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探偵と僕の事件簿 ―消えた子猫―

作者: 猫凹

 高校に入学してから数ヶ月、僕は親の仕事の都合で某県に引っ越した。

 新幹線でも数時間かかる、離れた県への転居。当然、転校ということになる。


 某県某市、某学園。


 僕が転入したのは、学業スポーツ共に中堅どころの私立学校法人の高等部。男女共学で、男子は詰襟、女子はセーラー服。名門ではないが荒れてもいない、地元出身者が生徒の大部分を占める、そんな高校だった。


 新学期の始業式の日、行事の前のホームルームで、新しい級友たちの前で自己紹介をする。


 担任の指示で、教室の最後列、半端が出て二席だけ横に並んでいる机の、空いている方の席に腰をかける。そのもう一方の席からじっと僕のことを見ていた女子生徒が、唐突に話しかけてきた。


「見たところ、キミ、職員室に行ってきましたね?」


 まあ、転入の手続きなどがあったので、確かに職員室に行った。そう答えると


「当たった!」


 その女子生徒は、嬉しそうに笑った。


 それが僕と彼女――探偵との出会いだった。



   *



 探偵の所属する、そして僕が入部することになった部活動の部室は、高等部の部室棟、二二一号室にある。


 転入早々、保健委員に任命された僕は


「探偵の相棒と言えば医者だよ!」


と力説する探偵の熱意に押し切られ、なし崩し的に入部届けを書かされていた。


 後で他の級友に聞いたところ、部活を維持するための最低部員数に一名不足しており、早急に新入部員が必要だったというだけのことらしい。


 探偵の他に、数人の部員がいるとのことだが、僕はまだ会ったことがない。それら幽霊部員たちに、探偵は「イレギュラーズ」という肩書きを付けて喜んでいた。


 この部活動には、一応、高校生の文化活動らしいちゃんとした名称が付いていたのだが、探偵がやっていたのは、およそその正式名称とはかけ離れた活動だった。探偵曰く、事件捜査。しかしてその実態は「何でも屋」。


 かつては米菓工場の社員寮であったという部室棟の二階の一室で、放課後、大人たちには相談しにくい困り事、悩み事を抱えて訪れる依頼人の生徒を待つ。その時から、それが、探偵と僕の日常――あるいは、非日常になったのである。



   *



 その日、探偵と僕は、狭い部室の中央に置かれたボロ机に頭を突き合わせて座り、物理の授業で出された宿題と格闘していた。僕たちの成績はお世辞にも良いとは言えない。特に探偵は、SF小説を好んで読むくせに、理数系が大の苦手なのである。


 と、部室のドアを、トントン、と控えめに叩く音がした。僕が席を立ちドアを開けると、そこには小柄な女子生徒が立っていた。髪をお下げに結んだ、幼い顔立ち。リボンの色から、中等部の生徒と分かる。


 その依頼人は、目に涙を溜めながら、こう言った。


「ネコちゃんがいなくなったの。探して貰えませんか」


 部室に迎え入れ、座らせて相談内容を聴く。聴き役は探偵、僕はもっぱらメモを取る。

 涙ながらに話す依頼人によれば、最近飼い始めた子猫のあまりの可愛さに、どうしても友人たちに見せびらかしたくなり、家人に黙って学校に連れてきてしまったとのこと。

 抱かれても嫌がらない人懐っこい子猫は、友人たちの間でもたちまち大人気。依頼人は大いに気を良くしたが、流石に授業中に教室で走り回られては先生に怒られる。

 廊下に置いたバスケットに寝かせておき、授業が終わって迎えに行くと、子猫は消えていた。


 探偵は目を閉じ、合掌のような形に指を合わせて話を聴いている。探偵が言うに、これが最も集中力を高める姿勢であるらしい。時折質問を挟みながら、依頼人から上手に情報を引き出していく。


 ひと通り聴き終えると、探偵は目を開け、自信ありげに言った。


「捜査のプロにお任せ下さい。さあキミ、まずは現場だ」


 颯爽と立ち上がると、フロックコートならぬセーラー服のスカートを翻し、探偵は僕と依頼人を伴って部室を出た。




「ネコちゃーん。ネコちゃんやーい」


 どこからか手に入れてきた虫取り網を手に、中等部の教室を一つ一つ覗いては、声をかけて回る探偵。行方不明のペットを探すときの、初歩的な捜査手法なのだそうだ。


 放課後教室に居残り、たむろしている生徒たちが好奇の視線を向けてくる。相当に恥ずかしいが、涙目で自らも必死に子猫に呼びかける依頼人の手前、僕も一緒になって一生懸命声を出す。


