手紙が来ました
遠吠えと共に、吹雪が舞う――
そのとたんに転げ出した毛玉に、白狼は目を丸くしました。
「また来よったか。我は贄を食わぬと言うに」
白狼が宿ったのは、前の山とは違う山。
だから道のりも遠かったであろうにとあきれる白狼に、転げたセツが雪にもがきながら、くわえた紙を差し出します。
「…なんぞ?」
人の形となった白狼が、猫を抱えて紙を開きます。
そこにはどこか懐かしい――かつて愛した人の字に似た、少年の字がありました。
『母さんへ』
「……坊や」
『あの時の無礼をお詫びします。
あれから何年も経ちました。
おれは明日、成人します。
母さんがいなくなってから、山は誰でも通れるようになり、山向こうの大国が責めて来ました。
向かいの叔父さんも牛飼いの姉さんもやられましたが、おれはまだ無事です』
「……」
『おれは、成人したら戦場に立ちます。
村を守るために。
母さんにひどい事をした村とおれだけど……それでも、おれの育った村だから。
身勝手だとは思いますが、どうか、武運を祈って下さい』
「……ああ」
白狼が顔を覆います。
我が子が、我が子が戦場になど。
父の死を泣ける優しい子が、十五の成人の日に、村を守るために刃を持つなど――!
「ウォォ…ン!」
遠吠えが空に突き抜けます。直後、白狼は吹雪に姿を変えていました。
ゴウッ!と勢い良く山を駆け抜け、崖を飛び越え、あたりを真っ白に染めながら突き進んで行きます。
めざすは戦場、ただそれだけ――
「坊や……っ!」
願わずにはいられません。どうか、どうか無事であってくれと。
戦場にはすぐ着きました。吹雪の尾を引いた白狼が、乱戦の中へと飛び込みます。
「な、なんだ!?」
戦場がざわつきました。とつぜん現れた白銀の巨体に驚いたのです。
そこに、白狼の咆哮がとどろきました。
「我はこの山の主なり!
我が山に不穏を持ち込む事は断じて赦さぬ!
命が惜しくば武器を捨て、早々にこの場より立ち去るがよい!」
暗雲が立ち込め、風が荒れ狂い、氷の狼が次から次へと雪原に現れます。
それはもはや、この世とは思えないような光景でした。
山神の襲来とあって、驚いた敵が逃げ出したのは言う間でもありません。
「母さん……」
「坊や……」
雪の降り注ぐ中、白狼と少年が向き合います。
ボロボロになった少年を、ただ見つめるしかできない白銀の巨体。
もうどうしたら良いかわからず、白狼が少年に背を向けようとした途端、少年が叫びました。
「ごめん、母さん!」
「……」
「…ごめん。
ずっと、それだけ言いたかったんだ。
あの後、どうして父さんが死んだか知ったよ。
助からない病と知って、母さんと出会った地で死にたくて、外に出て凍えてしまったって。
だから、おれが死ぬ前には謝ろうと思って、あの手紙を書いたんだ。
まさか…来てくれるなんて…」
思わなかった、と消え入るような声で少年が告げます。
その瞬間、白狼がぐっと両目を強く閉ざしました。
「……全く。全く、阿呆やのう。坊やは……!」
子の過ち一つ赦せなくて、何が母か、何が神か。
ほろほろと氷の涙をこぼしながら、白狼が少年に寄りそいます。
「実に阿呆よ…。
坊やも、我も、ほんに阿呆だ。
なれば阿呆同士、仲直りしてみるのも悪くない。
今ひとたび、この山を護らせてはくれまいか……」
少年がうなずきます。
断る理由なんて、もう何一つとしてありません。
それ以来、大国がこの山を越えようとする事はありませんでした。
村は相変わらず雪に悩まされましたが、それでも、村人は冬を慈しみました。