第1話 北の地は誰知らず蠢く
春,色々動き出す年度始めの季節。
花が咲き,風の気持ちがいい季節
→花粉が飛ぶ季節
気をつけよう。
『北の魔境』と呼ばれる辺境は深い森に覆われている。そこには人間に魔物と呼ばれている者が住んでいる。一口に魔物と言ってもその種類は多岐に渡り,魔物という呼称がかなり大雑把な括りと言える。
魔物は同族意識が高いものが多く,種族の繁栄をめざして互いに争っていた。それは魔王がいた時代は魔王を恐れ,争う事を控えていたがそれが消えたとたんに爆発的に戦争が起こった。俗にいう『13年戦争』である。この戦争の原因には不明な点が多く何者かの使嗾による者ではないかという学者もいる。この13年戦争により2つの有力種族が勝ち残った。他の種族は滅ぼされるか2つのどちらかの種族に臣従した。この2つの種族が『龍族』と『鬼族』である。
しかし,13年戦争が終わったと言ってもにらみ合いは続けており,平和が訪れたとはとても言えない状況である。
そのにらみ合いが終わるときが訪れようとしていた。両種族の勢力圏の中間に位置するある場所で巨大な魔力が感知されたのだ。『龍皇』と『鬼神』が今まで近寄ろうともしなかった魔王城でである。
『龍皇』は城に調査の為,兵を派遣した。
『魔王城』と呼ばれた城は周りの森に浸食され,所々ひび割れている。しかし,倒壊せずに奇跡的なバランスでまだ現存していた。
「おい,聞いたか?あの『龍皇』様が直々に命令されたそうだぞ,今回の調査。」
鋭い牙の並んだ口からくぐもった声でとなりの竜人に話しかける。不安を紛らわせようとしているのが見え見えの口調であった。
「あぁ,聞いた,聞いた。ってことは調査終えたら褒美をたんまりもらえんのかなぁ?」
「ならいいなぁ。」
森の木をその腕でなぎ倒しながら『旧魔王城』までの道を作っていく。その後ろを頭に赤い派手な羽飾りを着けた大型の竜人が二人を叱りつけた。
「無駄口たたいてないでさっさと道をつくれ!さっさとしないと『魔王城』で一夜を明かす事になるぞ!他の隊に遅れをとるな!」
どうやらこの大型の竜人はこの調査隊の隊長らしい。今回の任務の重要さに興奮しているようだ。妙に鼻息が荒い。
「ヘーイ。」
「ハイハイ。」
二人の隊員は隊長の興奮する様子を見てやや鼻白んだが,魔王城で眠るのは勘弁とばかりにスピードを上げた。
この調査隊が『魔王城』に到着した時,入り口が塞がっていたが,壁に大穴が空いていたので中に入る事は容易であった。
中に何者の気配はせず,自分たちが一番乗りである事に興奮するが,さすが正規兵,すぐにその興奮は冷めて,冷静に周りを観察する。
そしてこの城の恐ろしさに戦慄した。この城の壁には何重にも結界魔法と補強魔法が組み込まれていた。その城がこうまで破壊されているのだから魔王とそれを討ち取った者はどんな化け物だったのだと戦々恐々といった面持ちである。
噂では人間が討ち取ったと聞くがやはり眉唾であるという認識を新たにする。
「さっさと入らんか,馬鹿者!」
隊長が怒鳴り部下の背中を押す。部下の二人は舌打ちするのを堪えながらいしぶしぶ先陣を切った。
「何もいないな。」
「そりゃ,こんだけ大きな他人の魔力に満ちた所にいちゃ落ち着かないだろ。」
「そりゃそうだな。」
二人が話していると天井の穴から差し込んでいる光が移動し,一人の子供の姿を照らし出す。
「だ,誰だ!」
「馬鹿,よく見ろ。ガキだ。気持ち良さそうに寝てやがる。肝の太いガキだな。ここが何処か分かってんのか?」
「あ,隊長が気絶してる。ったく,このガキの肝を分けてやりたいぜ。」
隊長は泡を吹きながら仰向けに倒れていた。それはいつもの事なのか慣れているかのように隊長を放置したまま隊員は注意を子供に向ける。
「どこのガキだ?」
「悪魔族に似てるがそれにしては翼が無ぇ。」
「角もあるしな,ちっこいのが三つ。三つじゃ鬼族じゃ無ぇし,なんだこいつ?」
「ガキの割に魔力がでけぇな。やっぱ悪魔族なんじゃね?」
