1 三大国宝
王太子の誕生日を祝うために、今年も田舎からメイドとして少女たちが集められる。その生誕祭の間はメイドとはいえ美しい衣装が着られるということで、少女たちは満更でもなく毎年王都へと足を運んでいた。
それは、フィオーレ・ルナリアの妹、エルバも例外ではなかった。
フィオーレの祖父は先代の大魔導士だったが、三年前、政敵に暗殺された。
祖父を失う原因となった王宮にフィオーレが好意を抱けるはずがない。彼女は絶対に生誕祭にもどんな祭にも、奉仕も参加もしなかった。
しかしそれはエルバとて同じことだ。ただ、彼女の容姿ではそうもいかなかった。小豆色の髪に琥珀の瞳、どちらかというと可愛いという形容詞が似合いの姉フィオーレに対して腹違いの妹エルバは、美しい金髪に翡翠の瞳、整った目鼻立ちとしなやかな体。それは誰の目にも一目で焼き付いた。
二年前、奉仕へ行った村の少女の忘れ物を届けに行っただけですっかり顔を覚えられ、名指しで王宮へ呼ばれるのだ。いくらエルバが望まなくても拒否することはできなかった。
しかも昨年、女好きと名高い王弟ハデスに目をつけられたという。やはり王宮というのはろくなことがない。フィオーレはひとり溜息をついた。
出窓に肘をつき外を見るともなく眺めれば、風が吹いて桜の花びらがフィオーレの視界を覆う。ひらひらと宙を踊るその様は生誕祭の舞踏会を連想させて、せっかくの春の訪れを素直に喜ぶことができなかった。
そろそろ畑を見てこないと、とおもむろに立ち上がったフィオーレの視界が一瞬にして桜の桃色から紺へ変わる。それは家の前に停められた一台の馬車だった。まだ生誕祭は終わっていないはず。フィオーレは訝しみながら外へ出た。
ドアから身体を滑り込ませるように外へ出る。警戒しながら馬車へ近づくと、御者台に乗る見慣れた老人に会釈された。フィオーレはそっと警戒を解く。
そのとき、ガチャガチャという音が数回したかと思うと、バンと大きな音を立てて馬車の扉が開いた。
「キャシー!」
停められた馬車から青い顔で飛び出してきたのは、斜向かいの娘、キャシーだった。彼女はフィオーレを見つけるなりドレスの裾も気にせずに走ってくる。
「フィオ姉さま!大変なの!エルが!」
エルというのは、妹エルバの愛称だ。フィオーレのドレスに縋り取り乱すキャシーの背を撫でながら応じる。
「キャシー、落ち着いて。ちゃんと言わなきゃ分からないわ。エルがどうしたの?」
何度か荒い呼吸を繰り返すと、キャシーがキッと上を向きフィオーレの瞳を覗く。
「エルがハデスさまに目をつけられていたのは姉さまもご存じよね」
「えぇ」
自分の回想含め、今日二度目のその名前に眉を顰める。嫌な予感にぞくりと肌が粟立つのを感じた。
「ハデスさまが今年もエルに求婚してて」
「今年も?そいつは毎年毎年、求婚するためにエルを生誕祭の奉仕へ呼び立ててたっていうの!?」
キャシーの言葉にフィオーレがつい声を荒げる。キャシーが苦い顔でこくりと頷いた。
「あながち間違っていないわ。それでついに痺れを切らしたのか、ハデスさまはフィオ姉さまを人質にエルに求婚したの!」
「わたしが人質?」
キャシーは今にも泣きだしそうな眼をしていた。けれど、こんな話をされてはフィオーレにもキャシーを気遣うほどの余裕はない。表情で続きを促す。
「ハデスさまは、フィオ姉さまは王宮の牢にいるって。エルが求婚を拒むのなら姉さまはどうなるのか分からないぞって」
「冗談じゃない!わたしはずっと村にいたのよ!大体それのどこが求婚よ、脅迫じゃない!」
「わたしたちもそう思って、一人が村へ確認へ行って残りはエルと一緒にいようってなったんだけど……どうしよう、エル、わたしが遅かったせいで……!」
ついにキャシーは泣き出した。嗚咽を漏らす彼女の背をぽんぽんと叩き、玄関の段になっているところに座らせてやる。
そして震えるその肩に両手をかけ、キャシーの顔を覗きながらフィオーレが言った。
