第85話:宮本玲奈
――社長の言葉は、想像を超えるほど力強かった。
「……よくやってくれた、一ノ瀬くん。そして、新堂くん、宮本くん、君たち二人もだ。大統領に直にプランを認めさせたという事実は、我が社にとっても、日本にとっても計り知れない価値がある」
普段は決して感情を表に出さない社長が、明確な称賛を口にされた。
私は緊張していた肩の力がふっと抜けるのを感じた。直也の横顔を盗み見れば、彼もわずかに頷き、静かにその言葉を受け止めている。
さらに衝撃は続いた。
支社長が慌ただしく端末を確認し、声を上げた。
「社長、本社から追加の連絡が入りました。……経産省だけでなく、環境省まで動いたそうです。加えて――」
一拍、息を呑む。
その目は大きな驚きを隠せていなかった。
「電力会社のトップからも承認が下りました。政府補助金を前提に、費用負担の七割を電力会社側が担うとの合意です。急遽、本日中に通知が出されるとのことです。直接先方の取締役から電話連絡が入った模様です」
一瞬、部屋の空気が膨らむような気がした。
それから、誰もが互いに顔を見合わせた。
(……ついに、動いたのね)
胸が熱くなる。
どれほど待ち望んできただろう。
机上でいくら合理性を積み上げても、政治的な壁に阻まれて動かなかった計画。
その壁が今、音を立てて崩れ落ちたのだ。
社長は力強く頷き、低い声で言葉を継いだ。
「大統領が動き、日本が呼応した。これで一気に道が開ける。我々は最前線で、このプロジェクトを牽引する。これからますます大変になるが、引き続き頼むぞ」
「はい」
私と亜紀さんは即座に声を揃えた。
直也は黙って頷いたが、その眼差しには揺るぎない決意が宿っていた。
――社長の言葉は更に続く。
「……米国大統領からチャレンジコインとシークレットサービスの連絡コードを授与された一ノ瀬くん。その功績をもって、我が社としても国際舞台で対応するに相応しいポストを用意しなければならない」
言葉の一つひとつが重く響いた。
胸の奥で鼓動が早まる。まるで現実感が追いついていかない。
「統括PMという形で、SPV設置を含む地熱発電、EGS商用活用、そしてエコAIデータセンター。これら全てをグローバルに統括する責を、一ノ瀬くんに委ねる」
……統括PM。
その響きを聞いただけで、背筋に戦慄が走った。
本来、大型プロジェクトのPMといえば最低でも課長職、いや、多くの場合部長級が常だ。
それを、私と同期の直也に――。
私は思わず直也の横顔を見つめた。
彼は静かに頷き、何も言わずその言葉を受け止めていた。
(……やっぱり。直也は、もう“特別”なんだ)
けれど社長の言葉は、そこで終わらなかった。
「そして、統括PMを支える形で、新堂亜紀、宮本玲奈。君たちもまた国際プロジェクトの中核メンバーとして認める。職群はM3とする。まことに異例の事ではあるが、これは私自身の決裁だ」
息が止まりそうになった。
M3――。
通常なら室長クラスの職群を、この若さで得ることになるなんて。
(……直也だけじゃない。私も、亜紀さんも……)
言葉を失ったまま、私はただ膝の上で拳を握りしめた。
重みが、全身にのしかかる。
誇りと、責任と、そして恐怖にも似た感覚。
だけど――。
直也の隣で、この道を歩むのなら。
どれほどの重責だって、受け止めてみせる。
そうしなければ、きっと後悔する。
社長の目が私を射抜く。
「君たちが一ノ瀬くんをしつかりサポートするんだ」
私は深く頷いた。
「……はい。必ず、やり遂げてみせます」
視界の端で、直也がほんの少しだけ微笑んだ。
その微笑みが、私にとって何よりの力になった。
――私はもう迷わない。
直也を支え、このプロジェクトを共に成し遂げる。
そのためなら、この先どんな舞台だって、恐れることはない。