「そうだな。悪魔族と鬼族の混血かもな。いずれにしろ珍しい。」
「そうだな。混血ってだけでも珍しいのにさらに妊娠しにくい悪魔族と鬼族の混血は希少だな。」
「売ったら高く売れるな。」
「ああ,連れて行こう。」
見た目通りの目方の軽い子供の首根っこを捕まえると隊長と共に引きずるように運んで城を出た。
この調査隊の後に後続の部隊が続々と到着し,城の隅々まで調査をしていた。その人員をムダにしない配置はすばらしく,到着間もないというのに既に半ばまで調査は進行していた。
この調査隊の長は龍族の長,『龍皇』の姪のエセアリア=ドラグーン将軍であった。『龍皇』の血族はどれも他の追随を許さない魔力を持っていたが,このエセアリアは特にその血が色濃く出た龍であり,その魔力は『龍皇』に次ぐと言われている。しかも,集団行動が苦手な龍族を従わせるだけの器量が彼女にはあった。そのような存在は龍族では希少である。将軍の名は伊達ではないのである。
その彼女がこの城に一番乗りを果たした隊を招聘した。報告を受けることとその隊をねぎらう為である。
「どうであった?」
隊員一同,顔を上げる事を許され見上げた瞬間,固まってしまった。
「どういたした?」
「は,はい!閣下のあまりの美しさに言葉を失っておりました。月の光を移したかのような銀の髪は絹糸のように滑らかで,そのお姿は糸杉のようでございますな。」
隊長はしきりに褒め言葉を重ねていた。そのことに彼女がうんざりしている事に気づかず言葉を重ねる。要約すれば何も無かったで済む筈の報告が長時間に及んでいた。部下二人はこの人の出世は無いなと心の中で呟いた。
「もう良い,お前には詩人の才能は無いようだな。それで何か変わったことは無かったか?」
「そういえば,一番損傷のひどかった部屋で子供を見たような。」
「子供?」
部下二人がギクっと体を震わせる。『余計な事をしゃべるんじゃないぞ!』と目線を送るも隊長の視線は将軍に釘付けである。
「はい,しかし某がきぜ・・・げふん,げふん。失礼。某が目を離した隙に消えておりましてな。何処かの種族の子供が城に紛れ込んでいたのではないかと。」
気絶した事をごまかしたなと思いつつ口に出さない上司想いの良い部下である。
「子供・・・か。どのような子供であった。」
「それがちらとしか見ておりませず詳しくは・・・。」
「・・・そうか。うむ,分かった。報告ご苦労であった。下がってよい。報償は一番乗りの功と合わせて渡すように指示してある。ここを出て右手前にある天幕で受け取るが良い。」
「・・・あの。」
女将軍の眉間に血管が浮き出るのをめざとい部下二人は気づいた。
「まだ何かあるのか?」
「私の昇進はどうなのでしょうか?」
「報告がもっと簡潔にできるようになったら考えよう。」
「そ,そこを何とか・・・モガ!」
言葉を重ねようとする隊長の口をこれ以上話させたら累が自分たちまで及ぶかもしれないと判断した部下に口を塞がれた。
「はい!鋭意努力させていただきます!失礼します!」
隊長を引きずるように部下は退出した。
「さて,どう報告したものか。」
女将軍は一人天幕で顔を曇らせる。しかし,美人はどんな表情をしても一枚の絵画のように何か意味深いものを感じさせる光景を作り上げる物だ。
今回の任務は『龍皇』の勅命であった。『龍皇』は今回の強大な魔力波動を大きな問題と見ていた。その存在は人,鬼,龍のパワーバランスを崩す存在となる可能性がある。もしソレがこの3つの勢力のいずれかに与すればその勢力に開戦を決意させる材料になりかねない。だから今回の任務はその元の発見,そして確保もしくは『抹殺』であった。
しかし,蓋を開けてみれば発生元の魔王城はもぬけの殻。唯一の手がかりは先ほどの『子供』。しかし,子供というだけでは見つける事は不可能に近い。どうやらソレはあの強大な魔力を完全に押さえ込んで隠れたようだ。しかし,やりようはある。強大な魔力を持つ者は総じて金の瞳を持つ。アセアリア自身も普段は青い瞳であるが龍化した際は金である。