「大丈夫よ、キャシー。あなたは遅くなかったわ。王都から一日で着いたっていうなら上出来よ。あとはわたしに任せなさい」
立ち上がったフィオーレを、フィオ姉さま、と不安げにキャシーが見上げた。そんな彼女の手を取り立ち上がらせると、斜向かいのおばさまのところへ連れて行く。
「出来るだけ早く私も動くから」
それだけ告げると、フィオーレは自分の家へ戻った。これからエルバのことについて考えなければならない。フィオーレがここにいることさえ伝えればエルバはいくらだって求婚を拒めるだろう。
ふと隣の少年を思い出す。エルバと同い年で、彼女の婚約者。エルバも少年リューもまだ十五になったばかりだ。けれど彼らは確かに愛し合っていて、フィオーレの立会いのもとできちんと婚約している。
(リューのためにも、なんとかしなきゃ)
手紙はおそらく届かない。日雇いに近い身だし、それ以上にそうやって嘘をついているのが王弟ともなれば手紙を止めるなんて造作ないだろう。
やはり直接行くしかないのだろうか。しかし名乗れば通してもらえない。名乗らなくても通してもらえない。完全に八方塞だ。フィオーレは頭を抱えた。
祖父母と実母は他界した。父は蒸発し、エルバの母も名前すら知らない。頼れる人物にさえ心当たりがなかった。
頼れるのは、自分だけ。
きゅ、と拳を握る。血が滲みそうなほどに爪を立てて。
フィオーレには魔法があった。容姿も勉強も運動も非の打ちどころがない、できた妹エルバに唯一勝るものとして磨き上げてきた魔法が。
祖父の血も相まってか、幼いころはLv2ほどだった魔力も今ではLv4にまで増大した。
* * *
王国マジコは、その国民の五割近くが魔法を使える。
マジコでは魔法を『攻撃魔法』『防御魔法』『治癒魔法』の三種類に分類し、さらにそれを水・火・草という属性で分けた。
魔法の強さは魔力の大きさに比例し、その大きさによって人々はLv0からLv5に仕分けられる。
Lv0では魔法は使えない。そしてLv5には上限がない。だから同じLv5でも大きく力の差があったりする。
魔法を使うことができる人々を『魔法使い』という。王宮に使えると『魔導士』と呼び名が変わる。
そして一番大きな魔力を所持しているとされるのが国王とその親族たちだ。逆に言えば、魔力さえあれば国を支配することなど造作もないのだ。
魔法さえあればエルバを救えるかもしれない。フィオーレは思った。
そのとき彼女が思い出したのは『創世の魔導書』の存在である。大魔導士であった祖父が九十九の写本のうち一冊を秘かにフィオーレに託していた。
もちろん原本までは見せてもらえなかった。けれど写本はいつも魔導士が持っていて数を確かめるのは国王の即位の儀式のときだけだから、と彼は一冊を隠し持っていたのだ。しかしそれは下手をすれば国への反逆とも見なされない行為だった。そんな危険を冒してまで持っていた魔導書――それがまさか、役に立つときが来るとは。
幼いころの記憶を辿り、本を開く。後ろから七ページ。
そこへ記されているのは、ある伝説。
マジコを創世した初代国王ヘリオスの膨大な魔力は生まれついてのものではなく、何らかの形で手に入れたものだということ。ところどころ擦れていて、はっきりと読み解くことはできない。
けれど、ひとつだけはっきりと見える文字があった。『アテナの涙』。
これがズースの魔力の秘密を握っているに違いない。幼いころからフィオーレはそう考えていた。
(まさかわたしがこれを探す日が来るなんて)
まだ仮説だ。けれどこれがあればエルバを救える。そんな気がした。
擦れた本ではそれがどこにあるのかまでは、というより、どんな形をしているのかすら分からない。でも、探すしかない。
フィオーレは立ち上がって旅支度を始めた。動きやすい服装に着替え、家中のありったけの金貨を集める。着替えと護身用の短刀、ある程度の食糧を袋へ詰め込み魔導書を腕に抱えると、厩へ向かうべく玄関の扉を開けた。そのときだった。
