第89話:新堂亜紀
――その知らせを聞いたとき、正直、動悸が激しくなった。
保奈美ちゃんが、あのセレモニーで米国大統領に花束を渡す――。
そして直也くんはもちろんのこと、私と玲奈も参列できるのだ。
もう誇らしいやら緊張するやら、頭の中で鐘が鳴り響いているみたいだった。
しかも場所はサンフランシスコ。舞台は世界の注目を浴びる歴史的なプロジェクトの発表式典。
そこで大統領に花束贈呈する謎の超美人日本人女子高生。……劇的デビューすぎる。
(これは、全力で仕上げてあげないと……!)
ふと、そんな思いが頭を占めた。
単に「きれいに見える」とかそういうレベルじゃない。
世界のカメラが向けられる瞬間に、彼女が自信を持って笑えるように――そこまで準備させてあげたい。
私はすぐに端末を開き、シリコンバレー在住の日本人奥様ネットワークや、こっそり連絡をとっていた現地の知人にリサーチをかけた。こういうのは玲奈が得意だが、私だって余裕でやってみせる。
――そして見つけたのだ。
「……あった! サンノゼにあるんだ!」
名前を見て、思わず声を上げた。
ルイス・トリウミ。
あの、ハリウッドのカリスマ美容師エドワード・トリウミの実弟にして、シリコンバレーのセレブ御用達。
ビッグテック幹部の奥様や、カリスマVC経営者の娘まで手掛けているという噂。
予約が取れれば奇跡だと言われている。
「玲奈! 保奈美ちゃん! これよ!これしかないわ!!」
私は興奮気味に画面を突き出した。
玲奈は目を丸くし、そしてニヤリと笑った。
「……さすが亜紀さん。そう来たか」
保奈美ちゃんは小さく首を傾げる。
「えっと……また美容院ですか?」
「そう、美容院! でもただの美容院じゃないの。ここは――戦場に立つプリンセスを仕立てるための場所よ!」
思わず力強く言ってしまい、玲奈に「なんで戦場なんですか!」と突っ込まれたけれど、それくらい大げさでも良いと思った。
予約は……奇跡的に取れた。
どうやら「ホワイトハウスから招待された日本の高校生と式典参列メンバー」という肩書が、ここではめちゃくちゃ効いたらしい。
受け付けの声が「Oh my god!」と素で漏れていたのは笑えた。
そして式典参列の為に必要という事で、五井アメリカ支社長が苦笑しつつ、費用は会社で必要経費として全部持つよと、特別許可を出してくれたのだ。直也くんも苦笑いしている。
そして当日。
私たちはサンノゼのダウンタウンにある隠れ家的な高級モールにやってきた。
エレベーターを降りると、磨き上げられたフロアの先に、黒い大理石の壁に金色のプレートが輝いている。
【Louis Triumi Hair Atelier】。
看板の下にはシンプルな花のオブジェと、まるでアートギャラリーのような照明。
「す、すごい……」
保奈美ちゃんが目を丸くする。
玲奈も少し感嘆の息を漏らし、私は内心でガッツポーズをした。
受付に立つのは、完璧にドレスアップしたスタッフ。
「本日ご予約の神宮寺さまですね? ようこそ、ルイス・トリウミ・ヘア・アトリエへ」
その声からして、もう高級感の塊だった。
私は胸を張り、二人を伴って一歩足を踏み入れた。
香水でもなく、花でもない――洗練された空気そのものが香ってくる。
シリコンバレーのセレブが通うというのも納得だ。
(よし。ここなら、保奈美ちゃんを“世界に誇れるプリンセス”にしてくれる……!)
私は強くそう確信していた。




