第93話:一ノ瀬直也
――青空が広がっていた。
幸い、風はほとんどなく、暑すぎもしない。
カリフォルニアの澄んだ空気が、今日という特別な舞台に祝福を与えてくれているようだった。
ステージの前には、ぎっしりと並ぶメディアのカメラ。
アメリカ国内の主要局はもちろん、NHKや民放キー局、経済紙まで――日本からもこれほど揃うのかと驚くほどの大手メディアが列をなしていた。
そのレンズの群れに晒される緊張感を、肌でひしひしと感じる。
(……いよいよだな)
式典前、日本の経産大臣を社長から紹介された。
驚くことに、大臣はすでに情報を掴んでいた。
オレが米国大統領からチャレンジコインとシークレットサービスの連絡コードを直接手渡されたこと――。
握手の際、大臣は力を込め、低い声で言った。
「今後ともよろしくお願いします。一ノ瀬さん」
その目は、もはや単なる一社員を見るものではなかった。
国策の一部を担う人間として、同じ地平に立つ者に向けられる眼差しだった。
在サンフランシスコ総領事も同様だった。
「期待していますよ」と言われ、思わず背筋が伸びる。
責任の重さをあらためて自覚せざるを得なかった。
※※※
やがて会場がざわめきに包まれる。
シークレットサービスの隊列。
そして、中央の通路を進むひときわ大きな存在感――。
アメリカ合衆国大統領。
人々の視線が一斉に集まり、拍手と歓声が重なり合う。
その瞬間、空気が一変した。
誰もが、その人物の言葉を待っている。
演壇に立った大統領は、ゆっくりと会場を見渡し、そして力強く語り始めた。
「Ladies and gentlemen――」
言葉が響くたびに、場の熱が増していくのを感じた。
大統領はまず、AIというテクノロジーの重要性を説いた。
「今こそAIは、我が国にとって、そして世界にとって最も重要なキーテクノロジーとなっている」
だが同時に、それを稼働させるためには膨大な電力が必要であると指摘した。
化石燃料が悪いとは思わない。だがその多用を批判する向きがあるのは事実だと大統領は語った。その上で、再生可能エネルギーだけでは不安定だとも主張した。
そして、核融合発電プラント技術についても触れ、まだまだ時間はかかると主張した。
「少なくとも私の任期中は無理じゃないかな」
そこで群衆を笑わせたのだ。
「それを解決する最も現実的で、そして最もエコな手段――」
そこで言葉を区切り、大統領は聴衆を見渡した。
「――世界最大の地熱発電プラントの能力の大幅拡張だ」
拍手が起きた。
大統領は続ける。
「この事業を、日本の企業と共同で進める」
「そしてこれを支援するために、日本政府との取り決めに基づき、日本から投資される資金を最大限有効活用する」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に熱いものが込み上げてきた。
オレたちが構想し、幾つもの壁を越えてきたプランが、今、国家の言葉となって世界に宣言されている。
――大統領の演説は、さらに熱を帯びていった。
「地熱発電プラントの能力を大幅に拡張するには――Enhanced Geothermal Systems、すなわちEGSの技術が不可欠だ」
その言葉に会場全体がざわめく。
エネルギー関係者の間で常に議論の的となってきた技術。
希望と同時に、リスクの象徴でもある。
大統領は視線を聴衆に巡らせ、言葉を重ねた。
「もちろん、群発地震を心配する声があるのも事実だ。だが――それを克服するためにこそ、我々はAIを活用するのだ」
(……AIを活用してEGSを制御する……!)
オレが彼に直接伝えた言葉、そのままだった。
「AIによってEGSを完全に制御する。これを米国と日本が共同研究として推進する」
「地熱発電で生まれた電力でAIデータセンターを稼働させ、そのAIが膨大な計算資源となって、さらに地熱発電の拡大に寄与する」
大統領の声は力強く、ホールに響き渡った。
「――これこそが、AI時代にふさわしい真のエコシステムだ!」
一瞬の静寂ののち、轟くような拍手と歓声が巻き起こった。
地面が揺れるかと思うほどの大喝采。
目の前で群衆が立ち上がり、旗を振り、声を張り上げる。
「USA! USA!」
「Japan!」
熱狂が波のように広がっていく。
「そして――これは米国と日本という、環太平洋に立地する両国だからこそ成し得るのだ!」
環太平洋の火山帯に根ざした二つの国。
資源と技術、そしてAIを結びつける力を持つ国々。
その結びつきを、アメリカ合衆国大統領の声が世界に宣言していた。
(……本当に……ここまで来たんだな)
胸の奥から熱いものが溢れ、視界が滲む。
オレが語ったアイディアが、今や「国家の言葉」となり、世界に響き渡っている。
その重みと感激に、ただ拳を握りしめるしかなかった。
※※※
そして、大統領は最後に言った。
「このプランを、私に教えてくれた一人の優れた若者がいる」
「私は、そのような立派な若者が、米国の最も頼もしい同盟国である日本にいることを――心から誇りに思う」
――その言葉で演説は締めくくられた。
再び、大地を震わすような歓声と拍手。
その中心で、オレは深く息を吸い込み、胸に刻んだ。
(……母さん、そして透子さん)
大統領の演説は天国に届いただろうか。
届いて欲しいと、そう思った。




