10月 出雲
十月も後半に入った。
朝、コンビニでコーヒーを買ったとき、レジ横のモニターにまた例の表示が出ていた。
《消滅まで 残り67日》
六十何日、とか言われると急に現実味がある。
三か月前はまだ他人事だったのに、二か月を切ると年末みたいな数字になる。
ポイント失効の期限みたいだ。
宇宙の寿命をそういう書き方するか。
コーヒーをすすりながら、ぼんやり考える。
「……まあ、とりあえず近場から回るか」
急ぐことでもない。
やらないよりマシか。
⸻
自転車のタイヤに空気を入れる。
チェーンが少しきしむ。
油さしたほうがいいなと思いながら、そのまま出た。
一社目は、隣町の小さい神社。
初詣のときだけ行列ができるやつ。
平日は無人。
賽銭箱に百円を落として、鈴を鳴らして、手を合わせる。
「……どうも」
それだけ。
弔いって何言えばいいのか、よくわからない。
お悔やみ申し上げます、でもないし。
ありがとうございました、も違う気がする。
頭だけ下げる。
⸻
二社目。
三社目。
どこも似たような景色。
鳥居、砂利、拝殿、自販機。
ペダルをこぐたびに太ももがじんわり疲れる。
思ったより運動だ。
ベンチに座ってポカリを飲む。
「……これ、全国回るの無理だろ」
冷静になる。
日本、神社多すぎる。
八百万ってなんだよ。
盛りすぎだろ。
八百万回手を合わせてたら、その前にこっちが寿命だ。
自転車じゃ物理的に無理。
コンビニでツナマヨのおにぎりを買う。
レジ横のテレビでは、また専門家が難しいことを言っている。
『神様の生命活動停止と同時に、宇宙の崩壊が――』
難しい。
ツナのほうが大事だ。
ぽろぽろこぼれる。
⸻
駐輪場でスマホをいじっていて、
「あ」
と思い出した。
「そういえば出雲」
神在月。
神様が集まる月。
たしかそんな話があった。
検索。
ほんとに書いてある。
『十月、全国の神々が出雲に集う』
「……」
少し止まる。
「今じゃん」
今月じゃん。
「一回で済むじゃん」
声に出して笑う。
なんだよそれ。
サービスタイムか。
バーゲンセールだ。
今まとめてやっとけば、効率いい。
わざわざ全国回らなくていい。
「……出雲行くか」
一回家に戻って、自転車を置いた。
⸻
車のエンジンをかける。
ナビに「出雲大社」。
到着予定 二時間四十分。
「遠」
まあいいか。
ちょっとしたドライブだ。
途中のサービスエリアでガソリンを入れて、そばを食べる。
平日なのに意外と人が多い。
家族連れ。
おじさんの団体。
カップル。
みんな普通に旅行している。
世界、あと六十何日で終わるらしいけど。
まあ、そんな顔はしてない。
自分だってそば食ってるし。
⸻
出雲大社の駐車場は、ほぼ満車だった。
「……観光地じゃん」
お土産屋。
ソフトクリーム。
縁結びの旗。
カップルが写真撮ってる。
絵馬がびっしり。
『ずっと一緒にいられますように』
神様、忙しそうだなと思う。
余命二か月ちょいなのに、仕事量えぐい。
ブラックだ。
⸻
鳥居をくぐる。
でかいしめ縄。
そういえば作法が違うんだっけ。
スマホ確認。
二礼四拍手一礼。
「四回……四回……」
ここで間違えたら、なんか全部台無しな気がする。
「ミスったら全国回るの無理だからな」
物理的に。
ちょっとだけ緊張する。
百円。
鈴。
二礼。
パン、パン、パン、パン。
一礼。
目を閉じる。
……。
「……今まで、どうも」
それくらいでいい気がした。
十分だろ。
目を開ける。
何も起きない。
そりゃそうか。
出てきたら逆に困る。
⸻
ベンチでお茶を飲む。
修学旅行生が騒いでいる。
カップルが喧嘩している。
普通の神社だ。
世界が終わる気配は、まったくない。
「……まあ、いいか」
やることはやった。
たぶんこれで全国分まとめて済んだことにする。
神様も細かいこと言わないだろ。
たぶん。
車に戻る。
夕方の光が長い。
エンジンをかける。
ナビが「自宅まで二時間四十分」と言う。
あと六十何日。
思ったより、すぐだ。