あの魔力波動を発した者が金の瞳をしていない筈が無い。子供で金の瞳の者という事なら簡単に見つけられそうである。
早速,ふれを出す為にアセアリアは人を呼んだ。
「まったく!せっかくの良い機会であった物を!」
何故無理矢理連れ出されたか理解していない隊長は一人憤慨していたが,さすがに再度将軍の天幕を訪れるような事はしなかった。そんな度胸は無いのである。
指示通りの天幕を訪れ,報奨金を受け取ると部下に平等に分け与えた。この隊長が隊長でいる理由がこういうところでケチるということをしない事である。隊員は相変わらずの気前のいい隊長から恭しく金を受け取るとさっさと見つけた子供の隠し場所へと急いだ。
「で,これがその悪魔族と鬼族のハーフだってのか?」
オーク族の奴隷商人はその少年をまじまじと見ていた。少年はまだ平和そうに眠っている。
「そうだ!貴重だろう!赤水晶20個でいいぞ!」
「アホか。悪魔族のなり損ない見たいなガキがそんな値段で売れるか!常識で考えろ!」
あきれたような視線をリザードマンに送るが,リザードマンは余裕の表情だ。
「ふん。知ってんだぜ。あんたがこういうのを高値で買う好事家にルートを持ってる事は!」
「むっ!しかし,足代やそいつの魔力抑制具の費用を考えれば足が出る。10ってとこだな!」
「おいおい,そりゃ無いぜ!危険な『魔王城』まで行って見つけたブツだぜ!もう少し色付けてくれよ!」
「どうせ任務で行ったんだろ?言っとくが俺以外の所に行ったって10より出す所なんて無いぞ。」
「っち!分かったよ!10でいいよ!」
「毎度!」
奴隷商人はとたんに笑顔でリザードマンに赤水晶10個を手渡しさっさと子供を連れて行った。
シュウは目を覚ますと檻の中にいた。その両手両足,そして首に鐵の輪が付けられその輪には鎖がついており鎖の先には鉄球がついていた。起き上がると鎖が音を立てる。
「起きたか。」
目の前には獅子の顔をした筋骨隆々の男がいた。
「ここは?あなたは誰?」
シュウが目を丸くしながら訪ねると男はフッと息を吹き出すとグルォと鳴いた。どうやら笑ったらしい。
「ようこそ地獄の門へ。ここは生きながらに死ぬ者が集められる所だ。」
「生きながら死ぬ?もう一回死んでるのに?」
その笑みはおよそ子供のする顔ではなかった。その金色の目が鈍く光る。
「お前何者だ?金の瞳ってことは魔力が相当高い証拠だしな。俺も初めて見た。それにしちゃお前から感じる魔力はそんなに大きくない。でも魔力抑制具を5つも付けても全く減らない。異常だ。付けた奴が逃げちまうくらいに。」
「魔力抑制具って?」
「その鉄球さ。それはお前の魔力を食って重さに変えてる。奴隷専用の拘束具って訳さ。で,お前はなんだ?種族くらい分かるんだろ?」
「俺は・・・。」
シュウは言いよどんだ。
「どうした?」
「分からない。」
俺にも。
「分からない?親は?」
「遠くにいる。」
もう帰れない所に。
「遠くってどこだ?」
「分からない。」
貴方には。
「じゃあ最後に質問だ。」
「何?」
こいつは俺をどう利用する気だろう?
「お前の名前は?」
「俺の・・・名前?」
名前・・・なんて聞いて何に利用するんだ?分からない。
「名前だよ,あるんだろ?」
「・・・シュウ。」
俺の名を呼ぶ奴はもう1人しかいないけど。呼んでた奴はみんな裏切った。
「そうか。シュウか!俺はタンゴって言うんだ。短い間かもしれんが,よろしくな!」
「・・・よろしく。」
こいつはいつ頃俺を裏切るのかな?それにしても『端午』とは。強面の割りにずいぶん目出たい名前だ。
そんな自分の馬鹿げた考えにシュウが不意に笑うとタンゴは細い目を丸くしてこう言った。
「これは年長者としての忠告だが。お前,あんまり笑わない方がいいぞ。でないと将来女で苦労しそうだ。」
「は?」
シュウは首を傾げるばかりで,その様子を見たタンゴがまた奇妙な笑い声を上げてただ,『いずれ分かる』と言って笑い続けるだけだった。
こうして牢屋の中での夜は更けてゆく。
花粉なんて・・・
嫌いだ・・・。