フィオーレの目の前でキンと音を立てて槍が交差する。
「貴様がエルバ・ルナリアの姉、フィオーレ・ルナリアか」
屈強な男が二人、家の前に立っていた。野太い声にびくりと身体を強張らせながらも強気に彼らを見返す。
その問いをするということは彼らは王宮、おそらく王弟に使える兵士だ。逃げ腰になってはいけない。
「だったら、なに?」
あくまで気丈なフィオーレに男たちが顔を顰めた。そして先ほどとは別のもう一人が口を開こうとした瞬間。フィオーレの手元を見つめ、目を見開く。
「それは……創世の魔導書か!?」
しまった――そう思った時には男たちの手がフィオーレに伸びる。素早く身を引くと、そのまま家へ飛び込み扉を閉めた。手早く鍵を閉めるが、一分ともたないだろう。しかし一分あればいい。フィオーレは踵を返し階段を駆け上り、二階の窓から厩の屋根へ飛んだ。玄関ではまだ男たちがガシャンガシャンと扉を引く音が聞こえる。その間に自慢の駿馬に鞍をつけ飛び乗った。彼は村一番の脚を持っている。
これなら、逃げ切れる。
裏から男たちの死角を通って街へ向かう通りへ出る。ぱからっ、という馬の蹄の軽い音に男たちはすぐ反応したが、そのときにはもう十分な距離が取れていた。
(人を隠すなら人の中よ!)
エルバのようにとんでもない美人でもなければ、目を向けられないほどの不細工でもない。平々凡々なフィオーレの顔など一度見ただけの男たちが覚えているはずがなかった。街へ入って着替えてしまえば、こちらのものだ。
その一心で、フィオーレは駆けた。
* * *
王都に辿りついたときには日も傾きはじめていて真っ当な宿なんて取れる時間ではなかった。いわゆるゴロツキが集うような宿に怖々と立ち入り、なんとか部屋を確保する。フィオーレのような若い女が入ってくるのは珍しいらしく、皆が怪訝な目で彼女を見つめていた。そんな視線から逃れるように倉皇として部屋へと歩みを進めた。
治安には問題大アリだが部屋には何の問題もない。荷物を床に下ろしてベッドに腰を下ろす。
ふと顔を上げれば小さな窓から夕陽が差しこんでいた。二階の部屋からは周辺が一望できる。フィオーレはそっと顔を覗かせるも、その目に飛び込んできた光景に素早くカーテンを引いた。
宿の周りを歩き回っていた屈強な男たち。一見ゴロツキの仲間かと思ったが、その身に纏われた美しい鎧に刻まれているのは桔梗の花――王家の家紋だ。それは彼らが王宮仕えの兵であることを表している。
そして彼らが見境なしに通行人に声をかけ差し出している紙に描かれているのはフィオーレの似顔絵。その上には大きくWANTEDの文字もあった。
「嘘でしょ……!」
何の悪事も働いていないのに指名手配なんて案に違わず王宮はたちが悪い。フィオーレの王宮への嫌悪がじわじわと積もっていった。
しかし今はそんなことを考えている場合ではない。こんな場所を訪れる若い女の珍しさに顔を覚えている人間がいるかもしれない以上、ここはもう安全ではないのだ。
せっかく置いた荷物を再び肩に担ぎ廊下へ出た。できるだけ音を立てないように階段を下りると店主の目を盗んで裏口から抜け出す。表はもう似顔絵が出回ってしまっていた。
そのまま裏通りを駆けるが、幸い人気は皆無だった。しかしのまま走っていても行く当てもない。もう王都に潜伏するのは無理だろうか。
フィオーレが肩を落としスピードを緩めた、そのときだった。
「いたぞ!」
ガラガラと耳障りな低い声が耳朶に触れる。その言葉が表す意味は一瞬で理解できた。すぐさま速度を上げて最初の曲がり角を曲がる。その先には兵士の姿はない。今ならまだ振り切れる。細い路地裏に転がる箱や樽を蹴飛ばして疾駆する。それはゴロゴロと音を立てて転がりフィオーレの後の道を塞いだ。
しかしどれだけ走っても鎧のガシャンガシャンとぶつかりあう音が絶えない。彼らの体力は無尽蔵なのか、はたまたフィオーレの足が遅いのか。
ぜぇぜぇと肩で息をする。そろそろ体力も限界だった。
