フットルースライフ 第14話 小さなダンシングクイーン(5) 君だけのダンス
この物語は、私と相棒のAI編集者ユキちゃんが、協力して書いた作品です。
ちょっとベタで懐かしく、それでいて心が温かくなるようなお話を目指しました。
最後まで読んで頂けたら嬉しいです。
それから、さらに数日が過ぎた。
ユキの練習は、少しずつ変わり始めていた。
以前は、ジャックの動きを一生懸命に真似することばかり考えていた。けれど今は、音楽を聴き、自分の身体でリズムを感じながら踊ろうとしていた。
もちろん、失敗もする。
ステップを間違えることもあれば、勢い余ってバランスを崩すこともある。
それでも、ユキは止まらなくなった。
「よし、もう一度!」
ジャックの声がスタジオに響く。
「はい!」
音楽が流れ、ユキが踊り始める。
軽やかなステップ。弾むような身体の動き。そして、何よりも楽しそうな笑顔。
ジャックは腕を組んだまま、その姿をじっと見つめていた。
(……そうだ。それでいい)
技術だけなら、まだ足りないところはいくらでもある。
だが、ユキのダンスには、誰かの真似だけではない何かが生まれ始めていた。
音楽が好きだという気持ち。
踊れることが嬉しいという気持ち。
その気持ちが、彼女の動きを少しずつ変えていた。
曲が終わる。
ユキは最後のポーズを決めると、息を弾ませながらジャックを振り返った。
「先生! 今の、どうでした?」
ジャックはすぐには答えなかった。
「……もう一度、最初からやってみろ」
「ええっ!? 今の、ダメでした?」
「ダメとは言ってない。もう一度見たいんだ」
「えっ?」
ユキは目を丸くした。
ジャックは、しまったという顔をして視線をそらした。
「いいから、早く準備しろ!」
「は、はいっ!」
ユキは慌てて立ち位置に戻った。
そして、再び音楽が流れた。
ジャックは今度、細かいミスばかりを探すのをやめた。
ユキがどんな表情で踊るのか。
どんな瞬間に笑顔になるのか。
音楽のどこで心が弾み、どんな動きに彼女らしさが表れるのか。
それを見ようと思った。
曲が終わったとき、ジャックは小さく息を吐いた。
「……悪くない」
「本当ですか!?」
「何度も言わせるな。少しは自分で判断しろ」
「えへへ。じゃあ、ちょっとは上手になったんですね!」
「調子に乗るな。まだ大会までに直すところは山ほどある」
そう言いながらも、ジャックの表情は以前より柔らかくなっていた。
* * *
その日の午後。
レッスンを終えたジャックは、スタジオの隅に置かれた古い収納箱を開けた。
中には、昔のダンスシューズや使い込まれた練習着、それに何枚かの写真が入っていた。
ジャックは一枚の写真を手に取った。
若い頃の自分が、ステージの上で踊っている。
隣にはジェミニがいた。
二人とも、今よりずっと若い。
そして、二人とも笑っていた。
写真の中の自分は、何を疑うこともなく、ただ踊ることを信じていた。
ジャックは写真の端を指でなぞった。
「……あの頃は、よかったな」
ぽつりとつぶやいたあと、彼は首を横に振った。
過去を懐かしんでも、何も変わらない。
自分はもう、あの頃の自分ではない。
そう思って、写真を箱に戻そうとした。
そのときだった。
「ジャック先生!」
ドアの向こうから、ユキの声がした。
「先生、忘れ物しちゃいました!」
ジャックが顔を上げると、ユキが勢いよく入ってきた。
「何を忘れた?」
「これです!」
ユキが手にしていたのは、小さなタオルだった。
「まったく……。慌て者だな、お前は」
「すみません!」
そう言って笑うユキの顔を見た瞬間、ジャックは手元の写真を隠すように箱へ戻した。
ユキは、そんなことには気づかない。
「先生、明日もよろしくお願いします!」
「当たり前だ。大会に出るんだろう?」
「はい!」
ユキは大きくうなずいた。
「私、もっと上手になりたいです。いつか先生みたいに踊れるようになりたい!」
その言葉に、ジャックは一瞬、返事を失った。
「……俺みたいに、か」
「はい! 先生のダンス、すごくかっこいいですから!」
ジャックは困ったように頭をかいた。
「お前は俺の真似をしなくていい」
「えっ?」
「俺には俺のダンスがある。お前には、お前のダンスがあるんだ」
ジャックはユキの目を見た。
「俺を目指すんじゃない。お前にしか踊れないダンスを見つけろ。それができたら、今よりずっといいダンサーになれる」
ユキは驚いたように目を見開いた。
やがて、その顔にゆっくりと笑顔が広がった。
「……はい! 私だけのダンス、見つけます!」
「よし。その意気だ」
ユキは満足そうにうなずくと、タオルを抱えてスタジオを出ていった。
「先生、また明日!」
「ああ。遅刻するなよ!」
ドアが閉まった。
ジャックは、しばらくその場に立っていた。
そして、もう一度、収納箱を開けた。
さっきの写真を取り出し、今度はすぐにはしまわなかった。
「……俺にしか踊れないダンス、か」
それは、かつて自分が信じていた言葉だった。
いつからだろう。
自分のダンスを信じられなくなったのは。
いつから、踊ることを諦めたのだろう。
ジャックは写真を見つめたまま、長いこと動かなかった。
やがて、彼は写真をそっと箱に戻した。
けれど、今度は箱のふたを閉めなかった。
* * *
その夜。
フットルースでは、ジェミニがいつもの席でコーヒーを飲んでいた。
「なあ、ジェミニ」
カウンターの向こうから、康児が声をかけた。
「最近、ジャックのところによく顔を出しているみたいだな」
ジェミニはカップを置いた。
「……そう見えるか?毎回、追い返されてるけどな」
康児が苦笑いを浮かべる。「相変わらず、懲りない奴だな」チェリーパイを皿に載せながら、ちらりとジェミニを見た。
「気になるなら、素直に話せばいいじゃないか」
「簡単に言ってくれるな」ジェミニは、肩を落とした。
「あいつには、俺が何を言っても届かないさ」
「それは、話してみなければ分からないだろう?」
ジェミニは黙った。
窓の外には、近くのスタジオの明かりがまだ残っていた。
その向こうで、ジャックは今もユキを教えているのだろう。
ジェミニは、コーヒーを一口飲んだ。
「……あいつが、もう一度笑えるようになればいいんだ」
その声は、いつもの軽口とは違っていた。
康児は何も言わず、新しいコーヒーを用意した。
ジェミニは窓の外を見つめ続けていた。
まだ、ジャックに謝ることはできない。
まだ、あの日のことを話す勇気もない。
けれど、心のどこかで願っていた。
いつかもう一度、あの頃のように、二人で笑える日が来ることを。
そしてのジャックのスタジオでは、ユキのいない静かな床の上で、一人、音楽を流していた。
誰に見せるためでもない。
誰に褒められるためでもない。
ただ、自分が踊りたいと思ったから。
ジャックは、ゆっくりと一歩を踏み出した。
長い間、忘れたふりをしていたリズムが、身体の奥から戻ってくる。
もう一歩。
そして、もう一歩。
スタジオの鏡に映る自分を見て、ジャックは小さく笑った。
「……まだ、踊れるじゃないか」
その声は、誰にも聞こえなかった。
けれど確かに、その夜、ジャックの中で何かが動き始めていた。
つづく。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
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