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第92話:オートクチュールドレス(一ノ瀬保奈美)

 シリコンバレーのセレブ御用達の、最高級オートクチュールドレスの店。

 そこで直也さんと待ち合わせをしていた――。


 店の前で合流した瞬間、直也さんが目を見開いて固まった。

 ルイスに仕上げてもらったばかりの、亜紀さんと玲奈さん、そして私。

 光沢のある髪と、プロが作り上げたメイクの効果で、いつもの自分たちとはまるで違う姿になっていたのだ。


「……っ」

 直也さんは言葉を失って、ただ見つめていた。


(えっ……すごい。お義兄さん、本当にびっくりしてる……)


 私まで嬉しくなって、思わず頬が熱くなった。

 亜紀さんは勝ち誇ったように笑い、玲奈さんも「ふふっ、やっぱり効果てきめん」と満足そうに微笑む。

 ――3人揃って直也さんを驚かせられたのが、なぜだか誇らしかった。


※※※


 店内に足を踏み入れると、まるで美術館のようだった。

 真っ白な壁に、控えめに照らされるスポットライト。

 ディスプレイされたドレスはどれも一点ものの芸術品。

 きらめくビーズや繊細なレース、上質な生地が放つ光沢に、私は思わず息を呑んだ。


 すぐに亜紀さんと玲奈さんが交渉を始めた。

「大統領閣下臨席の式典で、花束を贈呈する日本の女子高生用のドレスです」

「しかもホワイトハウスの正式招待者です。至急対応をお願いしたいのです」


 スタッフが一瞬目を見開き、次の瞬間には笑顔で頷いた。

「もちろんです。最優先でご用意いたします」

 早速制作スタッフが集められ総動員体制の準備に入ってくれた。


(……すごい。そんな風に言うと、なんだか映画みたい)


 私は緊張で固まっていたけれど、二人は実に頼もしかった。


※※※


 屋外で行われる式典だから、ドレスはロングすぎても動きづらい。

 でも、せっかく女子高生なのだから――。

「ミモレ丈より少し短い、可憐で上品なラインがいいわね」

 亜紀さんと玲奈さんはそう言って、サンプルを次々と見比べた。


 そして最終的に選ばれたのは――光沢のある白を基調にした一着。

 胸元と袖に繊細なレースがあしらわれ、スカートは軽やかに広がって、足さばきも美しい。

 まるで天使の羽衣のように、光を受けて柔らかに輝く。


「これだわ」

「うん、これしかない」


 二人が同時に頷き、私の前に差し出してくれた。


「お義兄さんはまたまた大出世したんだから、高いのを買っちゃおうね!」

 亜紀さんが茶目っ気たっぷりに笑う。


「そうです。レディーのおしゃれにかかるコスト投下は当然の権利です」

 玲奈さんがすまして言う。


 直也さんは額に手を当てて、苦笑した。

「……もういいから。分かったよ。進めてくれ」


 私はそんなやりとりを聞いて、思わず笑ってしまった。

 そして、胸の奥がほんのり温かくなった。


(……私、本当にプリンセスみたいになっていくのかな)


 そう思うと、嬉しさと同時に、少しだけ緊張で足が震えていた。


 ――店内は、まるで小さな工房のような熱気に包まれていた。


「日本人サイズだから修正が必要ですね」

「でも大統領式典用なので、突貫作業で一気に仕上げます!」


 デザイナーやスタッフの人たちが、亜紀さんや玲奈さんと真剣に意見を交わしながら、寸法を測ったり、生地を当てたりしている。

 私一人のために、こんなに大勢の人たちが動いてくれるなんて、信じられなかった。


 しかも「大統領式典で花束贈呈をする日本の高校生」という説明が効きすぎていて、もう絶対的な最優先案件になっていた。


 ――靴やアクセサリーも次々と運ばれてきた。

 シルバーのパンプス、真珠のイヤリング、クラッチバッグ。

 スタッフさんが「どれがいいですか?」と並べて見せると、亜紀さんと玲奈さんがすかさず最前線に。


「これはラインが甘すぎるわ」

「こっちはドレスとの色調がズレる。統一感が大事」

「保奈美ちゃん、履いてみて。どう?歩きやすい?」


 私は「あ、はい……」と答えるだけで精一杯。

 でも最後には、「これが一番似合うね」と二人が同時に頷き、私も素直に「はい」と言った。


 結構なお値段だと聞こえたけれど――直也さんは苦笑して、潔く言った。

「……もう全部任せるよ。お願いします」


(……直也さん、カッコいい……)


※※※


 数時間後。

 制作スタッフ総動員での超特急仕上げが完了し、いよいよ試着の時間になった。


 鏡の前に立ち、そっとドレスの裾を持ち上げる。

 柔らかい光沢を放つ純白の生地。

 レースが胸元から肩にかけて繊細に広がり、膝下まで軽やかに広がるスカート。

 背筋を伸ばすと、自分でも驚くくらい姿勢が良くなる。


「……すごい」

 思わず、鏡に映る自分に小さく呟いてしまった。

 ――まるで、自分じゃないみたい。


 そのままカーテンを開けて、一歩外に出る。


「保奈美ちゃん……!」

「大天使、降臨……」


 亜紀さんと玲奈さんが、同時にため息をついた。


 直也さんは一瞬固まって、言葉を失っていた。

 私の心臓は破裂しそうだった。


「……どうですか?」

 勇気を振り絞って問いかけると、直也さんはゆっくりと息を吐いた。


「いや……もう、言葉にならないくらいキレイだよ」


 ――その言葉だけで胸がいっぱいになり、目頭が熱くなった。

 だけど、その後に直也さんがぽつりと付け加えた。


「……ただ、あまり外で見せたくないなぁ」


「「は?」」

 亜紀さんと玲奈さんの声が揃った。


「それは……あれですか? 独占欲の発露ですか?」

「ペンダントに続いてアウトー!」


 二人にツッコまれて、直也さんは顔を赤くしながら「ち、違うって」と慌てていた。


 でも私は――その言葉が、とても嬉しかった。

 「見せたくない」と思ってもらえるほど、大切に思われているのだと分かったから。


 頬が真っ赤になりながらも、鏡に映る自分をもう一度見つめる。

 そこには確かに、“世界の舞台に立つプリンセス”がいた。


(……よし、私、やるんだ。大統領閣下に花束を渡すんだ……!)


 胸の奥で、小さな決意が芽生えていた。


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