 そうして三人で捜索を遂行すること十数分。理科実験室の戸を開けた時に、ようやく子猫の声が応えた。


「にゃあ」


 教室の中央に置かれたダンボール箱。その中から、ガリガリと爪で引っ掻くような音が聞こえる。箱の脇には、測定装置のようなものが取り付けられているのが見える。


 箱の中の猫。箱の中の猫――


 その子猫が陥ったのっぴきならない状況を正確に理解した僕、そして探偵が、いけない、と制止する間もなく


「こんなところに隠れていたの! 今出してあげる!」


 依頼人の女子生徒は箱を開け放っていた。


 かくして、事象の蓋然性が収束する――



 一緒に探していただいてありがとうございました、と涙を浮かべながら繰り返し礼を述べる依頼人。どんな結果であろうが、事件は解決。しっかり依頼料を徴収した上で、送り出した。

 部室の窓から、子猫を抱き歩み去る女子生徒の姿を、視界から消えるまで二人で見送る。探偵はため息をつくと、感慨深げに言った。


「この時空では、こういう結果が得られたけれども。裏を返せば、逆の結果が観測された時空だってあるんだろうね」


 指名手配犯でもないのに「デッド・オア・アライブ」というのはいただけない話だよ、と、猫好きな探偵はソファに座って足を投げ出し、いつになく悲しそうな目をして頬杖をついた。



   *



 その日、探偵と僕は、部室で生物の授業内容を復習していた。


 エンドウ豆とエンドウ豆を結んだ線が、ごちゃごちゃに入り乱れて理解不能なまでに突然変異を起こしているのを見て、二人して途方に暮れる。エンドウ豆は研究対象にするより美味しくいただくべき、という点で意見の一致を見たところで、ひとまず休憩とお茶を飲んでいると、部室棟の外階段がギシギシと鳴るのが聞こえた。


 程なくして、部室のドアがノックも無しに乱暴に開け放たれる。そこにいたのは、ドアの枠に頭がつくほどの、大柄な男子生徒。一見して筋骨隆々。特筆すべきは、頭の片側の皮膚が剥がれ、中から金属製の頭蓋骨が覗いている。


 ででんでんででん、というBGMが無くても一目で分かる。液体金属の新型ではなく、金属の骨格に、生体組織の外皮を纏っているタイプ。未来からやって来た殺人機械が、今回の依頼人。


 応接用のオンボロソファに座らせ、話を聴く。弱くなったスプリングにほとんど床面まで沈みこみながら、依頼人が話すことには


「未来からこの時代に来て一週間。殺して殺して殺しまくった。しかし何の騒ぎも起きない。警察もマスコミもだんまりだし、お前らはのほほんんと授業を受けている。これはどういうことだ。調べろ!」


 殺人事件など、そう滅多に起きるものではない。まさに腕の見せ所と、探偵は俄然やる気を出した。まあ、とりあえず犯人探しには苦労せずに済みそうな事件ではある。


 しかし実際のところ、僕たちは昨日も今日も普通に授業を受けていたし、誰かが殺された、あるいは亡くなった、というような事件はまったく耳にしていなかった。テレビ局や新聞が取材に来たという話も聞かない。

 それでも依頼人は、血走った――もとい、赤く発光する目で、確かに殺したんだ、信じてくれと繰り返す。

 力なくうなだれる依頼人の言葉がしばし途切れる。いつもの姿勢で依頼人の話を静かに聞いていた探偵は、目を開き立ち上がった。


「何はともあれ、聞き込みだ。行こう!」


 考えるより行動が先に立つ。自称行動派の探偵は、僕と依頼人を率いて一路現場に向かった。




「あのー、この辺りで殺人事件はありませんでしたか?」


 依頼人に案内された現場付近で、通りかかる生徒たちに声をかける探偵。訊かれた方は一様にきょとんとして、さあ、特に無いと思いますけど……と答えている。殺人事件の捜査というのはこういうものなのだろうか。疑問を抱きつつ、探偵の隣でメモを取る。


