村に来てみました
「白狼様だ!」
「白狼様がいらした!」
村人達が、口々にそう叫んで供物を持って来ます。
屋根の雪を降ろしていた民までもが、それを聞いて急いで降りて来ました。
白狼が供物を前にして一声吠えると、あっと言う間にそれらが舞い上がります。
空にさらわれた供物が飛んで行く先は、もちろん、子猫達のいる洞窟です。
神にふさわしいその力を見て、村人達が平伏しました。
幼獣の姿の白狼が、ちんまりとその前に座ります。
「こたびは、わざわざお越しいただきまして……」
震える声でそう言う村人に、ゆったりと尾を振ってみせる白狼。
「そう気を使わんでおくれ。……時に、樵の親父は元気かえ?」
懐かしさのあまり、白狼が問うと、村人の表情が凍りつきました。
白狼が首を傾げます。
「…何ぞ、ありよったか?」
ほんの五年ほど前、樵の親父と恋仲になった白狼は、自分の存在が招く吹雪を忌んで、彼を残して姿を消したのです。
泣きながら「行かないでくれ」と願う、最愛の彼を残して――
白狼は不安になりました。
人の寿命が短いのは知っていますが、まだ寿命には遠いはずです。
「…なんぞ」
「お許し下さい!」
村人の一人が、地に頭を押しつけたまま叫びました。
「かの咎人が、白狼様のご気分を害した事は重々承知しております!」
「白狼様が、彼を裁いた事も!」
「なに、を…」
白狼はうめきました。
我が? 我が裁く? あの愛しき人間を? 我が?
ゆらりと白狼の姿が霞み、美しい女の姿を取ります。
その瞳は絶望と驚愕に濡れ、空には群雲が立ち込め始めていました。
「なにを、言うておるのだ。ぬしらは……」
吹雪より冷たい声で、白狼がそう聞いた瞬間、
「離せ!」
子供の悲鳴が、その場に響き渡りました。