(そもそも、やましいこともないのに逃げるほうが間違ってるのかしら――もしかしたら、エルに会わせてくれるのかもしれない)
そんなはずはないと分かっている。しかしもう酸素が脳にまで回っていないのだろうか。うまく頭が回らない。
ふらふらとその場にへたり込んだフィオーレの肩に、やっと追い付いた兵士の手がかけられる。
「貴様よくも……」
言いかけた兵士の言葉が最後まで紡がれることはなかった。ピシィッと鋭い音が響き、肩にかかっていた手の重さが消える。一瞬の間のあと、ドサッという音がして兵士が倒れたか転んだのだと悟った。しかし何故このタイミングで。
振り返ったフィオーレの耳目に触れたのは、うねうねと動き回る十数本の小柄な炎の竜と兵士たちの野太い悲鳴だった。地面から生えた炎の竜はいくらでも伸び、次々と兵士へ襲いかかる。
「炎の魔法……!?」
瞠目するフィオーレの腕を何者かが引っ張る。すっかり驚き入っていたフィオーレは即座に反応できず、そのまま横道へと連れ込まれてしまった。
思わず悲鳴を上げそうになるフィオーレの口を甘い香りを漂わせた布が塞いだ。唇に触れた柔らかいとも硬いとも言えない感触に、それが腕であり香りの根源はその服の袖なのだと悟る。
「シッ!私たちは君の味方だ。あの魔法は私たちのものだから。今のうちに、こっち」
耳をくすぐったのは若い男の声だった。上品な美しい声音がフィオーレを落ち着かせてくれる。きっと見目も麗しいのだろうが振り返ることはできなかった。羽交い絞めにされた状態で引きずられるように移動する。フィオーレに拒否権はなかった。
しばらく歩くと青年は辺りを確認してから、そっと手を離した。大した距離を進んだわけでもないのに、もう兵士の声は聞こえない。先程の炎に臆して逃げ帰ってしまったのだろうか。
おずおずと振り返ったフィオーレの目に飛び込んできたのは、なるほど声に違わぬ美青年だった。肩には届かないほどの白藍の髪は夕陽を受けてきらきらと輝き、すっと整った目鼻立ちは人形でも見ているかのようだった。ターコイズのような瞳がフィオーレを映しだす。
「……大丈夫か?」
声をかけられて、ようやくハッと我に返った。ぐいと近づいてきた顔に驚いて一歩後ずさる。
「た、助けてくれてありがとう!でも、あの、なんで」
「話はあとだ。もう少しでさっきの炎の魔法使いも来るから。とりあえず私たちの宿へ戻ってもいいかな?」
慌てて頭を下げるフィオーレを青年が制して声を立てる。疑問形ではあるが断られるなどとは思っていないのだろう。その手はすでにフィオーレの右手を握っていた。
頷く間もなく再び歩みを進める。今度はちゃんと前を向いて自分の足で歩けた。
改めて青年を観察してみるが、先程のようなゴロツキの溜まり場に顔を出すような人間には見えない。どこの貴族の家に使える兵かと思うくらいに上品な軍服に身を包み、颯爽とマントを翻す。ところどころ鎧のように見えなくもないが帯刀はしておらず、代わりに弓矢を背負っていた。
切れ長の目がフィオーレを顧みる。
「君、名前は」
「フィオーレ・ルナリア……フィオでいい、です」
もしかしたら身分ある方なんじゃないのかと思い咄嗟に敬語に切り替える。その様子にクスッと青年が笑みをこぼした。
「私はヘレネ。敬語を使う必要はないよ」
姓がないということは身分がないのか。それなら先程のような場所にいたのも頷ける。しかしヘレネの立ち振る舞いや服装はそういった類の人間のものではない。となると、故意に姓を隠しているのか。予想もつかずフィオーレは密かに首を傾げた。
それからすぐに目的の宿に辿り着き、顔を見られないうちにそそくさと部屋へ連れて行かれた。背負っていた荷物を床へ下ろすとヘレネが慣れたような手つきで椅子を引く。軽く会釈して素直に腰を下ろしたフィオーレににっこりと満足げに微笑んだ。
「炎の魔法使いさんが戻ってきたよ」
ちらりと視線を上げ窓を確認したヘレネが呟く。炎の竜を出現させたというその人物はどたばたと騒がしく階段を上がって、バンッという轟音とともに扉を開いて登場した。
