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第2話 あなた以外を見ないで

海辺のカフェで出会った翌日。

杏珠は早めに店を開け、朝の海風を胸いっぱいに吸い込んだ。


昨夜の胡桃の距離。

あの指先の熱。

息が触れ合う寸前で止めた、あの“わざと”の官能。


思い出しただけで、胸の奥がざわつく。


そんなとき。

店の外に、影が立った。


胡桃だった。

昨日と同じ白いパーカー、濡れた睫毛。

眠れていない目なのに、杏珠を見た瞬間だけ

――恋を知った少女みたいな光が宿る。


「おはよう……杏珠さん」


低い声。

昨夜より少し甘える響き。


「もう来たの? 朝早いのに」


「……会いたかったから」


そのまま胡桃は店に入り、

まるで当然のように杏珠の袖をつまんだ。

小さく、だが絶対に離さない力で。


「昨日帰ってからさ、

ずっと杏珠さんのこと考えて……

寝れなかった」


その声は、恋というより 執着 に近い。


杏珠の胸がざわっと波打つ。


「そんなに?」


胡桃は杏珠の手を握り、指の腹でゆっくり撫でた。

友人同士の距離ではない。

恋人未満の距離でもない。


完全に、境界線を越えるそれ。


「だって……杏珠さん。

昨日、わたしの手を離さなかったじゃん」


杏珠は息を呑む。

たしかに、離せなかった。


「……胡桃ちゃんが、懐かしく見えたから」


言った瞬間、胡桃の瞳が揺れた。

強く、深く。

破れそうなくらいに。


「懐かしいって、どういう意味?」


「わからない。ただ……見ていると落ち着くの」


胡桃はその言葉を飲み込み、

杏珠の顔を指先でそっと掬うように触れた。


昨夜よりも近い。

逃げられない距離。


「……だったら、他の人を見ないでね」


「え?」


「杏珠さんが誰かと笑ってたら、わたし……」

胡桃の声がわずかに震える。

「自分でもどうなるかわからない」


独占。

嫉妬。

それを隠そうともしていない。


杏珠は、危険だと理解しながらも

その言葉が胸の奥に妙な温かさを生んでしまう。


「……胡桃ちゃん」


「杏珠さんだけだから。

こんなふうに思うの。

触りたくなるのも、見てほしいのも……」


胡桃は杏珠の手の甲に、そっと唇を近づける。

触れない。

でも、触れたのと同じくらい熱い距離。


「ねぇ……夜、ひとりでしょ?」


杏珠の喉がひくりと動いた。


「家、行ってもいい?」


「……ダメだよ。さすがにまだ――」


杏珠が言い終わる前に、胡桃は杏珠の腰に腕を回した。

抱き寄せる。

拒めない強さではなく、

拒めなくさせる“甘い抱きしめ方”。


海の音が消える。


「じゃあ……玄関まででいい」

杏珠の肩に顔を埋めながら、胡桃は囁く。

「杏珠さんが眠るの、見てたい」


完全に、恋を越えた依存だった。


杏珠は止めるべきだと頭では思ったが、

腰に回された腕の熱がそれを奪っていく。


「……少しだけなら」


胡桃はゆっくり顔を上げ、

杏珠の唇へそっと指を滑らせた。


その触れ方は優しいのに、

心の奥まで奪われるみたいに深かった。


「ありがとう。

ねぇ杏珠さん……」

胡桃は指を杏珠の唇から顎へ、首へと移動させながら囁いた。

「もっと……近くなってもいい?」

その瞬間、

杏珠の胸が、波にさらわれるように疼いた。



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