 そうして根気強く聞き込みを続けること約一時間。捜査は空振りに終わった。事件の目撃情報は一切なし。巨体を縮こまらせて成り行きを見守っていた依頼人は、更に意気消沈し小さくなっている。


 うーむ、と首を捻っていた探偵は、ふと依頼人に質問した。


「ところで、誰を、どんなふうに殺したの?」


 そりゃあもちろん……とまで答えて、言葉を飲み込む依頼人。もちろん、あのあれ……あれ? 頭上に疑問符が浮いているのが見えるようである。混乱する依頼人を見ていた探偵は、何かを思いついたようで、一旦聞き込みを中断することを提案した。


 三人で部室に戻ると、探偵は依頼人に、依頼人が身にまとう、生体組織のサンプルを提供させた。部室に設置してある分析機器にセットし、その組成を調査する。それを見守る僕と依頼人。


 やがて出た分析結果を入念に確認すると、探偵は得心が行った様子で、依頼人に向き直った。その結論とは――


「あなたの生体サンプルからは、現在の全世界の全人類、老若男女全てのDNAの痕跡が検出された。つまり――」


 この世界のあらゆる人間が、依頼人にとっては先祖に当たる。故に、どの一人を殺しても、依頼人にとって親殺しのパラドックスを引き起こす。


 依頼人が現に存在するこの時間軸上では、依頼人は人を殺し得ず、万一殺したとしても即座に時間流の修正力が発動し、殺人事件は最初から無かったことになる――


 自らの存在価値を否定する非情な結論に、依頼人は絶望のあまり泣き伏した。



 気の毒な捜査結果であったが、仕事は仕事、事件は解決。依頼料はきっちり徴収する。


 ここに居ても仕方ない、未来に帰る、とこぼして小さなブラックホールに消えていく依頼人を、探偵と僕は手を振って見送った。


 そのブラックホールが宙の一点に収束し


「I’ll never be back! (もう来ねえよ!)」


 捨て台詞と共に完全に消え去ったのを見届けてから――しかし、そんなことはあるのか? 全人類を祖先に持つというのは、理屈としておかしくないだろうかと、僕は探偵に尋ねた。


「まあ、今回あいつが殺したって人が、たまたまご先祖だっただけかも知れないけれど」


 諦めて帰ってもらった方が、あいつにとってもわたしたちにとっても幸せじゃない? と、探偵は、茶目っ気たっぷりに笑って見せた。



   *   



 二つの事件をたてつづけに解決し、依頼料収入で、我が部の台所は久々に潤った。

 探偵業というものは何かと物入りで、備品や経費に対する支出は決して少なくなく、会計はいつも、良くてトントンなのである。


 探偵は報酬についてはかなり大雑把で、普段から


「わたしには事件そのものが報酬なの!」


などと宣言している。そしてその言葉通り、探偵は、事件が解決すると一転、気が緩んで、腑抜けたようになってしまう。


 今も、事件解決から三日と経っていないというのに


「あー退屈。わたしの高校生活は、退屈から逃げようとする悪足掻きだけで終わっちゃいそうだよ」


 部室のオンボロソファでゴロゴロ転がりながら、いつもの愚痴をこぼしている。スカートがめくれるからやめろと何度も言っているのに、そのあたりにはてんで無頓着な探偵に、僕は目のやり場に困らされる。


 あまり良い傾向ではない。探偵はこの状態が長く続くと、例の悪癖――中毒物質への依存症が顔を出すのだ。


 でもまあ、最近の働きぶりを考えれば、多少のご褒美があってもバチは当たらないだろう。


 僕は部室の冷蔵庫を開けると、ピンク色のリボンがかかった紙箱を取り出した。暑い中、駅前の喫茶店に一時間並んで手に入れた、限定生産のロールケーキ。


 部屋中に鼻孔を刺激する殺人的に甘ったるい香りが広がり、それに気付いた探偵ががばっと跳ね起きる。中毒者に特有のその目は、喜びに満ち、爛々と輝いている。


「まあ、わたしにはあまーいケーキがあるからね」


 探偵はフォークを取るべく、皿に向かって白い手を伸ばした。

 以前に書いた物について、あまりに書き込みが足りないとお叱りを受けたために、加筆した物です。加筆前の物も、恥を晒すようですが、自戒を込めて残してあります。

 今後もご指導ご鞭撻いただければ幸いです。

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[一言] 面白かった 面白かったけど結末が尻つぼみの感じがする
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