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第4話 触れた場所から離れられない

杏珠の部屋の明かりは、玄関だけが薄く灯っていた。

二人は抱き合ったまま、しばらく動けなかった。


胡桃の腕は、ただの抱擁ではない。

「ここに縫いつける」と言わんばかりの強さで杏珠の背をつかむ。


「杏珠さんの匂い……落ち着く……」

囁く声が、杏珠の鎖骨に落ちる。


「胡桃ちゃん……今日はもう遅いし、帰らないと」


杏珠はそう言うつもりだったのに、

胡桃の指がそっと腰に滑って、言葉を奪う。


逃がさないための触れ方。


「帰りたくない」

胡桃は杏珠の肩に額を押し当て、そのまま甘えるように擦りよる。

子どもみたいな動きなのに、

肌の温度が大人の熱で、杏珠の心拍を狂わせる。


「帰ったら……またひとりになるでしょ?」

胡桃は続ける。

「その間に、誰かに優しくしたり……誰かに触れたり……

そんな杏珠さん、見たくない」


独占。

嫉妬。

言葉にはしていないけど“私だけを見て”という願いが溢れていた。


杏珠は、胸が痛いほど揺れる。

止めなきゃいけないのに、止められない。


「……そんなに、私のこと」


胡桃は杏珠の手首を掴むと、

その手を自分の胸の上に置いた。


脈が速い。

杏珠の指先がそれを感じて震える。


「こんなに……好きで苦しいんだよ。

ねぇ、気づいてる?」


杏珠は返事ができない。

返事の代わりに、指がわずかに胡桃の胸元を押し返してしまう。


その小さな反応だけで、胡桃は泣きそうに微笑んだ。


「ねぇ、杏珠さん」

胡桃は杏珠の頬に手を添え、親指でそっと唇の縁をなぞる。

触れない。

でも触れたのと同じくらい奥まで響く。


「キスしたら……嫌?」


杏珠は息を詰めた。


胡桃は杏珠の沈黙を“肯定”と受け取る。

杏珠の唇にふれそうで、触れない。

甘く焦らす距離。


「……まだしないよ。

杏珠さんが、わたしをちゃんと見てくれるまで」


その言葉がずるいほど優しくて、

杏珠の膝から力が抜ける。


「胡桃ちゃん……私たち、こんな……」


「こんなに近くても、まだダメなの?」


胡桃は杏珠の両手を握り、

指を絡めたまま胸元へ引き寄せる。


「杏珠さんに触れられるの、

こんなに幸せなのに……」


声が震え、身体が寄り添い、

心がどこにも逃げられなくなっていく。


杏珠はとうとう、胡桃の肩に顔を埋めてしまった。


「……離れたくない。

私も……今日は」


胡桃の呼吸が止まる。


「ほんとに……離れない?」

震える声で問う。


杏珠はうなずいた。


胡桃は杏珠の頭を抱き寄せ、

耳の後ろにそっと唇を押し当てた。

キスではない。

でも心まで触れられたみたいに熱い。


「じゃあ……今夜はここで眠ってもいい?」


杏珠が答える前に、

胡桃は腰に腕を回し、抱きしめる力を強めた。


まるで、奪われるのを恐れる恋人のように。


杏珠はその腕を受け入れた。


「……いいよ。ここにいて」


胡桃は安堵の息をもらし、

杏珠の胸元で小さく笑った。


「ありがとう……

もう、杏珠さんから離れられない」


玄関の薄い灯りの下、

二人の影はひとつに重なる。

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