか会話もそこそこに騒動に乗じて姿を消してしまった。彼らを探してきょろきょろしているうちに兵士たちに捕まり、この部屋へ連れてこられたのだ。

 やはり反逆罪か何かで罰せられてしまうのだろうか。フィオーレが覚悟を決めかけていた、そのときだった。

「……え?」

 キィと沈黙を破った扉を開く高い音に顔を上げる。しかしフィオーレはそこにいた人物を見てポカンと口を開けた。

 豪勢な衣装に身を包み、目にも鮮やかな猩々緋のマントを翻して颯爽と現れた初老の男性は、紛れもない――国王ズースだった。

 見間違いかとも思ったがいくらフィオーレが田舎者で直接には見たことがないとはいえ、頭に乗った王冠と桔梗の紋は彼が国王であることを明確に示している。

 とにかくそんな高位な人物を前に自分がソファーに座しているなんて、とフィオーレが腰を上げようとした瞬間。

 逆にズースのほうが膝をついた。

「えっ、ちょっと!何してらっしゃるんですか!」

 フィオーレが負けじと低く頭を下げるとズースが狼狽しだす。

「やめなさい!君は自分が何者か分かっていない、フィオーレ・ルナリア!」

「し、失礼ながら、分かってないのはそちらじゃないんですか!」

 その見た目通りのしわがれた低い声でズースが顔を上げなさいと連呼していた。しかしフィオーレはそう反論して額が床に付くくらいに頭を下げ続ける。

 そんなフィオーレを見たズースは呆れたように息を漏らすと、おもむろに口を開いた。

「フィオーレ・ルナリア。君はこの国の新たな王になったんだよ」

 ……国王というのはなんて笑えない冗談を言うんだ。フィオーレが思いっきり眉をひそめつつ顔を上げた。

「御冗談を」

「冗談じゃない。君はさっき何を飲んだ?」

 ズースの言葉にフィオーレがぐっと息を呑んだ。一言一句違わずに答える。

「アテナの涙……です」

「あれの効能は知っているだろう。君は今、マジコ一の魔力を持った魔法使いとなってしまった」

「だったら何なんですか……」

 意味が分からないと言わんばかりにフィオーレが問う。その察しの悪さにズースも少し呆れているのはフィオーレにも見て取れた。

「魔法王国マジコ。この国を治めるのは、国で一番魔力を持った人物だ」

 ようやくその意味を悟ったフィオーレが、こぼれそうなほど大きく目を見開く。慌ててズースの顔を仰ぐと、ぶんぶんと首を横に振る。

「わっ、わたし、王弟に逆らって!それにただの田舎者でっ、だからそんなの!」

 王宮への憎悪がむくむくと湧いてくるようで、自分でも取り乱してちゃんと言葉が紡げていないのは分かっていた。脳裏に祖父と妹の顔が浮かび上がって、その表情もサッと色を失っていく。

「村に帰ります!」

「だめだ、君には王女となって国を治めてもらう」

 これは掟なんだよ。そう告げたズースの目は欠片も笑っていなかった。

 ぞくりと肌が粟立つのを感じた。もうこの部屋にいることにすら恐怖を感じる。ズースの、兵士たちの、自分を見つめる視線が怖い。自分が立っている床ですら恐ろしくて憎らしい。ふらふらと後ずさると、フィオーレはそのまま扉へと駆けた。

 しかし部屋を飛び出そうとしたフィオーレを兵士ではない誰かが取り押さえる。というより、まるで抱きしめるかのような手つきだった。

 驚いて真っ青な顔を上げると、そこにはこの数日ですっかり見慣れてしまったターコイズの瞳と白藍の髪。

 しかし服装は全く見慣れないものだった。まるで王家の血筋の人間が着るような煌びやかな衣装。とはいえヘレネの整った顔立ちはけして負けることなく、むしろその美しさが引き立てられている。

「……ヘレネ」

「フィオ、大丈夫だから」

 フィオーレだけに聞こえるように絞られた声が耳をくすぐる。安心して力の抜けたフィオーレがそっとヘレネに身体を預けた。

 ふわりと寄りかかってきた体重にヘレネが淡く微笑む。そしてフィオーレの肩を掴み隣に自力で立たせると、スッと矢を――アルテミスの征矢を取り出した。

「お久しぶりです。父上」

 ヘレネの言葉に兵士や家臣たちがざわついた。しかしズースだけは表情を変えずにヘレネを見つめる。

「……生きておったか、ヘレネ」

「父上が生かしてくださったのでしょう」

 そう言ったヘレネの脳裏に浮かんだのは、燃え盛る炎と今は亡き母の顔。

 ヘレネもまた政敵に家族を奪われた一人だったのだ。

「ここにあるのは国王の証、アルテミスの征矢。私はフィオーレ・ルナリアを后とし、この国の新たな国王となろう」

 ヘレネの宣言に部屋にいた全員が己の耳を疑った。死んだとされていた王の長男が現れたかと思えば、行方知れずだった国宝を取り出した挙句「王になる」などと言い出したのだ。

 特に驚いているのは隣にいるフィオーレだった。

「ヘ、ヘレネ、何言ってるの……?」

「フィオは私が王太子だと知っていただろう?」

「そのことじゃなくて、あの、私」

「……あぁ」

 おろおろと視線を彷徨わせるフィオーレを見て、ヘレネが小さく頷いた。そしてそのまま膝をつき、フィオーレの手を取ると指先に口づける。突然の行動にフィオーレが小さく声を上げた。

 ヘレネの行動を全員がじっと見つめる。その視線を全て受け止めて、ヘレネは顔を上げ口を開いた。

「フィオーレ・ルナリア。初めて会ったとき……君が妹のためだけにこんなに必死になっている姿を見て、私は君に心惹かれた。本当は妹さんと村に帰してあげられたら一番よかったけど……申し訳ないが、それはできそうにない。だからその分、私が幸せにしようと決めたんだ」

 だめかな、とヘレネがフィオーレを仰ぎ見る。フィオーレは驚きのあまり魚のようにぱくぱくと口を開閉させるだけだ。

「私の后となって、一緒にマジコを治めてはくれないか」

 ヘレネが問いかけた。ようやく我に返ったフィオーレがハッと息を呑んで、そして、小さく頷いた。

「は、い」

 それまでポカンとその様子を眺めていた兵士たちが、わっと盛り上がる。おそらく彼らはこの状況を大したこととは思っていない。新たに誕生した国王と后を口実に馬鹿騒ぎしたいだけだ。政務に携わっているズースや家臣たちは苦笑いだった。


 今年の魔法王国マジコの春はいつもとは違った。新たな国王と后が誕生し、王都では一ヶ月にわたって盛大な宴が催された。

 大通りの屋台でお忍びでやってきていた新しい国王と后、そしてその家臣が目撃されたと幾多の住人が噂していた。彼らの訪れたところでは皆笑顔になったという。

 マジコに春を告げる暖かい風は同時に幸せも運んできたのだと、誰もが口々に語った。

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