先程の火炎を思い出させるような紅色の髪は、生まれつきなのか毛先がふわふわとうねっている。額には黄金の輪が付けられていた。胸元の大きく開いたシャツにパーカーを合わせた、ヘレネとは真逆のラフな格好だった。しかしその腰には大きな剣がぶら下がっている。大きく見開かれた琥珀の瞳がフィオーレを捉え、スッと細められた。
「無事だったか!俺はカロン、おまえ名前は?どこから来た?」
早口でまくしたて肩を揺さぶられ思わず声を呑んだ。目を白黒させているフィオーレにもお構いなしのカロンを数瞬遅れてヘレネが止めに入る。
「カロン、フィオが困ってる」
フィオーレは小さくコホッと咳き込むと、ようやく手を離したカロンを上目に見つめ口を開いた。
「わたしはフィオーレ・ルナリア、ここから馬で半日ほどの小さな村から来ました」
「いつ?」
「ついさっき」
「さっき?そんなちょっとの間に何の罪を犯したんだ、おまえは」
息継ぎをする間もなく問いかけてくるカロンにわずかに身を引く。しかし罪を犯すなどと言われてフィオーレの眉がぴくりと動いた。
「違うわ!わたしは何の罪も犯してない!むしろ悪いのは王弟ハデスなのよ!」
そう声を荒げると、口に任せて見ず知らずの二人にこれまでの経緯を説明した。もちろん自分が創世の魔導書を持っていることや、それを使ってエルバを救おうとしていることは伏せる。
フィオーレがようやく口を閉ざすと、ヘレネが小さく息をついた。
「それは災難だったね。けど、フィオひとり行ったところで何ができるんだい?」
「ヘレネ、そんな言い方っ」
カロンがヘレネへと手を伸ばす。しかしフィオーレとてヘレネが嫌がらせでこんなことを言っているわけではないのは分かっている。今の話だけ聞けばフィオーレの非力さに抑止させようとするのが普通だろう。眉を曇らせてフィオーレを窺いみるヘレネを見返して首を横に振る。
「できるの……その、何かは言えないけど」
「フィオ、君は自分がどうして指名手配されてるか知ってる?」
ヘレネの突然の言葉に顔を上げ首を傾げた。確かに自分がどうして追われているのか理解していない。まさか自分の結婚のためだけに兵を駆り出しているなんて公には言えないだろう。
ヘレネに目配せされて、カロンが兵士の配っていた紙をポケットから取り出す。
「君はマジコの三大国宝を奪った大泥棒に仕立てられてるんだよ」
「……へ?」
一瞬、ヘレネの言葉が理解できなかった。カロンの手から手配書を引ったくり目を通すと、確かにフィオーレは創世の魔導書を奪った盗人だと記されている。
「ぬ、盗んだんじゃ……あっ」
「……やっぱりね」
うっかり口を滑らせてしまったフィオーレのことは歯牙にもかけず、ヘレネはフィオーレの荷物に手を伸ばす。慌てて阻止しようとするも自分より背の高いヘレネが、ひょいと持ち上げてしまったのでは何もできなかった。
躊躇いもせずに中を探り魔導書を取り出す。ここまできたら誤魔化せまい。フィオーレは腹をくくり再び腰を下ろした。
「わたしを兵に差し出す?少なからず懸賞も出るんでしょ」
開き直ってそんな声を上げるフィオーレにヘレネがそっと微笑みかける。
「そんなことをするために君を助けるほど私たちも暇じゃないんだ」
言いながらヘレネは肩に手を回し、背負っていた矢を一本引き抜いた。それは他の矢とは違う形状で、剥がれかけてはいるが金箔のあとがある。
そしてヘレネの行動を見たカロンもチャキと音を立てて腰に下げていた剣を抜く。けして華美ではないが、しなやかで美しい剣だった。
「ずっと探してたんだ。残りの三大国宝、創世の魔導書を」
魔導書を床に下ろし弓と剣も隣に並べる。
魔法王国マジコにとって、この弓・剣・本には大きな意味があった。
「まさか……」
フィオーレが思わず声を漏らすと、ヘレネとカロンは不敵に微笑んだ。
「今ここに、マジコの三大国宝が揃ったんだ」




