第96話:ルイス・トリウミ
――その瞬間、私は叫んでいた。
「Oh my God! That’s my Princess on TV!!」
サンノゼのアトリエに置かれた大型テレビに映し出されたのは――
まさしく、あの日本から来た小さなプリンセス、保奈美だった。
純白のドレスをまとい、米国大統領に花束を渡すその姿は……大天使どころじゃない。
Holy Seraphim! 神に選ばれた存在だ!
私は美容師人生で、こんな完璧な瞬間を見たことがなかった。
※※※
そのときだ。スマートフォンが震えた。
表示された名を見て、私は顔をしかめる。
「……Edward Triumi。」
兄貴からだ。
通話を開くやいなや、聞き慣れた甲高い声が爆音で飛び込んできた。
『Luuiiissss! 見た!?見て! 今テレビに映ってるあの少女! あれは私の最高傑作よ!』
私は一瞬、耳を疑った。
「……は? エドワード、なに言ってんの。あれは私が仕上げたのよ! 私のシザーと私のブローと私のマジカルハンドによる“Silky Heaven”なの!」
『バカ言いなさい! ベースを作ったのは私だ! あの完璧なカットライン、私のハサミ以外に誰ができるっての!? メイクだって私が叩き込んだ!』
「Shut up, brother! あの時のメイクはただの下書き! 本番で女神にしたのは私の手腕よ!」
『Noooo! It’s mine!!』
「Noooo! It’s mineeeeee!!」
――ガチ喧嘩勃発。
※※※
兄弟の口論は、どんどんヒートアップしていった。
『彼女の輝きは私が与えた!』
「いや違う、私が! あの光沢は私のオリジナルシャンプー“Triumi Essence #7”のおかげ!」
『嘘をつけ! お前のシャンプーは泡立ちすぎるだけだ!』
「アンタのは油っぽいんだよ!」
電話越しに、罵声と専門用語が入り乱れる。
「カットラインが甘い」「シルエットが古い」「カラーのトーンが雑」……もう収拾がつかない。
気づけばスタッフたちがドン引きしながら見守っていた。
――世界の舞台で花束を渡す美しきプリンセス。
その裏で、Triumi兄弟の大げんかは続いていたのだった。




