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第4話 黎明の空

forgetting the things which are behind, and stretching forward to the things which are before


後ろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進め。


「新約聖書」-ピリピ人への手紙3:13


 エセアリアが目を覚ますとそこは見知った天井ではなかった。体を起こすと体の節々が痛む。何故と一瞬疑問が浮かぶが、それも例の少年を思い出すことで雲散霧消し、現状に不安が持ち上がる。

 彼はどこに。私はどこにいるのか。私をここまで運んだのは誰なのか。

 こうしてはいられないとベッドから体を起こし、部屋から出ようとすると扉が古めかしい音を立てて開いた。

 彼女はそこからあの少年の顔がひょっこり現れることを想像したが現れたのは壮年の男性であった。と言っても多種族の年齢は外見的特長からは判断がつかない場合が多いが。

 その男は白獅子族の特徴的な黒と白の縦じまの毛並みをしており、その体は力強い肉の鎧を纏っていた。


 「起きたか。まだ寝ておいたほうがいい。魔力当りがひどい。食欲はあるか?」

 目の前の獅子の顔はお世辞にも優しげとは言えなかったが、その声色には彼女を気遣う温かみを持っていた。

 「あなたが看病してくれていたのか・・・。厚情痛み入る。私は・・・。」

 獅子は手を彼女の前に出して、話を遮る。

 「あんたの素性を知らん奴はとりあえずこの町、いやこの地域には居らんよ。エセアリア=ドラグーン『殿下』。」

 「私は皇族だが皇位継承権を持たない身だから『殿下』と言う呼称はやめてくれ。」

 「いや、今の龍皇の息子共はボンクラ揃いで話にならんからあんたを担ごうって連中もいるそうじゃないか。皆もそうなることを望んでいる。だから俺たち下々の者もあんたの事を、いやあなた様のことを殿下と呼んでいるんですよ。知らなかったか?・・・知りませんですか?」

 エセアリアは苦笑いしながら不器用な白獅子族の男が口をもごもごと動かすのを見ていた。

 「無理に恭しい話し方をしなくてもいいぞ。それに私にその気は無いよ。龍皇は代々、その直系の男子が継ぐことになっている。私の父は龍皇の弟。掟はたやすく破るものではない。無用の争いを招く。」

 彼女はたしなめるように言った。それはもしかしたら自分に対して言ったのかもしれない。

 「・・・下に自分より出来る臣下がいればソレはソレで争いの種なんだが・・・。」

 獅子はぼそりと誰にも聞こえることの無い声をため息と共に吐き出す。

 「ん?何か言ったか?」

 「いや、何も。」

 相変わらず彼は口をもごもごと動かしている。どうやらこの男、緊張しているようである。

 「そうか。ところでそなた名はなんという。」

 「ああ、俺はタンゴという。」

 「そうか、私は・・・そうかもう知っているのだったな。しかし、あえて名乗ろう。私はエセアリア=ドラグーン。恐れ多くも龍皇様に将軍の位を拝命している身だ。」

 タンゴは目を丸くして彼女を見ている。その様子が存外かわいらしいので思わずエセアリアは笑ってしまった。

 「どうした?目を丸くして。」 

 「いや、皇女様ってのはもう少し偉そうで冷たいやつだと思ってたからな。特に龍族は。」

 彼は少し思い出すように天井を見上げ腕を組む。

 「そうか?まぁ、これが私だ。しかし、皇族に会ったことがあるのか?」

 「いや?噂で聞いただけさ。」

 また、タンゴが口をもがつかせて答えた。

 「・・・?そうか?ところでそなたに聞きたいことがある。私を拾ったときに白い髪をした金眼の少年はいなかったか?」

 エセアリアは怪訝そうな顔をしたが頭をすぐに切り替えて彼女のもっとも聞きたいことを聞いた。それに対してタンゴはさらに目を見開き言った。

 「見たも何も・・・、俺にあんたのことを頼んだのそいつだからな。シュウという。あいつには一つ借りが出来ちまったからな、あんたのことは最後まで面倒見るよ。」

 タンゴは笑いながら手を上げた。その手首には手錠の痕がまざまざと残っていた。

 「そうか、あの子は・・・あの方はシュウというのか。今どこに?」

 「今、ここにはいない。俺を奴隷小屋から引っ張り出して、俺の封印球の鎖を引きちぎったらあんたを頼むって言い残して東に行っちまった。朝日に向かっていったからな。俺もついて行きたかったが、なんだか人を寄せ付けない背中だったもんでな。あんたを頼まれたことだし、とりあえずあんたが落ち着いたらあいつを追おうと思う。なんだかあいつは危なっかしくってほっとけ無いんだよ。」

 タンゴがしみじみ言うと、エセアリアは思わず身を乗り出した。

 「いない!?っつ!」

 急に体を動かしたせいで魔力当たりの鈍痛に思わず顔をしかめる。

 「あぁ、大人しくしてろって!しばらくはその体じゃ遠出は無理だ!それにしても・・・。」

 「彼を一人にしてはいけない!」

 「それは同感だが、いま行っても足手まといになるだけだぞ。」

 「それはそうだが!」

 「それに今は一人で色々考えるときだ・・・。そうやって男は一人前になっていくもんよ!」

 今度はエセアリアが目を丸くする番だった。

 「・・・あなた。」

 「なんだ?」

 「親父くさい。」

 「・・・ほっとけ。どうせ俺は親父だよ・・・。」

 タンゴがいじけている姿にエセアリアは頬を綻ばせた。



 シュウは森の中を歩いていた。彼が一歩進むごとに森が騒がしくなり、そのざわめきが波紋のように広がっていく。彼はその魔力を隠そうともせず歩いていた。その魔力に当てられて気絶する者は多くいた。今ここに軍勢をつれてくれば労せず占拠できるだろう。その軍勢が気絶するという現実に目を瞑ればだが。

 彼は森を歩きながらエセアリアのことを考えていた。

 

 (彼女には悪いことをした。本来なら俺自身が看病すべきだが今は一人で考えたかった。まぁ、タンゴに任せてきたから大丈夫だろうけど。あの人は基本的に善人で、しかも世話焼きだ。短い時間牢で生活を共にしただけだが何故かタンゴを疑う気にはなれない。・・・俺って人を信じやすいんじゃ?)

 シュウは思わずしゃがみこんで頭を抱える。

 (いやいや、それに彼女は仮にも皇女様だ。少なくとも危害を加えるようなことはない。そんなことをすれば後々痛い目に会う事は誰でもわかるし。)

 自分に言い聞かせるように立ち上がり握りこぶしをつくって気合を入れて歩みを進めていた。その度に魔力当りで魔物がばたばたと倒れていることを彼は知らない。



 「・・・困ったことになった。」

 水晶宮と呼ばれる世界一壮麗な城で、金の瞳を玉座の下で(かしず)く臣下に向け誰にとも無く呟いた。

 「・・・はっ!まことに申し訳ございません。エセアリア将軍をお守りすることかなわず、失神するという不始末この命で償いきれるものではございませぬが・・・」

 エセアリアの副官を務めていた龍族の男はただただ頭を下げることしか出来なかった。目の前の主が手を翳すだけでその身はこの世から消滅するのだから彼は天からの罰を待つ面持ちだった。

 「いや、そのことはもう良い。」

 男は無情にも手を振った。

 「は!?」

 臣下は主君のあまりの物言いに頓狂な声を上げてしまう。それに慌てて口をふさぐ。しかし、内心気が気ではない。このドラグレイア帝国の実質No.2と目されていたエセアリアの生死が些事であるかのような言い草ではないかと。

 「それよりもこれで、つかの間の平和も終わるか。まだまだ隠居は出来ぬな。」

 「・・・。」

 「・・・なんだ?いつまでそうしているつもりだ?用が無いのなら退出しろ。」

 「!ははっ!!」

 臣下は逃げるように玉座の間から退出した。


 「アレはどうやら『生まれたて』だな。それゆえにうかつに手が出せん。うっかり突いてわけの分からん若さで痛手を被ればあの鬼がしゃしゃり出て来るだろうな。うまくこちらに取り込むか、少なくとも鬼に取り込まれるのだけは阻止しなくては・・・。エセアリアはどうやらアレと接触して生きているようだし、しばらく様子を見るか・・・。もしかしたらエセアリアがアレを懐柔するかもしれん。」

 『龍皇』ヘクトール=ドラグーンは一人、玉座に座りながらクツクツと笑っていた。


 

 山の奥に鎮座する木造の屋敷。いや、御殿と言った方が正確であろうか。朱塗りの門をくぐったその最奥にある屋敷の御簾の裏に一人の男が正座をしている。 

 「夜叉王様。先ほどの魔力波動は!」

 「うむ。これは、先日の夜のものと同一であろうな…。」

 「斯様な魔力を垂れ流されては、民も不安がりましょう。」 

 「ふむ、この波動もいずれ落ち着こう。どうやらまだ、赤子のようであるからな…。時が解決しよう。」

 従僕は呆気にとられた顔をしている。信じられないのだ、この強大な魔力の持ち主が赤子などと。

 「…いや、よい。皆には安心するように伝えよ。魔力の波動に驚くほど殺気、恨みの念が感じられん。ここまで清澄な魔力は初めて感ずる…。」

 鬼族の長は薄く笑みを浮かべる。

 『清澄な魔力』。

 自分でそういったが、その相反する言葉に彼は可笑しさを感じずにはいられなかった。

 「今代の魔王は如何なる人物か見極めねばなるまい。」 

 彼はつぶやくように言うと西の方角に頭を向けた。

  

 





Do not worry about tomorrow, for tomorrow will worry about itself. Each day has enough trouble of its own.


明日のことを思い煩うなかれ。

明日のことは明日思い煩え。

一日の労苦は一日にて足れり。


「新約聖書」-マタイによる福音書(マタイ伝)第6章34節

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